まくとぅーぷ

作ったお菓子のこと、読んだ本のこと、寄り道したカフェのこと。

氷 埜庵の12ヶ月 

2016-08-14 11:02:08 | 読書


一昨年の夏、唐突に降りてきた
「かき氷熱」
手近の果物と砂糖で
あらゆるシロップを作っては
古めかしい手動のかき氷器で
ガリガリ削った氷にかけて
食べはじめた

写真に撮ってSNSに上げると
なんだかとてもたくさんの人の
反響を得られて驚くとともに
とても嬉しく
近所の珈琲屋さんの営業後に
出張していったり
今年はとうとう会社にも
持ち込んだりして
こんな単純なものに
みんなが想像以上に
喜んでくれるのが
楽しかった

そして先月のイベントの端っこで
好きにしていいよ!と言われて
与えられた大きなかき氷機と
氷屋さんの切り出し氷100人分
1ヶ月前から梅や紫蘇の
シロップを仕込み
冷凍苺1キロ、桃10個を仕入れ
グレフルも漬け込み
有名店のレシピ本を見ながら
基本のシロップを2L作って挑み
当日は60人弱のお客様に振舞って
ほぼ完売した

嬉しかったのは
小さな女の子に
「本物の苺だ!」と喜んでもらえたこと
大人のお兄さんが
「今まで食べたかき氷の中で一番うまい」
って言ってくれたこと
特にコメントはないんだけど
一人で桃を6杯お代わりした男の子の存在
(おなか大丈夫だったのかな、何度か確認したんだけど)

「シロップは埜庵さんのレシピなんですよ」
と言うと「あ、湘南ですよね」と答えてくれる方もいて
さすが人気店だなと感心した

で、その店主の手記がこの本
サラリーマンを辞めて
かき氷屋になって10年の思いを
綴っている

観光客で賑わう鎌倉に出した
最初のお店の最初の営業日に
お客がたった1組だったという
不安だらけのスタートから
夏には550人のお客が押し寄せる
現在に至るまでのあれこれ
氷のみならず、苺や抹茶などの
シロップの素材にも拘り
産地に赴いては工程にも要望を出す
かき氷オタクな石附氏
天気予測がいかに店にとって重要かを
切々と語り、「予報士は死ぬ気で当ててほしい」と
いうセリフは大真面目なんだろうけどちょっと笑えるし
氷を削る刃のメンテを依頼したキャリア50年の
職人さんとのやりとりも感動的

だけど私が一番心にしみたページは
奥様の心情を吐露したもの

勤め人の妻になったはずなのに
気づいたら根無し草のような暮らしで
こんなに繁盛店になった今でも
朝起きると一番に感じるのは「不安」
ある期間、乳幼児を持つ無神経な母親たちに
店を荒らされていて
毎日営業後に辛い思いで掃除をしていた話や
夫が会社を辞めたことをしばらく親兄弟にも
言えなかった話など
小さな子供を二人抱えて不安に苛まれて
過ごした毎日がいかばかりだったかと思うと
なんだか切なく
「でも、最初の頃と違うのは、1日の終わりに
よかったと思えること」との記述に救われる

そして2人の「妻」のことを思い出した

1人は四半世紀以上前、インドネシアのジャカルタに暮らす
日本の現地法人の銀行員の妻
治安がお世辞にも良いとは言えない土地で
同じ現法に勤める家庭と協力して
子供を小学校まで送り迎えするのも交代で行う
買い物に行くにも緊張を伴う暮らしで
ある日「日本に帰りたいなあ」と呟いたら
夫に「じゃお前だけ帰れば」と言われてしまった
「ベランダで泣いてたんですよね」と
後悔とともに教えてくれたのはその夫本人だった

もう1人は5年位前、小田原で鰯釣りさせてくれた
漁師の妻
釣り好きが高じて会社勤めを辞め
船を買って小田原に転居した夫と
育ち盛りの3人の子供、という家族構成
釣りの後、大量の鰯と20人ほどの客が
自宅に押し寄せ、一般家庭のキッチンに
5人くらいがひしめいて調理するのの
采配をふってくれた
カッティングの美しい大皿を出して
「これね、丸の内でOLしてた頃に買ったの!」
と、楽しそうに大きな瞳で話してくれた姿に
その頃はまさか将来こんな風に暮らすだなんて
みじんも思わなかったんだろうなあ
やっぱり妻となり母となれば
夫の生きかたの選択で人生を振られる
ものなのだろうなあ
などということを考えた

そんなことを思い出し
ふと気づいた
この本は石附氏の
奥様への贖罪と感謝を
形にしたものなのだった

この夏が終わって
一息ついた頃
お店を訪ねてみたい