とかく最新記事からしか読まれないBLOGですが、初めての方がこのサイトを読みやすいようにと少し工夫を凝らしてみました。
「あぐりこ日記」は山里で自足生活を営むあぐりこの暮らしと思いを中心にしたBLOGです。常連の方やそれらに興味のある方々は従来どおり最新記事から読んでくだされば結構です。
でもそれ以外の方、それでは飽き足らなくなった方、また特に自分の好みの分野を選びたい方々には・・・
☆ご利用メニュー!
「生きている食べ物」 ←アグリコの「食」観!
「猫のお噺し」 ←猫家(ねこや)の生き物たちの記した小さな"足あと"
「土の思い 草の想い」 ←あぐりこの綴った「思い」集。
「マルダヌキ物語」 ←マンガ好きの方にお勧めです!
「青春のアルゼンティン」 ←今から20年前の南米での「思い出」記録です。
あの頃自分も若かったっっ!(そりゃそうだ!)
「Contemporary Unit」 ←あぐりこが参加しているBLOG界の新・創作集団です。不肖あぐりこも、ここで時代を撃つべく鋭意修行中!
ここにアップする作品は、すべて「アグリコ日記」の過去記事の中からの選りすぐりを再推敲したものです。
「猫家の世界」 ←アグリコのHPです。しかし滅多に更新してません。その余力をもっぱらBLOGにぶつけてますからっ!
以上を含め主な「シリーズ」などは左サイドバーの「BOOKMARK」に置いていますが、中には昔書いたSF創作好きの方にお勧めの「マルちゃん・ストーリー」なんかもありますよ。
でも今読み直すと、なんだか恥ずかしいような気が・・・
ではBLOG「アグリコ日記」を通して、あぐりこの暮らしと思いを共有してくださいね。
このコメント書いている時にちょうど横にくるカテゴリーの数を見ると、随分書かれていますね。
最近はマルダヌキの太っ腹にあこがれ、私も鍋と座布団で
(あれ大好きですよ。獅子王がどうしたぁ?!って)迫る苦難を鼻で笑ってやりたいもんだと思います。
だからこの際、過去記事の虫干しも兼ねてこんなメニューを作ってみたんですよ。サイドバーのBOOKMARKやカテゴリーをわざわざ開いて見る人はあまりいないだろうから。
tomboさんの記事の中にも印象深いものがありますよ。最近の「白日夢」なんかもいいですよね。
いい記事はぜひ新しい人にも読んでもらいたい、他のBLOGを見てても時々そう思います。
「獅子王」描くのに私も熱が入りました。下書き自体は2年近く前にできてたんですけどね。BLOGにアップするのにそれ用に描き直してます。
自分でもたまに思い出しては笑ってるんですよ。
私のブログ、この数日間だけなぜかアクセス数が上がったんです。理由はよく判らないのですが、思い当たるとしたら、自分のブログに登場する人の紹介の頁をを加えたためかもしれません。
いつも同じような数だから、同じ方に読まれているものだと思っていましたが、agricoさんの言われるように初めて来た方にも読みやすいように工夫をする事も大切なのかもしれませんね。
最近のKenさんの記事を読んで、あぁ、もしかしたらどこかでリンクしてくれたからなのかもしれないと思いましたし、「はてなブックマーク」などで過去記事が意外な反響を呼んでいるのかもしれない。
そのどちらも自分からはわからないのですよね。私も日々記事をアップすること以上にBLOGに精通して使いこなしてるわけではないのですから。
sakeさんのBLOGの迫力を考えると、何かのきっかけでどこかで話題になってもおかしくないですよ。確かにカテゴリー別にメニューを作れば読者に優しいかもしれませんね。
きっとsakeさんに出会いたい人は多いと思うんです。
お邪魔と思いましたが、ちょっと立ち寄らせていただきました。すみません。
私は、若い頃から人生について思索し、「生きるとは何か」を問
い続けて来ましたが、20代でクリスチャンになり、もう60代半ば
になりました。
病妻をかかえ、看病と家事をしながら一昨年の11月頃から
「ブログ」に挑戦してみました。
「神の存在」、「聖書と人生」、「人生の意味は何か」、「神の愛とは」
「いのちと死の問題」 などについて、できるだけ、初心者にも分かり
やすく、「ブログ」でキリストの愛の福音を書き綴っています。
どうか、時間のあるとき、ご訪問ください。
http://blog.goo.ne.jp/goo1639/
求める人には与えられるのですね。それを私は信じています。
私は日曜学校の頃より20代まで日本基督教団の教会に通っていました。
その間もさまざまな他宗派、他宗教の門を叩きました。私は自らの意思で洗礼を受けなかったのですが、それは私なりの「生」に対する真摯さの、真剣な自己表現でした。
私は仏教徒だから、キリスト教徒だからといって、人に先入観を持つことはありません。ただ、自らの信じる道に誇りを持つ人は快いですね。人生の友を見るようです。
生きる価値はいのちにあり、人生の価値は「気づき」の連鎖による変化にあるのではないでしょうか。実質的な生の始まりが自己の目覚めの時点にあるように、硬直化した時に人は実質的な「死」を迎えるのではないでしょうか。
意味深いブログを作られてますね。農繁期でもありすぐに読むことができないので、後々時間を見て読ませていただきます。
お互いにとって、日々が新たな気づきであり生まれ変わりの時でありますように。出会えて嬉しいです。
たまたまうちの猫似のアポロ(?)の写真を見つけたので投稿です。
私、ネットカフェからですのでもしかするともうここは見失うかも知れません。
我が家の猫はアポロ似で名前はみみです。
交通量の多い交差点の中で血まみれれでうずくまっていたのを拾いました。
今は巨大化しています。
その時はふらふらで痩せていたのですが、今ではわが家の重量格です。その割には犬歯が1本欠けてるので喧嘩には弱いみたく、たまに外出はしますがほとんど家の周りで寝そべってますよ。
短い猫のいのち、ともに生きれる喜びって、ありますね。
また来ました。
アポロ似のみみは昨日ついにドアを破って脱走(屋内で確保)しました。
再々なので対策はしていましたが、家のほうが限界のようです。
近所の人からいろいろありまして、こうなっています。
似た頃に拾ったもう一匹は今年の冬(正確には昨年かな)が越せませんでした。
みみ似だからにせものくんとよんでいました。
あいつは愛嬌たっぷりだった。
拾ったとき栄養失調で障害もありました。
町中では猫を飼うのも大変みたいですね。動物も虫も草も、邪魔なものはみんな駆逐しようという風潮ですからね。でもその中で酒井さんに拾われてよかったですねえ。
猫の生を見続けて私もたくさんのことを学びました。彼らは単なる愛玩物ではなく立派なひとつの生命なのですね。時に我々人間より素晴らしいものを感じる時があります。