ボクシングの東洋ミドル級チャンピオンだった、カシアス内藤との出会いと、同世代の人間としての奇妙な共感を、韓国で行われた彼からチャンピオン・ベルトを奪った柳済斗との四度目の対戦(いわゆる噛ませ犬としての試合のようです)の前後を舞台に描いたノンフィクションです。
ご存知のように、数年後に著者自身がパトロンになって、内藤と世界タイトルマッチを追いかけた日々を描いた私ノンフィクション(著者自身が主人公ないしは重要人物として登場する、私小説のノンフィクション版です)の傑作「一瞬の夏」のきっかけになった作品です。
「調査情報」昭和48年9月号に掲載されて、昭和51年に文藝春秋から出版されました。
当初は、編集者からは著者にふさわしくない題材だと反対されたようです。
それを押しきって取材した、そういった意味では著者が初めて自分で選び取った題材だったのかも知れません。
全盛期の内藤は、あの名トレーナー、エディ・タウンゼントに、自分が指導した選手の中では、世界チャンピオンになった海老原博幸や藤猛よりも、うまくて才能があったと言わせるほどのボクサーです。
私自身も彼の全盛期を知る世代ですが、彼の圧倒的なスピードを生かしたアウト・ボクシングのうまさは覚えています。
しかし、それと裏腹な打たれ弱さも記憶に残っています。
不完全燃焼をしている同世代の人々(それには、70年安保における彼ら世代の敗北感も含まれているでしょう)の中で、内藤だけは「あしたのジョー」のように灰になるまで完全燃焼してほしいと願う、著者の痛切な思いが伝わってきます。
しかし、内藤もまた不完全燃焼のままで終わります。
そういった意味でも、内藤、そしてそれと共にあった著者は、世代の申し子なのかも知れません。
なお、作品のタイトルは、商品としての惹句としては成功していますが、内容には適していません。
なぜなら、内藤は決してカシアス・クレイを目指していたのではなく、強いて言えば、本名の「内藤純一」として世の中に認められたかったからです。
また、クレイ自身も、その名前を捨てて、モハメド・アリになったのですから。