引き続き、西村幹也氏の「もっと知りたい国モンゴル」から、西村氏が愛してやまないモンゴルの大草原を描いた部分のご紹介をさせていただきます。
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(引用ここから)
モンゴル高原の大部分を占めるのはモンゴル国であるが、だからといってモンゴル人だけが住んでいるわけではない。
モンゴル国では公式に自国内に2民族の存在(モンゴル民族とカザフ民族)を認めているが、実は第3番目の民族が存在している。(本当はもっといるが)
それがトバ民族である。
母語であるトバ語はチュルク系言語であることから文法的にはカザフ語とほぼ同じであるといってよいが、モンゴル語から入ってきた語彙が多い。
またチュルク系言語を話す民族の多くがイスラム教徒であるのに対し、彼らは仏教もしくはシャーマニズムを信仰の中心に持っている。
言語的にはカザフ民族に近いのだが、宗教などの点ではモンゴルとの関わりから深い影響も受けている。
まるでモンゴルとカザフの中間にあるかのような人々だという印象がある。
さて、このトバ民族の中に、トナカイを飼いながら、針葉樹林帯(タイガ)に住む人々がいる。
「ツァータン」と呼ばれる人々である。
「ツァータン」という言葉は、「トナカイを持つ人」を意味するモンゴル語だ。
草原地帯で馬、牛、ラクダ、山羊、羊を飼うモンゴル人たちにとっては、雪が深くて草原家畜を飼って暮らせない森林の奥深くから、トナカイに乗って人がやって来たのだから、かなり奇異な存在に見えたことだろう。
しかし「トナカイを持つ」彼らが、自分達を「ツァータン」と自称するようになったのは、それほど昔のことではない。
彼らは圧倒的多数のモンゴル民族の中で、母語を忘れるなど、様々にモンゴル化が進む過程で、彼らも自らを「ツァータン」と自称するようになってきている。
モンゴル遊牧民にとっての家畜と、「ツァータン」にとってのトナカイとでは、実は意味合いがまったく違っている。
モンゴル遊牧民は家畜を増やして、余剰分を食肉にまわしたり、大規模な群にして乳などを日常的かつ大量に得ることを第一の目的としている。
つまり家畜を飼うことが、中心的生業となっている。
しかし「ツァータン」たちにとってのトナカイというのは、本来交通輸送手段としての利用が第一である。
トナカイを“たくさん増やす”ことに意義を見出すようになったのは、社会主義時代にモンゴル民族主導でモンゴル的牧畜経済を押しつけられ、トナカイ牧畜への依存度が高くなったからなのである。
彼らの主な生業は本来、狩猟採集漁労であった。
つまり彼らの日常的な食料は、狩りの獲物や自生の植物、木の実、魚などであったのだ。
モンゴルでは1960年代ごろからトナカイ牧畜の大規模化が始まる。
群の単位は数百頭に及び、“第6番目の家畜”として、当時のソビエトでの鹿肉コンビナートにならって
トナカイ牧畜に力が入れられることになったのである。
同時に狩猟採集漁労文化は、徐々に忘れられていくことになった。
狩猟採集漁労という生活形態は、当時の社会主義において「未開社会」を意味した。
それらから脱却して高度な文化生活をすることが、正しい進歩であるとされていたからだ。
しかしそもそも見通しの悪い森林地帯での大規模群飼育は困難であり、また暑さを嫌がり寒さを好むトナカイの性質は、これを飼育する人々に大きな負担を強いることとなる。
社会主義システムが支えてくれてどうにか成り立っていた大規模群飼育は、社会主義崩壊を契機に中小規模(10から30頭)群飼育に戻っていった。
さらに社会主義時代にはもらっていた賃金収入がなくなったため、これもまた、以前のように換金可能な物資を調達しに狩りへと出かけることになっていった。
とこらが、彼らの社会環境は社会主義以前と大きく異なってしまったのである。
つまり、狩猟自体が許可制になってしまったのだ。
いや、実質全面禁止に近い。
“自然界がものをくれていれば生活できる”はずだった彼らの生活は、“密漁、密猟がばれなければ”、という厳しい条件が付くことになっていった。
さらに「森林資源保護」という名目で、一律に木の伐採が禁じられ、これもまた彼らの生活を大きく圧迫することとなっている。
密猟をしたら、また木を許可なく伐採したら、とんでもない額の罰金を払わされることとなっているのだ。
トナカイ遊牧民と紹介されたり、時には「幻の民族」などとマスコミに取り上げられる「ツァータン」であるが、そのどれもが本当の彼らを知らずに、彼らを取り巻くモンゴル人たちが一方的におしつけたイメージにすぎない。
彼らにしてみれば、モンゴル北方のタイガ地域を自由に暮らしていたのに、気がついたら国境線が引かれ、移動もままならなくなり、少数民族に追いやられ、自分達を理解してくれないモンゴル人たちに勝手に名前をつけられ、生業も変えられ、社会主義崩壊と同時に投げ出されてしまい、先住民族の権利と人権を守れ!と叫びたいところだろう。
(引用ここまで)
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