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ムカデとことこ

 ひとが幸福になること・意識の成りたち・物理と心理を繋ぐ道
       ・・そんなこと探りたい

富士山

2013-05-02 13:14:04 | 新聞を読んで
今朝の毎日新聞の一面に大きく、「富士山 世界に影響」の見出し。

それより小さな見出しで「開発拡大には警鐘」「世界遺産登録へ」と。

富士山 世界に影響・・とはどういうことか。

国際記念物遺跡会議(イコモス、本部・パリ)という名の会議が、

富士山について「日本の国家的象徴で、その影響は日本をはるかに超えて及んでいる」と絶賛し・・・とあった。

日本がユネスコに提示した推薦書では「富士山」という名前を使ったんだけど、

「精神性、芸術的関連性を反映して、拡大(変更)すること」を求められたという。

本部がパリにある外国人が多いだろうその会議の方が日本人より

『富士山』の価値を知っているみたいだね~

「古い文献には、富士山は不ニ山、不尽山と記されている物もあります。

又、一般的に馴染みのある書物「竹取物語」にも記述されている箇所があります。

物語の最終章には、帝がかぐや姫から不老不死の薬をもらい、

それを今の静岡県にあたる、駿河国の天に一番近い山の上で焼くという場面があります。

まさに、それが富士山です。竹取物語の中では、「ふしの山」と書かれています。

この「ふし」とは、「不死」とは違い、日本で一番最高の高さ、どれにも並ぶものがないという意味の「不ニ」という意味だと言われています。

しばらくは、この漢字で使用されていましたが、

鎌倉時代に入り、武士の社会になると「富士」となりました。

それは、「士」が「富む」という、意味から広く武士の社会で好まれ、使用されていました。」

・・・以上ネットより。

前にも富士は不ニともいうらしいとこのブログでも引用したことがあるけど、

不ニ の意味は①二つとないこと。唯一。

②二つに見えて実は一つであること。仮、他我身の上「善悪不ニといへるとても」

と広辞苑。

いや~、凄いことだね~と思うよ。不ニ山とも言うということが。

二つに見えて実は一つである、不ニ山、富士山が日本の象徴なんてね。

相対性を超える。それが富士山。な~んてね。

これが世界に影響。

でもそうなんだと思うよ。日本語・日本人はかなりいけてる。

ボストン歓喜

2013-04-22 09:26:41 | 新聞を読んで
昨日の毎日新聞の何面だったか、わりと小さな見出しで「ボストン歓喜」。

写真も添えられていた。それをぱっと見たとき、

爆発事件があったボストンで何が歓喜なのだろう???と思った。

写真は大勢の人が路上に居るもの。

「容疑者逮捕を知り、街に出て祝うボストンの大学生ら。

武装した容疑者が逃走中、一般市民は外出自粛を求められていたため、

改めて事件を解決の喜びをかみしめていた。

・・ロイター」・・・とあった。

少し驚いた。

日本で同じような事件があったとして、犯人と思われる人が逮捕されたとしても、

街に出て祝うだろうか???路上にたくさんの人が集まって、

この記事を書いた人が云うような解決の喜びをかみしめる、ということがあるのかな?

