goo blog サービス終了のお知らせ 

始まりに向かって

ホピ・インディアンの思想を中心に、宗教・心理・超心理・民俗・精神世界あれこれ探索しています。ご訪問ありがとうございます。

マヤの予言「チラム・バラムの書」(5)・・準備せよ、白い顔の若者が来る

2011-03-07 | マヤ・アステカ・オルメカ
マヤの予言「チラム・バラムの書」(望月芳郎訳)の紹介をしています。

続きです。
リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。


       *****


      (引用ここから)


カトゥンの予言「二の巻」


カトゥン11アハウ、異民族がこの国に居を定めたとき。

11アハウはカトゥンの順序の始めであり、最初のカトゥンである。


イチカンシホは異民族がやって来た時、カトゥンの本陣であった。

太陽の息子たち、東から来た髭の生えた人々が我々の国にやって来た時、
その髭は赤かった。

それはプルメリアの時代の初めにおける大地の異民族、
白い人間たち、赤い人間たちだった。


ああ、イツァの民よ、準備せよ!

天から白い顔、白い肌の若者が来たのだ。

すっくと伸びた樹、白いワオム・チェ(マヤ族の十字架)が天から降ろうとしている。


彼らはやって来る。

一叫びの距離にいる。


汝らは新しい日の夜明けを見るだろう。

汝らはそれを告げる「しるし」を見るだろう。


ああ共に泣こう。

なぜならば、彼らはやって来たのだから。

石を集める多くの人々。
木を集める多くの人々。
白いイブテエル(訳注・おそらく悪魔であろう)達が来るだろう。


彼らの腕の先から火がさく裂するだろう。

彼らは多くの毒を持ち、多くの首長を首吊るためにやって来るだろう。


ああ、イツァの民よ。

天降る「真実の神」の前にあっては、汝らの信仰はもう役に立たない。


その言葉はただただ、罪だけ。

その教えはただただ、罪だけ。

そのカトゥンは不吉であり、その雨は不吉である。


それがマヤパンの都に、チチェン・イツァの都に来る時、事が分かる太陽の神官とはいかなる者だろうか?

予言者とはいかなる者だろうか?



ああ、それは「弟たち」に重圧を加えるためにやってくるにちがいない。

それはカトゥン7アハウの間にやってきた。

始めて取られる税のため、汝らは明日も明後日も耐えねばならず、
貧困と苦しみが始まった。


汝らの町々に来るにちがいない貧困の重荷に耐えるべく準備せよ。

なぜならば席を占めるカトゥンは不幸のカトゥン。

悪魔の不和のカトゥンであり、それはカトゥン11アハウの中に身を置いたからである。


(引用ここまで・続く)


           *****



>太陽の息子たち、東から来た髭の生えた人々が我々の国にやって来た時、
>その髭は赤かった。
>それはプルメリアの時代の初めにおける大地の異民族、
>白い人間たち、赤い人間たちだった。


赤い髭の生えた、白い人間たちと呼ばれる異民族が、東からやってきた、と述べられているのでしょう。



>天から白い顔、白い肌の若者が来たのだ。
>すっくと伸びた樹、白いワオム・チェ(マヤ族の十字架)が天から降ろうとしている。


その若者は、白い肌で、十字架をもっている、ということでしょうか?

その十字架は、奇しくもマヤ族にとっても聖なる形であったようで、異民族の十字架とマヤ族の十字架が重なって、彼らの見通しはより一層混とんとしてくるようです。



>ああ、ともに泣こう。
>彼らは多くの毒を持ち、多くの首長を首吊るためにやって来るだろう。

>ああ、イツァの民よ。
>天降る「真実の神」の前にあっては、汝らの信仰はもう役に立たない。

>その言葉はただただ、罪だけ。
>その教えはただただ、罪だけ。
>そのカトゥンは不吉であり、その雨は不吉である。


不吉さと絶望が語られ、「白い顔の若者」と呼ばれる異民族の「しるし」が現われることが、もはや避けようのない事実として語られているようです。



関連記事

  ブログ内検索


マヤ         15件
キリスト       15件
十字架        13件
髭を生やした      3件
白い兄        10件
白い神         8件
兄弟         15件
チチェン・イツァ    3件
ケツァルコアトル   13件

(重複しています)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

外来者の言葉は真っ赤な嘘・・マヤの予言「チラム・バラムの書」(4)

2011-03-04 | マヤ・アステカ・オルメカ
マヤの予言「チラム・バラムの書」(望月芳郎訳)を紹介しています。

続きです。
リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。

“予言と言えばマヤ”、と言われますが、マヤ族はどのような予言をしているのかを研究しています。


        *****


        (引用ここから)


天にその「しるし」を上げよう。

ワオム・チェの木(マヤ族の十字架をあらわす木)を立てよう。

今日、告げられる不和は大きい。

世界の「最初の木」の代わりに「全世界にみずからを捧げる木」はやってきた。

これこそ天なる唯一の神フナブ・クの「しるし」である。

おお、イツァの民よ。

これこそ汝らが崇めるべきものである。

今、汝らは天にあるその「しるし」を崇めるだろう。


おお、父よ。

あなたは唯一の神、フナブ・クの言葉を信じるだろう。

なぜならば、神はあなたに語るために進んで天降られたのだから。


然り。心に準備せよ。

おお、イツァの民よ。

次のカトゥンの間、心に信仰を受け入れるすべての人々にとって、

おお、父よ、

世界は眠りから覚めるだろう。



これは悲しみにみちた私の言葉である。

わたしはチラム・バラムであり

神に代わり、大地全体に行き渡る、真実の神の御言葉を伝えたのだ。


おお、父よ。

天と地の主。

神の御言葉が聞こえる。

天なる神の御言葉は、まことにめでたい。


おお、父よ。

それはわれらすべての主、我々の魂の「真実の神」だが、

命じられるすべての者にとって、

なんじら、大地の弟たちよ、

汝らにのしかかる荷は、三倍も重いだろう。


絶望は汝らの心の中にある。

だが、死はプルメリアの者どもの心の中に、

卑劣な者ども、大罪人ども、ナクシト・シゥチトとプルメリアの仲間たち、
「二日間の殿たち」(訳注・すぐに敗れる者たち)の心の中にある。


彼らは玉座の上にいる泥棒、プルメリアの泥棒のような者である。

彼らの言葉は、「二日間の者たち」(訳注・すぐに敗れる者)の言葉。

彼らの「椅子」、彼らの「杯」、彼らの「かぶりもの」は、「二日間の者たち」のそれである。

彼らは昼と夜の好色者、大地の盗賊である。

おお、父よ。

彼らは大地の殿たちの前で、首をひねり、瞬きをし、口をへの字に曲げるだろう。


そうなのだ。

大地の「外来者」の言葉は真っ赤な嘘なのだ。

あの者ども、七つの廃屋の女たちの息子どもは、まことにもったいぶった言葉を発するのだ。

おお、父よ。

この書の言葉の真実の意味を教えることができる予言者、また神官とはいかなる者だろうか。


(引用ここまで・続く)


              *****



>これは悲しみにみちた私の言葉である。


この言葉が、民族の誇る大神官により語られたということに愕然とします。

西洋人の圧倒的な力に包囲されて、また、民族の予言者によって予言された未来であるがゆえに、異民族の、異教とその支配を受け入れなければならないマヤの人々の苦しみに愕然とします。


しかし、マヤ民族も、なかなかやります。

>大地の「外来者」の言葉は真っ赤な嘘なのだ。

> あの者ども、七つの廃屋の女たちの息子どもは、まことにもったいぶった言葉を発するのだ。



西洋人の言葉は、真っ赤な嘘なのだ、とマヤの人々は言っているのだと思います。



関連記事

  ブログ内検索


マヤ        15件
キリスト      15件
十字架       12件
フナブ・ク      2件
チラム・バラム    3件
兄弟        15件
髭を生やした     3件
東西南北       2件

  (重複しています)







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マヤの予言「チラム・バラムの書」(3)・・太陽の神官の死は始まるだろう

2011-03-01 | マヤ・アステカ・オルメカ
マヤの予言「チラム・バラムの書」(望月芳郎訳)を紹介しています。

リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。


            *****


      (引用ここから)


