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小説「フォワイエ・ポウ」7章(第43回) さかえさんの目的達成は途中放棄?挫折か?・・

2006-07-12 23:30:25 | 連載長編小説『フォワイエ・ポウ』
<添付画像>:旧「オーベルジュブランシュ富士」の誇るフレンチレストラン入り口手前右手の「ウエイティングバーカウンター」。開業前、夕刻、オーベルジュフランシュのメインゲート、ロビー方向から撮影する。(撮影年月:2004年晩秋)

 BAR「フォワイエ・ポウ」を巡る人間アラカルトの描写、いよいよ核心に迫っていきます。
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* 前号「フォワイエ・ポウ・第42回」掲載は、こちらからご参照できます。

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「長編連載小説フォワイエ・ポウ」7章
                            著:ジョージ・青木

2(けじめ)-(1~2) ~(3)a

そんな時、木村栄が顔を出した。

今までに本田が会ったことのない、別の飲み屋の女性との2人ずれであった。バイト生の石井君がスマートに対応し、木村栄のキープボトルから水割りを作った。
あまりにも小笠原の怒鳴る声が大きく、まして小笠原の席の横に座っている本田に気を使っていた。
その後トイレにたった木村栄に、本田は話しかけた。
「さかえさん、ごめんなさい。もう少し待ってくれないかな。もうすぐ帰るから、彼が帰ったら話し聞こう。それまで待ってほしいが、大丈夫かな・・・」
木村栄はさすがに疲れていた。本田の目には、彼女がかなり酔っ払っているようにも伺えた。
「本田さん、まだしばらく、店開いてますよね。今何時かな?」
時計は11時45分を指している。
「いちど私、帰ってきます。連れの女性もいますから、一緒に引き上げます。そして、あらためて一人で出てきます。そう、一時までには出て来れますから、いいですか?」
「私はかまわないよ。そうだ、さかえさん。それがいい。一度帰ってらっしゃい。そのほうがゆっくりできる・・・」
水割りを一杯注文し、それを空けた木村栄は、小笠原たちの気付かぬまま、静かに店を出た。

めったに遅くまで店にとどまらない今夜の小笠原は、ウーロン茶のおかわりの連続。お茶のがぶ飲みでがんばっていたが、夜中の12時になるとさすが疲れたと見え、ようやく引き上げた。


(2)

