戦い方それぞれ

見て、今日のあたしのお昼！
と、写真を提示される。
石狩寿司、と書いたパッケージと
かにてんこもりの折り。
予備校で行われる模試会場で
まわりを威圧する目的で
購入したとのこと。
こいつを試験開始10分前まで
ほかのやつらが復習してるなかで
悠然と食ってやるのが
彼女の戦うスタイルらしい。


彼女の盟友、レラ嬢も
入試会場ではまず
眼力で3割を倒すと。
確かに、美人で大きな瞳の嬢には
十分あり得る戦果。
レラ嬢によれば
そこらの2割は記念受験
もう2割はすべりどめ受験
眼力で倒した3割を引いて
あとの3割とガチ勝負
なんだそう。
もちろん勝ち上がっての今がある。

わたしは試験会場で
まわりにどんな効果を
与えようか、などということを
考えも思い付きもしなかったので
こういう着眼点には
恐れ入るばかり。
生きる力の差はこんなとこから
つくのだろうな。

老後を考えるとできないことってなんだろう

メールが来た。
宛先四人の一斉配信。
差出人はMさん。
あと二週間で辞める人。

中身は、辞めることになった報告、その理由、これまでの礼。

Mさん、辞めるんだって
と言うのを聞いたのが
一月以上前だから
受け手四人が四人とも
あ、やっと、来たのね
という感じ。
いろいろ引っ掻き回されて
ボスはかんかんだった。

理由には
この先(老後)のことを考えたら
この仕事は続けられないと
思いました
って書いてある。

真意はわからない。
知らせるつもりもないんだろうな。
上司には
あたしはピッキングとかがやりたいんです、って言ったと聞いてる。
そうと知ってたら、わざわざ
事務所飛び越えて世話焼いたり
しなかったのにな。

驚いたのが、その四人のなかには
いま彼女がまいにち机並べて
同じ業務をしてる子の名前が
入ってて
○さんには迷惑かけてすみません、
って書いてあること。
直接言わないんだね。

ボスに、メールが来ましたよ、っていったら、どんな温度だった？と聞かれた。
まだ私、直接言われてないんだよね、辞めるって。というので驚き
支社長にも直接言ってないんだよね、というからさらに驚く。
じぶんの直属上司に伝えただけらしい。

いろいろ残念だけど
我が身をふりかえればよいんだろうな。

絶対零度にならないよう
ぎりぎりの社交辞令的あたたかさで
返信したわたし。
こんなのばっかうまくなって、笑える。

ボスがあちらの事務所に、
こっちでもサカモトメソッドで
やりますからよろしく
といい放ったらしいので
新しい事務員さんのお世話係
がんばります。

スクラップアンドビルド。

短いお話。

あ、あれね。
嘘だから。

一瞬、耳を疑った。
綺麗にグロスをひいた彼女の
唇の動きを頭の中でリピートしてみた。
間違いなかった。ウソダカラ。
五号館の渡り廊下には陽の光がたっぷり差し込んで、彼女の長くてまっすぐな髪にきらきらと降り注いでいた。

念願のR大学に入ったものの、山手線での通学にはしゃいだのは束の間で
まわりにいる自分以外のすべての子が余裕と自信と金持ちの親を持ってるように見えて、オリエンテーションの終わる頃にはなんだかぐったりし、机に突っ伏していた。
だから彼女がそんな私に、ほんと聞いてるだけで疲れちゃうよねー、と、屈託ない笑顔で話しかけてきたときにはとても驚いて、あっ、そうだよねー、とバカみたいに返すのがやっとだった。
なんだ、すっごく可愛いしゃべり方するんだね、と笑う彼女。そういうあなたはとっても美人なのね、と、声に出さずに心のなかでつぶやいた。
それが紗代との出会いだった。

R大学は一般受験で入る学生が全体のたった20パーセントで、残りは附属の男子校からの持ち上がりと、都内近郊の有名なお嬢様高校からの推薦者が占めるということを知ったのは、入学後のことだった。女の子の格付けランキングのツートップは、T女学院(T女)と、N女学館(ヤカタ)で、それにK高校とD学園が続く。紗代はD学園出身、加えて持ち前の美貌と抜群のスタイルで、どこへいってもちやほやされた。
図に乗ればどこまでもいけそうなのだが、芯は真面目で硬く、勉強熱心なのが紗代の面白いところだった。そんな紗代もわたしのことを面白いと思ってくれたらしい。同じ学部同じ学科、同じクラスで同じサークル。バイトも同じところで、まあたいていは一緒に過ごしており、先輩らもわたしたちのことは対で扱っていた。そして対でいることでわたしは数々の恩恵を受けた。
ある日わたしはそれについて先輩に、紗代と一緒だといろいろお得なんですよ、美人はやっぱり特別扱いですし、という話をした。別に何の嫌み妬みもなく、純粋にそう思っていたのだが、聞いた先輩はなぜか眉ひそめて、そんなことは思うもんじゃないよ、と言った。
自分に自信もてよ。そういうのなんか違うよ。
その時にはうまく言えなかったけど、今ならたぶんこんなふうに答えるはずだ。そうはいっても、もしあなたが女で、傍にいつも紗代のように成績もよければ顔も綺麗で背も高く脚が細く、そのうえ優しい子がいたら、自分と比較しない自信はありますか。比較して絶対的敗北を認めたら、もうそれは受容して、あとは自分にもたらされるメリットについて目を向けるしかないんじゃないですか。

