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勝負有った! 菅直人くん、奥さんと仙谷が怖くても、最後は自分で考えて<辞めたまえ>。

2011年01月03日 07時17分04秒 | Weblog
勝負有った! 菅直人くん、奥さんと仙谷が怖くても、最後は自分で考えて<辞めたまえ>。
(晴れのち曇り、時々パリ)より

新年早々ではありますが。

日本の政権は、自爆寸前に陥って居ります。

新年会を、同日にぶつけたまでは良いものの、自信が無いから「数には拘らない」とか、のたもうていた、我らが空き缶首相。

結局、120対45。

勝負有った。

しかも、「新年会」と敢えて言わずに『公邸開き』などと、小賢しい。

先ずは、党内の逆風をも顧みず、小沢邸にはぜ参じた、以下の議員諸氏に、讃辞を贈りたい。

【民主党衆院議員】
※海江田万里
▽原口一博▽山岡賢次▽山田正彦▽東祥三(以上当選5回)
▽吉田治▽細野豪志▽松野頼久▽※城島光力▽※松原仁(以上当選4回)
樋高剛▽松木謙公▽内山晃▽松宮勲▽高山智司▽津島恭一▽小宮山泰子▽神風英男▽山口壮▽中津川博郷▽中塚一宏▽鈴木克昌(以上当選3回)
▽岡島一正▽太田和美▽辻恵▽横山北斗▽福田昭夫▽中野譲▽渡辺浩一郎▽橋本清仁▽松崎哲久▽古賀敬章▽若井康彦▽梶原康弘▽階猛▽石関貴史(以上当選2回)
▽黒田雄▽中後淳▽水野智彦▽岡本英子▽川島智太郎▽金子健一▽石田三示▽岸本周平▽山口和之▽石原洋三郎▽菊池長右エ門▽畑浩治▽瑞慶覧長敏▽高橋英行▽三宅雪子▽江端貴子▽木村剛司▽相原史乃▽大西孝典▽菅川洋▽仁木博文▽山崎摩耶▽萩原仁▽早川久美子▽大谷啓▽渡辺義彦▽玉城デニー▽笠原多見子▽大山昌宏▽柳田和己▽奥野総一郎▽村上史好▽高松和夫▽小林正枝▽川口浩▽熊谷貞俊▽木内孝胤▽空本誠喜▽阪口直人(以上当選1回)

【同参院議員】
▽平田健二(当選3回)
▽平野達男▽広野允士▽森ゆうこ▽尾立源幸(以上当選2回)
▽藤原良信▽外山斎▽谷亮子▽田城郁▽安井美沙子▽行田邦子▽小見山幸治▽主浜了▽姫井由美子▽一川保夫▽室井邦彦▽米長晴信▽大久保潔重▽平山幸司▽友近聡朗▽佐藤公治▽川上義博(以上当選1回)

【民主党以外の衆院議員】
▽石川知裕(無所属、当選2回)
▽浅野貴博(新党大地、当選1回)
(※は、首相官邸のパーティーにも参加)
【出典/毎日新聞1月2日(日)20時20分配信】

これらの諸賢は、日本の将来を案じ、日本国民の為に働く気概を持った、本物の『国会議員』である事を、国民に向かって高らかに宣言された。

私たち国民は、諸賢に大いなる讃辞を送るとともに、万全の支持とバック・アップを惜しまないでありましょう。

それにしても、風向きが変わって来たか。

あの<悪名高き『産經新聞』>のコラムで、以下の表記を見つけて、驚いた。

▶「仮免首相」の逃げ癖、「病膏肓に入る」(産経見出し)

>さらにタチが悪いのは、政権への国民の厳しい視線をかわすため、小沢元代表の国会招致をクローズアップさせることで、政権浮揚の材料にしようとしている点だ。そのうえ、小沢元代表を国会に引っ張り出す“汚れ役”を、岡田克也幹事長に丸投げ。ようやく首相自ら小沢氏の説得を試みたものの、それまでは「最終的な段階で…」と、逃げの一手を連発するだけだった。

オイおい。
「小沢招致」を執拗に繰り返して、国民を洗脳して来たのは、一体全体<どこの誰>だったのか!?

『君子豹変す』

結局は、小沢復活の目を感じ始めて、逃げの布石を打ったに過ぎないにせよ、天下の汚れ新聞『産經新聞』が、それまでの論調を否定しかねない表現をするかね?