と思ったのだった。

そりゃ、爆発を仕掛けた人が逮捕されたのは逮捕されないより、

いろんなことが調べられるのでいいには違いない。

けれど、それは事件解決の糸口にはなるだろうけど、

事件解決というわけでもない。

日本ならそのニュースを聞いて、よかったわ~と思うだろうけど、

その時居たその場からわざわざ離れたりはしないような気がする。

路上には出ないような気がする。

大勢の人が路上に出て、どんな言葉を喋ったりしたのか、わからないけれど、

そういう光景を見てこの記者は、「事件解決の喜び」と捉えて、

そう表現したのか、そうは捉えなかったけど、

上役からこう書けと言われて書きなおしたのか、

その辺の事もわからないけれど、

実際一人一人のその場に居た人が“事件が解決して”喜んでいたのか、

犯人が逮捕されて喜んでいたのか、

外出が出来ることを喜んでいたのか、

わからないことばかりなので、こんなふうにあーだこーだ言えないことではあるけど、

まぁ、違和感を感じた私でありました。

ソウルメイト

2013-04-21 16:24:50 | 新聞を読んで
「ソウルメイト」・・この言葉を聞いたことがあるけど、どういうことなのか知らなかった。

今日の毎日新聞の書評欄に村上春樹の新しい小説についてが載っていて、

その冒頭に、この言葉が出てきた。

「文学には異性関係を超越したプラトン的ソウルメイト(片割れ同士のような魂の友)が

描かれて来た。

トリスタンとイゾルデ、キャサリンとヒースクリフ、「1Q84」の天吾と青豆・・」

ソウルメイトとはそういう意味だったのか・・・

プラトン的というからには・・・

片割れっていうのは、器などの割れた一片。一つのもののわかれ。

さっき、書いてた、「何があっても・・」という心の姿勢は、

片割れである自分が相手と一つのものになる、という心境・精神なのかと思った。


片割れ同士の魂の友とは・・・

一つのものが真っ二つに割れた片割れ同士は、正反対という感じだけど、

七・三の片割れ同士や八・二の片割れ同士は似通っているところが結構ある片割れ同士なのかと勝手に考えた。

自分とは正反対の、一番引っかかる人が、

魂の友、ソウルメイトなのではあるまいか・・・???

この世で一番引っかかる人と本当に仲よくなったら、

全てオーケーになる。

それ以外なんか、楽勝!?

正直、そうなるまでやれやれという感じではあるけれど・・・!?


きょうの言葉

2013-04-19 14:01:06 | 新聞を読んで
毎日新聞の2面に「きょうの言葉」という縦1行の欄が4月から出来たんだけど、

今日の「きょうの言葉」は・・・

「厳罰化で根本解決になるのか。

犯人を救うことでしか妹を救えなかったのでは。


神奈川県逗子市で昨年11月

ストーカーの男に殺害された三好梨絵さんの兄41才。」

・・というもの。

詳しい事件内容は知らないけれど、このお兄さんと全く同じ考えだ、わたしも。

こういう考えの人はこれからどんどん増えると思う。

「毎日母さん」

2013-04-02 10:27:42 | 新聞を読んで
『毎日母さん』・・毎日新聞に連載されてる西原理恵子の漫画。

この漫画は好きで楽しみにしてる。

一昨日のは毎日母さんの今度中一になる娘が笑っているコマに、

「笑って、それから考えない」という言葉があった。

全くそうだなぁと思った。

この、「考えない」はどういう“時”か・・・?

やはり「笑って、それから考えない」の、それから という“時”だと思う。

それもすぐその後という“時”考えない、ということと思う。

例えば何かの言葉を聞いて笑ってから、今のはオレを馬鹿にしてるんじゃないか・・?

