チョイさんの沖縄日記

辺野古や高江の問題等に関する日々の備忘録
 

今帰仁の戦跡と「鰹(かつお)のぼり」

2011年04月29日 | 沖縄日記・沖縄の戦跡
     (本部半島今帰仁村渡喜仁に残る陣地壕)  明日からは天候が崩れるということで、今日のうちに遠出をしようと、大慌てで、北部に車を走らせた。  名護から北西に走ると今帰仁村に入る。国道505号線から北東に向かうと、すぐに、道路横に大きな壕が見つかった。戦争当時、この近くの運天港は、特攻潜航艇の咬龍隊と第27魚雷艇隊が配置された重要な港だった。咬龍は、5人乗りの特攻潜航艇で、行動持続日 . . . 本文を読む

アメリカ上院レビン軍事委員長らへの要請行動

2011年04月27日 | 沖縄日記
 (県庁前には、大勢の人たちが横断幕を持って集まった。)  27日(水)、アメリカ上院のレビン軍事委員長が県庁で仲井間知事らと会談するというので、平和市民連絡会などの呼びかけで、県庁前には大勢の人たちが英文の横断幕を持って集まった。  レビン氏は、アメリカの軍事予算の歳出に決定的な影響力を持っている。今回、沖縄の海兵隊の一部のグアム移転など米軍再編関連がどの程度進展する可能性があるかの視察 . . . 本文を読む

京都新聞の連載「友の眠る山」 始まる

2011年04月26日 | 梅里雪山
         (京都新聞 2011.4.27朝刊(Fax))  3月の中国・梅里雪山行に同行された京都新聞・F記者の連載「友の眠る山 中国・雲南 京大登山隊遭難20年」が、今日から始まった。これから5回続くという。     . . . 本文を読む

京都新聞に梅里雪山の大雪崩の写真

2011年04月23日 | 梅里雪山
 3月の梅里雪山行には、京都新聞のF記者が同行されたが、彼女の「カメラは見た---京大登山隊遭難の地を訪ねて」という特集記事が、23日(土)の京都新聞夕刊に掲載された。  中央には、あの大雪崩の写真。すごい迫力だ。  「友の眠る山 京大登山隊遭難20年」という連載は、27日の朝刊から始まる。  以下、文章部分を転載する。 「絡まりあった真っ白い龍が、ゆっくりと山肌をなめて下界へ降りてく . . . 本文を読む

「思いやり予算」を被災地復興に!

2011年04月21日 | 沖縄日記
  (「総額1兆円の思いやり予算を復興に!」と、沖縄県庁前広場で署名集め)    午後、県庁前広場へ。Yさんから連絡を受けていた署名活動に参加した。  今回の大震災と大津波により3万人近い人たちが死亡、行方不明となり、家屋などを失った人は16万人を超えている。さらに、福島原発の事故は、今後、どうなるか、全く予断を許さない。報道によれば、復興資金は総額25兆円を下らないだろう(原発汚染処理 . . . 本文を読む
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辺野古のひどい隔離フェンス

2011年04月20日 | 沖縄日記
 今日も絶好の快晴。朝から辺野古に向かう。  前回の沖縄滞在時(2月)は、連日、高江が緊迫していたので、結局、辺野古には来られなかったから、久しぶりだ。  気になっていた浜の隔離フェンスを見にいく。予想以上のものものしいフェンスが出来ており、驚いた。以前は、浜で、米軍の水陸両用車が走っていたり、米兵たちがウロウロしているのが見えていたのだが、高いコンクリートの基礎のため、中はまるで見えない . . . 本文を読む

久しぶりの沖縄

2011年04月18日 | 沖縄日記
 18日(月)、久しぶりに沖縄に戻ってきた。  大阪南港から乗用車に荷物をいっぱい積み込んで運んだので、空港からすぐ、浦添埠頭の倉庫に直行した。沖縄は、今がうりずんの季節。陽射しが明るく、さわやかな陽気だ。  今回は、5月12日まで滞在予定。                  (車が着いた浦添埠頭)    (港付近のモンパノキ。柔らかく加工しやすいので、 . . . 本文を読む

ついに訪れることができた梅里雪山⑦---帰途、季節外れの豪雪で峠が越せない!

