初心者のクラシック

有名な曲からおすすめの曲まで、できるだけ初心者にも分かり易く紹介します。

ジョセフ・モーリス・ラヴェル(第1話)

2008年02月18日 | 作曲家の生涯
たまには、作曲家の生涯にふれてみてはいかがですか?

有名な作曲家にはその真偽はともかくとして、たくさんの興味深いエピソードがあります。
そんな興味深いエピソードを中心に作曲家の生涯をたどっていきます。

今日はジョセフ・モーリス・ラヴェル(第1話)です。

「ボレロ」や「スペイン狂詩曲」など有名な曲を作曲したり、「展覧会の絵」では見事な編曲でそのオーケストレーションも魅力的なラヴェルは、どんな生涯を送っていたんでしょうか?

≪作曲家の肖像≫
ラヴェル:ピアノ協奏曲
フランソワ(サンソン)
EMIミュージック・ジャパン

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【Joseph-Maurice Ravel】

【フランス】
【1875~1937】
【近代】

(第1話)【父とピアノ】
1875年、ラヴェルはフランス南西部スペインに近いバスク地方の都市シブールに生まれます。父のジョセフはスイス近郊で生まれますが、ピアノや絵画、発明など多彩な能力をもっており、仕事でスペインに行くと、後の妻マリーと出会い、結婚します。ラヴェルが生まれると、家族はパリに移り住み定住する事になるのでした。

元々ピアノが弾ける父ジョセフが、家でもよくピアノを弾いたため、幼いラヴェルも自然にピアノに触れる機会があり、早くから父とピアノ連弾をこなしたという話もあるようです。

しかし、パリに移ったラヴェル一家の生活は楽なものではなかったようです。というのも、父ジョセフは発明家としての道を歩んでいたため、その研究・開発費等がかさみ、決っして裕福な生活を送ってはいなかったのでした。

金銭的には裕福な暮らしでは無かったようですが、妻のマリーも夫をしっかりと支えながら家族を励ましていたため、貧しいながらも明い家庭生活を送っていたのかもしれません。

さて、少年ラヴェルは父と共にピアノを弾くうちに、これがとても楽しくなったようで、メキメキとその実力を発揮していきます。
そんな息子ラヴェルの才能をこれと見込んだ父ジョセフは、ラヴェルが7歳になる頃には、本格的にピアノを学ばせるため、ピアノ教師アンリ・ギイの元へ通わせるのでした。

アンリの他にも様々なピアノ教師から多くを学び取っていったラヴェルは、1889年、14歳になると、パリ音楽院に入学する事になります。

14歳という若さで名門パリ音楽院に通う事になったラヴェルでしたが・・・、この頃には、早くも音楽に飽きてしまったのか?それとも思春期や反抗期だったのか?それほど熱心に勉強をしている様子が見られないのでした。
授業には遅刻をしてみたり、また授業中でも気を散らしていたらしく、なかなか勉強に集中する事ができずにいたのでした。


幼い頃からピアノに親しんで育ったラヴェルでしたが・・・、早くもパリ音楽院には入ったものの、イマイチ音楽に集中できないようですが…、このつづきはまた明日。

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