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「米国の専門家」による政府管理は未だに続いている

2012年03月16日 22時49分36秒 | Weblog
「米国の専門家」による政府管理は未だに続いている・・・(陽光堂主人の読書日記)

昨年の福島第一原発事故の後、

「米国の専門家」を名乗る集団が官邸へ乗り込んできました。

官邸に陣取って政府に指示を出していたわけで、

原爆投下後に上陸してきたGHQと同様の存在であり、

「第二の進駐」と囁かれました。この件については、

本ブログでも採り上げたことがあります。

(「官邸を牛耳る「米国の専門家」の正体」)

 その後、こうした批判をかわすために官邸から退去しましたが、

それでも頻繁に出入りしていたようです。

事故から1年経ち、そんなことがあったことすら忘れ去られていますが、

何と彼らは未だに日本にいてあれこれ指図していることが明らかとなりました。

 板垣英憲氏によると、未だに残っているのは、

IAEAのナンバー3であるデビツド・B・ウォーラー副事務総長(副専務理事、事務局長)、

ランス・ガトリング(軍人、核戦争の専門家)のほか総勢約20人で、

CIAの人間が多いようです。 

 左がデビツド・B・ウォーラーで、右がランス・ガトリングです。

原発事故は収束したと政府は言っているのですから、

さっさと帰ればいいものを未だに居座っているのは、

日本政府を管理するのが彼らの役割だからです。

特に、ガトリングは軍人で核戦争の専門家ですから、

最初から関係のない人間のはずなのに帰国しようとしません。

 米国は、日本が福島第一原発で核兵器を開発しようとしていたと疑っているようです。

でなければ、核戦争の専門家に出番はありません。

この辺は最高機密ですからよく判りませんが、

事故の検証が碌になされず(本来なされるべき警察による捜査が行われていません)、

当時の記録が残されていなかったのも、核がらみの出来事であったなら理解できます。

 我国は戦前から核兵器開発を進めていて、昭和天皇により阻止されましたが、

その後も密かに続けられていたという話もあります。

この流れが戦後に受け継がれていたとしても不思議ではありません。

(広島への原爆投下も、外国では当初、日本が開発した原爆が

事故で爆発したのではないかと思っていたようです)

 核開発疑惑はもちろん重大な問題ですが、板垣氏によると、

ウォーカーらは官邸近くのホテルに陣取って野田政権の閣僚人事にまで

口を挟んでいるそうですから、事実とすれば真に由々しき話です。

重要な閣僚人事については米国に相談しないと決められないと

昔から言われているので、今更驚くことではありませんが…。

 彼らが官邸に進駐してきたことで、米国による支配が明らかとなりましたから、

この点はよかったと思います。

でも、お人好しの日本人の多くは、「トモダチ」が心配して駆けつけて来て、

色々と助言してくれていると無邪気に信じているようなので、

大して学習効果はありませんでした。

 デビッド・ロックフェラーやジェイの動向が全く伝わって来ないので、

彼らが権力を失墜してしまったことは確かなようです。

そうするとウォーラーやガトリングは誰の指示を受けているのか

ということになりますが、主なき現在、子分たちが生き残りをかけて

暗躍していると見るより外ありません。

 一旦出来上がった構造は中々失われませんから、

米国も日本もこれまでの惰性で動いているのでしょう。

新しい体制が出来上がるまでは旧勢力の悪あがきが続きますが、

いずれは退場を余儀なくされます。

米国はどうなろうと自業自得ですが、我国がこのまま持ち堪えられるのか

どうか危うい瀬戸際にあります。

シロアリにかなり食い尽くされてしまいましたから。  

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