ぶつぶつ地蔵

地蔵 呟く ひーの言葉を。ぶつぶつと…。

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最終回 アートな京大を目指して 京大おもろトーク 「芸術と毒の微妙な関係」

2017-03-24 14:44:10 | 思考の森
最終回 アートな京大を目指して 京大おもろトーク 「芸術と毒の微妙な関係」
パネリスト:山極壽一総長 内丸幸喜さん 小松和彦先生 松尾惠さん 吉岡洋教授
〆の挨拶:土佐尚子教授
モデレーター:吉川左紀子教授
幕間演奏:Duo Nagai Weitzel

第一回目の「垣根を越えてみまひょか」から2年で7回目が最終回でした。
オイラは第一回目と最終回のみの聴講。
以下覚書。(興味のある方のみ読んでね~^^)



【第一部】 山極総長と文化庁文化部長の内丸さんの対談。

デザインは、何回も繰り返すことができるもの。
アートは、1回限りのもの。山極総長はメッセージととらえている。

ジャガーの毛皮やクロコや蛇革の財布など、動物学的には「怖い」「うわ!」っとなる生き物でも、見方(立場)が変われば「ええもん」になる。価値が変化する。

文化芸術振興基本法が定められている。
文化芸術が創造され享受したものを社会に還元するための法案(?オイラの解釈、ちょっと違う?)。国としての文化芸術振興の基本理念を定め責務を明らかにしている。

絵画や音楽には、もともと題名がついていないことが多かった。
アートとして世に売り出すために名前を付け整理した。

アートとは、自然に境界線を引くことである。
個々が接する自然はそれぞれの感覚であり、互いに共有していない。その自然に境界線を引くことで共有するメッセージを持たせるのがアートではないか。

文化庁の方向として。古いものの保存だけでなく、今、生まれている文化芸術の成果をより多くの人に知らせ、未来の人々へ保存していくことが必要では。文化芸術の活用。

サイエンスは過去からの積み重ね。一方向。
アートは、今・未来だけでなく過去に向かっても開いているもの。

サイエンスとアートの共通点は、どちらも目に見えないものを見せる点。



理系同士の対談のためか、オイラの頭ではなかなかついていけない内容でお話が進んでました^^;

聞いてて思った事。
昔は国だったり王族だったり貴族だったり宗教だったり・・・ともかくパトロンがいて、その莫大なお金と膨大な労力と可能な限りの技術と依頼された人の天性だったり努力だったりで磨かれた感性が融合して、お城だったり天井画だったり彫刻だったり絵画だったり・・・が造られた。そして今現在まで残って初めて評価されていると思うのです。まぁ、ないものは評価できませんからね。
信仰であったり権力欲であったり純粋に好きだと思う思いであったり・・・色々な理由はあれども、長い年月「誰かの手で守られてきた」という事実が、芸術となりうる一つの側面なのかなと。



第二部は、いろんな先生の講演。


■小松和彦先生■国際日本文化センター所長

芸術と毒と聞いて、ものぐさ太郎→鬼→シャーマン・・と連想されたそう。

シャーマンとは、人類最古の宗教と言われる人。
呪術的であったり、歌やダンス、時には薬草などを用いてエクスタシーへと達し、人にとって必要な物語を語ったり歌ったり踊ったりする。また人にとって禍となるものの排除へと導く。
ある種の精神状態(幻覚)になるため、毒や薬を用いた。

日常と違う意識値におくことが芸術=宗教やシャーマン

共同体における悪い部分を排除するのが祭=追儺

鬼=もものけや悪霊であり、個人の身体を犯すもの、共同体を犯すもの。
しかし、鬼は穢を一手に引受け、追儺とともに持ち去る福でもある。
毒(鬼)と薬(福)は一つでもある。

薬局のことを「ファムシィ」と言う。語源は古代ギリシャ語の「ファルマコン」「ファルマコス」で、薬であり毒のことである。

古代ギリシャにおいて「生贄」は動物ではなく人であった。
「生贄」は共同体における毒を持ち出す器である。
体の中に入ってくるものに、メタファーとしてファルマコンと言った。

カタルマ(シャーマンが言う体に入ってくる悪いもの)=ファルマコン
 ‖
カタルシス
 ‖
浄化を図るために使われる物語。


追儺によって共同体から排出される日本の鬼は、ギリシャにおけるファルマコン(生贄)やカタルマだったのではないか。

人が個で抱えているどうしようもないもの(毒)を解消してくれるものを形として表したものが芸術なのかもしれない。

薬⇔芸術⇔毒
と言った関係。


ものぐさ太郎は始め、働かず村人に養ってもらうだけの嫌われた面倒な存在だった。=毒
都に召し出す対象として、日頃役に立たない養うだけだった太郎を選んだ。=スケープゴートとしてのファルマコン。つまり村人を都へと召し出さないための薬。
この図式が追儺と重なり、先生の中で鬼へと連想させたのだそうです。



「毒にも薬にもならない」の言葉通り、薬は毒であり薬でもある、二つの効果を持っているから作用を起こすのです。
扉座の「新羅生門」での綱のセリフ。「悪がないと正義もない。鬼退治とは、鬼を殺すことではない。闇から引きずり出すことだ。」(要約してますが)
どちらか一方だけでは存在しない、鬼と正義の関係は毒と薬の関係に似ていると思った。




