6月23日、沖縄は戦後71年の慰霊の日を迎えた。今年も、沖縄平和市民連絡会は平和祈念公園入口で安部首相や閣僚たちの追悼式典参加への抗議行動を行った。
しかし、今年は大勢の警察官が道路沿いにぎっしりと並び、さらに歩道と車道の間に鉄柵を並べて人々が集まることを妨害した。毎年、警察の規制が強化されているが、今年の警備はあまりに過剰だ。
(道路沿いを埋め尽くした警察官たち)
警察官らは我々が横断幕を掲げることにも妨害を続けた。首相一行の目に、県民の反対運動が見えないよう必死になっているのだ。
首相一行が近づくと、横断歩道も鉄柵で完全に閉鎖され、青信号でも渡れなくなってしまった。フルスピードで公園に入る首相らの車。
午後は「魂魄の塔」へ。大勢の人たちが次々と訪れ、花や線香を供えてお祈りを続けている。近くの碑文には次のように書かれている。
「この地は今次大戦でも一番の激戦地であり日本軍も住民も追いつめられて逃げ場を失い陸、海、空からの攻撃を受けて、敵弾にあたって倒れた屍(しかばね)が最も多い激戦地の跡である。戦後、真和志村民が収容移住を許された所で村民及び地域住民の協力によって、道路、畑の中、周辺いたる所に散乱していた遺骨を集めて祀ったのがこの魂魄の塔である。
祭神3万5千余柱という、沖縄で一番多く祀った無名戦士の塔であったが、その後、昭和54年2月摩文仁の丘に国立沖縄戦没者墓苑が完成し、遺骨は同墓苑に分骨して安置してあります。」
毎年、魂魄の塔の横では、市民グループの「国際反戦集会」が開かれている。集会の冒頭、海勢頭豊さんの唄で、金城実さんお得意の下駄踊り。きむきがんさんも飛び出して踊りだした。