ただひとつだけ、不思議なことにわたしが紗代に負けないことがあった。それは、彼氏に大切に扱われる、ということ。こんなわたしにも恋人はできたし、彼らはわたしを大事にしてくれた。だが紗代のつきあう男はみな、はじめこそ違うが、だんだん傲慢になるのだった。それは紗代が、好きなひとにはとことん尽くしたいタイプの女の子だったからだ。男は、美しい女の子にかしずかれると、舞い上がり勘違いして天狗になるのだ。紗代が外見のままの、わがままで高飛車なお姫様気質の女の子だったら、こんな被害は受けなかっただろう。献身的な資質は紗代の長所であり、残念なところであった。紗代はときどき、彼氏の仕打ちを打ち明けて泣いたりしてた。わたしは一緒になって泣いたり怒ったり、ときには相手の男を呼び出して苦情を申し述べたりした。だから紗代がマサ君と付き合うことになり、彼が紗代に心から惚れ込んでいて、舞い上がることもなくひたすら彼女に尽くしてくれると聞いたときには本当に嬉しかった。これで紗代は辛い目に遭うことはもうないだろう、と安心した。マサ君には直接会ったことはないけど、写真を見せてもらい、のろけ話を聞き、大事な友達がしあわせそうにしてるのを見て、わたしもしあわせな気持ちになった。喧嘩したあとマサ君が雨のなか傘もささないで、ずっと紗代の家の外に立っていて、無事仲直りしたなんて話も、なんてロマンチックなんだろうとうっとりして聞いていた。

講義が終わり次までぽっかり時間が空いて、わたしたちは渡り廊下のベンチで他愛ない話をしていた。
紗代はなんだか元気がなかったし、話も上の空な感じなので、さてはマサ君とまた喧嘩した？とおどけて聞いてみた。
マサ君とは別れたよ、と紗代が放り投げるように言った。
いつ？もう三ヶ月経つ。知らなかったよ。うん、なんか言えなかった。美香は彼氏と仲良くしてるし。
そんなことを比較して、紗代は塞いでいたのか。初めて知る彼女の憂いだった。励ますつもりで、わたしは言った。
でもマサ君、紗代をめちゃめちゃ好きだったもんね。雨の中立ち尽くしたり。振っちゃったのは、ほかに好きな人できたから？
紗代はほんの瞬きする間、記憶を辿るような風情を見せた。それから言ったのだ。

あ、あれね。
嘘だから。

マサ君、喧嘩したあと私がどんなに謝っても許してくれなかった。それで振られたの。でも美香にはなんか言えなくて。嘘ついちゃった。

そこまで言ってはじめて、わたしの表情に哀しみを見つけたのだろう、紗代はとってつけるように、ゴメンネと小さく言った。あ、うん、べつにいいよ、とわたしはバカみたいに答えた。
紗代にしてみれば、容姿の劣るわたしが彼氏に優しくされてるのに、じぶんばかりが辛い目に遇うのが悔しかったのだろう。さらにそれをわたしに慰められることも、悔しかったのだとおもう。だからそれを阻止した。それだけのことだ。でもそんなにもつまらない、そんなにも薄っぺらい嘘があるだろうか。そんなにもか細く弱い、ひらっひらの友情しか、紗代はわたしに持ってなかったのか。

卒業してから紗代とはめったに会わなくなり、先日とても久し振りにみんなで集まった時、遅れてやってきた彼女を見てのけぞった。紗代はまるまると太っていた。仕事と育児のストレスが深夜のポテチに向かってしまい、会社の制服担当に、もうこの次はないですよ！と脅かされてるの、と笑ってた。輝くばかりの若さと美貌があった頃より、しあわせそうに見えるのはなんでだろう。わたしについた、つまらない嘘を覚えてるだろうか？きっと忘れてしまったに違いない。だからわたしも忘れてしまう。楽しかったことだけ心に留めて。