■松尾恵さん■ヴォイスギャラリー代表

同時代を生きてい人の芸術を現代美術と捉えていらっしゃる。
芸術=自己主張。一歩間違えるとわがままになりかねない、その見極めが大切。
自己主張である芸術を後世に残していかなければいけいない。

ギャラリーはケーキの箱のようなもの。空間。
アトリエから出て、その空間全体を使って芸術家は作品を作る。
主張したい作家の欲を表現するためにギャラリーという箱がある。
芸術家の作品を世に晒すための場所でもある。

作り手(芸術家)→送り手(メディア)→見る人 ただ作っているだけでは芸術は成り立たない。

芸術家は別の世界にあるものを越境して今の世界に何かを生み出す人。遠いところから何かを持ってくる人。
(小松先生のお話を受けて)巫女であるといっても良い。



■吉岡洋先生■こころの未来研究センター特定教授

美学とは哲学と似たもの。
想い考え経験などを積み重ねて、それをひも解き考えてくのが美学である。

ファルマコンのお話、しようと思ってらしたのに小松先生とかぶったそうです(苦笑)
Phrmaceintical =毒/薬

若返りの泉 fountain of youth ルカス・クラーナハの作品で、老女が泉に浸ると若い乙女になるとゆー絵画。聖書の一節なんだそう。
どの時代にも、老死への恐れ苦しみはある。

毒娘(Visha Kanya) インド、マウリア朝時代のお話。
赤ちゃんの時から、薄めた毒を飲むことで体液が猛毒となる、人間兵器として育った娘の話。善/悪、薬/毒、、、どちらかだけの存在はない。といった両義性のお話でした。

善悪の彼岸/ニーチェ
怪物(ウーゲホィ)と闘う者はそれによって自分も怪物とならないように用心せよ。
お前が底なしの淵を覗き込む時は、その深淵もまたお前を見返しているのだ。




【質問コーナー】
最後に全てのパネリストへの質問コーナーと、一言コメントがありました。

●文化とアートの違い
文化→計画性
アート→見えないもの

●シャーマンとリーダー
シャーマンは異なる世界をつなぐ存在。メディエーターで媒介者。
現代におけるリーダーを目指す作業(場所)への媒介者と捉えるならばそのカリスマに、共通性はある。
しかしあくまでもシャーマンには意識の変換が必要で、その変換によって別の世界を覗き伝える媒介者である。
リーダーとシャーマンの違いは霊的意識変換を媒介しているか否かである。

●いじめと生贄
緩んだ社会を引き締めるとき、また、社会を作るときに生贄の歴史は繰り返されている。



【オイラの結論】
それぞれの先生によって芸術・アートの切り口が違い、それは精神的な部分から実際に社会で体験・還元できるかどうかまで様々。
サイエンスでは全てを言葉で説明していくが、アートではとにかく感じるところから始まる。。。とおっしゃっていたように、同じ対象に対する考え方のプロセスが違うんですね。
アートへの価値観の違いも、ザラっとした感じではありまが感じられました。
一番最後に土佐先生が仰った内容が個人的には一番フィットしたのですが、先生の細かい言葉はメモし忘れました^^;
多分芸術は、対峙する人によって価値や存在意義が変わるもの。同じである場合もあるし違う場合もある。その社会で認められれば(文化財のように)世界共通の揺るぎない価値のものとなるが、それはそれを世に送り出した人の意思ではどうにもならない、そんなある意味、「見る」なり「聞く」なり「感じる誰か」がいて初めて社会の価値が生まれるのが芸術なのではないかと思いました。
創造者以外の誰かが「感じた」その瞬間に、アートとして息吹をあげるのかもしれない。
それは数年で終わるかも知れないし数百年続くかも知れない。もしかするとその一瞬で終わるかも知れない。

そんなかなーと思ったのでありました。

一回目にも思いましたが、あまりに難しくって頭沸いてます^^;











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きづくこと。

2015-08-31 13:44:19 | 思考の森
私は、金子みすゞさんの詩の読み方を知らない。
だから、自分で読んでも彼女の詩を理解できない。

でも、響く誰かが読んでくれたら、その中にあるものに気づくことがある。




さびしいとき

わたしがさびしいとき、
よその人は知らないの。
 
わたしがさびしいとき、
お友だちはわらうの。
 
わたしがさびしいとき、
お母さんはやさしいの。
 
わたしがさびしいとき、
ほとけさまはさびしいの。





先生はおっしゃった。
病気でも幸せになることはできる。



私には、知らないことが多すぎる。
気づけないことばかりである。
でも、こうやって気づかせてくれる言葉と出会える。

鳥頭なので、せっかくの気づきも忘れちゃうことの方が多いんですが。。。少しづつ、気づきを増やしてゆきたいな、と思うのであります。








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第一回 アートな京大を目指して 京大おもろトーク 「垣根を越えてみまひょか」

2015-04-27 14:37:39 | 思考の森
第一回 アートな京大を目指して 京大おもろトーク 「垣根を越えてみまひょか」
パネリスト:山極壽一総長 茂山千三郎さん 土佐尚子教授