閉店時間の午前1時になっても、木村栄はフォワイエ・ポウに現れなかった。
バイト生の石井君は、午前1時ちょうどに引き上げたので、本田は独りになった。
(そろそろ店仕舞いしよう。洗い物の済ませるには30分はかかるだろう。それで若し、手仕舞いの作業が終わっても、さかえさんが来なければ、もう店を閉めて帰ろう・・・)などと、本田はこの時間になって木村栄が店に現われると期待もしなく、長く待つ気もなかった。
そんなときである。
「失礼します・・・」
ドアの開く音と共に、なぜか、いつになく極めて淑やかでおとなしい声が聞こえた。木村栄の声に間違いなかった。店のドアが開き、ジーンズ姿の木村栄が入ってきた。
「遅くなってすみません・・・」
「あ~ やはり戻ってきたのだ。よかったよかった。必ずさかえさんが戻って来ると思って、今まで待っていました・・・」
木村栄の姿を見て、本田は喜んだ。
「いや、一度家に帰るとなんだか急に疲れが出ちゃって30分ばかり、うたた寝しちゃった。慌ててタクシーを呼んで、それでこの時間になりました、ほんとうにごめんなさい・・・」
木村栄の言い訳に対し、本田は何も答えず穏やかに微笑みながら彼女のセリフを聞きいていたのであるが、あらためて彼女の姿を確認した本田は、ある約束を思い出した。
「そう、思い出した!ところで、さかえさん、おなかすいていませんか?」
「・・・」
彼女の大きな目は点となり、その瞬間ますます大きく目を見開きながらも、本田の突然の質問に彼女からの答えができない。
「そう、私の質問した意味を説明しましょう。今から、この時間から、『ニース風・ハムのワイン蒸し焼き』を作ろうと思いますが、召し上がりますか?」
一旦自宅に帰り、すでにうたた寝をしてしまった木村栄の胃袋は、すでに眠っていた。すでに空腹を感じなくなっていた。
しかし木村栄は、あえて・・・
「はい、しっかり。おなか空いています。本田さんの『噂の料理』、是非頂きます。作ってください」
「ウム、わかった・・・」
実のところ、すでに疲れていた本田は今から調理をするのは面倒だった。まさか木村栄から(食べたい!作って欲しい!)などとリクエストが入るとも想定していなかった。すでに下ごしらえは済んでいたから、残る作業は仕上げだけ、である。本田は真夜中過ぎた時間になってからは、油を使い火を通す作業は、あまりしたくなかっただけである。
しぶしぶ本田は作業を開始した。が、決して態度には表さなかった。
(さかえさんとの約束を果たさなければ、自分自身の男がすたる。このメニューを仕上げるのに5分とかからない。こうなったのも成行だ。油煙を被るのも木村栄に対するリップサービスのツケが回っただけだ。リップサービスもいい加減にして、今後、口を慎まなければいかんな・・・)
とか何とか、ばかばかしい自問自答を自分の頭の内部で繰り返しながら、本田はフライパンを振っている。
このあいだ約3~4分間。なぜか2人とも無言である。もちろん本田は、相手と話しながら調理する姿勢を忌み嫌った。彼にとって「調理中」は真剣勝負である。
本田の作業は一段落し、盛り付けをはじめた頃、言葉を発したのは、木村栄だった。
「本田マスター、足が長いですね」
「後ろ姿、とてもすてき、ほんとうにきれいです・・・」
調理を始めた時間から数分の間、カウンターの中で動いている本田の背中から足元に至るまで、本田の後ろ姿の全体を、木村栄はしっかりと観察していた。
「・・・」
さすがに本田も、これには返す言葉が見当たらなかった。が、あえて返事しなければならないと思い、そして答えた。
「いや、さかえさん、そんなことない。自分の足の長さは普通の長さだよ。強いて言えば、ズボンの履き方が上手なだけだよ。ズボンを履く時はさ、それなりの要領があるのだ。まず、きちっと腰元の骨盤の上の位置と、両横のベルトの位置を合わせる。そして、幾分ズボンの前を、下げる。間違ってもズボンの前を、釣上げてはいけない。足を長く見せようとして、釣上げてズボンを履くと、ますい、みっともない。だからズボンはきちっと下げすぎもせず、上げすぎもせず、きちんと自分の決めた骨盤の定位置を定めて、その位置で履く。位置を決めたら、その位置をかえない。そして幾分ズボンの前の位置を後ろの位置より低くする。そうすれば、後ろから見たとき、ズボンのラインがきれいに出る。まして、お尻にズボンの股上が食い込んだりはしない。それで良い。たったそれだけですよ、ズボンの履き方で、気を付けなければならないことはね。だからさかえさんが勘違いしただけさ・・・」
とっさの思い付きの理屈を、急遽頭の中で組み立ててセリフに書き換え、本田は一気にしゃべった。
答えを出さなくても構わないと思われるこの木村栄の発言に対して、本田はしっかりと答えた。つまり、無言では、まずい、よくない、このまま黙って聞いていては、答えを出さずに放っておいては、まずいことになる。答えなければならない木村栄の発言の重さを感じた今夜の本田は、いつもと違った雰囲気の真っ只中にいた。
「でも、マスターの足は短くない。日本人の標準よりはかなり長いですよ・・・」
「私より足の長い男は、この世の中にゴマンといる!でもね、スーツの着こなしには長年気を使って苦労してきましたよ」
「そう、本田さんのスーツ姿、本当にステキなのです。サンチョパンザで最初にお見受けしたときから、いつもステキなスーツを着ていらした。やっぱ、男性の背広も、着こなしなのよねえ~」
以前から、木村栄は本田の立ち居振る舞いのスマートさに関心をしめしていた。
「そういう意味では経験豊富?というか、年期が入っている。わずか、それだけのことで、人生世渡りのうまい下手とは何のかかわりも無い事さ・・・」
と、微笑みながら本田は、ようやくここに至ってさりげなく木村栄と視線を合わせた。
本田と視線を合わせることの少ない木村栄にとって、気恥ずかしくもあった。しかし大胆に本田と視線を合わせた。本田と視線を合わす彼女の眼は紛れもなく、大人の女が男に信号を送る目であったけれど、本田はその信号を完全に見落としていた。
スーツに関していえば、中にはすでに着潰して捨てたもの、今でも着れるもの、様々数々のスーツを持っていたがこの商売を始めてからというのも、スーツを着なければならぬ機会は極端に減った。この年齢になるまでの本田は、毎年2~3着、仕立てのスーツを新調しているほどに、身だしなみには大いにこだわっていた。本田の概念として、彼にとってスーツとは、戦国武将の鎧兜と同じか。すなわち、彼自身の戦場に赴くための必須な道具、甲冑にも等しい存在であった。毎年毎年、これも長年にわたって、シーズン変化と共に、スーツを着替え、気分を変えながら仕事に専念した。スーツは商売道具の一部であると心得ていた。こだわっていたのは入社2年目くらいまで。それ以降の本田は、こだわりが常識に変わり、身のこなし、立ち居振る舞いの中に溶け込んでしまっていた。今までに、多くのサラリーマンや会社経営者自営業者を観察し続け、すでに男を観察する目の肥えていた木村栄には、本田の持つ特性が際立って目に写っていた。

