ぶつぶつ地蔵

地蔵 呟く ひーの言葉を。ぶつぶつと…。

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すんごいしょうもないんですが・・・

2010-02-24 09:43:46 | 舞台関係
2月20日の土曜日に、二度目の雪組公演を観て参りました。
ミュージカルの方のメインテーマが「ソルフェリーノの夜明け(←タイトル未確認^^;)」っちゅー歌なんですが、すんごい勢いで、回るんです。
覚えやすいうえに、何度も何度もダメ押しかの様に最初っから最後まで歌い続けるもんで、嫌でもサビの部分は覚えちゃうんですよ。



♪ソルフェリーノ ソルフェリーノ ソルフェリーノの夜明けが 十字を赤く染める♪
これが正しい歌詞。
しかし、オイラの場合、変に口ずさんでしまいます。
♪ソルフェリーノ ソルフェリーノ ソルフェリーノの夜明けが 夕陽を赤く染める♪
・・・・・。
ん?
夜明けが夕陽を染めれるハズないやん!!!
もう。何度口ずさんでも、3回に1回は十字でなく夕陽になってるんだから^^;

ま、それだけの事なんですが。

ICRCとデュナン

2010-02-09 22:25:57 | 舞台関係
歴史物を観て、心惹かれる=人物背景を調べちゃう。なオイラでございます。
2月8日に宝塚雪組公演『ソルフェリーノの夜明け/Carnevale睡夢』を観に行きました。

実在人物って萌対象なオイラですから、もちろん、今回のデュナンくんはハマる=調べるの図式上に居りました。
ハイ。
見事にHit!でございます(笑)


ジャン・アンリ・デュナン 1828年5月8~1910年10月30日

スイスのジュネーブの、厳格なカルヴァン派のプロテスタントの家庭に生まれる。
学業はあまり振るわず、カルヴァン高校を中退後、両替の仕事に就いた。26歳で実業界に入り、アルジェリアで広大な土地を開発する工業、金融の会社を興す。
31歳の年、事業に必要な水利権の獲得をナポレオン3世に直訴しようと思いつき、北イタリアへ向かう。この時ナポレオン3世は、イタリアからオーストリア軍を退却させるためイタリア・フランス軍を指揮していた。
イタリアの独立を目指し戦うフランス・サルディニア連合軍とオーストリア軍の激しい戦いがガルダ湖の近くで1859年6月24日に始まる。
これがソルフェリーノの戦いである。
多くの死傷者の姿を見たデュナンは、地元の女性達が救援活動をしているのに参加。

今回の物語はまさしくこの部分。ソルフェリーノの戦いのさなか、兵士の救援に従事するデュナンを描いています。(タイトル通りですね・笑)

1862年に自らの体験を『ソルフェリーノの思い出』にし、出版。
戦争の悲惨さを緩和し、より人道的な「傷ついた兵士を救援する組織」の思想を発展させる。
翌63年に、デュナンは4人の友人と共に「5人委員会」を立ち上げる。これが後の赤十字の母体となるのである。
デュナンについての演劇の脚本を書いたミッシェル・ベレッティ氏は「わずか5人の男がジュネーブのアパートの一室で、国際的組織をスタートさせたとは。本当に信じられないことだ。こういったことをやるのはジュネーブ人だからで、いわばジュネーブ人の自惚れに近い性格のお陰だ」と分析しているらしい。

ジュネーブ人って、かなり行動的なんでしょうね。イタリア人=陽気とかスペイン人=情熱・・・みたいな感じに、スイス人(ジュネーブの人)の性格って全然知らなかったので、ベレッテ氏の言葉を知ると、劇中の迷いのない決断・行動が納得できる気がします。

1年後、スイス政府は16カ国を招待し国際会議を開催。最初の「ジュネーブ条約」が調印される。条約には「戦争のルールの規定」「戦場での負傷兵の取り扱い」「白地に赤十字の旗」を制定している。
この赤十字の印は、デュナンの母国であるスイスの国旗に由来しているとの説が有力なのだとか。