人生初の京大。一生踏み込むことのない場所だと思っておりましたが、山極総長と千三郎さんのお名前を見て即決で申し込んだトークです。
大きなテーマは「いかにしてアートな京大を目指すか」で、今年は4回開催される予定なんだとか。

第一回目の今回は「垣根を越えてみまひょか」

「アートとは何ぞや」
山極先生の場合、おもろいこととアートは相性が良いと考える。先生にとっての垣根はゴリラである。というのが基本のカタチ。
アートとは見えないものを形にし、既存の垣根を超える力を持つものである。
しかしこの垣根を安易に超えると、場合によっては間違いを犯す可能性がある。

ゴリラのドラミングを初めて見たヨーロッパの探検家は「襲われる」と思った。
屈強な体の醸し出す見た目に対する驚きの誤解によって、ゴリラの垣根は超えられた訳です。そしてその姿は、キングコングに代表されるような攻撃的かつ凶暴な動物として描かれ印象づけられました。
しかし研究が進むに連れ解ってきたこと。
①ゴリラにおけるドラミングの意味は、縄張りに入ってきたものへの警告。戦いを避けるための自己主張の行為である。
②気持ちが高揚したときの嬉しくて楽しい気持ちを表す行為である。

ゴリラのドラミング=チンパンジーの直立姿勢=歌舞伎の見栄
これらは自己主張という意味で似ている。

アートの起源は、自己主張ではないか。


千三郎さんにおける垣根を越えまひょは、演技でなされました。
狂言でも猿楽でもない、ゴリラ楽を演じられました。
基本の動きは、「構え」「横歩き」「覗き込んでじっと見る」だそうです。
山極先生と共に形作られた「ゴリラ楽」が千三郎さんにとっての垣根を越えるだったのかな。


土佐先生の垣根を越えるとは自分自身を超えることだそうで、先生にとっては芸術とテクノロジーを越境させ合うこと。
プロジェクションマッピングは現代における「人間が持つ創造的な生命力」を表す「まつり」のようなものである。従って、アートは生命力を発散させる場と位置づけられていた。
個人的には先生のおっしゃる「まつり」とは、いわゆる古代から行われる収穫や天下安寧を願い祝うといった意味合いを含まない、お祭であると捉えました。


それぞれの捉える「垣根」と「アート」のお話の後、相互のトーク開始。以下箇条書き。

・離見の見 自分から抜け出し、客席から自分の芸を見る目。
・サイエンスは目に見えないものを繰り返せる形で表したもの。
・狂言とは師匠から弟子に基本の本筋のみ受け継がれる。野球で例えるなら直球のみ教えるそうだ。しかし実際の舞台上では様々な変化球が飛び交う。これを真似るのではなく、基本を繰り返す中で自然と変化するのがそれぞれの個性=変化球と言えるのではないか。
・千作師はアーティスト。一期一会で同じものを見ることができない芸。千之丞師は職人。同じものを突き詰めていく芸。ご兄弟でありながらも対照的な芸であった。
・型破りはOKだが、形無しはOUT
・言葉で表すと別々の表現になるが、体で表すと同じところから越えられない一線がある。
・建造物はその土地にある自然の色や形を継承している。
・ゴリラ楽は、人間・狂言と共有できる部分が多かった。
・狂言は擬人化したり概念を演じる
・表現せざるものを見つける作業がアート
・アートは一人では出来ないもの
・ゴリラの背筋はピンっと張っている。これが基本姿勢である。


トークを聞いて・・・
今回はオイラの頭では追いつけない難しい内容だった。もうね、何が難しいのかもわからないくらい置いてけ堀・・・( ´ ω ` )ショボーン
最後に設けられた会場参加トークでも、何も浮かばないくらいのオイラの頭の停止度合い。半端なかったっす。
で、帰り道ノロノロと出町柳に向けて歩きながら考えた。

自然界において視線が読まれるのは生死を分ける重大事項(逃げる方向がバレルとかそーゆーこと)・・・なので、野生の動物は黒目がデカイか白目が黒いんだそう。どこを見ているか視線がパッとわからないようにしているんだって。
それに対し人間は、白目が大きく「目で語る」というくらい表情における目の役割が大きい。声かけしなくてもある程度表情から相手の心情を読み取るのであります。代表的な例は、まだ言葉を持たない赤ちゃんがお母さんとアイコンタクトできるってな具合。
人間はこうやって「自分の思いを伝える」という手段を、言葉以外に表情という手法を使うのです。これは言葉の持つ意味を理解して伝わるのとは違い、「直接思いを感じる(触れる)」という感覚ではないでしょうか。なので多少の違いはあれど、どんな国の人に対しても共通して利用できるアイテムだと思うのです。
今回のトークテーマ「垣根を越える」「アート」ですが、この直接思いを感じるものがアートなのかなと思うのです。
だからそれは、固形のものであったり、音楽であったり、描かれたものであったり、もしかすると数式だってそうなのかもしれません。
相互で感じ合う為の「間にあるモノ」。媒介するものがアートなのかなぁと。
じゃ、垣根はどこやねん!って事なんですが、それは解らん・・・理解できんと思っていたものがあるとき「あぁ、こういうことか」と腑に落ちる瞬間があるじゃァないですか。これが垣根を越えたってことなのかなぁと、これを書きながら思いました。


