アグリコ日記

岩手の山里で自給自足的な暮らしをしています。

タバコと麻 1

2012-02-19 17:09:23 | 思い
 現代「タバコ」というと誰しも、あの箱に入った棒状の紙巻きたばこを思い浮かべるが、本来タバコとは植物名である。ナス科タバコ属の一年草で、野生種は主に亜熱帯地方に分布している。葉に有毒で習慣性の強いニコチン成分を含む。野生種は現在まで66種見つかっており、うち半数以上が南米大陸に分布している。
 商品として流通している「タバコ」の原料はもちろん栽培種で、その原種はアンデス山脈周辺の高地で生まれたらしい。このタバコという植物がどのようにして喫われるようになったのか、まずは南北アメリカ大陸に残る神話から紐解いていきたい。

 タバコを最初に特別な植物として用いたのは、南米の原住民であるらしい。ブラジル東北部に住むカリリ族の神話には、肉食を始めた人類が造物主から見放された、「野豚とタバコの起源」という話が残っている。造物主から隔てられた人々は、大いなる祖父(造物主)にどうか天から降りてきてくれるよう懇願するのだが、祖父はそれを聞き入れず、代わりにタバコをくれたという(レヴィ・ストロース「神話の論理」より)。
 余談になるが、肉食と楽園追放との関係は、世界中幾つかの神話に見られる共通項である。聖書でも、人類誕生時点ではヒトの食物として肉は含まれていない。神によって初めて肉食が許されるのは、楽園追放以降(正確にはノアの洪水の後)である。この時天変地異によって植物相に甚大な被害が生じ、ヒトは生存のためにやむを得ず肉を食べざるをえなかった。また肉食と引き換えに、ヒトはなにか大切なものを喪失しているが、そのことを神話は伝えている。
 またタバコに関しては、同じくブラジル南西部のボロロ族の神話に次のようなものがある。漁師たちが魚の腹を裂いてみると、中にタバコが入っていた。彼とその仲間はタバコを喫おうとするが、生憎と正しい喫い方を知らなかった。すると不思議な霊が血吸いコウモリの姿で現れて、タバコの吸い方を教えてくれた。
まず、「偉大なる祖父よ、煙を受け取ってください。そして、私に災いが降りかからないようにお守りください」と言ってふかすんだ。さもないと、お前たちには罰が当たるぞ。なんとなれば、このタバコは私のものだからだ。

しかし男たちはこれに従わなかったのである。それで次の朝には、彼らはみな盲目同然となり、カワウソに変えられてしまう。
 タバコという植物を利用し始めた初期の頃は、おそらく小屋の中や洞窟などで、火にタバコの葉をくべて、その煙を吸うというやり方をしたのだろう。その結果、ニコチンの毒性がまず目を害したことは十分に推察できる。またこのようにして煙を浴びることにより、喫煙後水に浸りたくなる心境も想像できないわけではない。神話というのは、それが書かれた状況を思い描くことによって初めて理解できる、そんな難しさがある。
 
 また北米にも、同じような神話がある。有名なのはスー族に伝わる「白いバッファロー仔牛の女」(White Buffalo Calf Woman)の話だろう。これは聖なる女性が人間に聖なるパイプをもたらした物語である。
 遠い昔、ラコタ(スー族の一派)の野営地では日照りと狩りの不良が続き、一族の者たちはたいそう腹を空かせていた。男たちは毎日交代で狩りに出かけたが、獲物はまったく獲れない。
 ある日、二人の若い男がバッファローの群れを探しに出ていた。しかし何日経っても一頭のバッファローも見つけることができなかった。途方に暮れている時、西の方、遠くから彼らに近づいてくるものがあった。
 近くまで来ると、それが人間の女であることがわかった。女は言う。「私はバッファローの国からやって来ました。明日の朝日の出とともに、私は聖なるものを携えてあなた方のキャンプを訪れます。それまでに用意を整えて待っていなさい」
 さて、キャンプに戻った男はみなに事の次第を報告した。チーフのスタンディング・バッファローと人々は、女の指示したとおりに準備を整えて夜明けを待った。
 女は定刻に、唄を歌いながらやってきた。手には一本のパイプを持っていた。
「私はワカンタンカの意思を受けて、あなたがたの所へやって来ました。このパイプをスタンディング・バッファローの元に託します。パイプを敬い、大切に扱いなさい。このパイプで行う儀式を教えましょう。これらの儀式を決しておろそかにしてはいけません。パイプの信仰にそってこれらの儀式が続く限り、民が苦しむことはないでしょう」