「太陽の神官の予言」


おお、父よ。

13アハウはイツァの民の時、
タンカー・マヤパンの時が終わるカトゥンである。

(唯一の神)フナブ・クの「しるし」は、天に現れている。

おお、父よ。

今やワオム・チェの木(訳注・マヤ世界で神の礼拝のために立てられる柱。この柱は十字架と同一視されてきた)を立て、それが光輝くことを世界に示す時がやって来た。

おお、父よ。

来たるべき時において、太陽の神官がこの「しるし」を人々に教えるために来る時、
不和が始まり、いさかいが始まるだろう。

一叫びの距離の所に、彼らは来ている。

立てられたワオム・チェに止まった「しるし」の鳥を見よ。

ある新しい日が、北に、西に、世界にやって来る。

イツァムナー・カヴィルは目を覚まされる。

おお、イツァの民よ。

我々の父がやってくる。

タントゥンの人々、汝らの兄たち(訳注・東方から教えを持ってきたスペイン人のことであろう)がやってくる。

おお、父よ。

あなたの客たち、
髭を生やした人々、
東からやってくる人々、
神の「しるし」をもたらす人々を迎えよう。


しかり、我々のために訪れる神の御言葉はめでたい。

今、生命の日は我らのために来る。

主よ。
大地をあわれみたまえ。

なぜならばあなたは唯一の神、
我々を創りたもうた唯一の神なのだから。

おお、父よ。

神の御言葉はめでたく、完全である。

なぜならば神はわれわれの魂の守護者であられるのだから。

つつしんで神を受け入れる者、心に神の心を信じる者は、天においてその側に行く者だろう。

その時われわれの太陽の神官の死は始まるだろう。


(引用ここまで・続く)


              *****


>あなたの客たち、
>髭を生やした人々、
>東からやってくる人々、
>神の「しるし」をもたらす人々を迎えよう。

これがマヤ族が西洋人とキリスト教の到来について語ったものであるとすると、マヤ族の人々は非常に深くあきらめているのだと思えます。



予言はまだ続きます。

>つつしんで神を受け入れる者、心に神の心を信じる者は、天においてその側に行く者だろう。

>その時われわれの太陽の神官の死は始まるだろう。


なんとこの予言の書は、民族はキリスト教の到来を受け入れる、と予言されているために、神官自らが、キリスト教の言葉を取り入れて、キリスト教を受け入れています。

みずからの民族が滅びゆくのを見守る運命を自覚しているこの神官とマヤ民族のペシミズムには、驚きを禁じえません。


重ねて、このたびたび言及される“髭を生やした人々”が、いったい誰のことなのか、という問いは大きく、重いと思います。

>髭を生やした人々、
>東からやってくる人々、




関連記事

 ブログ内検索

マヤ         15件
キリスト       15件
十字架        11件
髭を生やした      2件
太陽         15件
兄弟         15件
鳥          15件
ケツァルコアトル   12件


(重複しています)






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

汝らは森の中に隠れよ・・マヤの予言「チラム・バラムの書」(2)

2011-02-26 | マヤ・アステカ・オルメカ
マヤ族の予言書「チラム・バラムの書」(望月芳郎訳)の紹介をしています。

続きです。
リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。


          *****


     (引用ここから)



首長も立ち去るだろう。


首長が汝らの町に戻る時、その富はなくなっているだろう。


禿鷹が家の中に飛び込み、多くの動物が森で死ぬ時が来るだろう。


プルメリアのカトゥンが続く間、オシュの実がパンとなるだろう。


それから気違いの主張、うそつきの主張が13重ねのマットのてっぺんで支配する日が来るだろう。



続いて6つの地方(くに)に「大勅書」(訳注・法王の教書)が来るだろう。


「大勅書」は三度、読み上げられるだろう。


黄金の棒を持つ殿が審判をするために来、白いろうそくが上げられる時、「大勅書」の審判が訪れるだろう。


正義が天降り、キリスト教徒が正義のまなざしの前を歩く時こそ、白いろうそくの時である。


やがて天と地は震えるだろう。


そしてプルメリアのカトゥンが終わるだろう。


誰もそのカトゥンの予言を止めようとはしないだろう。


人々は木の枝の前でこうべを垂れるだろう。


国全体にわたり、地面は揺れるだろう。


プルメリアのカトゥンの予言成就は売られるだろう。(訳注より・「売りに出されるだろう」という訳もある。)



汝らが大司教に従う理由はない。


彼が訪れたら、汝らは出てゆき、森の中に隠れよ。


もし汝らが従ったら、シュポ(キリスト)が来られる時、汝らは彼の後を歩くようになるだろう。


彼が訪れるのはその時だ。


それからプルメリアに水を振りかける時となるだろう。


やがて汝らは分かるだろう。


静かな天に雷が轟き渡るだろう。


いにしえの壁に描かれた言葉が響きわたるだろう。


汝らはまた、その神聖を宣するだろう。


その時こそ、汝らは心の奥深く、その神聖を納得するだろう。


汝らの中には、このことが分かる賢人が一人はいるだろう。


このことが分かる者は、キリスト教に仕えるために、森へでかけるだろう。


だがこのことがわかる者は、一体誰であろうか?



       (引用ここまで・続く)


         *****


西洋人とキリスト教が訪れて、原住民マヤ族は支配されてしまう、ということを言っているのだと思いますが、

>汝らが大司教に従う理由はない。
>彼が訪れたら、汝らは出てゆき、森の中に隠れよ。
>もし汝らが従ったら、シュポ(キリスト)が来られる時、汝らは彼の後を歩くようになるだろう。

という部分に、彼らのしたたかな本心があるのではないかと思いました。


解説など随所に、「キリスト教を受け入れたような語り方がされているが、そのように語らないと公にすることができなかったのであろう」と解釈されています。


「白いろうそくの時」「地面は揺れるだろう」「天に雷がとどろき渡る」「いにしえの壁に書かれた言葉」といった言葉づかいは、キリスト教の聖書の言葉と似ていますが、ホピ族の言葉づかいとも共通しているように思いました。



関連記事

ブログ内検索

マヤ    15件
キリスト  15件
予言    15件
地震    11件




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マヤの予言「チラム・バラムの書」(1)・・訪れる不幸を甘んじて受けよ

2011-02-23 | マヤ・アステカ・オルメカ
古代メキシコのオルメカ文明とマヤ文明はどのような関係か、ということを考えているのですが、この二つの文明の関係はいまだはっきりと結論は出ていないようです。


一つの立場は、紀元前1500年前に出現したオルメカ文明がマヤ文明の源である、という立場です。


もうひとつは、マヤ文明には小規模ながら、オルメカ文明と同時期に出現した遺跡もある。
だから、オルメカ文明がマヤ文明の源泉とは言えない、という考えです。


ただ、歴史を跡付けるには決定的になにかが足りないようです。

どのような仮説も、すべての問題点を解くことはできないようです。

では、どうしよう、、と思っているのですが、「マヤの予言の書」というものを読んでみました。


これはスペイン人がやって来てから書かれたもののようで、キリスト教についても言及されています。


「困難な時代が来るが、耐えなければならない」という民族の予言があり、それゆえ、その困難を受け入れなければならない、彼らの深い苦しみの感情を感じました。


また他の文書も同じようなことになっているのですが、すでにキリスト教と同化したかのような、渾然一体とした表現になっていたり、すじが通らないと思われるところもあります。


でも、予言と言えばマヤ、、ということで言えば、これはそのオリジナルの一つだということができると思います。


以下、作家ル・クレジオが仏訳したものの日本語訳「マヤ神話――チラム・バラムの書」から、抜粋して引用させていただきます。

リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。



           *****


       (引用ここから)


「チラム・バラムによって代弁された真実の神の予言」



これは唯一の神フナブ・ク、13の神、8000倍も偉大な神から、太陽の神官、予言者、チラム・バラムによって説明されるために、地上に下された故事の記録である。


彼らは予言者であった神官ナコム・パラムの家に集められた。


それからチラムの家で予言を受け、予言の重みを知った。


だが、彼らは発せられる予言の意味が分からなかった。


予言者がチラムと呼ばれる理由は、彼が動きまわらず、寝ている家を離れず、そこに寝、止まっているためである。(訳注よりーーマヤ語の“チル”は「寝ている」の意味」)