さて、2回目はどんなトークでアートを語るのでしょうか。
それを聴きに行けるのかなぁと気になりつつ、終わり。









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清盛と平家物語

2012-06-11 18:23:22 | 思考の森
京阪グループ主催の文化フォーラムに参加してきました。
テーマは「平清盛と平家物語」でございます。

企画立案の高島幸次教授によれば、NHKに便乗企画とのことですが、ここ数年、清盛に興味のあったオイラといたしましては、とっても嬉しい企画でした。

オイラの気になった部分の覚書です。
興味のない方は、スルーでお願いします。
メモを書いたレジュメを元に、記憶を掘り起し書いてます。間違ってたらご指摘くださいませ^^;



第一部 清盛の人物像
関西学院大学非常勤講師 岩田 慎平

平清盛とはどんな人であるか。
文献に残された当時の社会の在り方と、清盛を表す記述から清盛とはどんな人物であったかを検証する・・・というもの。
清盛の実像に関しては知っている内容が多かったのですが、清盛の生きた時代の背景に関しては知らないことばかりで、とっても面白かったです。

知っていた清盛像・・・
●面白くない話にも笑ってあげること。
●身分の低いものでも、その家族の前などではきちんと一人前の人として扱うこと。
●寒い日には幼い従者には裾(布団の端)を貸してあげて、朝目覚めた時に従者が寝てたら起こさずにゆっくり休ませてあげなさい。
などと言い聞かせていたらしい。。。(笑)
坊主頭の恐ろしいタコ入道(え?そんな風に思ってないって?)ではなく、とっても思いやりある優しい清盛が浮かび上がる内容です。
これは十訓抄に載っている清盛に関する記述です。(オイラ、十訓抄は読んでないので^^;清盛関連の資料として抜粋で知ってたにすぎません。っつか、十訓抄持ってないし。)


新たに知った、当時の貴族社会の常識及び武士の仕事
●位と職種はイコールではない。一位~五位までが貴族と呼ばれる位。五位以上の位を持つ武士であれば貴族に属し、この場合、軍事貴族と呼ばれた。貴族は昇殿を許されるなど、特権を与えられている。
備考 一位~三位:公卿・公達 四位・五位:諸大夫(中級下級の貴族) 六位:侍 以下無官:凡下
●当時の高官は学問が優秀であるだけでなく、立ち居振る舞いも美しく、見目の麗しさも大きく登用に関係していた。(容顔美麗・・・要は、賢いだけじゃ採用されないってこと。)
●当時の武士は、今日思われがちな幕末までの一括りの武士ではなく、戦闘能力だけでなくそれに加え国司としての文筆能力や和歌や舞をたしなむことが出世の糸口となった。
中央貴族(天皇の側近など)との継続的な縁故関係が重要。
●当時の大臣就任条件
大納言(大臣と共に政務を行う、また大臣のいないと時には代行も行う)の中で近衛大将(軍官の最高位)を兼任し春宮職(東宮の内政に携わった者)を経験している者、一世源氏(天皇の子息で源姓を拝領し臣籍降下した者)、二世孫王(天皇の孫で臣籍降下していない者)、摂関や大臣の子息及び天皇の外戚
内大臣は代々内大臣を輩出している家柄か摂関家もしくは王家の血縁者でなければならない決まりであった。



結論
当時の社会では、もともと生まれ持った氏素性に加え、見目麗しくないと重宝されない。
そういう意味で、清盛もこの時代の通例に従った知識・容姿を持ち合わせていたと考えられる。
そして清盛の1166年の内大臣への昇進の意味するところは、今の世の中と違いいくら財力や権力や知性を持とうとも、家柄がなければ政治の中核を担う内大臣になることは出来ない当時の政治の世界。伊勢平氏の家柄は過去を遡っても内大臣になれる家柄ではないため清盛が内大臣に任ぜられるということは、すなわち家柄以外の条件を備えていたことを意味する。それは王家の血筋であること以外に考えにくく、清盛と天皇との近親関係で唯一考えられるものは「落胤」以外には考えられない。
いやいや、財力と武力で大臣の座を奪ったのでは・・・という考えもできるが、そうであれば、当時慣習に則っていない登用に対し貴族の日記などに「あんな人が大臣になるなんて」という陰口がかかれるはずだが、それが見当たらない。
それを鑑みると、当時、すでに清盛がその地位を取得するに足る人間であることが政治的に周知であったことがうかがわえる。
(「あんな人がなるなんて」はその権利のない人がその地位に着いたことを指す。「あの人には任せられない」は権利はあるがその能力がない場合を指す。清盛の場合、そのどちらの非難も残っていない。)
そう考えると、平家物語の描く清盛と実像には大きな違いがあるといえる。


清盛の取った平家発展のための策
軍事能力に長けた平家に足りないものは文筆、芸能の素養だと清盛はわかっており、文官平氏(代々朝廷へ文官を輩出していた平氏)の娘である時子との婚姻を進めたのではないか。
先生曰く「もしそうであれば、武力に頼らない正当な政権者を思い描いていた」のではないか。