 女は儀式の作法を伝えた後、立ち上がってキャンプを立ち去った。彼女がキャンプの外れに差し掛かった時、女は突然白いバッファローに身を変え、平原へと走り去っていった。
 この白いバッファローがスー族にもたらしたパイプは、その後それを模して多くのパイプが作られ、やがてたくさんの者がパイプを持つようになった。この一番始めのパイプは、今もグリーン・グラスに住む現在のパイプ・キーパーによって大切に保管されている。毎年夏になると集まった人々に対して、パイプを入れた包みが展覧されているという。
 インディアンにとってパイプは祭壇と同じである。持ち運ぶとき、それにタバコを詰めて喫うときなど、その取扱いには敬意をもって当たらなければならない。パイプを喫うことは祈ることと同義である。サンダンスやスウェット・ロッジ、ロワンピなど、アメリカ先住民が執り行う儀式ではみな、パイプを喫うことがとても大切な意味を持っている。
 パイプは「ピース・パイプ」とも呼ばれ、合意や和解の印として扱われることも多い。パイプに誓ってその時約束したことを破ると、禍を呼ぶと言われている。かのカスター将軍は、シャイアン族との休戦協定をパイプに誓ったにもかかわらず破ったことによって、戦いに敗れて死んだと伝えられている。

マヤの絵文書に描かれたタバコを喫う神

 その他中央アメリカでは、マヤの遺跡に残るレリーフに「タバコを喫う神」が描かれていたり、アステカの絵文書や西洋から渡った宣教師の記録などにも、タバコが儀式や治療などに用いられる大切なものとして記されている。これらに共通して言えることは、タバコは神聖なものであり、それを用いる際には必ず厳格な儀式が執り行われたということである。
 しかし対して、旧大陸にタバコを持ち込んだヨーロッパ人の扱い方はそうではなかった。彼らとタバコとの出会いは、コロンブスがサン・サルバドル島に到着した時に遡る。一攫千金の夢を抱えて乗り込んだ彼らを、島の住民たちは持ち前の気前良さで温かく迎え入れた。その歓待のしきたりの中に、タバコが頻回使用されるのである。
 長い航海でボロボロに疲弊した航海者たちに、人々は食事を与え宿泊所を提供するなど、あらん限りの意を込めて歓待した。またその後、来訪した入植者たちが深刻な危機に瀕するたびに、さまざまなやり方で助け多くの命を救っている。まさにアメリカ大陸においてヨーロッパ人がかくもすんなりと入植できたのは、彼らの親切と寛容さによるところが大きい。
 しかし入植者や航海者たちは、そんな彼らに感謝するどころか咽喉元過ぎれば恩も忘れ、力づくで奴隷として酷使し、虐殺行為を繰り広げる。意図的に天然痘を撒き散らし、邪魔な先住民を駆逐したりもする。初期のアメリカ植民地事業において犠牲になったインディオは、1500万人を超えるとの記録もある。掠奪者たちはこの時手に入れたタバコを、珍しい、精神高揚作用のある「嗜好品」として故郷に持ち帰った。それの持つ神聖な意味合いなどまったく抜きにして。 
 そうして旧大陸に持ち込まれたタバコは、薬草または単なる嗜好品として急激に広まっていった。タバコに含まれる成分「ニコチン」は、16世紀半ばリスボンに駐在していたフランス大使ジャン・ニコにあやかって命名されたものである。彼は「大変興味深いインディアンの薬草を入手した」と本国にタバコの苗や種を送っている。時の皇太后カトリーヌ・ドゥ・メディシスがそれを頭痛薬として用いたため、タバコは一躍評判になり、またたく間にフランス上流階級の間に広まったと言われている。