2011年04月03日 | 梅里雪山
 (峠を越す前日(28日)、初めて梅里雪山の連峰がその全容を見せてくれた。左から、メツモ(6054m)、ジャワリンガ(5470m)、プジョン・ソンデブーショ(6000m)、そして、右端が最高峰・カワクボ(6740m)。地元の伝説では、これらの山群は、一つの家族だと言われている。カワクボが王様、メツモがそのお后様。その両側の大小の頂は、二人の子どもや護衛の将軍たちだという。)   . . . 本文を読む

ついに訪れることができた梅里雪山⑥---食糧や酒を燃やし、死んだ人たちに捧げる

2011年04月03日 | 梅里雪山
 ユイポンで大雪崩を目撃した16日の午後、宿の主人に、珍しい宗教行事があるよと誘われた。家族、親戚や親しい友人など、死んだ人々のために食事を捧げる行事だという。井上たちのこともあるので、是非、参加させてもらおうと、村の小さな売店で、お菓子やお酒などをいっぱい買って出かけた。  上村の一番奥の家には、村の人たちがほとんど集まっていた。庭先では、男たちが座り込んでマニ車を回している。中に入れてもらう . . . 本文を読む

ついに訪れることができた梅里雪山⑤---彼らはこんな急峻な氷河から出てきたのか!

2011年04月03日 | 梅里雪山
 3月27日、久しぶりに晴れ間が出たので、ミンヨン氷河に向かった。  谷に沿って緩やかな山道を2時間ほど歩くと、太子廟という小さなお寺に着く。この辺りで標高2940m。正面には、ミンヨン氷河が圧倒的な迫力で迫り、その上に、梅里雪山の主峰・カワクボ(6740m)が、朝陽に照らされて輝いている。ユイポンの峠で見て以来、ずっと雨や雲り空だったので、10日ぶりに見るカワクボだ。   (太 . . . 本文を読む

ついに訪れることができた梅里雪山④---初めて村にまで雪煙が来た! 大雪崩を目撃

2011年04月03日 | 梅里雪山
 3月16日、午前11時過ぎ、峠の展望台で梅里雪山を眺めている時、あっと気がつくと、ベースキャンプに使われていた谷の辺りで、大きな雪崩が発生したのに気がついた。あわててカメラを向ける。  実に大きな雪崩だった。雪煙は、ベースキャンプの谷いっぱいにモクモクと舞い上がり、そのままあふれて樹林帯を下り始めた。幅もかなり広い。まるで、白い大津波が山を駆け下りているような不思議な光景だ。やがて、雪煙は、ユ . . . 本文を読む

ついに訪れることができた梅里雪山③---やっと神々しく輝くカワクボが現れた!

2011年04月02日 | 梅里雪山
 3月15日、車で、メコン河の急峻な谷沿いの道にヒヤヒヤしながら、西当(シータン)の村へ。そこから、馬を2頭連れて、梅里雪山に最も近い山奥の村・雨崩(ユイポン)に向けて歩きはじめる。この道は、1990年11月、井上たちの第2次登山隊が辿った道だ。  この季節には珍しい雪のため、途中で馬を返し、昼頃、標高3750mのナゾヤ峠に着いた。峠の周囲には、タルチョや祈祷の旗(ラテ)で、カラフルに飾られてい . . . 本文を読む

ついに訪れることができた梅里雪山②---揚子江、メコン河、サルウィン河が並走する「深い浸食の国」へ

2011年04月01日 | 梅里雪山
 3月11日、京都新聞のFさんと2人で関空を出発。上海を経由し、深夜、昆明へ。翌朝のフライトは大幅に遅れて、昼前にやっとシャングリラに着いた。ここはもう標高3276m、デチェンチベット族自治州の中心地だ。粉雪が舞い、寒さに震えあがる。  当初は、すぐに、峠の先の街・デーチンに向けて出発する予定だった。しかし、飛行機が遅れたことと、峠が雪のため、閉鎖されているかもしれないということで、この日は、ペ . . . 本文を読む

ついに訪れることができた梅里雪山①---ツァシ村長の娘さんと一緒にミンヨン村へ

2011年04月01日 | 梅里雪山
                 (梅里雪山の最高峰・カワクボ(6740m))  3月11日から31日まで、中国雲南省にある梅里雪山(6740m)を訪ねた。  以前のブログにも書いたように、この山はちょうど20年前、京大学士山岳会の日中登山隊が初登頂を目指したが、1991年1月3日の深夜、突然の大雪崩が第3キャンプを襲い、17人が死亡するという、日本のヒマラヤ登山史上最大の惨事と . . . 本文を読む