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アグリコ日記

岩手の山里で自給自足的な暮らしをしています。

赤い帯 1

2004-11-26 21:49:45 | マルちゃん
晩秋、
山里の夕暮れは早い。
日中暖かいと思っても、午後3時ともなるともう陽は山の端に隠れてしまい、
家も畑もすっぽりと日陰になってしまう。
陰の部分は見る見るうちに広がり、やがて西の空は鮮やかなオレンジ色に染まり始める。


マルは幼馴染みのカツ子の家に遊びに来ていた。
彼女とはお互い中学のソフトボール部でバッテリーを組んだ友達同士だ。
隣りだったから、子どもの頃から何かにつけて一緒に遊んだ仲でもある。
丸い顔をして心持ち四角張った体格のカツ子は、今では地元の農協に就職している。
中学を卒業してもう4年近く経ったけれど、
カツ子とマルとは、今でも気の置けない友だち同士だった。

久しぶりに帰省したマルには、カツ子と話すことは幾らでもある。
幼馴染みの近況、同級生たちの行方、村の出来事、自分の東京での暮らし・・・
話に花が咲くうちに、いつしか外はとっぷりと暮れていた。

「マルちゃん、今日泊まっていきなよ。」

カツ子のお母さんがミカンを持って来た時に、カツ子は言った。
お母さんも、あぁ、泊まっでげや、と如才ない。
昔からマルと彼女のうちとは家族ぐるみのつき合いである。
マルはその晩、ありがたく泊まらせていただくことにした。

「んだらば、夕飯はまだだがら、始めに風呂に入って来たらば。」
「んだ、んだ、入って来いっちゃ。
うちにぁ、シャワーあんだぞ!」
「えっ? ホント?」

なんでも、去年シャワーを取り付けたという。
と言っても、街のホームセンターでシャワー付きの蛇口を買って来て、
お父さんが日曜大工で古いものと取り替えたとのこと。

「カッちゃ、その間あんだは、ちょっと買い物に行って来てや。」
お母さんはそう言いながら、マルに洗いざらしのタオルを用意する。


マルは風呂場へと向かった。
小さい頃から何度もここには泊まっているので、勝手知ったる家である。
昔ながらの古い農家作りだ。
風呂場とトイレは、縁側の突き当たりに付け足したように設えられている。
子ども時分は確か庭に離れとしてあったはずだ。
それを何年か前に、今風に作り変えたと聞いている。
昔からの「外風呂」を使い続けているうちは、この集落にももうほとんど無くなった。

今日はマルが一番風呂なんだろう。
風呂場はきれいに片付けられ、床に置いたすのこも白く乾いていた。
風通しの窓を閉めてから、マルはざんぶりと湯船に浸かる。
あぁ、きもちいい!
こうして子どもの頃と同じように泊まり泊めさせ、
半ば家族のようにつき合ってくれる友だちがいるということは、本当にありがたい。
まだ一年に満たない都会生活で、
マルは世間一般的なつき合いはこれとは少し違うということに気がついていた。
故郷を離れて遠く暮らそうとも、
ここに帰って来れば、こうして心温まる友だちや家族がいるって、
素晴らしいことなんだな。

マルは湯船から出てシャワーを浴びた。





シャワーを浴びている最中、なんとなく気に掛かるものがあって、
ふとマルは振り返った。
すると、


窓がいつの間にか、少し開いている。

そしてその隙間から、誰かがこちらを覗いていた!


