この短編も、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」(その記事を参照してください)の主人公であるホールデン・コールフィールドの物語です。
実際に、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の第17章から第20章にかけての内容の、ごく断片的な下書きともいえます。
これらの章では、大学進学のための寄宿制高校を、成績不良で退学になったホールデンが、サリーとのデートから家へたどり着くまで、酔っぱらいながらニューヨークの街を彷徨います。
ここでは、ホールデンがそれらに順応するのを強烈に拒んでいる(そのために、自らのアイデンティティを喪失してしまいます)いわゆる「良家の子女」の典型的な人物が三人登場します。
ホールデンのガールフレンドのサリーは、ホールデンのことは好き(たぶんに、ホールデンが裕福な家の子どもだということが、その理由に含まれていますが)なのですが、彼からの「すべてをなげうって駆け落ちしよう」という提案はやんわりと断る、しごく常識的な女の子(70年も前なので今よりもずっと保守的です)です。
ホールデンのクラスの首席の男友達は、現状のエリートコース(将来は、アイビーリーグの大学を卒業して、医者か弁護士か大企業の経営者か何かになる)にこのうえなく順応していて、落ち着き払っています。
もうひとりは、サリーの知り合いの、なんでも大げさに表現する典型的な俗物男です。
この短編では三人ともまだ原型にすぎず、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」ではもっと肉付けされて、洗練もされて、読者に強烈な印象を与える存在になります。
ただし、この作品の冒頭の部分では、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」にはない、ホールデンもサリーも、他の多くのこうした「良家の子女」と外見上は区別がつかないことを逆説的に表現している部分があって、これらの人物(ホールデンも含めて)の造形に関する作者の狙いを理解するのには役立ちます。
サリンジャー選集(2) 若者たち〈短編集1〉 | |
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