しかしその家の高みで述べ、その家に座しておられる方の顔も姿も見ることはできなかった。


太陽の神官たちは、チラム・バラムの家に集められた時、予言を受けた。


予言は彼らに及んだが、誰が述べているのか分からなかった。


伝えられるところによると、そのように話したのは、唯一の神、天空の殿フナブ・クだということである。


予言を聞き始めると、神官たちは地にひれ伏し、地べたに額をすりつけた。



第十のカトゥン、プルメリアのカトゥンが始まる日が訪れたことを知らねばならない。


三度の月の満ち欠けの間、ヤシュム鳥すなわちケツァル鳥の羽が現れる。


それから力に満ち満ちた神、九の山々の神、ヤシュム鳥の羽が現れる。


第12年が自らの名を名乗る時、首長たちの中で誰一人として、悔悛の日に気づく者はいないだろう。


その頭は“ジャガー”の頭、その歯は長く、その身体は、うさぎの身体、犬の身体である。


その心臓は槍で刺し貫かれている。


その食物は美味く、その飲み物は甘い。


それはおそらく話しもせず、聞こうともしないだろう。


その言葉は卑猥で、偽りに満ち満ちている。


どこにおいても、大地の最も若い娘たちは守られてはならない。


娘たちはこの国から、さらわれるだろう。


大地の最も若い乙女たち、明日生まれてくる娘たちも、そうなるであろう。



わが若い弟たちよ、兄たちよ、諦めよ。


訪れるカトゥンの不幸の重荷を、甘んじて受けよ。


もし汝らが従わなければ、汝らはその足が根付いた地からさらわれるだろう。


もし汝らが従わなければ、木の幹、草を食んで生きてゆかなければならないだろう。



(引用ここまで・続く)

        
             *****


予言と言えば、マヤやホピが思い浮かびます。。

ホピの予言については、時代精神との関連にも注意を払ってきたつもりですが、マヤの予言もまた、身じろきもできないほど絶望的に重苦しい気配に、押しつぶされそうな気分になります。


マヤの予言とは?

“マヤの予言”と銘打たれた書であるからには、ここには何が記されているのでしょう?

あの2012年まで、あと一年を切りましたが、マヤの心は、今どこにあるのでしょうか?





 関連記事

ブログ内検索

マヤ         15件
オルメカ        4件
ケツァルコアトル   11件
メキシコ       15件
ジャガー        4件
うさぎ         5件                  
ホピ         15件
キリスト       15件
予言         15件

などあります。(重複しています)
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マヤ族の神話「ポポル・ヴフ」(7)・・故郷「トゥラン」はどこか?

2011-02-19 | マヤ・アステカ・オルメカ
紹介してきたマヤの神話「ポポル・ヴフ」は、悲しみに満ちたマヤ族の物語でしたが、彼らはどこから来て、どこに旅をしていたのだろうということが気になります。

彼らの故郷とはどこなのか?

彼らはどこに行ったのか?

彼らはどこに戻ったのか?

彼らが故郷に残してきたという“兄弟”とは誰なのか?

彼らが海を渡ってやってきたというのは本当なのか?


マヤ、アステカの歴史を書いた本を何冊か読みましたが、とてもややこしく、どの説を選べばいいのか分からなくなります。

「ポポル・ヴフ」の文庫本の後書きには、翻訳者・林屋永吉氏による歴史的なことがらの説明がありました。

焦点が絞ってある分、分かりやすい説明だと思いますので、抜粋して紹介してみます。

他の解釈は、また改めて検討したいと思います。



           *****


「ポポル・ヴフ」文庫本後書きより


    (引用ここから)


キチェー国の古代史の概要

「ポポル・ヴフ」には、古代マヤ帝国の崩壊後に、現在のグアテマラ共和国の地域に住みついた原始諸部族の民間伝承、宗教思想、ならびに彼らの移動と発展の模様があますところなく記されている。


1524年、スペイン人がメキシコの南にあるこの地域に攻め入った時、彼らはメキシコの文化にも劣らない優れた文化をもった種族がこの地域に住んでいるのを見て驚いた。


グアテマラのこれらの土着諸民族は、いずれもこの国の北部と現在のユカタン地方の輝かしい文化を展開したマヤ族の後裔であった。


これら諸部族の容貌や体格の特徴、また諸土語の相似性から見て、彼らが祖先を一にし、血縁関係にあったことは明らかである。


また今日残っている古絵文書も、メキシコ中央高原から中央アメリカの北半分にかけての広大な地域の原住民が、同一起源のものであることを一致して証明している。


すなわち「ポポル・ヴフ」第三部では、供犠師の国ヤキ・・メキシコのトルテカ族を指す・・の人達がキチェーはじめその他の部族と一緒になり、ともにもどかしく太陽の出を待ったことが記されている。


彼らが「町があることを知ってそちらへ向かっていった」ことが明らかにされており、

その町が「トゥラン」であったことが述べられている。


カクチケルの古文書には、「この部族の祖先は「トゥラン」から来たもので、西の方からこの地に到来した」とある。すなわち、


        ・・・・・

われわれは海を越えて、西方から「トゥラン」にやって来た。

そしてこの「トゥラン」で、我らの母、我らの父によって創造され、産み出された。

        ・・・・・

と述べられている。


この先史時代における諸部族の移住については、植民時代の歴史家のほとんどすべてが言及しているが、サアグンは、


        ・・・・・


言い知れぬほどの昔、最初の住民がメキシコのこの地方にやって来た。


彼らは現在のパヌコに上陸し、この港から海岸伝いに、雪に覆われた山々や火山を見ながら、歩いてグアテマラ州に到着した。


彼らの先頭には、彼らの神を棒持した神官が立ち、彼らに何をすべきかということをいつも教えていた。


そして彼らはタモアンチャンに住みついて、ここに長い間を過ごした。


        ・・・・・

と述べている。


グアテマラの諸部族が「トゥラン」から出た時代については、なにも正確に分かっていない。


しかし、だいたいユカタン半島のウシュマルとチチェン・イツァにその後住みついた部族と同じ頃に移動したものとすれば、7世紀ころに移住を開始したものと考えられよう。


「ポポル・ヴフ」にも「カクチケルの記録」にも、彼らが「トゥラン」から石や砂伝いに海を渡って来たことが出ているが、特に「カクチケルの記録」には詳しい記述が残っている。


彼らは相集い、現地の人々と闘いながら東に進み、海を渡り、タブロ・オロモンの地の地に退いたが、その住民が好意を持っていないことを見て、海岸を放棄し、よりよい土地を求めて奥地へ入っていったということである。


このタブロ・オモロンの名は「ポポル・ヴフ」にも登場するが、これはメキシコのオルメカ族をさしている。


グアテマラの部族たちがメキシコにある彼らの同族につねに思いを馳せていたことは「ポポル・ヴフ」の記述に、

彼らがその太陽の出を見て喜びにあふれている時も、北の地、すなわち東方に残してきた連中が共にいないことを悲しんで泣いた、とあることでも明らかである。


この“東方”の語は、彼らがやって来た国、すなわちその起源を漠然と示すために用いられている。


またキチェーの諸族は東方、すなわちシカランコとチチェン・イツァに住みついた彼らの偉大な指導者ケツァルコアトルすなわちククルカンに対して忠誠を守り続けた。


事実、彼らがグアテマラに定着後、最初にした最も重大なことの一つは、その親たちが死ぬ前に残した遺言を守り、ナクシットから叙任を受け、栄誉を授かるために東方に出向くことであった。


この王子達の旅については、すべてのグアテマラの古代文献が言及しているが、ナクシットがケツァルコアトル自身、またはこの名を襲名した彼の後継者と同一体であることはもちろんである。


そして彼はキチェーの王子たちをよろこんで迎え、各種の栄誉や贈り物を彼らに与えているが、その贈り物の一つが、「彼らの歴史を記したトゥランの絵文書」であったのである。



         (引用ここまで)

   
           *****



この説明を読むと、メキシコも、ユカタン半島も、グアテマラも、
あらゆる場所の部族がマヤ族であり、近い血族であるように考えられます。

別の本を読むと、また違う説があり、戸惑うのですが、この解説は「ポポル・ヴフ」を語り継いだ人々に関する貴重な一文であると思います。


また、彼らの歴史的な足取りを追う中で、ずっと古い古代メキシコ文明であるオルメカ文明との接点が指摘されていることは、注目に値すると思います。


> 彼らは相集い、現地の人々と闘いながら東に進み、海を渡り、タブロ・オロモンの地の地に退いたが、その住民が好意を持っていないことを見て、海岸を放棄し、よりよい土地を求めて奥地へ入っていったということである。

