現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

「「ちびくろサンボ」絶版を考える」径書房編

2024-01-27 11:05:32 | 参考文献

 1989年に、古典的な絵本である「ちびくろサンボ」が黒人を差別していると抗議され、すべての出版社が絶版にした事件の顛末と、この問題を巡る賛否両論を併記した本です。
 「ちびくろサンボ」は、日本だけでも22社49種類も発行されていた人気絵本であり、代表格の岩波書店版だけでも百二十万部以上を売り上げていた大ベストセラーだったのです。
 それがいっせいに書店から姿を消したのですから、大論争になりました。
 批判派のポイントを要約すると、「ちびくろという用語が差別的、サンボをはじめとした登場人物の名前が黒人の蔑称である、原作はインド系黒人を描いていたのにいつのまにか挿絵がアフリカ系黒人に変わりアメリカでの差別を助長した、描かれている黒人の絵が差別的に描かれるときの黒人のステレオタイプを誇張している、イギリスの植民地だったインドに対する白人の作者の優越感が感じられる、描かれている黒人の生活が未開で野蛮な印象を持たせる」などとなります。
 一方、擁護派の意見は、「子どもたちが喜んでいる、子どもたちは読んでも黒人差別など感じていない、自分も子どものころに読んだ時には差別を感じなかった、差別があるからと単純に絶版するのは表現の自由を侵している」などです。
 こうしてみると、反対意見は差別される側の立場に立ち、擁護意見は読者の立場に立っているように思われます。
 ここで私の意見を述べます。
 もう一度見直してみると、「ちびくろサンボ」は明らかに黒人を差別していると思いますし、それに気づかずに読んでいた自分自身にも、黒人に対する優越意識(白人に対するコンプレックスの裏返しとして)があったことを認めざるを得ません。
 しかし、一方で表現や出版の自由や作品の歴史的な価値を考えると、「ちびくろサンボ」をまったく抹殺してしまうことにも反対です。
 黒人差別に無頓着な既存の本の絶版は当然ですが、この作品や「黒人差別」の歴史的背景を十分に解説した文章をつけて、オリジナル版の挿絵と文章の完訳で復活させてはどうかと思います。
 そうすれば、子どもたちは、オリジナルストーリーの優れている点を味わえるとともに、「差別」について考える契機になると思うのですが、いかがでしょう?
 「ちびくろサンボ」の問題が、児童文学界に大きな衝撃を与えたのは、そのビジネス上のインパクトだけではありません。
 現代児童文学の成立に大きく寄与したといわれる、1960年に出版された石井桃子たちの「子どもと文学」において、「児童文学は「おもしろく、はっきりわかりやすく」なければならない」という彼らの主張の実例として、「ちびくろサンボ」を詳しく解説していたからです。
 そのため、「子どもと文学」に影響を受けた児童文学者(他の記事にも書きましたが、私自身も1971年の8月、高校二年の夏休みにこの本を読んで児童文学を志すようになりました)にとって、「ちびくろサンボ」は大きな意味を持っています。
 また、「子どもと文学」は、「ちびくろサンボ」と対比する形で、以下のように主張していました。
「時代によって価値のかわるイデオロギーは――たとえば日本では、プロレタリア児童文学などというジャンルも、ある時代に生まれましたが――それをテーマにとりあげること自体、作品の古典的価値(時代の変遷にかかわらずかわらぬ価値)をそこなうと同時に、人生経験の浅い、幼い子どもたちにとって意味のないことです。」
 この主張に対して、児童文学研究者の石井直人は、「現代児童文学の条件」(「研究 日本の児童文学 4 現代児童文学の可能性」所収、詳しくはその記事を参照してください)という論文において、以下のように批判しています。
「このくだりは、事後、プロレタリア児童文学は「人生経験」の十分でない子どもにとってほんとうに無意味なのか、また、「子どもと文学」が古典的価値をもつ典型とみなした「ちびくろ・サンボ」は人種差別ではないのかといった問題点を指摘された。プロレタリア児童文学は、子どもたちの「人生経験」の場にほかならない生活の過程をこそ思想化しようとしたのではなかったのか、また、イデオロギーではないはずの「古典的価値」が批判されたことは時代の変遷に関わらない思想などありえないことの証ではないかということである。」
 他の記事で書いたように、「子どもと文学」は、カナダのリリアン・H・スミスが1953年に書いた「児童文学論」の影響下にあって、当時の英米の児童文学の価値観を日本に持ち込んだものであり、白人(厳密に言えばアングロサクソン)の思想に基づいているという限界を持っていたのです。
 ただし、「子どもと文学」の出た1960年といえば、アメリカでは公民権運動がまだ勝利しておらず、もちろん南アフリカでのアパルトヘイトも続いていたわけで、当時の石井たちの黒人差別の認識は平均的な日本人の認識より劣っていたわけではないので、この点でも歴史的な背景を理解して批判しないとフェアではないと思います。

『ちびくろサンボ』絶版を考える
クリエーター情報なし
径書房

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1 コメント

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Unknown (1)
2020-01-20 12:34:47
でかしろサンボやちゅうくらいはいいろサンボも作ればいい。
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