・・なんて考え出すと、おかしな展開になることもある。

「この事はこういうことである」というような考えをその“時”持ったが為に、

怪しい展開になるより、笑って終わり、がいい。

そういう考えをその時空で出現させてもいい事何もない。


もし、今のはオレを馬鹿にしてるんじゃないか・・なんてのが出てきても、

それはその場ではちょっと横に置いといて、

じっくりと考える、という場を後で自分に用意してやればいいのだなと思った。

そういう思いがどういう意識プロセスで出現したのか、

よく観察し、考える、というようなことは、

日常のそんな場では出来ないから。

暮らしは考えず、流れるように暮らすことが出来たらハッピーだ。

三権分立じゃないけど、考える場と実践する場は別、というのを肝に銘ずるといいのかもしれない。







「日本の原像を探る」

2013-03-24 18:46:33 | 新聞を読んで
毎日新聞日曜版、『神宮とおおやしろ』

今日のも面白かった。

出雲大社の宮司の弟さん、千家和比古権宮司(せんげよしひこごんぐうし)さんの言葉、

以下。

「物事は常に相対性を持って考えたいですね・・

そうは言うけど、待てよ。こういうこともあるよ、と。

そういう思考の形を持ち続けていかないと道を誤ります。」・・・

うんうんそうだよね~。

先週書いたけど、天つ神と国つ神。

天・・の方は高天原の天照大神、国・・の方は大国主神。

それぞれの神のグループは対立関係にはなく、互いに補完し合う相対関係にあると思う、と千家さん。

「グループ内でも神々が補完し合い、

全体でひとつのコスモスをつくっている。

それが日本人の発想で、神道の神々の体系もそのように形成されています。

そうでないと、人間と他の地球生命との関係ひとつとっても、

人間のその場の都合だけでなんでも行なわれるようになってしまいます。」

そうした古来の思想が記紀に表現されているという。

日本書紀にはこんなことが書かれている箇所もあるという。

7世紀大和政権が東北経営に乗り出し、とある地域を征服したときに、

征服した土地の神の神殿を壊すのではなく、祭ると。

それともう一つとても興味深いのもコレ。

遣唐使が唐の皇帝に謁見したとき、「日本は平穏か?」と尋ねられ、

それにこう答えたという記録があるという。

「政治は天地(あまつち)の意思に沿っており、

国民は平穏無事に暮らしています」

・・・山岸さんの青い本に日本の神話を思わせる記述があるけれど、

やはり、日本の神話や神道の、私たち後世の人間に伝えたいエッセンスと、

彼の思想はとても共通項があると感じる。

神宮とおおやしろ

2013-03-17 17:02:42 | 新聞を読んで
今日の毎日新聞、日曜版です。出雲とは何か7。

大国主神と高天原との関係は対立関係ではなく、協調関係という見解がある。

大国主神は国は譲る代わりに自分の宮を高く作ってくれと言って、

出雲大社が出来た。国譲りの条件はそれだけでなく、

日本書紀によれば、

今後、目に見える現実世界(顕露事・(あらわのこと))は高天原が治め、

見えない世界(幽事(かくれたること)・神事(かみのこと)は大国主神が支えるという取引も成立していたという。

見えない世界とは、神々の世界であり、死後の世界であり、

広く精神世界のすべてを意味している。

この広大無辺の世界を手中に収めたのは大きい。

・・・とそれには載っていた。

確かに、天皇が目に見える現実世界を治めて来た、という歴史はある。

高天原とは天上の国で天照大神が支配してたわけで、

それが日本の皇室の祖先ということになっているんだから。

日本は神さんが人間になった国だということも古事記は云っているわけだね~。


地上のことは天皇が治め、

目に見えない世界はオオクニヌシノミコトが支える。

これはどういうことなんだろう・・・???

この話はどういうことなんだろう???

何を私たちに伝えたいんだろう???