時子との間に生まれた子供
宗盛:太政官政務にて実務能力を示す
知盛:蔵人頭(天皇の秘書的官職)の候補に挙がる。人望があり、武力編成も巧みであった。
重衡:吾妻鏡に「云言語、云芸能、尤以優美也」と書かれている。南都焼討の総大将。


岩田先生のお話とスライドは、レジュメから外れることなく進み、脱線することがありませんでした。
もっと脱線話も聞きたかったなぁ。。。




第二部 万華鏡・平家物語
神戸大学大学院准教授 樋口 大祐

平家物語の編纂された時代背景や平家物語が持つ政治的意味などを踏まえ、万華鏡と銘打ち、朗読を交えながら物語をいろいろな方角からひも解く。

●平家物語とは水滸伝と同じように、多くの語りで広まっていた逸話を編纂したもの。数多くまとめられたものの中でも、現在一般的に読まれている平家物語は、琵琶法師の語りのために編纂された明石覚一による「覚一本」と言われるもので、平家が滅んでから200年ほど後にまとめられたものである。
●平家物語の内容は、権門体制の政治文化が、1156年から1221年の動乱の時代を経て、鎌倉幕府が朝廷を支える形で再編される過程を描いている。
●平家が世を治めている時までは、あくまで天皇を中心とした政権であった。平家滅亡とともに鎌倉幕府が樹立する。これより後、公武二重政権体制は江戸末期まで約700年間、幕府が滅亡するまで存続する。
●平家物語の存在は、幕府が樹立するに当たりその正当性を物語るアイテムとしての側面と、政権から排除された人々や平家の公達の鎮魂・悲話との二面性を持つ。
●清盛の政治的悪は4つ。
 1.権門体制を組み替えようとした。
 2.クーデターで政権を奪取。
 3.福原遷都
 4.南都焼討
●今日の日本人と清盛の関係は、700年間幕府が続いたという事実の上に作られており、また一番多く伝承されたものが平家物語であったため、清盛=政治的に悪を行った人という擦り込みがある。これが清盛に対し「なんとなく合わない」という気質を生んでいるとも言える。言い換えると、清盛にスポットを当てることで700年間続いた公武二重政権を考え直さねばいけなく、その正当性をも揺るがす可能性を清盛は持っているといえる。

読物としての平家物語(朗読)
●巻一「祇園精舎」
当時の最高知識人は僧侶であった。仏教の涅槃経に基づく無常観を物語る。この無常を説きつつ、内容は宮廷の中核に迫り歴史的理念へと変化する。ドラマチックな構成。
●巻三「足摺」
ここで描かれる「鬼界が島」のイメージは、都から見たイメージであり、島の実像ではない。(これは崇徳上皇の流された讃岐も同じである。)
ここでの清盛の悪は、安徳帝の誕生により恩赦されたのが三人ではなく二人であったことである。
●巻五「月見」
福原遷都後の京。遷都を拒んだ二代の后・多子の元に兄徳大二実定(反平氏政権の人)が訪ねてくる。うらぶれた京のもの悲しさと今様を盛り込み、源氏物語のエピソードを引用してた、王朝絵巻の雅を思わせる段。
●巻五「物怪之沙汰」
平氏から頼朝へと政権が映ることを暗示する段。
●巻五「早馬」
頼朝の挙兵。清盛は命を助けたことに対する忘恩を憤る。
●巻六「入道死去」
二位の尼の無間地獄の夢から清盛の死。死の間際、二位の尼に対し「死したのち、極楽への作法・法要は要らず。自分が死した後は、すぐさま頼朝を討ちその首を供えよ」と遺言する。
●巻九「敦盛最期」
一の谷で散った敦盛の悲話。平家の公達には笛上手が多かった。
当時の貴族の認識として、武力をふるうだけのものに対しては同情を覚えないが、和歌や舞、笛などをたしなむ公達には今の自分たちの姿を投影することができ、憐憫の情をもつことができた。
これはすべての人に対してではなく、限られた文化を共有している者に対してだけの鎮魂を意味する。
●巻十一「先帝身投」
壇ノ浦の入水。源氏にとらわれることを潔しとしなかった二位の尼に抱かれて、安徳帝は波の下の都へと旅立つ。



第三部 講談
清盛の末期 ~源平盛衰記から~  講談師 旭堂南陵

講談、初めて聞きました。南陵師の見解なんかもいっぱい入って話してくださるので、解りやすくて面白かったです!




セミナーの感想
実は清盛に興味を持ちつつも平家物語を読んではいなかったので、今回のセミナーで知らなかったことをたくさん知った。
涅槃経や法華経、源氏物語などたくさんの知識の下敷きの上に作られた物語であるとともに、そのドラマチックな展開以外に幕府政権を肯定する面もあると。
ただの物語ではなく、いろんな意図が絡み合った複雑な物語だったんだなぁと思いました。
だからと言って、読み始めてはないんですが^^;
でもでも、深い。面白い!って思いましたね。
平家物語の骨格は、古事記や日本書紀と同じ「正当性」を示すもの。そして当時の宮廷の在り方を理解し、そして清盛の実像も加味し、そうして源氏物語を読むと本当に面白いんだろうと思います。
ちなみに朗読の敦盛では、不覚にも泣いてしまいました^^;だって、直実の気持ちとか敦盛こととか考えたら泣けちゃったんだもん。
安徳帝入水ではやはり、内海清美さんの人形が浮かんだしねぇ。。。(って、清盛の死のシーンもだけど。)

