チョイさんの沖縄日記

辺野古や高江の問題等に関する日々の備忘録
 

ちょっと待った! 京都市の「空き缶回収禁止」条例

2010年09月27日 | 京都日記
     (抗議の声は市役所に届いただろうか?)  早朝から市役所へ。  反貧困ネットワークの、「空き缶回収禁止」条例に反対するチラシ配布のお手伝いだ。  今の不況下、野宿生活者が生存を維持する最後の糧としている仕事を奪う、とんでもない条例だ。   久しぶりの本庁でのチラシ配布だが、退職してもう7年、見知った顔もかなり減ってきた。  ***********  26日(日)、沖 . . . 本文を読む

沖縄平和ネットワーク関西の会の講演会---「忘れられた子どもたちの声--沖縄戦の孤児」

2010年09月26日 | 京都日記
 (1945年8月、コザの孤児院。 謝花直美さんは、これらの子どもたちの戦後を追った。 『戦場の童』(謝花直美)より) 25日(土)は大阪で開かれた、沖縄平和ネットワーク関西の会の学習会「忘れられた子どもたちの声---沖縄戦の孤児」へ行く。講師は、沖縄タイムスの記者・謝花直美さん。 沖縄戦では多くの子どもたちが死んだ。糸満市では、1945年に生まれた子どもの約4割が死んでいるという。 一方で、命を . . . 本文を読む

ジュニア京都検定住民訴訟控訴審が結審

2010年09月17日 | 京都日記
                            (大阪高裁)                                    今日(16日)、大阪高裁でジュニア京都検定住民訴訟の控訴審が結審した。 判決は、11月12日(金)午後1:15~   京都地裁の1審判決では、事業の違法性は認められなかったが、随意契約の違法性を認め、当時の課長に35万円の損害賠償を命じた。 ジュニア . . . 本文を読む

感動的な口頭弁論---「ざいとくかい」を許さない!

2010年09月16日 | 京都日記
 (京都地裁には大勢の支援者が集まった。私は幸いにも抽選に当選) 9月16日、京都朝鮮学園が「ざいとくかい」に対しておこした民事訴訟の口頭弁論を傍聴した。 訴えの内容は、京都朝鮮第一初級学校への攻撃的な街宣活動の禁止と、去年12月4日以来の3回の街宣活動で、学校側が受けた精神的・物理的損害を賠償せよというもの。 朝鮮初級学校に対する彼らの蛮行は、過去のブログでも触れてきた。  「あまりに腹立たしく . . . 本文を読む

サマールから帰国

2010年09月14日 | サマール日記
 (カルバヨグからマニラへのフライト) 14日、JAPSAMの学生らと一緒に早朝の飛行機でマニラに飛び、午後のフライトで関空に戻りました。マニラでは、ゴリさんやパキットとも久しぶりの再会。二人とも元気そうでした。  今回は、いろんなことがあったサマール行ですが、帰途、カルバヨグの空港でもトラブルが発生、一瞬、あせりましたが、なんとか全員、飛行機に乗れてほっとしました。また、マニラで再会したHさん . . . 本文を読む

知事、埋立承認取消を正式に表明---防衛局は一切の作業を停止せよ!

2010年09月14日 | 沖縄日記・辺野古
        . . . 本文を読む

今回のサマール滞在も今日が最終日(2)--JAPSAMのお別れ会

2010年09月14日 | サマール日記
 (お別れ会の冒頭、学生たちは一人ひとりお礼の挨拶をした。)  13日の夕刻からはソルソゴンへ。今日はJAPSAMの活動も最終日、ナナイさんの庭でお別れ会だ。 ミラーボールが輝く中、陽気な音楽が流され、学生たちは村の若者たちと遅くまで踊り続けた。  今回のJAPSAMの活動は、サマールに着くまでにいくつかのトラブルがあったが、それも今後に向けたいい教訓になるだろう。半分以上は初めてのメンバ . . . 本文を読む

今回のサマール滞在も今日が最終日(1)--追記あり

2010年09月13日 | サマール日記
 (京都サマール友好協会が1995年から運営しているデイケアーセンター)   昨日は名護の市会議員選挙の開票日。 結果が気になって、深夜、ごそごそと起きだしてインターネットをつなぐ。 やった、やった! 稲嶺市長を支える議員らが過半数を制した。これで、辺野古への基地移設を阻止する体制はますます整った。次は、11月の知事選だ。 一安心して、また眠りにつく。  早いもので、今回のサマール滞在 . . . 本文を読む