家出

勤労感謝の日に思いきり寝坊できることに感謝しつつ昼までごろごろしてると、なにやらふとんにもぐりこんでくるものがある。猫なんか飼ってないんだけど。そいつは、詰めて、つめてといいながらセンターへじりじり身を寄せる。本を読んでるわたしの頭が枕から落ちると、あ、とかいう。あ、じゃないよ、もう。背中にひっついて、何やらモゴモゴいってる。八時間つけこんだフレンチトースト今食べたいなぁ、だって。そんなことは少なくとも九時間前に言ってくれなきゃ無理だから。そしてやおら、そいえばあたし一回家出したよね、という。そうだった。わたしがいつものように、なんかすることを強要し(宿題なのか片付けなのか忘れた)、やらないんなら出ていってもらう、と脅迫したんだった。その台詞を吐きながら、まさか後者を選択するとは思いもしなかった。静かに決意したムスメは、でかいバックパックに着替えをぱんぱんに詰め込んだ。それと、お年玉もつっこんだんだよ、と今朝教えてくれた。そして家を出てすぐ、友達に見つかり、背中の荷物を訝られ、事情を聞いた友達は、とりあえずまるせんのとこに行こうよ、と、古巣の学童クラブへ連れていってくれた。まるせんことマルヤマ先生から我が家に電話があったのは夕方四時、すぐ行きますといったら、おやつ食べてるから、まあ、そのあとゆっくりお返ししますといわれた。日もとっぷり暮れた頃、硬い表情の大荷物ガールを確保。わたしはカンカンだった。今その光景を見たら腹抱えて笑うだろう。それから10年の間、ムスメは家出しようとは二度と考えなかったそうだ。着替えとお年玉だけでは、生きていけないということに気づいたから、というのがその理由である。

笑顔の心

打ち合わせ、同席してくれる？
じゃ、月曜朝、8時50分に本社ビルの一階ね。

武井のアニキはそう言って
そそくさ電話を切った。

本社ビル、派手に竣工してから
八年経つけど、地方事務局のいち事務員には用事なんてある筈もない。
10年前に営業として雇用された直後は、
研修などで旧本社ビルに何度か行ったことはあるが、
場所おんなじだよね？と同僚さんに聞いたら、何いってるんですか、駅すらちがいますよ、って笑われた。

どうやって行くのかなぁとつぶやいたら、後輩ちゃんがささっと検索してくれて、横浜回りのJRがいちばん面倒くさくないですよ、ただラッシュの東海道線ですけど、という。
でもまあ渋谷のダンジョン歩くよりましかな、ということでルート確定。

10月に始まった新しい期に、マレーシア勤務から戻ったばかりという男が、副支社長のポストに収まった。
野心まんまん、フットワーク軽く、人脈も広く、でかい声でからから笑うひと。
彼に武井のアニキ、、もとい、武井支社長代理が業務内容をレクチャーしたのち、それでいったい具体的にどんなことが大変なの？という彼の質問に
たとえば研修資料の封入とか、とアニキが答えたところ
それはスマイルハートさんに外注すれば？と提案された。

スマイルハートはグループ会社で、名刺作成や教材作成、単純作業を請け負う。印刷こそ実費がかかるが、あとは年間いくらの契約をしてるから、ひとつひとつの作業依頼には請求はなされない。九州事務局ではすでに、研修資材封入をここに依頼してるという。だから、むしろ使わなきゃもったいないよ、と、副支社長はいう。

彼とアニキでいちど先方に出向き、いろいろ相談してきたのち、
さっそく来月の研修から頼もうということになった。
とはいえ支社の6事務局いっぺんにというのは大変だから、まずひとつどこかでテストしてみよう、じゃあ横浜北で、という流れで、わたしのところにお鉢が回ってきたのだ。
なんでうちが、といえば、万一なんかうまくいかなかったときのリカバリー力が一番強いから。まぁ、膝から血を流しての回転レシーブ得意だし、たいていのことには耐えうる面子だよ、ほめられたってことでいいのかな。

実践にあたり、最初だからやはり顔あわせて具体的な打ち合わせをしたいと先方に言われ、現場担当としてふたりについていくことになった。

都会の朝のラッシュは、はじめてではないけどあまりに久しぶりすぎて
普段いない余計な人間ひとり増えて
まわりのひとに申し訳ないような
気持ちでぎゅうぎゅう潰されていた。
大変ですよ、おしり触られちゃいますよ、となぜか嬉しそうな営業ちゃんの言葉をおもいだす。あのね、他人と密着してるのは、おしりどころの騒ぎじゃないんだよ。
降りるべき駅の開くドアが右側だとアナウンスに告げられるも、左側ドアに押し付けられてる我が身をどうにもしようがなかった。
ようやくホームに降り立ち酸素の潤沢な空気を吸い込み、地図片手にふらふら歩き出す。写真で見た立派なビルはすぐに見つけられた。大きなガラスのエントランス、可愛らしい受け付け嬢、物々しい警備員。まだ約束には早い。だだっぴろい平面なソファに座って待つ。ほどなく副支社長がやってくる。どちらに住んでいるんですか？などと話してたら、彼の住まいはわたしが子供を生んだ町だし、わたしの家の隣町に、彼は以前住んでたそうで、時間差ご近所さんだった。