「つながり」の進化生物学

2013-03-17 10:40:00 | 新聞を読んで
今朝の毎日新聞の書評欄にこの本のことが載っていた。

見出しは、「生物の行動から導き出す「こころ」の効用仮説」。

著者は岡ノ谷一夫さんという人。動物行動学の立場から、

「こころ」あるということの意味を生徒に考えさせようと様々な事例と現象を紹介していく内容らしい。

書評してるのは村上陽一郎さんという人。

「著者の一つの結論はこうである。生物のもろもろの行動を見ていくと、

進化の過程で、他者に『こころ』があるという前提で社会生活をやっていく方が

明らかに適応度が高まる。

そのことは自分の『こころ』の問題を切り離して

はっきりとさせることが出来るはずだ。

この考え方は「こころ」の効用仮説とでも名付けるべき興味在る性質のものである」

・・という一節があった。

他者に『こころ』があるという前提で社会生活をやっていく方が適応度が高まる・・

それはそうだろうな、と思う。

他者に『こころ』が在ると観るのは自分の『こころ』だしね。

そういう生物が他という環境である他の生物と適応でき、

進化できたということなんだろうなぁ。

他とのやり取り、相互作用で宇宙はなっているし、それで進化しているのだろうから。


見ず知らずの隣の生徒がどんな人か、生徒に他者紹介させるという経験をさせて、

「こころ」は外見と振る舞いを生み出すもの、ということを

生徒に気づかせたいというのが著者にはあるんじゃないか、みたいな文章もあった。


デカルトの「心は機械の中の幽霊に過ぎない」という見方から、

山川草木一切が「こころ」あると考えるアニミズムまで、

「こころ」を巡っての議論は果てしなく続いている・・・

これもあった一節だけど、果てしなく続いている、ということは

まだまだ明らかになっていない、ということの表れだね~

お楽しみはまだまだ続く。


「アニミズム」って広辞苑では、

「自然界のあらゆる事物は、具体的な形象を持つと同時に、

それぞれ固有の霊魂や精霊などの霊的存在を有するとみなし、

諸現象はその意思や働きによるものと見なす信仰。」


「信仰」と聞いただけで、すぐそれを無視したがるのは戦後の教育のせいなんだろうかね~

原始時代、いろんな情報など無い頃、

学問も発達して無い頃、在るのは自分の直感・直観・感じることだけ。

それを基にするのはかなり確かなものだろう。

自分の外部である情報などに振り回される現代人より、

そういうもののなかった頃はそれらに邪魔されず、

ずっと豊かな感性だったのかと思う。







光浦靖子さんの「後回し」のこと

2013-03-16 10:04:35 | 新聞を読んで
一昨日かな、新聞に出てた“執着のない一日”にまつわるいろいろ・・・

後回しすること・・タバコ吸いたいな、となるけど、

後でもっと吸いたくなったら吸おうっと!と後回しにする。

コレ、「後回し」のことで・・

昔、私が娘のことを凄く心配してて、謂わば、その思いにとりつかれてた時、

それに疲れ果て、「もうどうなってもいいや、

その時のことはその時になって考えよう」ってなったことと似てる。

これも「後回し」なんだろうか・・?ちょっと考えよう。

そうなったとき、凄く気楽になった記憶が在る。

「今吸わないで後にしようっと」というのと、

「先のことは今考えないで、その時になって考えようっと」というのは違うのか??

今、吸いたいってなったけど、それは後にしよう・・

あ!今、気づいた。コレは、

吸いたくなったとき→(吸う・吸わない)という二つの選択肢が在る、とわかっている状態だ。

選択肢が在るとわかっているからこそ、今吸わないことを選べるわけだから。

と考えると、

先のことを考えたくなったけど(心配・不安)、その時になって考えよう、というのは、

そうなっている時に、今考える・今考えない(その時考える)

という二つの選択肢があるってことに気づいたってこと?