>このタブロ・オモロンの名は「ポポル・ヴフ」にも登場するが、これはメキシコのオルメカ族をさしている。





 関連記事

  ブログ内検索


マヤ          15件
メキシコ        15件
ケツァルコアトル    10件
オルメカ         3件
ポポル・ヴフ       7件
トゥラン         3件
東方          15件 
兄弟          15件

重複しています。



コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

三島由紀夫の「ポポル・ヴフ」賛・・マヤの宗教の悲哀の本質が、露呈している

2011-02-15 | マヤ・アステカ・オルメカ

マヤの神話「ポポル・ヴフ」を紹介しています。

この神話の日本語の翻訳本に、三島由紀夫が賛辞をよせており、文庫本の冒頭に載っていました。

第三部に関する所をちょっと抜粋して、紹介させていただきます。
リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。


          ***


(引用ここから)


マヤ民族には幼児の尻に蒙古斑があるそうで、これがわれわれに不思議な民族的親近感を与えるが、その文明は独自の20進法の算術の驚くべき発達や、古代ギリシアの都市国家を思わせる整備された政治組織などをのぞいては、わが民族の好尚とはまるで違った熱帯的怪奇と煩雑に満ちている。


とくにトルテカの影響をうけてからは、有名な人間供犠がさかんになるとともに、建築様式にも荒々しい誇大な趣が加わり、この「ポポル・ヴフ」を読んでも、すべては目くるめく太陽のもとの荒御霊の跳梁であって、出てくる人物がみんなスサノオノミコトのヴァリエーションのように思われるのである。


第三部から、この国の歴史が始まり、「供犠師の国ヤキ・・メキシコのトルテカ族を指す・・の人たちがキチェーをはじめ、その他の部族と一緒になり、共にもどかしく太陽の出を待つ」ことになる。


第三部は「ポポル・ヴフ」の頂点であって、ここでは太陽の出現がサスペンスを形づくり、被造物はすべて集まって暁の到来を願うのである。


「夜が明けるのを待とう。」

「太陽が出るのだけでも、見ることができればよいのに。」


かくてついに太陽は上がり、「人間のように立ち上がって登った」けれど、「太陽の熱はとても耐えられないほど熱」かった。


そしてそれによって、神とあがめられていたピューマも、ジャガーも、蛇も、怪鬼も、ことごとく石に化してしまうのである。


このあたりの記述を読む私の目には、ありありと灼熱の密林の中にそそり立っていたマヤのピラミッドや、その浮き彫りのおびただしいジャガーや蛇の姿が浮かんで来、事実、マヤの文化そのものが、こんな激烈な太陽の光のために石化して、今に残されたのではないかという気がするほどだ。


待ちに待たれた暁のこのような恐ろしい相貌には、マヤの宗教の独自の悲哀の本質が露呈しているように思われる。

   
                   1961年8月6日 「朝日ジャーナル」より転載


                     (引用ここまで)



            *****


わたしとしては、この「ポポル・ヴフ」を読み、今ちょっと言葉にならないくらい感動しているところです。



 関連記事

 ブログ内検索

マヤ         15件
金星         11件
ケツァルコアトル    9件
テオティワカン     4件
太陽         15件
ロンゲストウォーク   7件
東方         15件
兄弟         15件
メキシコ       15件
ジャガー        3件
蛇          15件
鹿           3件
ピラミッド       9件
ポポル・ヴフ      6件

重複しています。




コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

汝らの血を少しだけ、我らに与えよ・・・マヤ族の神話「ポポル・ヴフ・三」(6・終)

2011-02-12 | マヤ・アステカ・オルメカ
マヤ・キチェー族の物語「ポポル・ヴフ」第3部を抜粋して紹介しています。

続きです。
リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。 


        *****


       (引用ここから)


●第10章


さてそれでは、四人が彼方の山に一緒にいた時の模様を述べるとしよう。


彼らはシダやコケの間に置き去りにしてきた神々のことを考えて、心に泣いていた。



四人はこの神々に敬意を表わし、暁が到来したことを感謝しようと、神々がいる所にやってきた。


神々は森の中の草の深みや石の間に置かれていた。


そして神官や供犠師がその前にやって来た時、神々はその魔術の力で口をきくことができた。


四人は神の前で贈り物を火にくべた。


神々は彼らに助言を与えて、こう言った。



「これこそ真に我らの山、我らの谷だ。


われらは汝らのものだ。


すべての人間の力によって、我らの栄光は偉大となり、我らの子孫は数多くなるだろう。


すべての種族は汝らのもの。


われは汝らの友である。


汝らの町を守れ。


われらは汝らに知識を与えよう。」



「種族の者たちの口から出る言葉やその行いが元で、我らが怒っている時には、

決して我々を 種族の者たちの前へ出してはならない。


そして汝らは代わりに草の子、野の子、鹿の雌、鳥の雌を我らに与えよ。


汝らの血を少しだけ、我らに与えにやって来るように。



我らに情をたれよ。


われらは鹿の皮を与えよう。



汝らは、我らをだました者に気を付けよ。


この鹿の皮を我らの印として種族の者どもに示せ。



もし、「トヒールはどこだ。」と問う者があれば、その目の前にこの鹿の毛皮を差し出せ。



汝らも姿を出してはならない。


汝らのすることは他にあるからだ。


汝らの身分は高い。


汝らがすべての種族を支配するのだ。


そしてその血と肉を我らの所へ持って来るように。


我らを抱擁しに来る者は、すべて我らのものとなるだろう。」


これが神々の言ったことであった。



四人が貢物を捧げようとやって来た時には、この神々は男の子の姿をしていた。


そしてそれからすぐに鳥のひな、鹿の子狩りが始まり、神官や供犠師が猟の獲物を受け取った。


鳥や鹿の子がみつかると、すぐに彼らは鹿と鳥の血を石像の口に捧げに行った。



神官や供犠牲師がその貢物を捧げ、神々がこの血を飲み終わると、石像は口を開いた。


神官たちは彼らの御印の前でも香を焚いたのであった。


それぞれの御印は神官たちの手によって、彼方の山の上に安置されていた。



しかし神官たちは、日中は家で暮らさず、山の中を歩き回り、見つけだした馬あぶや蜂やミツバチの子だけを食料としていた。


その食料も飲料もよいものではなかった。


その上彼らは家への道も知らず、その妻たちがどこにいるかも知らなかった。         



        (引用ここまで・第三部終わり)


                  *****


ここで物語られている神々と人々の関わりは、もしかしたら、こんなに白日の下にさらしてはいけないものなのかもしれません。

不思議の物語の中でも特に私は、結びの言葉にある神官たちの姿に強い衝撃を感じます。

この神話の随所に、歩いている人々と、さまよっている人々の姿があります。

太陽の謎、暁の星の謎。

分からないことが多すぎると感じます。



>しかし神官たちは、日中は家で暮らさず、山の中を歩き回り、見つけだした馬あぶや蜂やミツバ>チの子だけを食料としていた。

>その食料も飲料もよいものではなかった。

>その上彼らは家への道も知らず、その妻たちがどこにいるかも知らなかった。         



 関連記事

 ブログ内検索

マヤ         15件
金星         11件
ケツァルコアトル    9件
テオティワカン     4件
太陽         15件
ロンゲストウォーク   7件
東方         15件
兄弟         15件
メキシコ       15件
ジャガー        2件
蛇          15件
鹿           2件


重複しています。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マヤ族の神話「ポポル・ヴフ・三」(5)・・離れ離れになった兄弟を思い出す

2011-02-09 | マヤ・アステカ・オルメカ
マヤ・キチェー族の物語「ポポル・ヴフ」の第三部を紹介しています。

続きです。
リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。

 
         *****


      (引用ここから)