 さて、ここまでタバコ使用の起源とヨーロッパ大陸への伝播を概観したが、もう気づかれたことだろう。タバコは本来、その特異な薬理作用のゆえ、ある非日常的かつ特殊な目的のため、厳格な祈りと儀式に則って使用されてきたものである。それをそんなことに一向に関心がなかった西欧人によって、単なる嗜好品に貶められ世界中に伝播した。
 タバコの持つ呪術的薬理作用とは、今日的に言えば「トランス状態に移行するための補助効果」である。中央・東アジアから南北アメリカ大陸にかけて存在した「シャーマニズム」においては、精神指導者であるシャーマンは必要に応じてトランス状態に入り、異世界を旅したり死者の霊と交信したりすることを求められていた。それによって得た知識や力を用いて、時に人々の進む道を示したり、病気治療を行ったりしたのである。トランス状態へ移行するための補助剤としては、タバコとは別にさまざまな薬草も使われたようである。おそらくその多くが、今日言うところの幻覚作用や向精神作用を含むものだったのだろう。タバコがマヤやアステカにおいて病気治療のために用いられたということも、このシャーマニズムの行為を外して語ることはできない。
 しかし西欧人たちは、インディオから聞き伝えたタバコの効果を元に、さもタバコが万能薬であるかのように誤解してこれを用いた。実際その初期には消毒から歯磨きまでありとあらゆる効果を期待して使われたという記録が残っている。もちろんタバコそのものにそのような効果はなく、かえって毒性や依存性といったマイナス面の方が強いので、ほどなく薬としてのタバコの価値は否定される。
 ここで少し話は逸れるが、タバコが医療用に使われたという逸話で一つ冗談のような面白い話を紹介しよう。かの有名なパブロ・ピカソである。彼が生まれたのはずっと新しい近代(1881年)のことだったが、その際、彼は「死産」と思われた。
10月25日 マラガにある小さな家に男の子が生まれた。残念な事に産婆はすぐに死産を宣告した。出産に立ち会った人々は悲しみにくれていた。その中にサルバドル・リッツという内科医がおり彼は大胆にも赤ん坊の蘇生を試みはじめた。彼はなんとまあ驚いた事に皆が諦め顔の中でタバコを吹かして 赤ん坊の鼻へ向け煙を吹きつけたのである。それを繰り返すこと数分 その小さな赤ん坊は体を動かしはじめた。つまり蘇生したのだ。
 その赤ん坊こそが後世に偉大な芸術家といわれたパブロ・ピカソである。
 
 これは19世紀、キューバの地質学者アントニオ・ニュネス・ヒメネスが書き残したものだそうだが、今読めばまったくの荒唐無稽である。しかしピカソはその後91歳で死ぬまでヘビースモーカーだったと伝えられている。
 ただ、本来タバコが「非日常的用途」のために用いられたとはいえ、例えインディオの間であっても、後世の西欧人と同じように、その薬理作用のみを求めて乱用に走らなかった者がいなかったわけではない。冒頭のボロロ族の神話でも、正しい用い方をしなかった男たちが天罰を受け、盲目同然のカワウソに姿を変えられている。またアステカの皇帝モクテスマが好んで喫ったという「アカジェトル」も、タバコや他の香料、樹脂などを材料にした葉巻のようなものだったらしい。アステカでは市場でタバコが商われていた(推定)というから、この当時はタバコが幾分乱用される傾向にあったのかもしれない。

