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小説「フォワイエ・ポウ」7章(第42回) さかえさん!目的達成なるの?・・

2006-07-07 20:12:30 | 連載長編小説『フォワイエ・ポウ』
<添付画像>:エドゥアール・マネ作品「ウエイトレス」 IMAGE: "EDOUARD MANET". Serving Boxseat by The Waitless.

 BAR「フォワイエ・ポウ」を巡る人間アラカルトの描写、いよいよ核心に迫っていきます。
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長編連載小説「フォワイエ・ポウ」

        7章
                            著:ジョージ・青木


2(けじめ)-(1)

JGBの団体が歌合戦を済ませ、ようやく引き上げたのは9時半過ぎである。この団体、9割以上が女性客。従業員の多くは近隣の市町村や郡部から、JR山陽本線に乗り1時間かけて通勤する連中も加わっているので、いつも引き上げるのは早かった。早く始まり早く引き上げる客は、店にとって誠にありがたい顧客であった。

団体客の退散とほぼ入れ替わりに、別の旅行会社の人物が店に入ってきた。店の雰囲気と酒を楽しむ。と、いうのではなく、マスターの本田を尋ねて来たのである。
彼の名は小笠原忠一(おがさわら・ただかず)。今日も9時過ぎまで残業し、同じ事務所の女性従業員を伴ってどこかで食事を済ませ、さらに同じ女性の従業員を伴ってフォワイエ・ポウに繰り出してきた。
近畿地方に本社のある昭和旅行社、広島営業所勤務の従業員である。営業所の従業員数は所長を入れて3名。当時代の典型的な零細旅行会社である。
このところ、小笠原は頻繁に本田の店を訪れていた。
カウンターに座るなり、冷たいウーロン茶を注文し、いつも1時間くらい本田と話して引き上げる。本田の店では一切アルコールを口にしない。カラオケを歌ったり、けっして長居をしない。せいぜい長くて1時間半もいれば彼の目的は十分果たせたのであるが、今夜はなぜか2人で来店し、約1時間ばかりの間に5杯のウーロン茶を飲み干した。引き上げるときは必ず、水割り1杯の料金とほとんど変わらないウーロン茶の飲み物代金を、きっちりと支払って帰る。他の客に迷惑をかけるような自発的行為はない。が、しかし、地声ともいえる太くて低い大きな声でバイト生を呼びつけ、ウーロン茶のおかわりを命じ、あまりにも大きな声であるから他の客はそんな小笠原の態度に対し、この店フォワイエ・ポウのイメージに似合わない違和感を覚えていた。
そんな小笠原には、フォワイエ・ポウに出入りする確たる目的があった。夜な夜なカウンターを挟んで、ヨーロッパツアーの日程の組み方を本田に相談するためである。小笠原にとってこの店での本田との会話は、まさに仕事の延長線上であるから、アルコールは一切口にしなかった。
今夜も、小笠原から本田に報告があった。
「今日、ようやく出発日が決まりました。6月の第2週目の金曜日。シンガポール航空で大阪から出発します。フランクフルトに直行します・・・」
「小笠原さん、直行便はないだろう。シンガポールで乗り換え、つまりフライトチェンジするはずだよ。さらに南回りだから、たいへんな時間が掛かるよなあ~」
本田は不安を感じながら、小笠原の安易で短絡的な『旅の説明』の為の専門用語の使用方法の僅かな間違いを訂正する。もし、参加者に対し、「この便は直行便です」という説明をしているならば、その時点ですでに三流旅行営業マンの烙印が押される。
「もちろん、シンガポールで約半日待機し、夜のフランクフルト行きに乗り換えますが・・・」
「そう、それをお客様に説明しておかないと、たいへんだ。まあ、説明済みならそれで良い。大丈夫」
ウーロン茶を口に運んだ小笠原は、一息ついて、また、しゃべる。
「それでこの日程、現地滞在は7日間。いや現地は8泊。日本発着の前後とも機中泊となりますから、合計で10日間になる。このスケジュールでどうでしょうか?」
「・・・」
本田は、単純に返事ができない。
小笠原の事務所から携えてきたアタッシュケースを開きながら、なにやら紙切れを無造作に取り出しながら、さらに本田に話しかける。
「これ日程表です。ちょっと目を通してみてくださいよ、お願いしますよ。私はこれで良いかな?と思っているのですけれども、なんだか本田さんからご覧になって、もし問題点があれば、指摘していただくと、本当に助かりますが・・・」
今までカウンターの中で立って対応していた本田は、ついにカウンターから出た。熱心な小笠原の問いかけに対し、いつになく本田は真剣になっていた。カウンターの内側から表に出るなり、直ぐに小笠原の傍のカウンター客席に座りなおし、あらためて小笠原の作ったスケジュール表に目を通した。
そのスケジュールとは、
まず早朝、フランクフルトに到着。到着したその日の朝、フランクフルト空港からに直ちにハンブルグに移動。
そしてハンブルグに3泊し、当地で開催される製造機械博覧会を見学。その後、フランクフルトからさらに南下すること一時間半、大学の町ハイデルベルグに一泊。翌日からさらに強行軍が続きシュツットガルト、ミュンヘンなど一泊ずつ、バスでの移動が続く。さらにノイシュバンシュタイン城を観光してその同日中にスイスのルッツエルンに入り、一泊。翌日はインターラーケンに移動し、一泊し、ユングフラウヨッホまで登山電車で登り、さらにその同日中にジュネーヴに移動し、一泊。さらに翌日TGVでパリに移動。パリで一泊し、帰国の途に着く。
たいへん忙しい。
さらに問題がある。ハンブルグの博覧会見学に加え、なんとドイツとスイスで一箇所ずつ、合計2箇所の企業訪問を予定する。となっている。
「忙しいスケジュールです。くわえて中身が濃い。これ、企業訪問のアポイント取り付けがたいへんでしょう。出発まで、もう1ヶ月も猶予がない。もうすでに、訪問先が決まっていますか?」
「いえ、今現在、本社で手配進行中です。大丈夫です」
「そうですか? ところでこれ、当然小笠原さんが添乗員で現地に行かれますよね。たいへんでしょうが、がんばってください」
「ハア、はい、そうです。ありがとうございます」
あくまでも小笠原は元気よく、なぜかしかし本田の目には、自分の手でヨーロッパツアーが取れた、団体の営業ができた、という彼自身、本田の前で自慢したい意思が見え隠れしている。元業界の先輩である本田の前で鼻を高くしながら、何処となく突っ張っているように伺えた。
本田にスケジュールを見せ、一応は激励の言葉をかけてもらった小笠原は、いっそう大きな声ではしゃぎ始めた。バイトの学生に対し、必要異常に大きな声でウーロン茶のおかわりをオーダーする。

そんな時、木村栄は本日2度目、再びフォワイエ・ポウに入ってきた。

   <続く・・>

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