もう少し、清盛勉強しなくっちゃ&したい!と思ったセミナーでした。

個人的には樋口先生のお話が面白かったな。
あと、高島先生のおっしゃった某知事への言葉。
太宰治の「右大臣実朝」の一節、「平家は明るい。明るさは滅びの姿であろうか。人も家もまだ暗いうちは滅亡せぬ」
太宰は明るいときこそ滅亡の兆しがあると言っているのである。
高島先生曰く、某ドラマの初めは暗くて当然なのだと。これから栄華を極める平家のはじまりは暗くて当然。きっとこれから明るくなりますよ、と。(笑)

オイラはその某ドラマをすっごく楽しんで見ているのですが、世間ではやはり受け入れが悪いそうですね。
でも、それでいいのだそうです。清盛はそーゆー、日本人の心に引っ掛かる存在なのだから。清盛を題材にするということは世の中に何か不安を掻き立てる賽を投げ込んでいるようなものだからと樋口先生がおっしゃってました。基本、日本人はアンチ清盛って。(え?先生の話を脚色しすぎ?いや、こんな感じの内容でした!たぶん^^;)
オイラは今回勉強したことを踏まえながら、今まで以上にドラマを楽しむのであります♪







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不安

2012-01-18 16:34:22 | 思考の森
昨日仕事から帰って、夕食後ごろごろ~っとしてたらば、N●Kの「ためして●ってん」の再放送が始まった。


この日のテーマは「不安」について。

人間だれしも生きてる限り、いろーんな不安があるものです。

事故にあったらどうしよう。
将来が不安。
親の面倒を見なきゃなぁ。
このまま死んだらどうしよう。などなど。

しかし、たいていの人はある程度不安になったら、不安が消える訳ではないけれど「落ち着く」んだそうです。
どうして落ち着くのかと言うと、不安を客観的に見る分野があるそうで、そこで不安の種を客観的に把握し、治めるんだそうです。
そーして生きている訳ですね。

しかし、その不安が消えない場合があります。
その状態が続くと、パニック障害とか鬱とか別の病気を誘発してしまうんだそうです。

じゃ、なんで「落ち着く」はずの不安が「落ち着かない」のか・・・

これは能の仕組みの問題なんだそうで、客観視する分野がうまく働かなくなると起こるらしい。

じゃ、どーして上手く働かなくなるか。。。

それは「その事に執着する」状態になっちゃったり、「ごまかす」事が原因なんだそうです。
たとえば、連想ゲームのようにどんどん考えが深まっちゃう、、、とか。お酒を飲んで気晴らしをする、、、とか。
そーゆー行為です。

客観的に見る分野を人間のように例えると、深みにはまったりごまかす行為っていうおは、曇りガラスで目隠しをするようなものなんだそうで。
目隠しされても客観視する分野は不安の種を見ようとします。
でも目の前が曇ってて上手く見えません。なので、不安の種に近づくんです。
で、連想ゲーム状態や酔いがさめたときに・・・

どどーーーんとそびえたつ不安にびっくりして周りをきょろきょろ見渡すと。。。今まで遠くから見てたものが全部近くに迫ってるもんで客観視する分野がパニックを起こしてしまうんだそうな。
そーして、不安から抜けだせなくなるんだって。

怖いですね。

じゃ、どーすればよいのか。

考えこんじゃう人は救われないのか!
憂さ晴らしはだめなのか!!


答えはこんなのでした。


「とらわれない」



要は、一つ所にとらわれない訓練をしていると、改善されるんだそうです。


訓練の仕方はこんな感じ。

1. 軽く目を閉じて、水の流れと木の葉を思い浮かべます。
2. 心に浮かんだ事を、木の葉に乗せて水に浮かべます。
3. 木の葉は水の流れとともに流れていきます。
4. 次に浮かんだことも、同じように木の葉に乗せて流します。

これの繰り返しを15分ほどするんだそうです。
こーして考えに執着しない訓練をしていると、じょじょに不安に対しても同じように固執しなくなるんだそうです。(個人差はあります。)

この訓練は、座禅に似ているそうです。
禅の修行も簡単に言うと、心を一つ所にとらわれないってことですよね。(いや、簡単にし過ぎ?)

なるほどなぁって思いながら見ていた訳なのです。



で。オイラが言いたかった事は「こんな番組だったよ~」って事ではなく、何かと言いますと。。。

この木の葉を流す訓練。。。不安も浮かばなくって、浮かんだ事は「浮かばない~」ってこと^^;
その後はすぐに眠くなっちゃいました(笑)

そーいや、もともとすぐに忘れるタイプだもんな。
不安だった事は覚えてても、不安自体を忘れてるタイプ。
「不安だったの~~~!でも、何が不安だったか忘れたけど。。。って事は、別に大したことじゃないか♪」って感じ(笑)

ワタクシ、なんだか大丈夫そうです。
不安に強いっぽい(笑)

でも、でも、寝ない程度にたまには木の葉流ししてみようと思います。(でもたぶん、寝ちゃう。。。)