手にアカジェトルを持つモクテスマ王

 このように特異な薬理作用を持つタバコは、使い方によっては恐ろしいものである。だからインディオに伝わる神話では、どれも必ずその「正しい喫い方」「用い方」を述べている。それなりの修練を積んだ人が正しく用いれば驚くべき効果を発揮するものなのだろうが、しかしその意図と知識を持たなければ、タバコはこの世に地獄を作り出すだけである。それは今日身の回りを見ればわかるだろう。どれだけタバコの害で苦しんでいる人がいることか。夥しい中毒者と健康被害がそれを雄弁に物語っている。
 しかしタバコが西洋に渡った当時、そのようなことは想像だにされていなかった。なにしろ、各種病気に治療効果のある万能薬とまで吹聴されたのである。仮に喫い過ぎによってマイナスの症状が顕れても、それは薬効による一時的なものと受けとめられがちだった。ただタバコの害が知れ渡るるのは意外と早い。
 イギリスにタバコが伝わったのはエリザベス一世の時代(1558~1603)と言われているが、その直後、エリザベスに継いで国王に就任したジェームズ一世が、1604年に「たばこ排撃論」というパンフレットを刊行している。その中で国王は、自国民が喫煙の風習に染まっていくのを憂え、タバコの医学的効用などを全否定し、それは一種の酒酔いであるとしたうえで、
「目にはあつらえむきの黄土、鼻に厭わしく、脳髄を損ない、肺には危険を招く。悪臭を発する黒い煙は底なしの穴から立ち上る毒気を含んだあの恐ろしい地獄の業火の煙によく似ている」

とまで言っている。なんともおどろおどろしい言い回しだが、それはともかく書いてある内容は、今日のタバコに対する医学的評価とさほど離れてはいない。当時既に、タバコの毒性は衆人の知るところとなっていたのである。
 その後は麻薬と同様、タバコがその勢力範囲をヨーロッパから中東、アジア地域へと急速に拡大させる一方で、各地でその弊害を恐れ、それを規制しようとする権力者や知識人たちとの激しい闘いが繰り広げられる。このようにタバコは元々誤解と曲解に基づいて使われ始めたものである。ただそれに気づくまで、またそれ以降も、人類は無数の痛ましい犠牲者を出してしまった。


タバコをイギリスに広めたウォルター・ローリー卿
 
 ここで、このようなタバコと一脈通じるものを一つ紹介しよう。「麻」(あさ)である。麻とはご存じ、あの麻薬や覚醒剤と並んで取り締まりを受けている「大麻」の原料となる植物のことである。別名「大麻」(たいま)または「大麻草」(たいまそう)とも言う。アサ科アサ属の一年草。この植物の葉や花、場合によっては茎や種子を乾燥または樹脂化、液体化させたものを特に大麻(マリファナ)と呼ぶ。
 ちなみにこの「マリファナ」という言葉は、メキシコで「安い煙草」を意味する。これは大麻の繁殖力が強く、野草として自生していたためにタバコと比べて安価に手に入ったことからメキシコでこの呼び方が一般的になり、これがアメリカへと伝わって世界中にマリファナという呼称が定着した。
 今日でこそ「大麻取締法」によってその栽培・使用を規制されている植物だが、実は麻は、古来から日本の神事や、日本人の生活に密着した大切な植物だった。以下これについて少し述べてみよう。