そういう自覚はなかったけど・・・そういうことなんじゃないか。

心配で心配で・・というトラワレ状態・執着のあるときは、

心配しない、なんていう選択肢があるなんて考えられもしないからね~

もうどうなってもいい、っていう開き直りは、

一種の覚悟だけど、心配なそのことを放り投げるんだろうね。

「心配」という思いが放り投げられるから、

「心配」が手元になくなって、楽になって、でも、考えることはありそうだから、

それは後にしよう、ってなるんだろうな。

なんだか、散漫な文章になっちゃったかなぁ・・




わかっちゃいるけどやめられない ③

2013-03-14 15:17:09 | 新聞を読んで
今朝の毎日新聞のくらしナビ欄に「虹のパレット」で光浦靖子さんが出ていた。

先週も彼女だったかも。

今日のはちょうど、わたしのここのところのブログと内容が似ていた。

食べ過ぎ、煙草の吸いすぎを題材にして彼女もいろいろ考えているふう。

以前禁煙に成功した自分の例が載ってた。

起きた時にその朝はなんとなく、「タバコ・・・いいや」と思う日がやって来たらしい。

彼女いわく、『うわさに聞いた執着しない一日だ!』と思ったという。

そんなうわさが芸能界に飛んでいるんだろうか・・

それ以前に、タバコやめなきゃという思いは逆に執着させる、と気づいていたよう。

自分の意識について関心、自覚があるんだろうな。

こんなことが書かれてある・・・以下

その“執着しない一日”の日に、さらっとタバコを吸わないでみた・・

下手に意識してしまうとその意識がタバコに集中してしまうかもしれない・・

ので、自分の意識を自分でごまかす。

別に吸ってもいい、今は面倒くさいから吸うのをやめようっと。

べつに、吸うよ。後で吸うかもよ。

ちょっと吸いたくなったときには深呼吸する、という手もあるらしい。

人の欲求なんてほんの10~15秒くらいしか続かないそうだから、

吸いたくなったら深呼吸すればいいんだって。

ま、白黒つけるのは後にして、後でもっと吸いたいと思ったら、

そんとき吸おうっと。

と、なんでもかんでも後回し作戦。部屋の掃除だって歯医者だってなんだって後回しにしてる。

欲求だって私の大好きな後回しにしよう・そう思ったら気が楽になって、

タバコを止められた・・・そういう感じの文章だった。


吸うのはいけない、としてないことがいい。

だから、後で吸おうという意識展開になれる。

気が楽になって・・というのはその通りだ。

タバコを吸うのはいけない、いけない事をしちゃう私はダメってなると、

気が楽になるどころじゃない。

出来ない自分を責めて気が苦しくなる。

それに下手に意識すると反って逆効果だということを経験で知っているから、

それをうまい具合に避けているなぁと思う。

今、ここという時空で意識を他に持っていく、関心を逸らす、

観測者効果だ。

『見ようとすると見えなくなる』とかでしつこく書いたからここでは書かないよ。

彼女はスナック菓子をつい食べてしまうので、

それも禁煙できたみたいに解決できるといいなぁと思ってるふうだけど、

スナック菓子に関しても“執着しない一日”が来るのを待っているみたいだ。

風がそういう日を運んでくる日というのが本当にあるのかもしれない。

こんなふうなことが新聞に載るような時期に地球も来ているんだから。

早く来るといいね。







養老先生のさかさま人間学

2013-03-07 19:24:18 | 新聞を読んで
今朝の毎日新聞にこの欄がある。(からだと働き編)

