あまく香る寝息
まつげに宿る淡い星影
あの夜
かたわらで眠る
きみのしなやかな黒髪は
月のしずくで濡れていた
額の描くたおやかな曲線
まだあどけなさの残るおだやかな
それでいてどこかしら悲哀をおびた
美しい横顔
愛おしさのあまり
ぼくはそっと口唇を押しあてた
薄くとじられたきみのまぶたに
うす暗がりの中に浮かんだ
やわらかな微笑みは夢みごこち
きみはぼくに寄り添ったまま
小さくなにかつぶやいた
けれどぼくはただ
きみの頬の温もりを
しっとり胸に感じていただけ
押し寄せる波
しなやかなうねり
ぼくらの輪郭はしだいに闇にほどけて
やがてひとつの影になった
はかなげな吐息
途切れがちな睦言
出逢ったばかりのぼくらは
互いの耳もとで
その日はじめて知った名前を
何度も何度も囁きかわした
つい先ほどまで
見知らぬどうしだったふたりにとって
言葉はなんの意味ももたなかった
戸惑い うるおい
そして やすらぎ
まるで
奇跡のように美しい夜の出来事
ひとときの逢瀬
瞬く間の夢
一夜かぎりの愛
けれどたしかにあの刹那
ぼくらの魂はとけあった
いつわりのない真心で
ぼくらは一瞬の愛をかさねあわせた
互いの寂しさを確かめあうように
傷ついた心にわだかまる
哀しみをわかちあうように
ゆきずりのふたりがささげあい
静かに求めあった
かりそめの夜
なのに いまもときおり
乾いたぼくの口唇から
ため息まじりにふと
きみの名がこぼれ落ちてしまうことがある
いたたまれなくなるほど狂おしく
心がむせび泣くほどやるせないのは
もう二度とふたたび
きみに逢えないとわかっているから
あの胸の痛くなるような美しい奇跡の夜が
二度とふたたび訪れないと知っているから
★絵:グスタフ・クリムト★ ↓ポチッっとね





だから、ねぇ、もう少しだけ
このまま手をつないでいよう
きょうまでふたり歩んできた道も
季節がかさなればいつの日か
落ち葉にかくれて見えなくなってしまうから
だから、ねぇ、もう少しの間だけ
こうして手をつないだまま
ふたり並んで時を過ごそう
ぼくらの時間が永遠だなんて思わないで
そんなの哀しい幻想にすぎないのだから
いまはただ
こうしてからめた指先で
きみを感じていたいんだ
だから、ねぇ、もう少しの間だけ
手をつないだままでいよう
もう少しだけ もう少しの間だけ
きょうまでふたり築いた想い出も
幾度も季節がくり返すうちに
いつか消え去ってしまうから
だから、ねぇ、もう少しの間だけ
このまま手をつないでいよう
悲しいことはできるだけ先のばしにして
だから、ねぇ、もう少しだけ
もう少しの間だけ 手をつないでいよう
涙の流しかたを思い出すまで
★絵:モランディ★ ↓ポチッっとね