『ハム料理』の調理が終了した。
視線を合わさずに、視線はさらに盛り付けられた料理に向けたまま、
「はい、お待たせしました」
出来上がった料理を、カウンターの彼女の前に置き、ワイングラスを取り出し、あらためてよく冷えた白ワインを注ぎ、ようやく全ての作業が終了した。
「さあ、どうぞ!『ニース風ハムのワイン蒸し焼き』です。ごゆっくり、召し上がれ・・・」
木村栄の座っているカウンターの正面に、スマートに盛り付けられた『ハム料理』の一品料理を差し出しながら、ようやく本田は木村栄にあらためて声をかけた。
「うわ~、すてきです」
「わたしが想像していたより、もっともっとすてきな料理なんだ。蒸し焼きされたハム。なんとも美味しそうな香りが漂ってくる。キャロットにグリーンアスパラがソテーされているし・・・」
「なになに?」
「スパゲッティーサラダもくっ付いている。真ん中からカットされたプチトマトの色もきれい!」
カウンタの中の本田は、いつものように微笑みながら彼女に声をかける。
「さかえさま、褒めのお言葉を頂き、たいへんありがとうございます・・・」
「このお皿もすてきだし、それよりもなによりも、料理の素材の組み合わせと盛り付けが、すてきです」
「ありがとうございます。どうぞ、まず一口、召し上がってみてください!」
ようやく木村栄はナイフとフォークを持ち、一口分の大きさにハムを切り分け、口に運んだ。
「・・・」
「いかがですか?」
「本田さん、私の会話、ちょっと待って下さい・・・」
彼女は、ハムを二回ほど切り分け、2回ほど口に運び、手元の白ワインを口にした後、ようやく話し始めた。
「ほんとうに、おいしい!」
「そう、よかった。ありがとうございます、さかえさま・・・」
「もう冗談よしてください、さかえ!と、呼び捨てにして下さって良いのですから、もう、そんな丁寧言葉の冗談は止めてください」
「さかえさまの貴婦人としての口先だけの『お取り扱い』?一旦中断しましょう。ね、そうしましょう!さかえさん・・・」
その実、木村栄は、本田の今日のこの冗談の始まりのタイミングと、切り口のセンスに、おおいに感動し素直に喜んでいたていた。もし、本田以外の男から、同じような口調で話しかけられていたら、とことん不快に感じ、激怒していたに違いない。本田だから、木村栄は素直に自然に受け入れる。結果、心地のよいジョークとして受け止めることができていた。
「まず、オイシイ!の一言です。ワインのほのかな酸味と、それからブランデーの甘味が、活かされている。夜食にぴったりです。それよりも何よりも、本田さんが自分で料理つくるなんて、驚きです。わたし、自分の手料理など何もできない・・・」
「気にしない気にしない、さかえさん。私だってお店で作るから、お客さんの為につくるから、体が動く、結果として料理にできる。もし、自分が家庭の主婦だとして、毎日家族の為に料理を作るとなるとたまったものじゃない。自分には、家庭料理なんてできっこありませんよ」
「そんな事、分っています!」
「とにかくこの料理は素晴らしい。そして、ほんとうに私が言いたい事は、何か? それは、本田さんの感性なのです。ほんとうにセンスがいい。そんな本田さんのセンスが素晴らしい。それが言いたかったの・・・」
2人の会話は続いた。話しを続けながらも、木村栄の両手と口は忙しく動いた。わずか15分と経たないうちに、皿に盛り付けられた料理は全て、見事に平らげられていた。