『旗幟鮮明』では無かったのか。
「民主党さんの好きな様にはさせませんゼ」と啖呵をきったのは、どなたでしたか。

まあ、この事実からしても、『民主党ー小沢』は「民主党とは別のもの」で有る事が、マス塵に依って明らかにされた訳である。

その点では、目出たい。

そして、何が<癌>で有るかを考えてみる時に、やはり『旧民主党』そのものである。
そして、その構成要素を見るに、<さきがけ>が癌であり、裏切り者の系譜であった。

予てより主張して来た通り、「党名の由来」はさておき、『旧自由党』こそが「民主党そのもの」であり、『旧さきがけ』は「民主党の名を騙る」別物である事。

この事を、明快に解説した論説が有る。

『二見伸明の「誇り高き自由人として」』1月2日付け記事である。

「小沢で明け、小沢で暮れる去年今年」 読み人しらず

民主党員で、菅直人を支持した者共は、オノレの不明を恥じ入りながら、「刮目して」拝読せよ。

【抜粋して転載開始】
>小沢が、自民党やマスコミ、さらには仲間であるべき菅総理らの「小沢抹殺」を狙った執拗な攻撃をものともしない図太さは何か。

>それは「智者にわが義破られずば用いじとなり」という高僧のような、哲学者のような、日本人には珍しい哲学・原理原則をふまえた論理の優劣を大切にする頑固さだ。

>またこれは、なかなか理解しがたいことだが、総理になることが目標という世俗的な執着心ではなく、「国のかたち」を変えたいという、既存の政治家とは次元の違う高い志のゆえでもあろう。

まさに、「総理になる事」が終世の目標である「普通の政治家」には、理解不能な『高尚な志』を、菅直人や仙谷由人が理解出来る筈が無かった。

「空き缶」等と呼ばれる「中身の空っぽ」な菅直人など、「総理の座」に一日でも長く座吏続ける事のみが、人生の目標である人間に取っては、10本の指で「円周率」を計算する様なものだ。

そうだ。
理解出来る訳が無いのだ。

>1969年の初当選以来、小沢が主張し続けたのは「個人の自立」「国民主権・政治主導」「中央と地方の役割分担=地方主権」「二つの勢力が政権交代する真の政党政治」であり、底辺を流れる哲学は「自立した個人が構成する国家」と「共生」だった。

>既存の利権構造が崩壊することに危機感を抱いたのは自民党だけではない。一部の財界人、官僚、マスコミ、評論家、御用学者もそうだ。2009年3月、アメリカの週刊誌「TIME」は小沢を、独立自尊の「扱いにくいパートナー」と評したが、日本を「将棋の駒」の一つとして世界戦略(=誤解を恐れずに言えば世界制覇を目指す『新アメリカ帝国主義』)を構築し、推進してきたアメリカも、日本が小沢によって「自立した国家」に「突然変異」することに脅威を抱いた。「宗主国と属国の関係」(カレル・V・ウォルフレン)の日本が「対等の同盟国」になることは、民主・共和党の別なく、夢想したくもない悪夢なのだ。

二見氏が分析するこの流れは、現在から遡って過去を検証する以上、ある意味で「後付け」の理論展開だとの反論も一部には有るやも知れないが、彼の同時代に見てこられた立場からの視点による分析は、多いに事実の深層を語っていると見て間違いない。

特に、次の下りは、『正鵠を射た』分析としか良い様が無いだろう。

>17年前、非自民党政権崩壊を策したのは「さきがけの武村正義」だった。

>細川・羽田の非自民党政権は、社会党、さきがけの「歴史の歯車を逆転させる時代認識を欠いた裏切り」で崩壊した。

>今、改革をそっちのけで「眦(まなじり)を決して、小沢粛清」の血刀を振るっているのが「さきがけ出身の菅総理」で、それを操っているのが内ゲバを得意とする「全共闘出身」の梟雄「社会党の仙谷」だ。

>マスコミは「政治の混迷」「民主党内紛」の原因は全て小沢にある、と扇動しているが、それは陰湿なデマゴギーである。マスコミなど守旧勢力が小沢を倒すために、「改革勢力の中に反革命分子を作った」ことこそが政治の混迷の最大唯一の原因・元凶なのだ。

>国民は、日本は民主主義の衣をまとっているが、実体は「世論ファシズム国家」であることを、直感的に理解している。誤った歴史を繰り返してはならない。

ここに、総てが語り尽くされている。

>年末の28日、小沢一郎が三権分立や基本的人権の尊重という憲法上の原理原則《注:法の支配》を棚上げしても「国会の審議が円滑に進められるのであれば、通常国会冒頭に政倫審に出席する」と発言した。

>マスコミや菅の、「世論」は絶対であり、憲法の精神を無視しても「世論」に従うべきであるという「世論の支配」は「法の支配」を否定する反民主的な考えであることを白日の下に曝け出したのである。

親小沢と言われる議員諸氏の、小沢擁護発言を聞いても分かる事であるが、この様な、論理的考察が出来る民主党議員は、残念な事に非常に少ないのだ。

>小沢は東京地検から事情聴取された1月23日夜の記者会見で300人を超す報道陣に丁寧に説明し、その後も毎週月曜日の定例記者会見で全ての質問に答えた。彼は国民の知る権利に応え、国民への説明責任を果たしていたのだ。

