イタリアまるかじり

料理を通じてイタリア文化探検する。

佐渡へ、法要と中山家のルーツ探し

2011-06-11 14:48:32 | その他


6月6~8日佐渡に女房殿と父の27回忌と母の法要、そして中山家ルーツを探しに旅をする。
写真の寺は「曼荼羅寺」で1394年に始まる長谷寺を総本山とする真言宗で16世紀末には
中山家で開基した。中山家の家紋は写真一番上の○に三が入ったもの。
本家のご夫婦と写真撮影。
住職はまだ30台で2~3年前に曼荼羅寺に入りは47代目とのこと。
平成2年(21年前)に父に由来する中山家の墓をひとつにまとめた。
写真は河原田商店街とひょろひょろとうなぎの寝床の様な中山家の土地、京都の町屋と同様間口に税金がかかって
くるので間口が狭い。



佐渡に渡る前に「佐渡博物館」経由で中山家の歴史をしりたいと連絡したところ、佐渡金山世界遺産推進課
の女性を紹介された。この女性から下記2冊の本を紹介された。

佐和田町の図書館で、「河崎屋物語」中山徳太郎 昭和13年著(私版)と
「佐和田町通史2」を拾い読みしました。

中山家の歴史;
武田勝頼のお納戸役(財務担当文官)で勝頼の敗北で、河崎新吾元康が佐渡に渡り、その後一族が中山と言う
地名に住み、「鶴子銀山」の経営に携わりし財を成した様である。「鶴子銀山」は「相川金山」が発見(1600年)より50年前に見つかり当時日本最大の鉱山であった。
河原田に3代目宗佑が名字帯刀を捨て郷士となった。
名を居住していた中山にちなみ苗字を「中山」屋号を「河崎屋」とし、中山7軒を形成現在の河原田商店街
の礎を作った.
中山七軒「河崎屋七軒」 :
中山新佐衛門(大屋ーおうや)
新兵衛   (本屋ーおもや)
儀江門   (隋屋?)
五右衛門  (酒屋)
八兵衛    (無し)
六兵衛    (中元または中)
七兵衛    (新居屋)

「曼荼羅寺」現在で47代目とのことですが、1397年建立され、2回火事に遭遇
江戸初期1615年の火災の時には田畑と小作人もつけ曼荼羅寺再建した。
又明治中期に又火災にあったが中山家が再建した。

上記は「河崎屋物語に出てきて、中山徳太郎(産婦人科)が執念で調べ上げていて
「おうや」の直系らしく自宅にあった「かこちょう」や佐渡の歴史書をもとに調べた。
漠然と武田家家臣であったことと、中山7軒が河原田に移り住んだ事は聞いていたが、
「川崎」と言う名前がルーツであったこと初めて知りました。

昼食は佐和田町の「小田」 お食事処に飛び込みで入りました。(52-4638)
この店で月に一回郷土史研究会の集まりの後食事会をやっていたとのことでした。
今回初めて中山家のルーツが分りかけ、大収穫でした。



 夜も「小田」で食事、実に旨かった。
「小田」の肴:「めばるとひらめの煮こごり」「たけのこ」「あいなめの南蛮漬け」
「スライス玉葱と鯵の洋酸味」「やまうどと鯵のぬた」「黒メバルの煮付け」「ふぐのから揚げ」
「刺身盛り合わせーいか、メバル、ちぬ、あいなめ、等」鯛の潮汁。
写真は夜隣あわせになった単身赴任の新潟の方(一升瓶を持っている方)佐渡生まれで現在もTV関係の
お仕事をされている方と話がはずみました。


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3 コメント

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Unknown (kouji)
2019-06-23 02:13:44
祖母が旧姓中山と聞いてました。
母から聞いていた中山家のルーツがありますが、このサイトから得たものかもと思いました。一度は訪れてみたいです。
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中山家のルーツ (中山奘伺)
2011-08-28 11:51:54
ご返事おくれましてすいません。
佐渡は現在も本籍です。
私の父は15歳で家を出て小樽で菓子問屋に奉公し独立しました。80歳で逝去、生存していれば106歳です。佐渡の土地は長男の意識で何とか残して今日に至っています。尚中山一族の墓は「曼荼羅寺」とは別に最初から(1600年代)からあったようです。
現在お墓に線香をあげる人は
6~7家族の様で、多くは無縁仏となってきています。そんな状況で平成3年新たに写真の墓をたてました。
尚小生のメールアドレス:
 chomo_1945@yahoo.co.jp
アクセスしてください。
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中山家のルーツ (Sachiko Nakayama)
2011-08-15 21:28:34
初めまして、突然のメール失礼致します。
私の祖父は姓は中山、佐渡/佐和田出身とい聞いております。
祖父は3男という事もあり早々に故郷をあとにして、東京で3代目。祖父な30年前に亡くなりましたが、私の父も亡くなった後は親戚との疎遠となり、中山家のルーツって?と思っておりました。一度も佐渡へは行った事がなく、夏の計画中偶然にこちらを見つけて驚きました。家紋も○の中に三です。
偶然ですが、お盆という事もあり何かご先祖様のご縁を頂いたようで、メール差し上げた次第です。
ありがとうございます。佐渡へいずれは行きたいですね。
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