皆様も、不安になったら木の葉で流して下さいね。







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支えると言う事

2011-04-11 14:53:13 | 思考の森
仕事が暇です。ってか、仕事がないので自主学習中です。
そんな時間を利用して、ブログを書くオイラであります。(ダメじゃん)

さて。
4月の9日10日と3dayチケットを利用して、神社仏閣巡りをしてまいりました。
行かなきゃダメなところがまだまだワンサカあるのでね。チビチビとクリアーして行くのであります。

ご朱印を頂くにアタリ、「ご朱印を頂くぞ!おー!!」って、こーゆー心構えはダメなんですが、ご朱印を頂きに行こうと思わない限りお参りすることはないかもしれない場所が多い事を思うと、お目当てがご朱印を頂く事ってのが切っ掛けでも別にいいんじゃないの?とか思い始めているオイラです。(あ、ダメかな?やっぱ。)
一応弁明しておきますが、スタンプラリーとは違うので、ご朱印だけを頂くって事はありません。ちゃんと本堂にお参りしてからしかご朱印を頂くことはありませんし、基本、末社や奥の院まで時間が許す限りお参り致します。

写真をアップしての日記はまた後日。(にするはず^^;)

今回の2日間で神社を2か所お寺を2か所お参りに行きまして・・・
妙に考えるところがありました。

拝観やお参りの浄財。
ご朱印を頂く浄財。
場所によっては、震災の義援金。
家へのお土産。(これは置いといて・笑)

これを続けるって事は、実は自分が根なし草ではできないって事。
好きで通っている訳でありますが、その好きさえも自分の土台がぐらぐらではできないんだなぁと痛感したのであります。
足元を固めろ、自分。
そんな気持ちになった土日だったんです。

が。。。

開けて月曜日。
いつもよりだらけ気味な仕事の時間。
だめだ。こんな事じゃダメだ。
そう思いつつ、この日記を書いているのでありました。
あぁ。本末転倒。ホンマ、転ばないように。
支えたいものを支えられるだけ。身の丈に合った支え方しかできないけど。
しっかり足元を固めろ、自分。



PS-
気がつくと、何本目かのグリムスの木が大人になってました。






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どんだけぇ~(古!)

2010-05-11 10:21:49 | 思考の森
最近思う事。
オイラは何かに依存しながら生きている。
依存という言い方が微妙だったなら、何かに一生懸命になってないと気が済まない、不安だ・・・でもいい。
いっそ寄生って言っちゃってもOKよ。


それは、絵を描くことだったり。
お芝居を観ることだったり。
史跡を巡ることだったり。
ミュージカルにハマることだったり。
墓マイラーになることだったり。
役者さんにのめり込むことだったり。
etc.etc.etc...

今年のオイラは薬師寺だ。
オイラはこの場所に寄りかかって今を歩いている。
(ごめんね、お薬師様。重かろう^^;)


だからなのよ。
こんなにバカみたく、お寺関係者でもないのに、薬師寺に行ってるの。
4月5月と既に7回行ってるよ^^;
そんなに近い場所じゃないのにね~(笑)

あと、どれくらい続くのか解らないけれど。
今は薬師寺らぶで突っ走ります。
あ、ちなみに、お薬師さん好き自体はずっと前から好きなんですよ。こんなに薬師寺通いをしているのは今年が初めて・・・ってことね^^

薬師寺に行きたい人、声かけてくれたらいたらいつでもご一緒しますよ~(笑)
っつか、月に2回くらいの割合で出没しそうな今年ですから、お寺に行ったら怪しいオイラが潜んでいるかもです(爆)



そんなお薬師様の縁日は、毎月8日でございます。




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孤独の螺旋

2010-04-30 15:15:31 | 思考の森
「自分」と言うものの存在を唯一証明できるモノが、自分は自分であるという意識・・・「識」だとするならば、存在する「今」を証明するのも「識」と言う事になる。
「識」のある場所が、「自分」であり「今」と言う事。

さてそーすると、「識」とゆーのは沢山あるのか、否か。

沢山の「識」が存在する世界であるなら、「自分以外のもの」がいるという事。
自分の「識」の隣に誰かの「識」が存在し、「同じ今を共有する」事となる。


しかし「識」は一つしか存在せず、現在過去未来を縦横無尽に行き交っているモノならばどうだろう?


時間とは、実は一方方向に流れて行く川の様なものではなく、漠然と大きな流れのない池(もしくは沼)のようなものだとしたら?
ぽつんと針で指し示すように、意識が表面だったり深い部分だったりいろんな所でポッと点るとしたら・・・

「識」の居場所は、過去でもあり現在でもあり未来にもなりうる。
今感じている意識がAの階層の3の地点でも、別の瞬間ではBの階層の5の地点かも知れない。Aの階層の2の地点だって在りうる。
「識」のある地点を結んで「自分」を構成しているのかも知れない。

自分以外の誰か。
自分以外の何か。
全てのものが自分の意識の残像で、残像と残像をつなぎ合わせて別の何かを感じているとしたら。

私は私であり、あなたにもなりうる。
私は過去の人物であり未来の人物なのかもしれない。


私が話しているアナタは、違う瞬間の私の「識」かもしれない。
私があこがれるあの人は、別の瞬間の私なのかもしれない。
理解の外側にいる人だって、お猿だってトラだって、三日月藻だって。ひとつの「識」しかないのなら、私なのかも知れない。

