粗忽な夕べの想い

落語の演目(粗忽長屋)とモーツアルトの歌曲(夕べの想い)を合成しただけで深い意味はありません

フランスの3人の英雄が風刺されたらどうなるか

2015-01-15 21:46:49 | 国際時事

フランスの風刺週刊誌襲撃事件はは14日に再びイスラムの預言者ムハンマドを揶揄する風刺画を掲載させることで新たな局面を迎えた。この事件では、表現の自由が盛んに問題にされたが、自分にはその風刺画がいかにも安直であまり知的なエスプリを感じない。ムハンマドの教えを絶対視するイスラム教徒にとっては、教祖が冒涜されたような憤りを覚えるのも理解できる。

ところで、ジャーナリストの山口昌子氏によれば、フランスには絶対視ということではないが、自国の歴史上の人物で一般的に批判がタブーとなっている英雄が3人いるという。ジャンヌ・ダルク、ナポレオン、ド・ゴールだ。3人とも世界史上で誰でも知っている超有名人である。

ジャンヌ・ダルクは中世の百年戦争でイギリス軍の占領から神の声を聞き兵士たちを鼓舞して奇跡的な進軍によってフランスを解放させた。ナポレオンはフランス革命後の周辺国の干渉を打破して一時はヨーロッパを席巻する帝国を樹立した。しかし、ジャンヌが味方の裏切りで火刑に処せられ、ナポレオンも最後はワーテルローで破れアフリカの孤島に流刑の身になった。

一方、ド・ゴールは第二次大戦でナチスのフランス占領に抵抗してロンドンに亡命政府を樹立、連合国軍に加わってレジスタンスを展開して最終的にはフランス解放へ導いた。戦後は戦勝国の元首としてフランスを西側世界で大国の地位に押し上げた。

3人とも隣国との戦争に輝かしい業績をあげた英雄であり、フランス国民にとって民族の誇りそして愛国の象徴でもある。もし、これらの英雄が他国の新聞に風刺され揶揄の対象にされたらフランス国民は黙ってはいられないはずだ。自分たちの民族の誇りが冒涜されたような憤りを覚えるはずだ。

ましてや、英雄という次元を超えた絶対的な存在である預言者であれば、誇りを傷つけられた信者の怒りは想像を絶するものであろう。そんな一片のデリカシーもなく表現の自由だけを問題にするのは全く公正を欠いた話だと思う。皆世界の民族や信者が自分たちのよりどころとする誇りをもっている。

翻って日本はどうか。慰安婦問題で最初に火をつけたのは朝日新聞のような左翼メディアあるいは、同じ左翼の弁護士や市民団体である。旧日本軍への理不尽な中傷を繰り返し、朝鮮女性を性奴隷で虐待したという虚偽を捏造した。最後は女性国際戦犯法廷という不可解な民衆法廷でなんと昭和天皇を有罪するまでに及んだ。日本国民の誇りなどどこにもない。あるのは自国に対する亡国的な自虐や憎悪である。

 

 

 

 

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