アニキが時間ぎりぎりに、道混んでて、とやってきた。エントランスを通るにも、フロアに入るにもIDカードを使う。首から下げてないと、トイレにもうかうか行けない仕組み。
めざすスマイルハートさんは20階にあった。フロアのこっちはんぶんに、いくつかのデスクの島とソーターやプリンタ、カッターなどの機材。むこうはんぶんは、がらんとしてる。

打ち合わせスペースに座って待ってると、背の高い男性ひとり、ちいさくてふくよかな女性ひとりがやってきた。
アニキはわたしを二人に紹介したのち、早速具体的な作業内容について説明する。男性は神経質にときおり内容の確認をする。女性は、まあはじめてのことだし、とにかくやってみなきゃわかんないから、やってみよう！と明るく笑ってる。

副支社長に連れられて、機材や作業の様子を見学。ここで働くひとは、障害者雇用促進法に則り雇用されている。明るい肝っ玉かあさん的な担当の女性はここを指導管理してる。
パンフにチラシはさんだり、封筒の口をきちんと折ってテープを貼ったり、返品とおもわれる小さな冊子のへりを消ゴムできれいにしたり。
動作はけして早くないが、無駄口たたかず一心に作業してるため、短時間で終わらせることができるのだそう。
あーこの先生今月は30人割っちゃったね、ざんねん、とか、この先生はいつも資料用意してても来ないよねー、とか、わいわい喋りつつ封入する、そんな風景はここにはない。

安心したのは、作業を請け負うこと自体はウェルカムなんだというのがわかったこと。常になにか仕事があるほうが助かるということだった。
あとはどの程度のことまでを投げてもよいのか、そのための日数をどのくらい読めばよいのか。やはり、やってみないとわからない。
でもなんとかこの初回をクリアして、支社全体でこの仕組みを共有できるようにしなくちゃ。どうやら今期わたしの飯の種はここにあるようだ。

ラベルデータと用紙、封筒はなるべく早くほしいといわれ、戻って用紙と封筒を発送したあと、夜遅くにやっと整えたデータを送信。これで翌日から仕事にかかれる筈だ。あとは形式上必要な書類も作って、各方面に送信。

ところがうっかり事務所の営業さんの動きを確認するのを忘れていて
打ち合わせ翌日に早速、封入アイテム追加の電話をするはめに。
肝っ玉母さんの声がとんがってるのは、とにかく、やったことないから追加できると断言しようがないからで、
無理そうなら投げ返していただいてよいので、トライだけおねがいしますと平身低頭。でもアイテム追加なんてことは日常茶飯だから、ここが頼めるかどうかはこの先大きい。

仕事を誰かに依頼すれば、その仕事じたいにかかる労力は軽減するけど、依頼するという作業に労力がかふかる。天秤にかけて、わたしは自分でやっちゃうことを選択しがちなのだけど、たぶんそれはチームのリーダーとしてはよろしくないことなんだろう。基本的には、事務ちゃんずみんなでよってたかって、やるべき仕事ができればよくって、できるだけみんなが気分よく働けると尚良し、と思ってるんだけど、たとえばわたしが不在にしてるときに誰かが誰かに意地悪してるとか、そういうの後で聞いたりすると、もう少しなんとかできるはずだなぁと思う。やることがきっちりあって、それにやりがいがあれば、意地悪してる暇もないわけじゃない？ってか、もう大人なんだしどーにかしてくれよとも思うけど、それも含めてわたしの拾うべき業なんだろう、たぶん。

めったに行くこともないから、自分の所属する会社の本部がある9階にも連れてってもらって、いつも電話だけでやりとりしてる担当のひとたちに挨拶してきた。優しい声で丁寧に対応してくれるのが、やはりとても可愛らしい若いお嬢さんだったり、ちょっと冷徹なかんじで怖いな、とおもってた人が、今どきな雰囲気の美人で笑うと柔らかい感じになる女の人だったり。やっぱり直にお会いすることってだいじだなあとおもった。フロアには営業時代お世話になった懐かしいインストラクターやチーフがいて、みんな一様に年を取って貫禄ついてた。10年の重み。
わたしの10年って重みなさそうだな、とちょっと寂しかったけど、でも新人ちゃんらの怯えっぷりを見るにつけ、よくも悪くも、重たくなってるのかもしれないな。

あなたの仕事、笑顔で心こめてお手伝いします
というのが、スマイルハートさんの社名の意味なのだそう。
わたしもせめて、笑顔で働こうとあらためて。