マルが振り向くとほとんど同時に、覗いていた者はパッと消えた。
「ふふっ!」っと小さく言い残して。

マルはしばし呆気に取られていたけれど、
気を取り直して窓をガラッと開け放った。
窓から首を出して見回しても、辺りには誰もいない。
ただすっかり暗くなった夜の庭の風景が明かりに照らされて見えるだけである。
よくは見なかったけれど、
なんだか子どもだったような気がする。
この近くに小さい子どもが、いただろうか。
この界隈なら道行く人はみんな知り合いだ。
各戸の家族構成まで、わかっている。
過疎化の進んだこの集落に小学生以下の子どもといえば、もう数えるほどしかいない。

まあ、いいさ。
とにかく体も温まったことだし、もう上がろう。


マルは服を着て、カツ子の部屋に戻るべく縁側を歩いていた。
すると、向こうの曲がり角に何かがチラッと動いた。
よく見ると廊下の板の上に、細くて赤い色の帯が落ちている。
その帯は、誰かが向こう側で引っ張っているようにするするっと動いて、
曲がり角に消えた。
マルはその時にまた子どもの声を聞いた。
「きゃっ!」
はしゃぐような声だった。
これは間違いない。誰か子どもがいるんだ。
しかし、カツ子のうちに、そんな子がいたような気がしない。
多分どこか親戚の子でも遊びに来てるんだろう。
生来子ども好きのマルは、足音を忍ばせながら小走りに廊下を駆け、
突き当たりでパッと曲がり角を覗いた。

けれど、そこにはもう誰もいない。

ははぁ、どこかに隠れたな。
これが自分の家ならば、バタバタとあちこち駆け回って探すところだけれど、
いかんせんここはいくら親しいとは言え他人のうちだ。
なあに、黙っていてもまた現れるに違いない。
子どもの好奇心は抑えようも無いことをマルは知っていた。
マルはカツ子の部屋に入って、炬燵にあたった。
炬燵の脇には、ドンブクが一着畳んで置かれている。


しばらく坐っていると、
障子が突然音もなくスルスルと開いた。
マルはギョッとした。





「赤い帯 2」に続く)



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6 コメント

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こんばんわ! (りおし)
2004-11-27 00:17:40
マルちゃんが座敷わらしらしき子と接触したらしい

と聞いてかけつけてきましたよ!

お風呂覗いてたのですか!?

ちょっと衝撃(笑)

続き楽しみにしてますよ!

返信する
やあ、りおしさん、 (agrico)
2004-11-27 06:03:10
久しぶりです。

座敷童子は以前から書こうとしていたテーマで、

今回Kenさんに先を越されてしまいました。

この物語は実は私の思う座敷童子そのものじゃなくて、

遠野なんかで言い伝えられている話などをベースにして書いたものです。

我が家は遠野まで1時間ほどの所なのですが、

近所の年寄りに訊いたら、座敷童子の言い伝えは無いそうです。

河童の話は少しだけあるそうですけれど。

あれは、ごく限られた地域のお話なんでしょうか。

青森ではどうなんでしょう。

でもこうして新しい座敷童子の話を作るのも、面白いかもしれませんね。

では今日後半をアップする予定なので、読んでみてくださいね。
返信する
ドキっ (あん♪)
2004-11-27 08:59:06
マルちゃんの美しい背中が

まぶしいっ!
返信する
あん♪さん、 (agrico)
2004-11-27 09:42:47
実はネットで画像を検索していて、

とてもきれいな背中の写真に行き当たったもんだから、

この絵を描いたんですよ。

猫でも人でも(ちょっと例えはよくないですが・・)、

健全美というのはあるんですね。

といっても、内面の美しさまでは写真では見れないのでしょうが。



我が家には座敷童子の替わりに、

「座敷猫」がたくさんいます。

今も炬燵にあたっている私の両側にピタッとくっついていて、

とても身動きが不自由にさせられています。

でも、こんな存在が実はありがたいんですよね。

大切にしないとね。

返信する
この背中、 (あん♪)
2004-11-27 13:44:43
ほんとうに、「マルちゃん」らしい背中ですよ。



ああっ!マルちゃん、好きだぁぁぁっ!
返信する
体には (あぐりこ)
2004-11-27 15:05:53
それをどういう使い方をしてるかが表われますものね。

私自身は、女の人のこういう背中を見ることはまず無かったのですが、

でもなんとなく、筋肉を使っている人のような気がしますよね。

持てるものを遺憾なく使うところから出て来る形に、

造形美の根本があるのかもしれませんね。
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