●第9章


さて、いよいよ暁となり、太陽と月と星が現れた。


暁の星を見たとき、男たちは非常に喜んだ。


太陽に先駆け、星は光り輝いて現れた。


彼らは、かねてから焚こうと考えていた東方から将来した香の包みをすぐに開いた。


前から星に捧げようと思っていた三つの貢物の紐をほどいた。


三人はそれぞれの香を焚いて、東の方に向かって踊りを始めた。


彼らは踊りながら喜びに泣き、その大切な香を焚いた。



そして今度は太陽がまだ出ないのを嘆き悲しんだ。


太陽はすぐに出た。


小さな獣も、大きな獣も大喜びで、川のほとりや谷の間や、さては山の上に立ちあがって太陽の出てくるかなたに目を向けた。


ピューマ、ジャガーは吠えたてた。


しかし最初に鳴き出したのは、ケレッツーという鳥であった。


鷲をはじめとする大きな鳥、小さな鳥はその羽を大きく広げた。


本当にすべての獣が喜んだのである。



神官や供犠師は、ただひざまずいていた。


神官や供犠師をはじめ、すべての部族がみな喜びに喜んだ。


その数は数えきれないほどであった。


暁は、それらのすべての部族の人々の頭上に等しく輝いた。


そして地の表面は、太陽のおかげですぐに乾いてしまった。


太陽は人間と同じような姿をしていたが、地表を乾かすその顔は燃え立っていた。


実際、太陽が現れるまでは、地表はじめじめとし、どろどろとしていた。


しかし太陽は上った。


人間のように立ちあがって登って行った。


太陽の熱はとても耐えられないほど熱かった。


そしてそのうち、太陽は鏡のような形になっっていった。


歴史の伝えるところによれば、この太陽は今日我われが見ている太陽と、まったく同じものではないということである。



一方、神々はたちまちのうちに石になってしまった。


神とあがめられていたピューマも、ジャガーも、蛇も、奇鬼もまた、石と変わってしまった。


彼らの腕は、太陽と月と星とが現れ出た時には、木にぶら下げられていた。


こうしてすべてのものが石に変わってしまったが、

ピューマやジャガーや蛇などの最初の動物がこの太陽のおかげで石と化していなかったなら、


我々はおそらく、これらの飽くことを知らない獣のために生きていられなかっただろうし、

きっと我らの栄光も失われていたであろう。




太陽が現れ出た時、心は喜びに満ちあふれ、夜が明けたのを喜びあったが、その場に居合わせたものは多くなかった。


山の上にいたのは、ほんの少しにすぎなかった。


その山の上で夜明けを迎えた彼らは、自分たちがやってきた東方を向いて香を焚き、踊り合った。


あの東方には、彼らの山があり、谷があった。


しかし彼らが増えていったのは、こちらであった。


山の上であった。


この山こそが彼らの町であった。


その上に太陽と月と星が出て、夜が明け、地表が、そして全世界が光り輝いた時、彼らはここにいたのであった。



そしてまた、ここで彼らはカムクーという歌を歌い始めたのであった。


この歌に彼らの心や腹の悩みを託したのである。


そして


「ああ、憐れな我らよ、


トゥランで我らは敗れ、離れ離れになってしまった。


そして我らの兄や弟はかの地に残ってしまった。


ああ、我らは太陽を見た。


しかし夜が明けた今、彼らは一体どこにいるのだろう。」


とヤキの神官や生贄師に向かって言ったのである。


と言うのも、実を言えば、彼らの神の一人トヒールは、 ヨルクアト・キッツァルクアト(ケツァルコアトル)という名のヤキの神とおなじ神だったからである。



彼らは互いに


「われわれは、あのトゥランで離れ離れになり、あそこから一緒にやって来た。


そしてやって来る時、あそこでわれらの民族が出来上がったのだ。」


と言い合った。



そしてその時、彼らはその兄や弟、ヤキの人たちのことを思い出していた。


「ヤキの人たちは、今日メキシコという国で、暁を迎えているのだ。


他にも東方に残ってしまった人たちがいるのだ。」


と彼らは言った。



トゥランにおいて石の傍らで、彼らに神が授けられた時、神の言葉も変えられてしまった。


暗黒の内にトゥランからやって来た時、その言葉が変えられたのである。


そしてすべての部族が集まっている時、その神がみが集まっている時、すべての部族の上に暁の光が輝いた。


       (引用ここまで)

   
           *****


>太陽は人間と同じような姿をしていたが、地表を乾かすその顔は燃え立っていた。

>実際、太陽が現れるまでは、地表はじめじめとし、どろどろとしていた。

>しかし太陽は上った。

>人間のように立ちあがって登って行った。

>太陽の熱はとても耐えられないほど熱かった。

>そしてそのうち、太陽は鏡のような形になっっていった。

>歴史の伝えるところによれば、この太陽は今日我われが見ている太陽と、まったく同じものではないということである。


彼らはいったいどのようなことを経験したのでしょう?
彼らの崇める太陽と暁の星は、私たちの知らない何かなのでしょうか?

彼らが言うように、
今日われわれが見ているものとはまったく違った世界のできごとを、彼らの父祖は経験したのでしょうか?





関連記事


  ブログ内検索

マヤ         15件
金星         10件
ケツァルコアトル    8件
テオティワカン     3件
太陽         15件
ロンゲストウォーク   6件
東方         15件
兄弟         15件
メキシコ       15件
ジャガー        2件
蛇          15件

(重複しています)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

父祖たちは石伝いに海を渡ってきた・・マヤ族の神話「ポポル・ヴフ・三」(4)

2011-02-04 | マヤ・アステカ・オルメカ
マヤ・キチェー族の神話「ポポル・ヴフ」の第三部を抜粋して紹介しています。
続きです。

リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。


                  *****
 

          (引用ここから)


●第7章

やがて彼らはある山の頂へやって来た。


ここですべての部族が集まって、いろいろと相談し合った。


こうして彼らは寄り集まって、夜明けを待ちあぐねた。


太陽がまさに上ろうとする時、太陽に先駆けて現れる明星の出現を待っていたのである。


そして

「我々は同じ様にあちらの方から一緒にやって来たのに、いまは散り散りバラバラになってしまった。」

と言い合った。


彼らは幾多の悩みを抱え、いろいろな苦しみをなめていた。


食べるものがなくて、食事もできなかった。


杖の先のにおいをかいでは、物を食べているような気持になっていた。



彼らがどのようにして海を越えて来たのかは、はっきりしていない。


まるで海などというものが無かったかのように、彼らはここへ渡って来てしまったのである。



彼らは石伝いに渡って来た。


砂上に列をなしている石伝いに渡って来たのである。


それゆえこの石は「一列の石」、「取り出した砂」などと呼ばれているのである。


これは彼らが、水が二つに分かれてしまった所を渡って来た時につけられた名前であった。



ところで彼らの心は悩みに閉ざされていたので、寄り集まってお互いに話しあった。

みんな暗闇の内、夜の間、断食を続けていた。

あの山の上にいた頃の彼らの悲しみは、真に深いものであった。



●第8章


再び、神々が彼らに語った。

「さあ、行こう。

さあ、立ち上がろう。

ここにいるのはもうよそう。

我らをどこかひっそりとしたところへ連れて行ってくれ。


もう夜明けが近づいている。

お前たちが守っていてくれるこの壁の中で、我々が敵のとりこになってしまったら、それこそお前達にとって不幸なことではないか。

われわれを一人一人、確かな場所に安置してくれ。」


神々がこう言ったので、


「よろしゅうございます。出かけることにいたしましょう。

森を探しに出かけることといたしましょう。」

とみんなが答えた。


それから早速、彼らはめいめい、それぞれの神を手にとって、肩にかついだ。

こうして神々を森の大きな谷間に運んで行って、そこに安置した。


彼らはいっしょになって暁の到来、つまり夜明けに太陽に先立って現れるあの「イコキフ」という星の出現を待っていた。

彼らは眠りもせずに、じっと立ち続けていた。

彼らの心と腹は、暁と夜明けをひたすらに待っていた。


しかしその時、彼らは恥ずかしくなってきた。

彼らは非常な悲しみにおそわれ、非常な悩みを感じ、苦しみでいっぱいになった。


実際そんなにまでなったのであるが、彼らは

「ああ、われらは喜びも知らずにここまでやってきたのだ。


太陽が出るのだけでも見ることができればよいのに。

これから我々はどうしたらいいのだ。

我々が祖国にいる時は、みんな同じように考え、同じように感じることができたのに、今ではどうしてこんなに離れ離れになったのだろう。」

と彼らは哀れな声で、寂しさと悲しみのうちにこう言い合った。


彼らはこのように話し合ったけれども、暁の到来を待つもどかしさはいっこうにおさまらず、彼らの心ははやるばかりだった。


彼らは

「神々は谷間や森にあり、つたやコケのなかに座っている。

座る板の台さえも無いのだ。」

と言った。


かれらの神々がすべての部族の神々の上に及ぼしたその栄光、その力、その勢威はまことに偉大だった。

彼らは幾多の奇跡を行い、寒さにも関わらず、数えきれないほど幾度も旅や巡礼に出たのであった。

そして部族の人々の心は、みな彼らを恐れる気持でいっぱいだった。


彼らが森にたむろしている時、夜は明け、暁の光がこの我らの祖父、われらの父たちの上に輝いた。


     (引用ここまで・続く)



