現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

ぼくの探偵たち

2020-02-16 10:47:50 | 作品
「フンフンフン、ハはハチミツのハ、ニはニンジンのニ、ホは……」
 ぼくは、タンポポの花をふりふり、ハニホの歌を歌いながら、ウカレ山からの一本道を下りていきました。
 ウカレ山は、アニマン市のはずれにある小さな山です。毎年、春になると、横から見た形が三角形の山は、一面サクラの花におおわれて、まるでピンクのオムスビみたいです。
 今年も、同じクラスのコブタくんやウサギさんたち、それに幼なじみのジュンちゃんと、お花見ピクニックへ行くことになっていました。今日はその下見に来たのです。
ふもとの方では、もうサクラはチラホラ咲き始めていました。これから、だんだんと上へ向かって花が開いていくのでしょう。頂上付近のサクラの木も、いっぱいにツボミをつけていました。
 あと一週間。そう、来週の日曜日にはちょうど満開になりそうです。

ふもと近くまで下りてきたとき、タヌキのうらないばあさんに出会いました。
「こんにちは、おばあさん」
 ぼくは大きな声であいさつすると、手にしたタンポポの花をふってみせました。
「あら、タツルさん、こんにちは」
 うらないばあさんは、ヨッコラショとこしをかがめてあいさつしました。
「フンフンフン、ハはハチミツのハ、……」
 また歌い始めようとしたとき、うらないばあさんにうしろから呼びとめられました。
「おやおや、タツルさん、たいへんだこと」
「えっ、なーに?」
 ぼくがうらないばあさんの方にふりむくと、
「タツルさん、今度の土曜日に、おまえさんの一番大切なものを盗まれるよ」
「えっ、大切なものって?」
「そこまではわからないよ。でも、おまえさんの顔を見ていたら、三つのものが浮かんできたよ。リンゴとシャボンとスミレさ」
 タヌキのうらないばあさんはそれだけをいうと、スタスタと山のほうへ行ってしまいました。

ぼくは、家へ帰ってからもいろいろと考えてみました。
(一番大切なものって、なんだろ?)
(誰に盗まれちゃうんだろ?)
 いくら考えてもわかりません。そこで、ぼくの探偵たちに相談することにしました。

机の一番上の引出しから金の鈴を取り出すと、一回だけ鳴らしました。
 チリリリン。
 きれいな鈴の音がまだ消えないうちに、大きな茶色のかたまりが窓から飛びこんできました。
 バタン、ドシン、ガチャン。
 すごい勢いで突っ込んで机にぶつかりました。机の上の筆箱、本立て、電気スタンド、読みかけのコミックスなんかが、みんな床に落っこちてしまいました。
 茶色のかたまりは、落っこちたものの中からなんとかはいだすと、きちんとすわって前足で敬礼しました。ふさふさの茶色い毛の中に、真っ黒な眼だけがギロギロと光っているムクイヌ。
 これが、一番目の探偵です。
「およびの、ゼイゼイ、鈴の音を聞いて、ハアハア、急いで、ゼイゼイ、飛んできました」
「じつはね、……」
 ぼくはタヌキのうらないばあさんの不吉な予言について、ムクイヌ探偵に説明しました。ムクイヌ探偵は、鼻をピクピクさせながら話を聞いています。
「一番大切なものって、なんだろ?」
「さて、何でございましょうな。私でしたらこのメダル」
 ムクイヌ探偵は、首輪にぶらさがっている金メダルをチャラつかせながらいいました。
「これは、去年、川でおぼれていた子どもを救ったときにいただきました」
「ぼくは、金メダルなんてもらったことないよ」
 ムクイヌ探偵の自慢そうな顔を見て、ぼくはちょっと腹をたてました。
「そうですか。でも、ご安心ください。私にはもう見当がついております」
 ムクイヌ探偵は、得意そうに胸を張りました。
「なんだって!」
 ぼくはびっくりして、ムクイヌ探偵の顔を見ました。
「なにしろ、リンゴといえば八百屋、シャボンといえば洗濯屋、そしてスミレといえば花屋に決まっています。これからひとっぱしり、その三人をふんじばってまいります」
 いうが早いか窓から飛び出そうとするムクイヌ探偵を、ぼくはあわててやっとの思いで捕まえました。
「待って、待って。なんだよ、リンゴとシャボンとスミレだからって、それを売っている人たちが犯人とは限らないじゃない。その三つが好きな人かもしれないし、その三つを使って何かを作っている人かもしれないよ」
 ぼくがそういうと、ムクイヌ探偵は、面目なさそうにシッポをたれて、部屋を出ていきました。