2人はレイテ島に出発

2010年09月13日 | サマール日記
 (出発前にレイの家の前で)  7日から一緒だったHさんとFさんは、11日午後のバスでレイテのタクロバンに発たれました。レイテで大学を訪問し、時間があれば、近くの戦跡を訪ねてみるとのこと。14日にマニラの空港での再会を約束してお別れの握手。短い滞在だったが、喜んでもらえただろうか?  夜は、ソルソゴンへ。学生たちは、明日のお別れ会に備えて、ダンスの練習に余念がありませんでした。若い彼女らのエネ . . . 本文を読む

バンティアンの子どもたちを訪ねて

2010年09月10日 | サマール日記
 10年少し前に出版した『幸せの島・サマール』の表紙は、カルバヨグ北部の小さな漁村・バンティアンの子どもたちの写真だ。 この写真を撮ったのは1996年。当時、私は、カルバヨグの市役所で働き始めたばかりだった。休みの日にはよくこの村に来て、浜辺で、漁師の舟を覗き込んだり、皆とお酒を飲んで過ごすことが多かった。浜ではいつも大勢の子どもたちが遊んでいて、カメラを向けると、皆、大騒ぎでいろんなポーズをとっ . . . 本文を読む

ソルソゴンの図書館も順調

2010年09月09日 | サマール日記
 (カライマンのバイオガス施設で続いている子どもたちのデイケアー活動) (オープンしてちょうど1年になるソルソゴンの子ども用図書館、この日も大勢の子どもたちが来ていた。) . . . 本文を読む

サマールに到着、さっそくフィエスタの町へ

2010年09月08日 | サマール日記
        (フィエスタの食べ歩き。まず、1軒目) 9月7日、夜の便でマニラに到着。いつものペンション・ナティビダードに泊る。 8日は朝の3時起き。6時にマニラ空港を発ち、カルバヨグに着いた。 町はフィエスタの飾り付けで賑やか。今年は市役所前の公園にメリーゴーランドやお化け屋敷が出ている。 Hさん、Fさんら、Nさんらを、「謝罪の碑」やカライマンのバイオガス施設に案内した後、JAPSAMの学生ら . . . 本文を読む

また台風! 宮古島行は断念

2010年09月04日 | 沖縄日記
 (台風9号が那覇に最も近づいたのは午後6時頃。豪雨・強風の中、雷が鳴り響いた。)  「日本軍『慰安婦』の碑」の「祈念碑建立2周年の集い」に参加するため、朝のフライトで宮古島に行くはずだったが、沖縄の南にあった熱低が、昨日、台風になって、また本島を直撃しようしている。 用意をして空港まで行ったのだが、5日(日)に那覇に戻るフライトがもし運休となると、6日(月)に京都に戻り、7日(火)からフィリピン . . . 本文を読む

ガマの中に作られた慰安所・糸数アブチラガマ(3日のスタディツアー その②)

2010年09月03日 | 沖縄日記・沖縄の戦跡
(アブチラガマの入り口で ガイドの安仁屋さん)  3日(金)の午後、「辻」を歩いた後、南城市の糸数アブチラガマに向かった。 ここは、長さが270mもある大きなガマ(自然洞窟)。当初は糸数集落の避難指定壕だったが、1945年2月、第32軍の「球」部隊の地下陣地として整備された。ガマの中には2階建の家も作られ、発電機を動かして電灯も灯されていたという。3月末には、200名余りの糸数集落の住民らもこのガ . . . 本文を読む

那覇・辻遊郭跡を歩く(3日のスタディツアー・その①)

2010年09月03日 | 沖縄日記
 (辻・「海鳴りの像」近くで大阪大学・Tさんから昔の辻遊郭の話を聞く) 9月3日(金)、大阪から「日本軍『慰安婦』問題関西ネットワーク」の1行、6名が那覇に来られた。 4日には宮古島に渡り、「日本軍『慰安婦』の祈念碑」の前で、「建立2周年を語り合う集い」が開かれるので、私も合流させてもらうことになった。今日は、那覇の「辻」や南部戦跡で、「慰安婦」に関係するフィールドワーク。 ガイドは、大阪大学の若 . . . 本文を読む