今、小石を蹴とばした足を持つ私と、蹴飛ばされた小石の私。
そう。無機質と言われているものだって、私の可能性がある。


ぐるぐる廻る進化の螺旋の全ての位置に、存在できるのかもしれない。
ぐるぐる廻る自然の螺旋の全ての位置に、私は存在しているのかもしれない。

私だけが存在しているのかもしれない。



そう考えると、この世・・・過去から未来永劫、私という「識」しか存在しないのかも知れないなんて、思うのでありました。

千年の孤独。
万年の孤独。
過去から未来から触れられるものすべて、孤独。




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似合う花

2009-05-13 14:48:47 | 思考の森
ニュースの特集で、どこぞの神社の境内のあやめだか杜若だかが満開である、とゆーのが流れていた。
一緒にテレビを見ていた母が、「きれーね~。神社にアヤメとかかきつは似合うね」と言った。
そーやね~と答えながら、オイラは思った。

お寺にはあやめや杜若は似合わないなぁ・・・と。


個人的な印象だけど、アヤメやかきつって華々しいとゆーか、鮮やかとゆーか、騒がしいとゆーか・・・生々しくないッスか?

お寺って、荘厳であっても一種無機質とゆーか静寂とゆーか、そーゆーモノがベースっぽいと思うんですよ。
特に日本人は、色彩豊かなキンキラな寺院より鄙びた感じのお寺の方を好みますし、何よりお供物をみても殺生がなくて静かじゃないッスか。
そーなるとお寺には、蓮とか睡蓮とか芍薬とか・・・・華やかで綺麗なんだけど、どこかしんとした雰囲気の花が似合うと思うんですよね。

それに対し神社って、魚や鳥なんかを供えることもあり、なんだかガッツリ血が通ってる印象があるんですよ。
鳥居も真っ赤だし、ワイワイがやがやと神様が集うってゆーかね、ちょっと生臭いってそんな感じ。
そーなると、息吹のむんむんするこの時期、ちょっと生々しい生が溢れているアヤメや杜若がめっちゃ神社に似合ってる~って思うんですよね。


ま、個人的な感想なんですが。

鮮やかでも静かなもの。
地味なのに賑やかなもの。

同じように生きて咲いている花なのに、感じ方っていろいろで、自分にとって似合うと思うものを再認識するのも、ちょっと楽しいなぁと感じたのでした。

1006字

2008-11-27 11:55:46 | 思考の森
1006字。
何の文字数かご存知でしょうか?


これはある学校の盲目の女の子が、卒業までに覚えた漢字の数である。


テレビの特集を途中から見たので、その女の子がなぜ全盲になったのか、また、その学校がどこにあるのかはわからないんだけど。
とある教室。点字を読みながら、点で表現された漢字を読んでいる場面に出くわした。

先生が漢字の成り立ちの説明をする。
すると生徒たちは点字でその言葉を読み、次に漢字の形を手でなぞるのである。
たとえば『馬』という漢字であれば、「縦のまっすぐの線は馬の首を表し、横に伸びる線はタテガミを表し、4っつの点は馬の足を表し、首からつながるぐるっと回り込むラインは馬の胴と尻尾を表している。」と。
子供たちは、見たこともない馬を想像しながら漢字をなぞる。
先生が「馬の尻尾は解る?」と聞くと、ほとんどの子供たちは知らないと答える。
クラスの女の子の一人がポニーテールをしていた。
本人はその髪型の姿を知らない。
でも先生が、「ちょうどいい髪形をしている。みんな触ってごらん。これがポニーテール、馬の尻尾だよ」

こうやって低中学年から一つ一つ漢字を覚えて行き、卒業するころには1006文字の漢字を覚えるのだそうだ。
今まで自分が触ってきた感触を総動員して、想像しながら覚える。

この番組は、卒業を控えた女の子の語りで学校を振返っているような構成で、今、苦労して漢字を覚えている後輩たちに自分の苦労を重ね合わせていた。
彼女は1006文字、大変だったけれど覚えてよかったと言う。

点字という目の見えない人のための文字は、いわば全部ひらがなで書かれているようなもの。意味と言葉とはつながっているけれど、日本語の持つ漢字独特の意味合いまでは伝わらない。
1006文字を覚えることによって、その世界は広がる。

朗読をすることが大好きな彼女は言う。
「心のつく漢字はたくさんある。羽根が離れ離れになって飛べない心が『悲しい』と言う漢字。手で触れれない心の中まで、漢字は教えてくれます。」

目の見える私たちは、漢字の伝えてくれる心の中を忘れて生活している。
それを感じなくても、もちろん生きていくことは出来るんだけど。

更に彼女は言う。
「言葉は伝わってこそ言葉です。相手に伝わらなければ意味を持ちません。」

彼女は自分の心を伝えるために漢字を覚え、特別なパソコンで漢字変換しながら自分の想いを綴っている。
彼女の朗読は、漢字の心を拾いとっているせいかとても生き生きとしていて、聞いている私に彼女の思いを伝えてくれたように感じた。


せっかく日本人として生まれ、漢字を使う文化なんだもの。
彼女のように、漢字の中にある心を忘れないようにできたらな、って思う。