               *****



>彼らがどのようにして海を越えて来たのかは、はっきりしていない。

>まるで海などというものが無かったかのように、彼らはここへ渡って来てしまったのである。


この言葉は謎めいています。



>彼らは石伝いに渡って来た。

>砂上に列をなしている石伝いに渡って来たのである。

>それゆえこの石は「一列の石」、「取り出した砂」などと呼ばれているのである。

>これは彼らが、水が二つに分かれてしまった所を渡って来た時につけられた名前であった。


彼らの父祖が海を越えてやってきたという、この謎めいたストーリーを、彼らはこんなにもはっきりと記憶し、それをこのような形で記録に残しているとは、なんとすばらしいことでしょうか!



関連記事


  ブログ内検索

マヤ         15件
金星         10件
アトランティス    15件
ムー大陸        5件
レムリア        8件
ケツァルコアトル    8件
テオティワカン     3件
太陽         15件
ロンゲストウォーク   6件
東方         15件

(重複しています)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マヤ族の神話「ポポル・ヴフ・三」(3)・・暁の輝かしい星「イコキフ」を待つ

2011-02-01 | マヤ・アステカ・オルメカ
マヤ・キチェー族の神話「ポポル・ヴフ」第三部を読んでみました。
続きです。

              *****


                 (引用ここから)


●第6章

彼らのやってきた、あの「トゥラン」では、彼らは暁の到来を待ち、太陽の出を待って断食を守っていたから、なにも食べないでいることには慣れていた。

太陽の昇る前にまず現れる、かの偉大な星「イコキフ」がやってきた。

あの「トゥラン」に彼らがいた頃は、いつも東の方に輝いていた、かの輝かしい星を見守って、彼らは代わる代わる見張りに立った。

彼らがその権力と主座を得たのはこの地ではなく、かの「トゥラン」であった。

かの地で彼らは、大部族、小部族を屈服させて征服し、すべての者をトヒールの前に供犠とし、その血、その中身、胸、腋肉などを捧げたのであった。

彼らは「トゥラン」でたちまち権力を得た。
その智慧は、暗闇のうち、夜のうちに、絶大な力を持っていた。


やがて彼らは「トゥラン」を去り、東方を後にした。


彼らの神は言った。

「ここは我らのいる場所ではない。

我らの落ち着く先を探しに行こう。

お前たちも感謝を示す行いをせよ。

おまえたちの耳から血を出す用意をせよ。

おまえたちのひじをさして、おまえたちの供犠を行え。

これこそ、お前たちが神に感謝をささげる印だ。」


人間たちは、

「かしこまりました。 」

と言って、耳から血を出した。

そして歌いながら泣きだした。

「トゥラン」を去るので、彼らは心から悲しかったのである。


「あぁ、憐れな我らよ。

太陽が昇り、地の表が光り輝くあの夜明けをこの地で見ることもなく、我らは立ち去って行くのだ。」

と言いながら、彼らは「トゥラン」を去っていった。


しかし彼らは、通った道に人を残して日の出を見張らせたのであった。



どの部族の者も、太陽に先んじて出る星を見ようとして起き続けた。

彼らは東方からやってきた時以来、暁の明星を心に憧れていたのである。

彼らは今でも歌に歌われているように、こうした憧れを抱いて、あんなに遠いところからやってきたのであった。


       (引用ここまで・続く)



              *****


訳注によると、

「イコキフ」の語義は「太陽を担ぐ者」の意で、金星をさす、とあります。

また、ラス・カーサス氏による記録として
「土人たちは太陽を第一にあがめ、その次には暁の星をどの星よりも崇拝していた。
というのは、ケツァルコアトルが死んで、この星になったと考えていたからである。
彼らは毎日この星が出るのを待っていて、礼拝し、香をたき、自らの血を流して崇めていた。」と
記されている、とあります。


関連記事


  ブログ内検索

マヤ        15件
金星         9件
ケツァルコアトル   7件
テオティワカン    2件
太陽        15件
ロンゲストウォーク  5件
東方        15件
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

彼らは東の方を歩き続けた・・マヤ族の神話「ポポル・ヴフ・三」(2)

2011-01-30 | マヤ・アステカ・オルメカ
マヤ・キチェー族の神話「ポポル・ヴフ」の第三部を読んでみました。

引き続き、抜粋して紹介させていただきたいと思います。

リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。



       *****


          (引用ここから)


●第三章

男たちにはそれぞれの妻が与えられた。

彼らは東方で産み、増えていった。

東方から一緒にやってきた人々の起源も分かっている。

人々は自分たちの祖父、自分たちの父の名を忘れなかった。


これらの部族からまた他の部族が分かれていった。

たくさんの人間が作られ、そして暗闇の中で繁殖していった。


太陽も光もまだ現れていなかった頃の事である。

彼らはみんな一緒におおぜいで住んでいて、あの東の方で歩き続けていたのである。


しかしながら、これらの者は神を養い、その糧を用意することをしなかった。

ただ顔を天に向けているばかりで、こんなに遠くまで何をしにやってきたのかは知らなかったのである。


そこにはたくさんの黒い人間、白い人間、色々な種類の人々、色々な言葉の人々がいて、その言葉を聞いているのは素晴らしいことだった。


地上には、幾世代を経ても山に住んでいて、全く顔を見せず家も持たず、ただ大きな山々、小さな山々を気が狂ったように歩き回っている者がいた。

人々はこれらの山々の人たちを軽蔑して、狂人と呼んでいた。

太陽の昇る地方の人々もまた、彼らをそう呼んでいたのである。


この人たちがしゃべる言葉はみな同じであった。

彼らは木や石の像を崇めなかったが、「天の心」、「地の心」の言ったことはよく覚えていた。


彼らは夜明けの来るのをもどかしく待っていた。

彼らは愛らしく、素直に、またおそれおののいて、神を讃える祈りの言葉を捧げ、天をあおいで自分たちに娘や息子が与えられるようにと祈った。


「夜が明けますように。

暁がやってきますように。

私たちに良い道、平らかな道をたくさんあてがって下さいますように。

種族が平和でありますように。

いつまでも平和で幸福でありますように。」


彼らは太陽の出現、暁の到来を祈りながら、こう言った。

そして太陽が昇り出る時、その先駆をつとめる暁の明星、偉大な星の出てくるのを待っていた。

天空と地表を照らし、この創造された人間たちの足もとを輝かす暁の明星の出てくるのを待っていた。



●第4章

四人の男たちは「夜が明けるのを待とう」と言った。

どの種族も、もはや非常に数多くなっていた。

「さあ、我らの御印が安泰かどうか尋ねてみよう。

そして御印の前で焚くものを見つけに行こう。

このままでは我々を見守ってくれるものが無いのだから。」


やがて彼らは「トゥラン」という町に到着した。

やってきた者の数は多すぎて数えることもできなかったが、みんな規則正しく歩いてやって来たのであった。


ここで彼らの神々が現れた。


彼らは喜びにあふれて叫んだ。

「とうとう、求めていたものをみつけだした。」


彼らはこの神を籠に入れ、肩に担いだ。

三つの部族は同じ名の一つの神を持っていたから、彼らは離れ離れにならなかった。


そしてここで種族の言葉は変わってしまい、皆、異なった話し方をするようになってしまった。

彼らは「トゥラン」へ着いてからは、お互い同士ではっきりと理解出来なくなってしまった。


そこでまた皆別れてしまい、ある者は東方に行ったが、多くはこちらの方にやって来たのであった。


彼らが身に着けていたのは獣の皮で、りっぱな着物は持っていなかった。

彼らは貧しくて何も持っていなかった。

しかしその天性は非常に優れていた。

彼らが「トゥラン」に来るには、古い伝承によれば、長い道のりを歩いてきたということである。

 
          (引用ここまで・続く)

    

           *****


>太陽も光もまだ現れていなかった頃の事である。
>彼らはみんな一緒におおぜいで住んでいて、あの東の方で歩き続けていたのである。


暗闇の中を歩き続きている部族の民。。


>そこにはたくさんの黒い人間、白い人間、色々な種類の人々、色々な言葉の人々がいて、その言葉を聞いているのは素晴 らしいことだった。


いくつも民族が集っていた。そしていくつもの言語が語られていた。。


>地上には、幾世代を経ても山に住んでいて、全く顔を見せず家も持たず、ただ大きな山々、小さな山々を気が狂ったよう に歩き回っている者がいた。


歩き続けている民と、歩き回っている民は、別の民であるようです。。
しかし、彼らが何のために、何をしていたのかは語られていません。


>そして太陽が昇り出る時、その先駆をつとめる暁の明星、偉大な星の出てくるのを待っていた。


人々は暗闇の中で、太陽が昇る時に現れる「暁の明星」を待っていると語られます。
「暁の明星」とは、金星のことでしょうか?