人間は必ず寝る。動物も寝ているらしい。

眠りの遺伝子というものがあるらしい。

ヒトとショウジョウバエはほとんど同じ遺伝子を使って、

生物時計を動かしていることが研究によってわかっているという。

寝ている時と起きているときの違いは、

意識の有る無しと養老先生は云っている。

「寝ることが理解できるためには、

起きている、つまり意識があるとはどういうことか、

それがちゃんとわかっていないといけないはずです。

ところが、意識は、科学で説明できていない現象の一つなんです。

科学は意識がないとできない作業ですが、

その科学が意識の全体像を説明できる日がくるんでしょうか。

科学は意識の一部分。

だからすべてわからなくても当たり前。

私はそう思っていますけど・・・」で文章が終わっている。

う~ん・・意識は科学で説明できてない現象・・・

意識の全部、全容はとても無理だけど、ある程度は科学で説明できると

私は思っているんだがなぁ。

「認知症の母との会話が楽しい」

2013-03-07 16:25:36 | 新聞を読んで
今朝の毎日新聞の「みんなの広場」という投稿欄。

54才の女の人が書いた自分の母親との交流で、

葛藤や大変さを経て母の認知症を自分なりに消化した後に母との楽しい会話が待っていたというもの。

とても面白く楽しく読んだ。

「今母は自分を独身だと思っている。・・・

母親が前に言っていたことを、それはさっきこう言ったよ、なんて言い返してはならないこともこれまでのやりとりから学んだ。・・・

矛盾した話にところどころ事実が交じって妙におかしくて笑ってしまう。

母を寝かせた後、翌日の会話を楽しみにおむつの後始末をする。」

・・・ざっとこんな感じの内容。

きっと80才前後のお母さんなんだろう。

けど、その会話をしている時はそのお母さんは独身になっている。

意識がその時空に在るんだろう。

これを書いた人はタイムマシンに乗って、その頃のお母さんと居るようなもんだ。

私も認知症の人と接していたことがあるけど、

時によって独身になったり、もっと若く小学生位の時もあった。

意識というものは本当にすごい

古い事の記 ②

2013-03-03 09:37:25 | 新聞を読んで
先週に続いて毎日新聞日曜版「神宮とおおやしろ 日本の原像を探る」を読んだ。

出雲大社の社殿は高くないといけない、という。

地上の大国主神が天上の高天原に国土を譲る条件として、

高大な住居を建てるということを約束させたので、

出雲の社殿は小さいと意味をなさないらしい。

「神々同士の約束など、現代の目で見ればまさに神話に違いないけれど、

そうした神話が語られた時代の人たちはそれが歴史だと信じていた。

だから神話の中身が事実として実現していなければならない。

神話が歴史をつくるというのはまさにこういうことなのである。」

・・・これを読んで、アレっ?と思った。

神話が歴史をつくる、とはそういうことじゃないんじゃないか・・・が浮かぶ。

物事の道理を神話を通して伝える、そのことで、

結果的に人々でつくることになる歴史がつくられる、のではないか・・

かたちじゃないんじゃないか・・・

伝えたいことがみんなに伝わるかどうかは又別のことだけど。


この他に今日の記事の中には面白いことが載っている。

島根の古代文化センターの関さんという人の言。

天照大神の長男は地上を治めるために下ろうとするが、

天上から地上を見て、騒々しく荒れているようだと怖気づき、

、天下るのをやめた。

一番だらしない男が今の皇室の直接の祖先である。

記紀がなんでこんな情けない話を載せたのか不思議・・というもの。


地上が騒がしく荒れている時に、それをなんとかしようと思って、下手な行動をとるより、

時期が来るのを待つ、というのも賢い手ともいえると思った。

まぁ、皇室の祖先がだらしない、という解釈もなかなかいいもんだけど。



女装する気持ち

2013-02-18 22:08:14 | 新聞を読んで
昨日の毎日新聞に女装する男のひとについての特集記事があった。

女装すると気持ちが変わるという。

男として暮らしているとストレスを感じることが多くあるので、

“女になる”という経験で息抜きが出来るという。

男である自分が自分を“女”として扱うことで楽になる。

こういう経験はないけれど、若い頃、一人旅ばかりしてたのは、

自分じゃない自分になるためだった。

いつもの自分を全く知らない人たちの中で、伸び伸び出来た。楽に呼吸できる感じがした。

その頃、会社の中で結構暗い心境でいた。

自分の居場所が無いような、どう見られているかがいつもあって、自意識過剰で、

自分で自分を窮屈にしてた。悪循環の中に居たようだ。

なので、2,3日でも連休があると、知らない人の中に身をおいた。

私を知らない人は私に対して白紙だ。

せいぜいその時の印象だけだ。

周りの人からどう思われているか、を持たない私で居られる。

ここではどんな人にでもなれると、無意識のうちに思ったんだろうな。

大金持ちだとか身分を偽るとかの嘘は付かなかったけど、

子供のように明るく楽しめる人になれた。

別人になりたいという望みは場所を変えなくても、姿を変えなくても、

自分がこう思われているんじゃないかという枠を外せば、

出来るんじゃないかと思うけれど、それは口でいうほど簡単じゃない。

女装したり、ひとり旅に出るのは、(こう思われている)と思い込んでいる意識はそのままにして、

手っ取り早く自分が変われるから、魅力なんだと思う。

普段の顔がないということは仮面が無いということだ。

普段の顔ってパーソナリティ、語源は仮面だそうだから。

仮面は仮面で本面?ではないんだね~


また、今の自分が一人旅に行きたいと思うことがないのは、

どう思われているか、がほとんどなくなったからだろう。

なので、その旅をする意味がなくなった。

一人より気のおけない人と一緒に旅する方が今は楽しい。








「自分を変える教室」著者・マクゴニガルさんに聞く

2013-02-11 19:37:07 | 新聞を読んで
こういう記事があるとつい紹介したくなる。

今朝の毎日新聞の『くらしナビ 生活 lifestyle』欄、

大きな見出しが「5分のお預け 意志力鍛え」

でも何でコレを大きな見出しにしたんだろう?とも思ったよ。

アメリカのスタンフォード大の心理学者ケリー・マクゴニカルさんが

大学で行なった公開講座をもとにした単行本「スタンフォードの自分を変える教室」の

日本での売り上げがいいらしい。

その人と経済評論家の勝間和代さんとの対談が載っていた。

科学者のように自分を観察すべきと云ってるがどういうことかという質問に

ケリーさんはこう云っている。

「・・自分の失敗や愚行を、道徳や倫理の基準で判断しないことです。

ダイエット中に食べ過ぎて「私ったらこんな失敗をして!」と取り乱すのではなく、

好奇の目で自分を眺めた方がいい。

善悪の判断から離れて、行動そのものを観察する。

それは科学者の態度です。

そうすれば自分を変えるのはスキル(技術)であって、道徳の問題でないことがわかってきます。」

なかに、意識しないようにすると逆に意識してしまう・・・といった、

逆説を論じている章もあるらしい。

「人は自分の心を変えようと努力しがち。

けれど、考えや欲求はコントロールできない。それをまず認めるべき。

それを受け入れて初めて、考えや欲求に従わない行動も取れる。

不安を止めようと思っても止まらない。

不安だけどやってみる。そうすることで不安になる必要は無かったということを

脳や体が学習する。経験する前に不安をコントロールしようとするのが間違い。

脳の変化は死ぬまで続く。

この本の内容を信じ込む必要はない。ただ、試してはどうか、ということ。」


・・・こういった本が特に日本でよく売れているということが興味深いなぁ。