麻の葉

 麻は世界中で、かなり古くから栽培されていた植物である。原産地は中央アジア、最古の栽培地は中東あたりと推測されている。日本での麻の利用は新石器時代初期に既に始まっている。福井県の鳥浜遺跡という1万2000年位前の縄文遺跡の中に麻の種子が見つかっている。またあの縄文土器の縄目模様は、麻縄で付けられたものである。時代は下って「後漢書」の「東夷伝」や「三国志」の「魏志倭人伝」、また「風土記」にも麻に関する記述が見られる。
 用途は食用、薬用、繊維、製紙など極めて幅広い。
 まず繊維だが、麻の繊維は丈夫で切れにくく、伸びにくい、通気性に優れるなどの利点があり、糸、縄、網、布、衣服などに加工されて広く一般的に使われていた。よく言う「快刀乱麻」とは、強靭な麻の繊維を断ち切るほど切れ味のいい刃物の例えである。特に日本では神聖な繊維とされ、神社の鈴縄、注連縄や大幣として今も神事に使われている。横綱の化粧回しや弓弦なども麻で作られる。身近なものでは下駄の鼻緒なども麻である。力がかかる反面切れては困るからだろう。
 麻の繊維は優れた素材なので、今の紡績技術を使えば、紙や洋服、丈夫な紐などかなり広範囲のものを作ることが可能なようである。また麻は毎年栽培可能なので、同じ面積の土地の木材と比べた場合、4倍のパルプや紙が作れるという。
 果実は生薬の麻子仁(ましにん。便秘薬)になる。栄養学的にはタンパク質が豊富で脂肪酸などの含有バランスも良いため食用に供される(例えば「七味唐辛子」にも麻の実が含まれている)。古い中国の薬草書「神農本草経」の中では、漢方薬として「麻仁」(まじん。麻の実)の効用を「体や内蔵を修復し、体力の根元となる活動力を増す。久しく服用すると体が肥え健やかになり、不老神仙となる」と述べている。
 種子はそのままで鳥の餌として売られているが、その他にもさまざまな利用法がある。
 麻の実には30%の油分が含まれているので、これを搾れば油を得ることができる。この油は、食用・化粧用・工業用と幅広い用途が可能である。食用としてはもちろん、今日健康食品として有名な亜麻仁油である。化粧用としてシャンプー、リンス、石鹸などボディケア商品が生まれ、また工業用としては燃料の他に、古くから乾性油として木材の塗料や機械の潤滑油などに利用されてきたという歴史がある。
 そして特に葉や花に、「テトラヒドロカンナビノール」(THC)と呼ばれる向精神作用のある成分を含んでいる。これを人体が摂取すると陶酔感や多幸感、食欲や睡眠欲の増進、幻覚、鎮痛作用などの諸効果がある。この成分を利用すべく大昔に(2000年前頃らしい)品種改良されたのが「インド麻」で、日本で栽培されているような一般的な麻よりも多くの陶酔成分を含んでいる。一般に流通しているマリファナは、このインド麻を原料に作られるらしい。
 ちなみに麻の「繊維」を利用するために栽培されているものは、マリファナ目的のものと区別して「ヘンプ」と呼ばれることもある。品種もインド麻とは違い、薬効も弱いようである。
 麻の含むTHCなどの薬効成分は医療用にも使われている。アメリカの一部の州やイギリスやカナダ、オランダなどでは多発性硬化症などの神経性難病や緑内障、また末期エイズ患者の食欲増進や、がんの化学療法に伴う吐き気の緩和に対する治療薬として認可されている。日本でもかつて「印度大麻草」や「印度大麻草エキス」が、日本薬局方に「鎮痛、鎮静もしくは催眠剤」として登録されたことがある。ただ麻の薬効については、大麻として規制されていたこともあってまだ十分な研究がなされておらず、かなり有望視されてはいるものの、そのほとんどが未解明のままである。
 更にこれが大事なことなのだが、麻の繊維を使えば、コンクリートよりも強い断熱材やプラスチックも作れるそうである。実際に戦時中は、飛行機の翼部分を作ったという。現在の技術では、石油化学製品のかなりの部分が麻由来で作れるらしい。
 麻は非常に成長の速い植物で、だいたい3ヶ月で収穫可能となる。更に一年生植物なので生産性が著しく高い。加えて病害虫に強いので無農薬栽培ができるというメリットもある。例えば同じ繊維作物でも、綿を栽培するには大量の農薬と化学肥料が必要だが、麻にはそれは無用である。またプラスチックや建材を生産するために石油を消費する必要もない。まさに地球温暖化対策にうってつけの植物資源である。
 このように大変有用で貴重な天然資源「麻」は、戦前まで日本人にとても身近な植物だった。当時の政府も麻の栽培を奨励していたという。
 多摩川という川は、元々「麻が多く栽培されていた川」だったそうである。そして、麻布、調布、田園調布、麻生などというのは麻の布を織っていた所と関係があったらしい。このように、日本の地名には麻を由来とするものが今も数多く残っている。


(つづく)

【冒頭の写真:マヤ文明のトロアノ古写本にこういう図があるらしい】
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