>やがて彼らは「トゥラン」という町に到着した。
> ここで彼らの神々が現れた。
> 彼らは「トゥラン」へ着いてからは、お互い同士ではっきりと理解出来なくなってしまった。


「トゥラン」という町は、どこにある町なのでしょう?
人々は、「トゥラン」という町で、どのようなことを経験したのでしょう?
そして彼らの神とは?


これらの一群の人々の旅の物語は、いまだ太陽も光も現われていなかった暗闇の中の話なのです。。




関連記事

 
     ブログ内検索

マヤ          15件
金星           8件
テオティワカン      1件
ロンゲストウォーク    4件
太陽          15件
消滅危機言語       2件
東方          15件
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マヤ族の神話「ポポル・ヴフ・三」・・父祖達は、かくして地上に現れた

2011-01-26 | マヤ・アステカ・オルメカ

昨秋見に行った「古代メキシコ・オルメカ文明展」の印象は心に深く沈澱したままです。

マヤの心に、どうやったら近づくことができるだろうかと思っていました。

そこで、マヤの口承文学「ポポル・ヴフ」を読んでみました。


「ポポル・ヴフ」について「古代マヤ文明」の著者マイケル・コウ氏は、著書の中で次のように語っています。

  
         *****


         (引用ここから)


「ポポル・ヴフ」に記されていた物語は、もともとの壮大な叙事詩の断片的な一部分にすぎない。


その叙事詩が完全な形で書かれた絵文書があったはずであり、それは古代エジプトの「死者の書」にも匹敵するものであったろう。


壺や皿には「ポポル・ヴフ」でおなじみの登場人物が頻繁に出てくる。


とうもろこしの神、怪鳥、猿人間の神、そしてなによりも主人公フナフプー、シュバランケーである。


フナフプーはその顔と体の皮膚に黒い斑点があることで、シュバランケーはジャガーの皮のきれはしを皮膚につけていることで、それと分かる。


「双子の英雄」は植民地時代に入っても高地マヤ人の間では「地下世界の神」とされていた。


「マヤ古典期後期」に製作された土器には、天地創造の始まりにおいて、二人が父親をよみがえらせている場面が描写されているし、「地下の国・シバルバー」の諸王を球技で打ち負かしている様子を描いているものも少なくない。

 
        (引用ここまで)


             *****



双子の神、地下世界、ジャガー神、、。


「ポポル・ヴフ」は4部に分かれていて、はじめの2部では民族の神話がにぎやかに活発に物語られます。


それから急に雰囲気が変わって、彼らの父祖の心情のこもった彼らの歴史が語り出されます。


その「第3部」を、抜粋して紹介させていただきたいと思います。


リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。



*****


(引用ここから)


●第1章


さてこれから、神々が人間をどのようにして創ろうとしたか、人間の肉を何で創ろうとしたかを書き始めるとしよう。

神々は、

「夜の明ける時がやってきた。
我らの仕事をなしとげよう。

我らを養い、我らの糧を用意する者達、すなわち優れた息子たち、礼儀正しい家来をこの世に出すべき時がやってきた。

地の表に人間が現れ出るようにしてやろう。」

と語った。

神々は暗黒の中で、夜の間に相集って相談し合った。

お互いに話を重ね、考えに考えを重ねた。

そしてようやく人間の肉にするものを考えだした。


それは頭上に太陽と月と星が現れ出るほんのちょっと前のことであった。


山猫、山犬、おおむ、カラスが、トウモロコシの黄色い穂と白い穂をもってきた。

これが新しく創造される人間の肉となり、また血となった。

神々はトウモロコシをこねて人間の腕や足を創った。



●第2章


最初に四人の男が創られた。

彼らはひとりでに作られたもので、母も父もいなかった。

創造主たちの奇跡により、呪術によって創り上げられたものに他ならなかった。


彼らは人間の格好をしていたから人間であったのである。

口をききお互いにものをしゃべりあい、ものを見、ものを聞くこともできた。

彼らは見渡せばたちまちはるか彼方までも見る事ができ、この世にあるすべての事を知ることができたのである。

彼らが目を見張れば、たちまち天球や丸い地表までも見渡すことができたのであった。

まことにその叡智は偉大であった。


彼らはこの世のすべてを知り尽くしてしまった。

天空と丸い地表の四隅、四点も調べてみた。


しかし、これを聞いた創造主たちは喜ばなかった。

「彼らの目の近くにあるものだけしか見えないように、彼らが地表のほんの少ししか見えないようにしてしまおう。」

創造主「天の心」は、彼らの眼にかすみを吹きかけたのであった。

すると彼らの目は鏡に息を吹きかけた時のように曇ってしまったのである。

彼らの眼にはヴェールがかけられ、近くにあるものだけしか見えなくなってしまった。

はっきりしたものだけしか見えなくなってしまったのである。

こうしてキチュー族の先祖である四人の男の叡智と知識は打ち砕かれてしまったが、我らの祖父、我らの父は創造主「天の心」、「地の心」によって、このようにして創造されたのであった。



    (引用ここまで・続く)


          *****


関連記事


「ブログ内検索」で

マヤ      15件
地底      15件
双子       9件
トウモロコシ   9件
ジャガー     1件
オルメカ     2件

などあります。(重複しています)



コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「古代メキシコ・オルメカ文明展」に行ってみた・・マヤ文明の源泉か?

2011-01-04 | マヤ・アステカ・オルメカ
明けまして おめでとうございます。

いつも お読みくださり ほんとうにありがとうございます。

本年も どうぞよろしくお願いいたします。



先月、池袋のサンシャインシティで開催されていた「古代メキシコ・オルメカ文明展・・マヤへの道」に行ってみました。

「古代メキシコ・オルメカ文明展」HP
http://www.bunpaku.or.jp/exhi_olmeca.html


オルメカ文明は紀元前1500年から紀元前500年ごろまで栄えた、中米最古の文明であるということでした。

マヤ文明につながる大きな文明であったようですが、マヤ文明が発生する頃に衰退していったということで、「謎の古代文明」と言われます。


博物館の会場に入ってから出るまで、静かに理解を阻むものがあり、言葉がみつからないという思いがつのりました。

有名なオルメカヘッドもありました。

高さが3メートルもある20トンの巨大な頭。

この人はいったい誰なのだろう?

頭にかぶった戦闘帽のようなものは何なのだろう?

なぜ頭だけの像なのだろう?

そして、こんなに重い石をどのようにして運んだのだろう?




