あれから55年・・アンヌのひとりごと

ズバリ!団塊の世代。ひし美ゆり子のブログsince・06・1・14

嬉しいファンレター

2006年04月26日 10時23分44秒 | ゆり子のひとりごと
最近頂いたファンレター?に面白いエピソードがあった。
お嬢さんのエピソード、微笑ましい。
差出人ご本人の少年時代のエピソード、笑っちゃった。
細かくも読みやすい字で5Pにも渡ってのお手紙に感動、
抜粋してご紹介しちゃいます。

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生まれて初めてファンレターを書きました。・・から始まって、

『私はもちろんのこと、子供もひし美ゆり子さんのファンです。
 きっかけは8年前娘が6歳の時に今は亡き母が長い闘病生活を
 して居る時でした。
 私が介護で自由になる時間がなく、いつも持ち歩いていた
 ひし美ゆり子さんの本3册とカードが一枚、
 辛い時、悲しい時、やりきれない気持ちの時・・
 元気を与えてくれました。
 ”くじけないで頑張って!!”と微笑んでくれている
 ようでした。(決して私は病気ではありません!)

 娘は写真ばかり見ていた記憶があります。
 時々カタカナとひらがなだけを声に出して母に読んで
 聞かせていたことも昨日の出来事のようです。
  
 抗癌剤の副作用がとても辛いと言っていた母に、娘が
 ”ダメダメ しっかりしなくちゃ。ダメダメ 絶対にダメよ”
 その場に居た私だけが、思わず笑ってしまったのも今では
 良い思い出のひとつです。父親の影響を受けて成長してきた
 娘も今年中学2年になりました。』

『親に隠れてみていたプレイガール、息を吸いながら
 プレイガ~ルというのが火曜日の朝の学校での恒例行事でした。
 ゆり子さん初登場の時は学校で大興奮!
 担任の先生に職員室に呼ばれ校庭を10周したのを覚えています。

 好色元禄(秘)物語は、自分なりにどうしたら20歳ぐらいに
 見えるかをテーマに変装して友達と2人出かけ、補導されそうになり
 ”アンヌ隊員だけでなくすべてが知りたかったんです!!”
 と思わず叫んで許してもらった記憶が鮮明にあります。
 髪の毛を切ってつけ髭を作り、髪の毛は横分けにしてポマードを
 ベットリ、眼鏡をかけ・・・今思い出しても笑ってしまいます。
  
 1967年私が7歳の時見たウルトラセブン。
 私が憧れ続ける女性との始めての出合いだったのです。』
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嬉しいじゃありませんか。こんな微笑ましいお手紙、
女優としてはいまいち、しかも短い女優生活でしたが、
こんなお手紙頂くとつくづくひし美ゆり子は幸せモンです!
「女優冥利に尽きる」の一言です。