劇中では、「キリストの十字が赤く染まっている」これを狙って撃つ者はいないだろう。そして、傷ついた人を救う事は「神の御心に沿った行動である」と信じて目印としてました。
これはクリスチャンならではの発想ですよね。
スイス国旗が「神に仕える」という意味を持っているらしいので、ある意味劇中の解釈もスイス国旗に由来するって解釈も、遠くなないんじゃないかと思うオイラであります。

その後のデュナンの人生は事業の失敗や詐欺罪に問われるなど、平穏なものではなかった。
この事件はデュナンをジュネーブ社会から事実上追放することとなり、デュナンに立った悪評からICRCを守るという理由でデュナンはICRCから遠ざけることとなる。
失望したデュナンはジュネーブを去り、アッペンツェルン・インナーローデン州の小さな町ハイデンに移り住む。
その後1892年に病気の為ハイデンの病院に入院。
この病院で残りの18年を過ごしたのだそう。
1895年、ドイツのジャーナリストが病院の取材中にデュナンに気付き、記事として取り上げた事がきっかけとなり、再度デュナンは世界の注目の的となる。
1901年、赤十字創設の礎を築き、ジュネーブ条約を創設した功績を讃えられ、初のノーベル平和賞が送られる。賞金は、彼の意思により赤十字に全額寄付された。
しかしその後、1910年10月30日に特別な葬儀もなくチューリヒで埋葬された。

この、特別な葬儀もなく・・という部分、なんだかアマデウスのラストシーンを想い浮かべちゃって、切ないです。
家族とかいなかったんでしょうか。
お写真(晩年)を見ると、とても穏やかな雰囲気なんですけれど。。。

デュナンの生まれた5月8日は万国赤十字デーなんだって。

伝記『アンリ・デュナン、人道法を創設した人』を書いたジェラー・ジェゲー氏の言葉
「物事が早く進んだのは、デュナンのダイナミックな推進力と執念のお陰だ。歴史的観点からは ( 彼がいなくても ) 50年後には世界のどこかで ( 違う ) 赤十字組織が誕生していたかも知れない。しかしデュナンは時代の先を行った。彼は理想主義者だった。そして自分の考えを具体的な行動に移す人だった」

ソルフェリーノの戦いから150年経った今(正確には今年は151年ですが・笑)、デュナンはどんな気持ちでこの世を見下ろしているでしょうかね。
いつかデュナンのお墓参りに行ってみたい気がします。(←結構、墓マイラーなんです・笑)

(ウィキペディア(Wikipedia)及び「赤十字の父」アンリ・デュナンを参考にさせて頂きました。)


舞台の事って言うより、単純にデュナンの総まとめになってしまった。
ま、いっか。勉強になったから^^

堂島薬師堂のお水汲み祭

2010-02-04 12:49:34 | 呟き
昨日は節分でしたね。
皆様どうお過ごしになられましたか?

オイラはね、数年前に知ってから行きたいなぁ~って思っていた『堂島薬師堂のお水汲み祭』へちょこっと顔を出しに行きました♪
このお祭、7年前から始まった新しいお祭なのです。
でも堂島薬師堂自体はとても古く、始まりは推古天皇まで遡るらしいですよ。

節分に合わせ、奈良の薬師寺にある井戸から汲み上げた水を、3日間祈祷し、お香水とします。
そしてこのお香水と堂島の水とを合わせ、竹筒になっている護符に含ませ授けて下さるのであります。
お水を授かるためには前もって申し込みが必要なので、今回思い立って行ったオイラは頂く事が出来ませんでしたが、沢山の方が竹筒にお水を頂いて帰っておりました^^
筒には松と梅の枝も飾られており、松竹梅でおめでたい感じです。

山田管主や塩爺、浜村淳さんの挨拶があり芸妓さんの奉納舞の後、鬼と龍とが新地の街に繰り出します。
アバンザの中の特設会場(?)にグイグイグイっと入り込むと、既にすごい人!
ふと前を見ると、花会式の時にシュシ走りをするお坊様の装束を着けた方がいらっしゃいます。近寄ってみました^^

あぁ、正面からは怖くて写せません。(ってか、人が多くて正面に回り込めませんでしたが^^;)