手のひらに乗るほど細かい人物の像もたくさんありました。

3000年前のそれらの人々の顔は、オルメカヘッドの像の顔とはまったく違う顔で、

いったい何を見ているのだろうと思うと、分からない、という以外ないのですが、

能面のような表情はしかし、何事かをはっきりと告げるために作られており、深い秘密で結ばれた魂たちだと思われました。



展示はオルメカ文明を、マヤ文明につながるマヤ文明の源泉、という紹介の仕方をしていて、とても論理的にていねいに説明されていました。

本邦初公開のマヤ暦のレリーフもあり、比較できるようになっていました。


確かにマヤのレリーフとそっくりなレリーフだなぁ、、とつぶやいて、ようやくこれは比較が逆になっている、と気づかされました。

オルメカ文明がマヤ文明にそっくりなのではなく、マヤ文明がオルメカ文明にそっくりなのでした。

私も、この展示は“マヤ文明の何か”と思って行きました。

しかし、マヤ文明の根幹には、もっと大きな流れがあったのでした。


わたしが理解した限りでは、
古代のメキシコには“マヤ文明と共通する”あるいは“マヤ文明の源泉である”古代文明が、マヤ文明に先んじて存在した、ということと思いますが、

マヤ文明から、さらに古い文明としてのオルメカ文明に基軸を移して捉えることで、世界の見方がずいぶん変わったように感じました。


世界の見方が変わる、ということで言うと、メソアメリカ(中米)研究者の青山和夫氏が著書「古代メソアメリカ文明」の中で次のように指摘しておられたので紹介させていただきます。

 

         *****


             (引用ここから)


脱・「四大文明」史観


日本において「世界の古代文明」といえば、旧大陸の四大文明を指し、あたかもアメリカ大陸を除外するような大変残念な傾向がある。


この「世界四大文明」という、世界的に見てもきわめて珍しい人類史観が日本で最初に登場したのは、第二次世界大戦後の世界史の教科書においてであった。


これは旧大陸の四つの大河流域(チグリス・ユーフラテス河、ナイル河、インダス河、黄河・長江)の肥沃な平地で、大規模の灌漑・治水事業が発達して大文明が最初に起こり、以降の文明はこの流れを汲む、という古い考えである。

その結果「世界六大文明」を構成したアメリカ大陸の文明、特に古代メソアメリカ文明は日本ではまだあまり知られていない。


そればかりか、「謎・神秘の古代文明」としていろいろと誤解されている。


中南米の古代文明として一括して「インカ・マヤ」「インカ・マヤ・アステカ」、という風に同一視され、混同されていることが多い。


こうした“インカ・マヤ・アステカ・シンドローム”とも言うべき同一視と混同は、西洋中心主義的な世界史の教科書によって形成されてきたと言っても過言ではないであろう。


日本の「世界史」という教科は、東洋史と西洋史を中心に成り立っている。

しかし「世界六大文明」を構成したメソアメリカ文明とアンデス文明の適切かつ十分な記述抜きに真の世界史とは言えない。


人類史を正しく育成するためには、旧大陸と新大陸の古代文明を対等に位置付けなければならない。


バランスのとれた真の世界を学ぶためには、コロンブス以前のアメリカ大陸の歴史の質量ともに充実した記述が欠かせないのである。


20世紀の半ばまで、マヤ文明は西暦250年ごろに熱帯雨林で突如起こり、周辺地域から孤立して発展した戦争のない平和な文明だと誤解されていた。


そこは都市なき文明であり、一握りの神官支配層が人口の希薄な空白の儀式センターで、天文学、芸術、暦の計算や宗教儀活動に没頭していた、とされた。


農民は儀式センター周辺に散在した村落に住み、一様に農業に適さないマヤ低地においてトウモロコシを主作物とする焼き畑農業だけを行ったと考えられた。


そして9世紀に突如崩壊し、退廃していったと論じられたのである。


だが、新しいマヤ文明観によれば、その起源は紀元前600年に遡ることが分かっている。


そしてマヤ文明は周辺地域との交流を通して徐徐に発展した都市文明であった。


そして9世紀に“突如崩壊した”のではなく、一世紀以上にわたって部分的に衰退したのである。


マヤ文明は16世紀にスペイン人が侵略するまで、社会全体としては発展し続けたのである。


古代メソアメリカ文明はわれわれ人類の歴史の重要な一部であるだけでなく、現代からも隔絶したものではない。


中米で独自に発展した古代メソアメリカ文明は、16世紀以降も子孫の先住諸民族は千数百万人を超え、今日に至るまで形を変えながら、先住民文化を創造し、力強く生き続けている。


現代メソアメリカの文化は地球の反対側で現在進行形の生きている文化・伝統なのである。


      (引用ここまで)


             *****



四大文明から六大文明へと歴史観を修正することで、ユーラシア大陸を中心にした歴史観に欠落している視点を加え、世界観を修正する必要がある、

また、マヤとインカの文明はそれぞれ別の、中米と南米の先住民族の生きた文化なのだ、

西洋人はそれらをいっしょくたにして、なにか「神秘的な古代文明」であるかのように扱うが、それらの文明が「神秘的」に見えるのは、それらの文明を跡方がなくなるほどまでに破壊して、最早“誰にも分からないもの”にしてしまった西洋人の責任である、

西洋人は他の文明を破壊したことに対する責任を放棄している、

マヤやインカの文明を「神秘的」であるとする風潮は、生きた他民族の文明を理解できない西洋人の錯誤に満ちた無理解に他ならない、

という青山氏の説は、力強く、正しいと思います。


本当に、コロンブス以前のアメリカ大陸の文明について、ちょっとした話を知るだけで、世界の歴史観は大きく変わり得ると思います。


しかし同時に、マヤ文明とインカ文明を、別々の独自で生きた文明であると考えた場合にも、それらの文明や、オルメカ文明という“密林の古代文明”は、やはりどうにも説明しがたい深い秘密をはらんでいるのではないか、という思いがして、その「謎」を捉えるのは簡単なことではない、という気持ちが残ります。


四大文明にせよ六大文明にせよ、不思議なことに、わたしたちはいまだ、「文明はなぜ出現したのか?」という根本的な問いに対する答えを持っていない、、という思いに立ち返ってしまうのでした。



オルメカ文明についての調べ物は、少しずつ続けたいと思います。

「マヤ文明の源泉」は、本ブログの中心テーマである「ホピ族の文化の源泉」とも直接的な関わりがあることと思っています。

答えが出ないこととは思いますが、出来る限りの努力をしてみたいと思っています。



関連記事

ブログ内検索で

マヤ       15件
インカ       9件
アステカ     11件

などあります。(重複しています)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

チチェン・イツァ・春分の日のピラミッド

2008-10-21 | マヤ・アステカ・オルメカ
世界遺産 チチェン・イツァ


今年の春分に来日された、マヤの第13代神官ドン・アレハンドロさんの神戸での講演が、
スピリチュアルTVにアップされていましたので、載せておきます。
わたしは聞きに行けなかったので、こちらで見られてよかったです。

お話はちょっと聞き取りにくいのですが、ゆっくり聞くとだんだん心に入ってきます。
印象的なところをピックアップするような聞き方ではいけない、と思いつつ、アトランティス
から来たこと、星から来たこと、、たびたび消えてしまっていたこと、など、興味深く聞きました。
チャネリングものは論拠を証明することが難しいですが、民族の伝承は文化的な論拠になるのでは
ないかと思うからです。
リンク先枠内の一番下のPLAY1・2を押すと出ます。
5200年周期の次回の世界の立て直しは、いつなのでしょう。。

      ↓

スピリチュアルTV「マヤ神官ドン・アレハンドロ神戸講演会」
http://spiritual-tv.com/


上の動画は、春分・秋分の日のマヤピラミッドの仕掛けを撮影したものです。
暦を熟知していた人々ならではの仕掛けかと思い、アップします。
youtube「チチェン・イツァ春分の日」



wiki「チチェン・イッツァ」より「ククルカンのピラミッド」の解説


マヤの最高神ククルカン(羽毛のあるヘビの姿の神。ケツァルコアトルのマヤ語名)を祀るピラミッド。
基底55.3m四方、高さ24m(頂上の神殿部分は6m)。
通称の「カスティーヨ」はスペイン語で城塞の意。
「ククルカンのピラミッド」とも呼ばれる。大きな9段の階層からなり、4面に各91段の急な階段が配されている。
ピラミッドの最上段には真四角な神殿がある。
ピラミッドの階段は4面の91段を合計した364段に最上段の神殿の1段を足すと、丁度365段である。
また1面の階層9段は階段で分断されているので合計18段となり、これらはマヤ暦の1年(18ヶ月365日)を表す。
このことから「暦のピラミッド」とも呼ばれる。

北面の階段の最下段にククルカンの頭部の彫刻があり、春分の日・秋分の日に太陽が沈む時、
ピラミッドは真西から照らされ階段の西側にククルカンの胴体(蛇が身をくねらせた姿)が現れる。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする