あれから55年・・アンヌのひとりごと

ズバリ!団塊の世代。ひし美ゆり子のブログsince・06・1・14

ご冥福をお祈り致します。

2008年02月29日 14時22分15秒 | アンヌのひとりごと
昨日は眼の手術、予定より一日早い退院になり今帰宅しました。

私が公私ともにお世話になった原田昌樹監督(52才)が亡くなりました。
その急逝たるや驚いております。
2/27の晩、イタリアンレストランに仲間が集まって居る事を知り、
自らの意志で仮退院してきて、御本人の口から余命がそう長くない事を仲間に伝えにきました。
急遽私もそこに呼ばれました。
『原ちゃん冗談でしょ!?』

まさかその半日後に逝ってしまうなんて・・
ご本人は「余命3ヶ月と言われたけどまだ仕上げの仕事も残っているし頑張るよ!」
と言ってた矢先の出来事でした。
来る3/9の53才の誕生日会は病院でやろうねと約束して別れたばかり・・まさか!です。
さぞやご本人も無念だったことでしょう。

DVD『アンヌからセブンへ』でお世話になり、仕事以外でも競馬仲間だったり、
ウチの店のお得意さんだったり思い出が沢山ある方です、やるせないなぁ。。
原田昌樹監督のご冥福を心よりお祈り致します。

ウチの孫・・?

2008年02月24日 23時55分06秒 | アンヌのひとりごと
アンヌの孫で~~~す!
あらあら大泣き!おばあちゃんになついて居ませんネェ。
って、ホントはかのプロレスラー高山善廣選手のベイビーなのです。
我が店アジアンタイペイにご家族でよくお見えになって下さいます。
夕べ、フラダンス発表会終了後お店で遭遇しました。
長身の高山さんに、これまた美人で長身の奥様、
高山ベイビー(ヨシヒロ君・パパと同じ名前・字が違うらしい)
さぞや大きくなられる事でしょう、今は標準の大きさなんですって、
まさか3メートルにはならないでしょうが(笑)将来が楽しみですねぇ。
(写真掲載はパパさんに了承を得ています)

さて、フラは無事終了いたしました。
写真や画像はまた後でね~。

気分一新ベリーショート!

2008年02月22日 16時15分31秒 | 地谷子のひとりごと
どこかで春が足踏みしてるね。
昨日今日の青空は気分までもスカッと爽やか!○○コーラみたいだ。
そろそろ啓蟄かぁ・・こんなこと昨年の日記に書いたばかりだと思ったけど、
しかし一年経つのって早い、私が結石で入院してから早一年になろうとしてる。
はやいはやい。

気分一新して髪型ベリーショートにでもしようかナ。
前髪、襟足、サイドは長めで上を短めにして立てる、
色を明るめにしてウ~ンとワイルドなオバさんになっちゃおう!
な~んて考えているんだけど、結局この髪型で収まっちゃうのかしらん。
もう7年近くも同じ髪型、ウ~ンどうしようかな??


私の性癖・・

2008年02月19日 22時17分06秒 | 地谷子のひとりごと
越路吹雪さんのシャンソンでこんな詩があった、
「ねぇ好きよ好きよ好きよ好きっ好きっ!ねぇ好きよ好きよ・・・・・」
片時も離れずメラメラと燃えあがる情炎、こんな情熱的な女はそうはいまい。

ウフッ、私ゃこんなうざったい女、男に取っちゃ七面倒臭い女なのでした~。
しかしね~年がら年中こんなコト女に繰り返されたんじゃ男も溜ったもんじゃないよねぇ。

今思うと亭主が今までよく逃げないで我慢してきたもんだと思うよ~30年間も、
いやいやその間、何回も逃げられそうになったけどね(笑)
随分と執拗なほど追いかける自分の性質に悩んだ事もあったけど、
でもこれも私の悪い性癖で、
いったんその情熱がプツンと切れると、もうどうでも良くなっちゃう、
あら貴方居たの~?って、手の平返しちゃうほど普通になっちゃう。
亭主にしちゃ、今までのおまえは何だったんだ~!?
それから早10数年経ったよ、だから逆に結婚生活が30年も続いているのかナ。

最近フラダンスを始めて、やっと気がついたよ。
私のラテン系といわれた突進する愛情の表現は、対象が男性だけと思っていたけど、
この悪い性癖を救う手立てをみつけた!
踊りや歌でいくらでも発散できる、真っ正直に男に突進するだけが能じゃないって。
ウフフ・・今の私は下手なりにもフラにその情熱の対象を移しているんです。
あとはシャンソン同好会でも入ろうかな~(笑)

フラの衣装がきた♪

2008年02月14日 14時02分21秒 | 地谷子のひとりごと
フラの衣装が着きました♪
2/24(日)調布グリーンホール・小ホールで発表会です。
初心者なのでお揃いの衣装はまだないのです。
知り合いの先生から送って頂きました、私はこんな感じの衣装で踊ります。
どこで踊っているのか分からないかも?このスカートで私を見つけて下さい(笑)
『PUAMANA』プアマナを踊ります。
出番は14時前後、3-4分で終わっちゃいます。
無料、出入り自由なのでお近くの方は宜しくね~♪

あらあら家の中のグチャグチャがばれちゃいましたね(笑)

えっ?お骨を宅急便で!

2008年02月12日 23時24分20秒 | 地谷子のひとりごと
散骨についてのお話です・・ちょっとネガティブなお話でスミマセン。
世の中には薄幸な方がいらっしゃるものです。
私の親友K子の小中学校の同級生「ペコちゃん」のお話です。

ペコちゃんはS19年生まれ、弟妹のいる三人兄弟の長女でした。
小学校の時、K子ン家の傍の十二社(西新宿)の共同住宅に越して来ました。
父親は立派な学者さんでしたが、当時不治の病といわれた結核を患っていて、
間もなく亡くなったそうです。

ペコちゃんは色白で聡明なえくぼが可愛いがんばり屋さん、
学級委員など進んでやり同級生の憧れの的、
さらに当時の子供にしちゃ特異なおませさんで、
中学の頃ラジオから流れる洋楽のベストテンなどノートにびっしり書いたり、
何事もノートにしたためる見事な筆記魔だったそうです。

その後、母親の女手だけでは生活できず、
中学卒業と同時に○○省の電話交換手として就職しました。
声のキレイなペコちゃんが弟妹の学費を捻出する為に選んだ職業です、
しかし彼女は都立高校の夜間部に通い、大学も通信教育で卒業、
彼女なりに大学出身の資格を得た稀に見るがんばり屋さんです。

45年間、定年まで○○省の仕事を勤め上げました、
その間弟を筑波大、妹を東大、それぞれ立派な社会人に導きました。
紆余曲折あって離婚経験もありますが、子供もいません。

2~3年前、k子の処に連絡があり、
「退職金も入ったので熱海に家を買い年金で悠々自適に暮らしているの」
愛犬と一緒に庭には趣味の草花を植えて楽しんでいたそうです。

昨年9月半ば、K子は突然弟さんからショッキングな連絡を貰った。
「姉は9月9日に病死しました、密葬を済ませましたが、散骨希望です。」
ペコちゃんは63才の誕生日を迎えて間もなく亡くなったのです。

暫くしてK子が散骨は無事済みましたか?と、連絡いれた。
「はい、無事済まして貰いました、私も仕事が忙しいので、
 姉の好きな日々草と一緒に宅急便で送って千葉の海に捲いて貰いました。
 その時の様子が撮影されてDVDに焼いて送られて来てます。」

ウ~~ン何とも複雑な気持ちにさせられるお話だ。

ひとり鍋・・

2008年02月10日 23時53分17秒 | 地谷子のひとりごと
東京も平年になく雪に見舞われています。
何と言っても献立は「鍋」しか思いつかない、
昨日も鍋、きょうも鍋、きっと明日も、手を替え品を替え、年がら年中鍋だ。
でも鍋はイイよね、
栄養は満点だし手間がなく、大人数でも独りでも、
また中身が豪勢でもつましくても、それなりに温ったか感はあるよね。

私ゃ今夜も独り鍋だったよ。
昨夜から煮込んでたおでんに、何回火を通した事か、
煮詰まる度に自分のコップ酒を足してやる。
二日目のおでんは味が沁みて、大根やこんにゃくなんざ最高だよ。

通常、板こんにゃくを三角に切ったものなのに、今回玉こんにゃくだったの。
それを口に含んだ時、何というか変な郷愁や快感があったのよ。
私って変かな~?もしや未だ乳離れできてないおばさんなのか?
幼少の頃、最愛の母の乳首を口で転がしていて、
愛しさのあまり噛んでしまいたくなる、そんな経験ありませんか?

噛んじゃダメ!痛いからダメ!って叱った母の記憶、
玉こんの食感、あの頃の不満が一気に解消された気分、
噛んではいけないものを思う存分噛めたという快感があったよ。
ウフフ私って変なおばさんだね。

今となっちゃ、ほとんど会話も無い親子なのに、
あの頃の満たされなかった気持ちだけは残ってたんだね。
ひとり鍋もしみじみしてて、これまたオツだね。

ウルトラ グラサンだよ~ン♪

2008年02月09日 11時58分14秒 | アンヌのひとりごと
アマギ隊員に貰ったウルトラアイならぬウルトラグラサンだよ~ん。
これってただのサングラスじゃなく、シニア用に度が入ってるの。

昨夜ロコ(桜井浩子さん)アマギ隊員(古谷敏さん)等が我が店にやってきた。
ロコはアンヌにと、わざわざ祖師谷経由でウルトラマン饅頭のお土産持参、
「ウルトラマン大博覧会」の時のお礼にとその中に礼状まで入っていた。
ウ~ン律儀な方だ。

で、この眼鏡はアマギ隊員から貰ったもの、彼が手にしていたので
「チョット貸して」
「度がキツイよ」
「あらよく見える!これ何処で作ったの?」
「イイヨ、アンヌにあげるよ」
・・てこんな経緯で頂いちゃったのだ!
ウヒョ~!昨晩はイイ日だった、ウルトラ出演者はみんな優しい人たちだ、
アンヌは幸せモンだねぇ♪

昨今あれこれ・・

2008年02月06日 11時01分09秒 | 地谷子のひとりごと
株価急落、物価上昇はたまた毒入り餃子だの最近良いニュースがありませんね。
スーパーに行くと商品がチョットづつ値上がりしているのに気付きません?
このところの物価の上昇は結構キツイです、
仕入れは嵩むし、庶民の財布の紐は堅くなるし、悪循環に陥っています。
しか~し、立ち往生する訳にはいきません、足掻いてもいけません、
まっ果報は寝て待てですかネ。

私はいま巣籠りしてます、寒いもんね、三月末まで家で瞑想しています、
イヤイヤ本読んだりフラの練習したりやることは何やかやありますが、
煩悩にとらわれずゆったり暮らしています。
本と言えば今読んでる本「越境者 松田優作」(新潮社)優作ファンは必読ですよ~。

今朝、偽装問題が発覚して休止していた伊勢名物の赤福餅も販売再開みたいですね、
きょうは長蛇の列、テレビ中継でやってました。
こんな風景観ているとホッとしますね、これからは多いに信頼を取り戻して欲しいものです。
蹴られても踏み潰されても這い上がる・・イイネ~私もこうなりたいねぇ。

花粉症の方はそろそろたいへんな時期ですね、私は幸い未だ発症していませんが、
お辛いでしょうね、お見舞い申し上げます。

さて、米国民主党候補の行方や如何に?オバマかヒラリーか?

さよなら・・美セン P-2

2008年02月04日 12時55分56秒 | アンヌのひとりごと
ウルトラセブンの発祥の地、美センが解体されちゃう!
ふふっそんなに褒められたんじゃP-2をば、すぐに煽てにのるアンヌで~す。
拙い文ですが美センについて思い出だすがまま書き記しておきます。

~美セン発7時、ロケーション~
美センは交通の便が非常に悪い所です、
家から直接タクシー乗る方法が最上の交通手段、
井の頭の自宅→美センは直線で10キロ程、お代は500円也。
所要時間も電車より2/3短縮です、タイム・イズ・マネー、
新人のアンヌは遅刻する訳にいきません。

東宝撮影所を越えると細い一本道、当時は一通じゃなかったのです、
対向車が来ると眼も当てられない、
途中、折よく歩いてるスタッフをpick up して・・

6時30分、アンヌは美センに到着、隊員服に着替えて30分で準備です。
「おはよン♪」ダンの挨拶は裏声出しておネエみたいでお茶目です、
そのうちアマギがソガが続々と現れ、朝から笑い声が絶えません。
男性陣はメイクは簡単です、バスの中でも現場でも何処でもできます、
着替えて出発の時間に間に合えばイイのです。
キリヤマ・フルハシのご両人は自家用車でご登場です。
しかし、今思うとウルトラ警備隊で遅刻魔って一人もいなかったな。

7時、助監督の一仕事、朝の点呼です、
「アンヌきてるね、隊長は?は~い全員集合しました、出発しま~す」
こうして美セン7時発、ロケバス瀬戸号(運転手名)は出発です、
ロケバスに連なりゼネ車・制作車・機材車数台が
あの細い道から列をつくって畝り次々と戦場に向けて発進です。


~美セン、セット9時開始~
セット撮影は9時開始、17時終了が通常です、
作戦室の撮影が終了すると飲み会の話が持ち上がります。
アンヌの母親は帰宅時間に異常にうるさい人、
「家に連絡入れなきゃ」
満田監督にお願いして一緒に美センの直ぐ隣の万屋商店に行き、
店先の赤電話で帰宅が遅れる言い訳をしてもらうのです。
「アンヌさんは撮影の打ち合わせを兼ねた食事会で遅くなります」
この手は監督という地位をお借りして何度か満田さんにご協力頂きました。