じっくり装束を見ていると、意外と古い感じで着込んだ装束でございました。
お顔をチラ見すると、生駒執事でいらっしゃいました^^

山田管主が龍たちに出陣(?)のお香水を掛けていらっしゃる間に、外に出て振る舞い酒を頂くオイラ♪

ぬる燗のような気がしたんですが、違うかなぁ?寒いから温かく感じただけだったりして(笑)
他にも、焼酎やスープの振る舞いもありました☆

いつの間にか、龍も外へ出てきてました。

これは龍の尻尾。頭は建物の中にいたので写せませんでした~(笑)

爽やかイケメン風に立ってる鬼も(笑)
係の人に「青鬼こっち!」とか「赤!」とか呼ばれる鬼さん達。

さて、ここまで来てお薬師様をお参りしなかったら本末転倒です。
建物の中は混んでいるので、外をぐるりと回って本堂へ。

水の中にすっくと浮かぶ、地球儀のようなドーム形の建物が本堂です。
すんごい近代的な本堂なんですけど。
中には、薬師如来・地蔵菩薩・弘法大師が祀られております。右となりでは、お不動さんの護摩焚きもしてました。
うわ~っとお参り行ったらば、お気に入りのお坊様がいらっしゃって一気にテンパっちゃうオイラ(←小心者&不審者・笑)
後から護摩木を焚いてもらえる事に気づき(そら護摩焚いて供養してるんだから受け付けてるさ)護摩木を書いてみた。

薬師堂の貼り紙(お守りかな?)と福豆も下さいました^^
護摩木に願い事を書いて、もう一度お参りに・・・いやいや、もう一度お参りの列に並ぶ(=お気に入りのお坊様にもう一度合う)のは、ちょっとヘタレなオイラにはできなかったので、こそっと護摩木の山にオイラの護摩木も乗っけておきました(笑)

お参りを済ませ無事新しい節目を迎えましたので、家に帰る事に。
オイラも海苔巻食べて豆まきしなきゃですから♪
帰る途中、道に豆が落ちてました。

そうなのです。オイラがお参りしていたその時に、この梅田界隈をあの鬼さん達と龍とが練り歩いていたのですよ。
いろんなお店に鬼が入り込んでは、「鬼は~外!」と豆を投げられて退散するのです。
お店に入って行く鬼さんを見ながら、帰路に着くのもなんかいい感じ。
細い路地の新地です。対向車に行く手を阻まれる鬼なんかもいて、なかなか面白い光景です(笑)

来年も、またお参りに行きたいなぁ~
そう思うのでありました。

今年の扉

2010-02-03 10:26:33 | 舞台関係
オイラが行く予定の今年の扉座は5月と12月。
両方とも、横内さんの書き下ろし。


5月
扉座第44回公演 扉座歌舞伎
『神崎与五郎 東下り』(仮題)

厚木市文化会館/座・高円寺


え!今回は座・高円寺さんで上演ですか。
行ったことないし・・・早速周辺情報及び移動時間を調べねば(笑)


11月・12月
扉座第45回公演
横内謙介書き下ろし新作

厚木市文化会館/紀伊國屋ホール


12月は例年通りって感じでしょうか。


お江戸遠征はお芝居ももちろん楽しみですが、友達に会ったりご飯を食べに行くのも楽しみの一つです。
ついでに、個人的ディープな観光もできると尚よろしって感じ(笑)
お店は新しいお店を開拓するより、同じお店に行くようになってきてますね。(だって、調べなくっていいから楽チンだもん。お味も確認済だしね~♪)


今年は何度、そして、何日お江戸に滞在するでしょうか。
ちょっとは落ち着こうと思いつつ、やっぱり遠征は楽しみなオイラなのでありました。

んま(*^o^*)

2010-02-01 19:00:10 | 呟き
こんなお酒をいただきましたo(^-^)o

ビールとショコラのコラボなのです。

あまーいショコラの香りとは裏腹に、甘味のないあっさりとしたお味でございました。
フルーツビールの方が、ダンゼン甘いですね。

ビールの苦味があまりないので、軽く飲めると思います(b^ー°)