(3)

「あ~ おいしかった。マスター、ご馳走さまでした」
「どういたしまして・・・ とにかく、さかえさんに喜んでもらって、今夜は非常にうれしい!」
こうして1時間以上雑談が続いたあと、本田が尋ねた。
「ところで、さかえさん。今夜、あなたが私に聞きたかったこと、何でしたっけ?」
「・・・」
木村栄は少し考えた。そして答えた。
「もういい。忘れてください」
「そうはいかん!」
「ますます聞きたくなった」
「いや実は、私の勤めている店、サンチョパンザは近々閉店するのです。寺元マスターは東京に行くそうで、誰かに店を売りたいの。寺本さん、あれで結構、狡賢(ずるがしこ)人なの。かわりに私が『本田さんの考え』、つまり意向を聞いてほしいというのです。いや実は山本美智子さんも昨夜フォワイエ・ポウを覗いたはず。でも、本田さん、気が付かなかったでしょう」
ここで本田はようやく思い出した。
「みちこさんだったの、昨夜のお客さん連れの女性は・・・」
「前もって頂いた電話も、自分が受けていなかったし、とにかくまずかった。それはたいへん失礼しました。でも、マナーとしてさ、できれば自分から言ってくれないと、こちらも分からない事あるよな・・・」
「ウッフッフ・・・」
めったに笑わない木村栄が、ようやく笑い声を吹き出した。
笑いながら木村栄は、心地よく快感を覚えた。本田が、山本美智子の顔を覚えていないという事実が、まず可笑しくて仕方がなく、さらに気位の高い山本美智子が、見事に本田に無視されたという不幸な出来事が、ひるがえって木村栄のプライドの高さをくすぐり始めたのである。女どうしのレベルの低い競争心であることくらい十分わかっていた。それにも関わらす、本田の山本美智子に対する無関心さを知れば知るほど、なぜか木村栄の気分は一転し、元気もよくなり気分も良くなった。

「本田さん、寺元のメッセージを伝えるなど、すでにどうでもよく、無視しても構わない。私は本田さんのお店フォワイエ・ポウに来る理由を作ってもらったの。それだけでいいの。もう忘れましょう。とにかく寺元マスターは、本田さんのことが気になるの。店がうまくいっているかどうか?そんなこと気にしてるの。だから、『うまくいってる、儲かっている』と、伝えておきました。以上、めでたしめでたし・・・」
本田には理解できない。
「ねえ、マスター、朝まで飲みましょうよ。こうなったら朝までつき合って下さい。お願い・・・」
本田は、ようやく時計を見た。
すでに午前3時が少し回っていた。

<・続く・・>

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