「あーあ」
 ぼくは大きなためいきを一つつくと、机の二段目の引出しから銀の鈴を取り出して、二回鳴らしました。
 チルン、チルルルン。
 鈴の音が長く尾を引いて鳴り止んでも、誰もあらわれません。ぼくがもう一度鳴らそうと鈴に手を伸ばしたとき、頭の上で声がしました。
「もう、とっくに来ていますよ」
 本棚のてっぺんに、何かが丸くうずくまっています。ベージュ色のスラリとした身体、四本の足にはこげ茶色のストッキング。とがった顔に、エメラルド色の目がチロチロと燃えています。
 そう、二番目の探偵、シャムネコでした。
(うすきみの悪い奴だな)
と、ぼくは思いました。
「それじゃあ、ご用件を聞かしていただきましょうか」
といいながら、しなやかな身体を宙におどらせて、一回クルリと宙返りをすると、部屋の真ん中に置いてあるテーブルの上に着地しました。
「じつはね、…」
 ぼくは、またタヌキのうらないばあさんの不吉な予言について、シャムネコ探偵に説明しました。
 シャムネコ探偵は、大きな伸びをしたり、耳の後ろを足でかいたり、ちっとも落ちついて人の話を聞こうとしません。
 最後に、シャムネコ探偵は、面倒くさそうにいいました。
「じゃあ、その大事なものを、金庫にでもしまっておけばいいじゃないですか」
「だから、何が大事なのかがわからないんだって、いってるんじゃないか!」
 あきれはてたぼくは、シャムネコ探偵を怒鳴りつけてやりました。
「はあ? なーんだ、それなら問題なし。あなたでさえわからないものを、犯人はもっとわかりっこない。だから、盗まれっこありませんよ」
 頭にきたぼくは、シャムネコ探偵の首根っこを捕まえて、窓から放り出しました。

「あーあ、あーあ」
 ぼくは二つためいきをつくと、机の一番下の引出しから銅の鈴を取り出して、三回鳴らしました。
 チロン、チロロン、チロロロン。
 最後の鈴の音が鳴り止んだでも、何もおきません。
(おや、どうしたんだろう)
 ぼくがしびれをきらし始めたころ、ようやくドアをノックする柔らかな音がしました。
 ドアをあけると、三番目の探偵が入ってきました。
 モグラ探偵です。
 ビロードのフロックコートを着こみ、まぶしいのかサングラスをかけています。
「失礼します」
 モグラ探偵は、もったいぶった身振りで部屋のいすに腰を下ろすと、短い足を組みました。
「じつはね、…」
 ぼくは、またまたタヌキのうらないばあさんの不吉な予言について、モグラ探偵に説明しました。
 モグラ探偵は、ピクリとも身体を動かさずに、いっしんに話を聞いているようです。
 でも、ぼくが話し終わっても、モグラ探偵はぜんぜん動こうとしません。
 そばに近寄ってのぞきこんでみると、モグラ探偵は足を組んだままスヤスヤと眠っていました。
「あーあ、あーあ、あーあ」
 ぼくはがっくりして、大きなため息を三つもつきました。

とうとう一週間がたって、予言の日がやってきてしまいました。
 ぼくは、たよりにならないけれど、もう一度三匹の探偵たちを呼ぶことにしました。
 金の鈴は、チリリリン。
 銀の鈴は、チルン、チルルルン。
 銅の鈴は、チロン、チロロン、チロロロン。
 部屋の真ん中にせいぞろいした探偵たちは、今日はまじめくさった顔をしてならんでいます。
「いよいよ、予言の日だからね。しっかり見張ってくれよ」
 ムクイヌ探偵は、さもぼくのことばを聞いているような顔をしています。
 でも、時々、隣のシャムネコ探偵に、鋭いキバを見せて脅していました。
 シャムネコ探偵のほうは、そんなムクイヌ探偵には知らんぷりで、時々、前足で顔を洗ったりしています。
 ただ、モグラ探偵だけが、いっしんに話を聞いているようです。
「それじゃあ、みんな配置に着いてくれ」
 ムクイヌ探偵は玄関の外に、シャムネコ探偵は二階のベランダに、それぞれ持ち場に向かいました。
 でも、モグラ探偵だけは、突っ立ったまま動こうとしません。
 そばに近寄って覗き込んでみると、モグラ探偵は、また立ったままスヤスヤと眠っていました。

まあ、とにかく三匹のぼくの探偵たちは、持ち場に着きました。モグラ探偵も、床下にもぐって見張っているはずです。
 ぼくは、家の中で、ベッドにもぐりこんでかくれました。
 
トントン。
 ドアが軽くノックされました。
(誰だろう?)
 探偵たちが騒がないところを見ると、怪しい者ではなさそうです。
 ぼくは、ドアの覗き穴から、そっと外をうかがいました。
(なーんだ)
 外にいたのは、幼なじみのジュンちゃんです。手には、大きなバスケットを下げています。今日のことは話してあったので、差し入れに来てくれたようです。
「ジュンちゃん、来てくれたの」
 ぼくは、うれしくなってドアを大きく開けました。
「タッちゃん、そんなにベッドにもぐりこんでばかりじゃ、だめじゃない」
 ジュンちゃんは、パジャマ姿のぼくを見ていいました。
「はい、お弁当よ」
 バスケットの中から出てきたのは、ハムに、タマゴに、チーズに、レタスに、トマトをはさんだ大きな大きなサンドイッチでした。それに、冷たい紅茶とイチゴのジェリーまでついています。
(女の子って、どんな時でも食べることだけは忘れないんだな)
 ぼくは、ジュンちゃんに感心しながら、朝から何も食べないではらぺこだったので、サンドイッチにいきおいよくかぶりつきました。
 その後も、何事もなく、時間はどんどんすぎていきました。

 ドン、ドン。
 どこかで、ドアが大きな音でノックされています。
 ふと気がつくと、あたりはすっかり明るくなっていました。いつのまにか、眠ってしまっていたようです。時計を見ると、もう日曜日の朝の八時を過ぎていました。
(やったあ、何も取られなかったじゃないか!)
 もう時間が過ぎているから、外に来たのは犯人ではないでしょう。
 それでも、そっとドアの覗き穴から除いてみました。
外にいたのは、またジュンちゃんでした。
「おはよう、タッちゃん。やっぱり大丈夫だったじゃない」
 ドアを開けると、ジュンちゃんはニコニコしながらそういいました。
「うん。でも、ジュンちゃん、こんなに早くにどうしたの?」
「やだなあ、タッちゃんたら。お花見の約束じゃない」
 ジュンちゃんは、プッとホッペタをふくらまして、怒ったふりをして見せました。
(そうだった。例の騒ぎで、すっかり忘れちゃったけれど)
「もーう、そんなことだろうと思って、タッちゃんの分もお弁当を持ってきたわよ」
 ジュンちゃんはそういって、昨日の3倍はありそうな大きなバスケットをふって見せました。

 ぼくとジュンちゃんは、予定どおりに、ウカレ山にお花見ピクニックにいくことにしました。同じクラスの、コブタくんやウサギさんたちもやってきました。それに、ムクイヌ、シャムネコ、モグラのぼくの探偵たちも参加します。
 ジュンちゃんのバスケットの中のお弁当は、とてもたくさんあったので、ぼくの探偵たちの分もちゃんと間に合いました。

「フンフンフン、ハはハチミツのハ、ニはニンジンのニ、ホは…」
 みんなで、「ハニホの歌」を唄いながら歩いていくと、ウカレ山が見えてきました。
「ほんとに、ピンクのオムスビみたいね」
と、ジュンちゃんが指差しながらいいました。
 ウカレ山は、期待どおりにサクラが満開です。山全体が、サクラの花におおわれていました。
「うわーっ!」
 みんなは、歓声をあげながら、ウカレ山に走っていきました。
 今日は風が強くて、サクラは早くも散り始めています。
桜吹雪の中をかけていくジュンちゃんから、ぼくは目を離せなくなっていました。
 途中の道端で積んだスミレの花を片手に、両方のホッペをリンゴのように赤く染めて走り回るジュンちゃんのまわりを、ピンクの花びらがヒラヒラと舞っています。
 ジュンちゃんがクルリと回ると、シャボンの香りがします
(そうだったのか!)
 その時、ぼくは初めて気がつきました。
 やっぱり、タヌキのうらないばあさんは正しかったのです。ぼくは、一番大切なものを盗み取られていたことに、その時気づいたのでした。
 それは、ぼくのハート。そして、それを盗んだのは、…。
 

ぼくの探偵たち
平野 厚
メーカー情報なし

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