>(それを)報道しなかったNHKは、自らが果たさなければならない説明責任を放棄した。

>そのことに忸怩たる思いがあってか「国民に説明責任云々」とは質問できず、「国会の場で説明云々」と説問を変えた。

>マスコミの調査も4月以降、「国民」を「国会」に変えた。

>マスコミは不承不承、小沢が「国民に説明責任を果たしている」ことを認めざるを得なかったのである。にもかかわらず、彼らは自分たちの不始末を全く公表しなかったし、そのことで、あらぬ誤解をされた小沢に一片の謝罪もしなかった。それどころか、国民が気付いていないことをいいことに、またぞろ、「国民」の名において小沢攻撃をヒート・アップさせている。

このような流れは、注意深く世の中を見ていれば、誰しも気がつかなければならない次元の事である。

しかしながら、国民の多くは「従順」で、マスコミは「悪質」であった。
国民の思考は、それら「恣意的」マスコミに依って、「いとも簡単に」形成されてしまう。

まさに、二見氏の言う所の<実体は「世論ファシズム国家」である>に尽きるのだ。

こんな仕組みは、断固として変えなければならない。
国家の意思を「好き放題」に形成して、利権の維持だけにうつつを抜かしながら、「天下の報道」を気取るマスコミは、退場して頂く必要が有る。

その為には、当面は、小沢の復権以外に無い。

>1860年、(・・・)徳川幕府崩壊の直前で、世情騒然として、混迷の極致にあった。

>そんなことを、暑ホ気(おくび)にも出さず、日本の名誉、徳川政権の名誉のために堂々と行進した新見遣米使節団の精神の格調の高さは見事と言うほかはない。

>あえていうが、彼らだけが特別に洗練されていたわけではない。当時、来日した外国人も見聞録に記しているが、普通の日本人の姿でもあった。

>われわれの先祖は、たとえ貧しくても、礼儀正しく、思いやりがあり、気品に満ちた風格を作り上げていたのである。「未開の野蛮人」どころか、世界有数の文化人であり、文化国家だった。・・

>尖閣諸島問題の責任を一検察官に押し付け、地方選の連戦連敗は小沢の責任だと言い、あまつさえ、政権交代の大功労者を追放しようとする菅総理は常軌を逸している。また、言葉尻を捉えるだけで、骨太の政権構想もなく、大局観に立って政治を正す能力も気概もない野党も同罪である。

日本は、「美しい国」であった。

人心卑しからず、西欧に比して、たとえ「物質文化」で劣っていたとしても、『精神文化』に於いては、彼等を遥かに凌駕していた。

その、日本と日本人との持つ美点は、戦後のアメリカ化政策により、完全に崩壊した。

猫も杓子も、アメリカに習い、アメリカの模倣に終始し、アメリカに褒められる事を飲み欲し、官僚はアメリカ風に考える事を良しとして、経済界はアメリカのモデルが絶対だと、あがめた。

仕上げは、小泉純一郎と竹中平蔵である。

カネが総て。

カネを稼いだヤツが勝ち。
稼げなかったら、貧乏に甘んじる事は当たり前、
総て、自己責任。
国民は、自らの手で稼ぐべし。
国民は国家に期待してはならない。

その価値観のもとに、最後まで残っていた「日本人の美徳」の最後の一滴が、消滅してしまったかの如き、不穏な社会が出来上がった。

1月2日日本時間22時頃の「竹中平蔵」のツイートを転載する。
(転載)
>2011年は、これまでの様々な「流れ」が一気に加速する一年になるだろう。企業の海外移転の流れ、政治の新しい組み合わせの流れ・・。国債市場不安定化という悪い流れも起こりうる。じっとしていてはダメだ。自らが行動を起こして、変化に対応するしかない。
(転載終了)

全く「我関せづ」である。

日本の社会不安も、経済の崩壊も、総ては「学問的流れ」の中の一コマに過ぎないかの如く。
一体全体、何処の誰が「こんな日本」にしてしまったのだ?
どの口が言うのだ!

社会の仕組みとは、依てかくの如しである。

我々国民は、社会のベクトルを造り出している存在を、見極めなければならない。
冷静に見極め、その彼等の意図する所をしっかりと読み取り、そのような恣意的な世論操作に踊らされる事無く、正しい判断を持つ必要が有る。

そして、<悪意ある撹乱>に対しては、断固としてそれを拒否し、流されてはならない。

何しろ、我々自身の明日の事なのだから。

>民度を超える政治家はいないという。であるならば、志のある自立した個人が立ち上がり、民度を高めるしかない。2011年はそうした新しい一年にしたい。
【二見論説抜粋転載終了】

正にその通り。
「民度を越える政治」が無いのであれば、『民度』を挙げるしかない。

菅直人くん。
ツッパってないで、辞めなさい。
歴史に「裏切り者」として、これ以上酷く記されない為にも。
第一、このままだと、健康に悪いよ。

2011年を、希望のある年にしたいものです。

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