世田谷から三鷹は近距離なのに市外通話だから大変、
お店の人に電話のカギを開けてもらい「100番」回し
電話局のオペレーターを通して繋いでもらうのです、
終わって受話器を切ると折り返しオペレーターからコール音、
「料金を申し上げます、お店の人に替わって下さい」
「はい、一通話で30円ですね、30円だそうです」
お店に30円を支払うのだ、23区内は何時間喋っても10円なのに理不尽、
ふ~アンヌは家に電話一つかけるのも面倒くさいのだ。
スタッフルームの黒電話がうらめしい、直通でかかるのだ、
しかし私用電話は厳禁だ、
目玉のでかいニガ虫ってあだ名の制作部さんがいつもジロリと睨んでるんだ。


~美センで同時撮影~
竜雷太さんの「これが青春だ」の撮影時期が美センで少々シンクロした。
竜さんとソガ隊員は役者仲間で同期の桜、
「たっちゃん」「アッチィ」とお互い呼び合っていた。

~美セン駐車場は車の競演~
人気高騰中の竜さんはデラックスな白い車で美センに通っていた。
トヨタのキャッチコピー「白いクラウン」ってやつかな?
クラウンには違いないがロイヤルとかデラックスとか付くのかも?
この車種は東宝の男優さんに大流行、藤木悠さんのお勧めで買ったんだとさ。
とにかく素人のアンヌでも十分解るほど豪華な車です。
車は役者の一種のステータスかもしれない、
1967-8年、美センの駐車場は国内外高級車の夢の競演だ!
いやいや近くの東宝撮影所の駐車場には適わないかな。

撮影中アマギ隊員が車の免許を取った、
初自家用車は中古車だがツートーンのヒルマンと言うカッコイイ車だ。
ダンも教習所に通っていたが撮影中はとうとう取れなかった。
キリヤマ隊長は豪華なグリーン系の英国車、イギリスは右ハンドルだよん。
フルハシ隊員はベレット・ベレット・ベレット♪トップレベルのベレット~♪
このCMソングが流行っていた、ご本人も大きな声でよく歌っていたな。

でも何たってアンヌにはポインター号が一番だ。

さよなら・・美セン

2008年02月02日 21時43分11秒 | アンヌのひとりごと
さよなら・・美セン
東宝ビルトが解体される、此処はウルトラシリーズ発祥の地だ。
当時の名称は東宝美術センター、私たちは略して『美セン』と言っていた。
ウルトラ警備隊員というキャラクターもみんな此処で生まれた、ダンもアンヌも。
「作戦室」「メディカルセンター」のレギュラーセットがあり、
また特撮のセット撮影も此処で行われていた。
思い出がイッパイ詰まった場所なのです、さよなら・・美セン、ありがとう!

超能力者が透視をするがごとく目をつむって・・
当時の光景を瞼の奥に浮かぶがままに書きなぐってみよう。

美セン入り口すぐ左には守衛室、右には美術さんの作業場があります、
そこは始終塗料の臭いが立ち込めています、
体中ペンキだらけ頭にタオルで頬かむりしたバイトの美術大生男女がウジョウジョ、
彼等は二子山らしき特撮用の模型に黙々と塗装をしています。
 すぐ隣の部屋からデザイナーの成田亨氏が窓際に両手をつき外を眺めています、
その前を隊員服姿のアンヌが横切り、氏はニコニコとアンヌに声をかけています、
何を話ししたんだろう?
その後アンヌがそこを通るたびいつも同じ光景がみえます、ふたりは仲良しです、
が、暫くして氏のお姿が見えないことにアンヌは気付きます、
その後撮影終了まで一度も美センで氏のお姿を見掛けることはなかった。

セットの脇で特撮助監督の円谷アキラさんと田口成光さんがなにやら・・
特撮助監督は撮影中はいつも海パン姿に首から汗拭きタオルをぶら下げて、
ご両人が何やら珍しいことをやってます。
「何してるの?」
「タイトルバックを作っているんだ」
ベアリングに色を塗って並べています、赤や黄色や黒で、
アンヌも邪魔を承知で色塗り少しだけ手伝いました。
そうそう放映当初のタイトルバックはベアリングバージョンでしたね。

真夏から始まった撮影は大変です、セットにはクーラーがありません、
密閉されたセットの中は撮影ライトを浴びてサウナ状態、
カットがかかる度に外へ出る、真夏の日中の外気温の方が涼しく感じるのです、
ス~ッと風が通って、ウワ~涼しい!って錯覚する程でした。

カーン・カーン・カーン、
遥か向うから金属を打ち付ける音が響きます、
美術センター奥の小高いオープンセットに駆け上ってみると半パノラマ状態、
数百メートル先には高架線の断片が連なり、それは東名高速の建設中の音でした。
調べてみると東名高速は昭和43年開通だったから、セブン終了と共に開通ですかね。

いやいや断片的ですみません、駄文ゆえ余り長くなるも何なので、
まずは撮影当初の美センでの思い出はここまで!また気が向いたらネ~。