goo blog サービス終了のお知らせ 

粗忽な夕べの想い

落語の演目(粗忽長屋)とモーツアルトの歌曲(夕べの想い)を合成しただけで深い意味はありません

ジャパネットのあの社長

2013-11-11 15:33:30 | 一般

今朝たまたまラジオを聞いていたら、ジャパネットの高田明社長が番組の通販コーナーで特売商品を紹介していた。今回はローヤルゼリーであった。彼の説明を聞いていて、さすが通販での語りの巧さに感心させられた。

まず、今日のホットニュースが話題になる。それはフィリッピンを襲って大被害をもたらした台風のことであった。これを今年日本の異常気象へのつなげていく。夏の猛暑、秋の台風が尋常でなく、同時に温度の寒暖差も著しい。師走の寒さがあったと思ったら、突然一月前の熱さが戻ったりで体調を崩し結果風邪をこじらせたりしている人も少なくない。

そんな健康不安に悩まされる昨今、ここで本題として健康食品の王様ローヤルゼリーが登場する(自分の拙い解説では高田社長の商品紹介の妙がなかなか伝えにくい)。確かに社長に話は巧みだが、話に派手な抑揚があるわけではない。どちらかというと淡々と説明が進んでいく。

ただ、社長を10年来このローヤルゼリーを飲み続けこの間風邪をひいたこともない、海外に行く時にはパスポートとともにこの健康食品を持参する、といったプライベートの話を何気なく盛り込む。それがまるで親しい知人に勧めるような親近感を与える。つまり、会社の通販であることを忘れさせるような身内話に引きずりこむ話法といえる。

これは別の日に同じ通販コーナーで登場する同社の若手社員の説明と比べたらよく違いがわかる。社員の場合、話に力みが感じられてどうしても通販ということを意識してしまう。

したがってどうしても高田社長あってのジャパネットという印象が強くて、今後いかにそこから脱却するかが課題といえそうだ。ここ最近はアマゾンなどのインターネット通販が圧倒的な扱い物品数で既存の通販会社を圧迫しているようだ。媒体もテレビ・ラジオ・チラシなどから、スマホやタブレットといったネット販売が主流になりつつある。

どうしても既存の通販会社は商品開発などの企画力で対抗せざるを得ない。今回のローヤルゼリーでも7ヶ月分8000円の破格値、市販にものが1ヶ月分4000円もするらしい。おまけにこのゼリーにはビール酵母とサメ軟骨エキスも含まれているという。こんなこと延々と書いているとジャパネットの回し者のように思われてしまうそうだ。もちろん同社からギャラなど一切もらっていないので悪しからず。

通販の「アナログ」全開の高田社長、今後どんな戦略をを考えているのか。それはさておき、ホットな話題に敏感な社長のこと、植毛カツラが通販に登場するのもそんなに遅くない?


お笑いの卵と大物ものまね芸人

2013-10-27 19:13:06 | 一般

今日、知人の誘いである大学の落研の芸を間近に見るこ機会があった。落研といっても落語だけでなく漫才もやっているのが最近の大学のサークルのようだ。地元の超高層マンションの最上階にあるレストルームが会場であり、15坪程度のこじんまりとしたスペースだ。20数人が入れば一杯になるごく内輪の会場といってよい。

登場した芸人は落語家2人、漫才3組で各々数分程度の短い芸である。正直言って、あまり面白くなかった。素人芸から一歩踏み出した感じだ。そんなに笑えなかったが、聴衆には笑い上戸のおばさんが2,3人いてそれなりに会場は沸いた。彼らの芸はこうした笑いに救われて場を保つことが出来たといえる。

おそらく50才台のオヤジで60にも届こうとする男たちだけではとても盛り上がらないことだろう。自分自身気難しいということもないが、どうも笑いの世界には少々遠い世代だ。今日出演した若者がいずれ「大化け」するのであろうか。先のことはよくわからない。彼らが出世した時に昔の修業時代の一環として、今日の芸がビデオに登場することを密かに期待する。

20数年前にあるスナックで有名な物まね芸人が自分のショーを演じていた。店内はスナックの女の子とお客総勢10人程度であった。女の子たちは大爆笑だったが、お客の反応は今イチだった。芸人の名は「コロッケ」だ。当時彼自身不祥事を起こして、謹慎の身でこんな夜の場末の酒場でどさ回りをする苦難の時期だった。記憶ではお客はセット料金1万円ぐらい払ったと思う。当時も彼は有名であったが、その芸は昔の芸をただ演じるだけで大して面白くなかった。店のママからコロッケのサインをもらったがそんなにうれしくもなかった。

しかし、その後コロッケは芸能界に復帰して見違えるように変身して芸才は至高を極めた。現在ものまね芸人の頂点に立って他を圧倒している。テレビで一人で見ても彼の芸には思わず爆笑してしまうくらいだ。謹慎時代のどさ回りは何か成長の糧になったのだろうか。あの時貰ったサインがどこか紛失してしまった。本当は大事な宝物になったのに。


ネット人のある欲求

2013-10-21 13:59:41 | 一般

ブログを始めて2年少しになるが、稀に閲覧者数が急激に増えることがある。1日のカウントは普段160回前後で推移しているが、200を超えることがあるる。昨日はなんと354回という異常な数字となり、このブログを運営するブロバイダーの人気ブログ81位に入った。

普段は200位台半ばと思われるが、そんな下位ブログは運営サイトではその他大勢の扱いだ。だから「人気ブログ」でランク内に入るのは正直うれしい。受験シーズンに新聞や週刊誌に合格者として自分自身の名前が掲載されるのを見て喜ぶ心境に近いだろう。

ところで、昨日自分のどの記事が注目されたのか。ブログ管理ツールで調べてみたら、当日の記事であることがわかった。それは韓国経済の厳しい状況について自分なりの感想を書いたものだが、正直いって内容的には陳腐と思えるものだ。

なぜ、こんなにヒットしたかというのがよくわからない。ツイッターやブログで誰かが紹介している形跡はない。そこで、グーグルで「韓国経済」として検索すると昨日は自分の記事が上位にきていたことがわかった。といっても3ページ目であるが、「韓国経済」という一般的な単語だから対象サイトや記事も非常に多い。したがっても3ページ目でも検索から自分のブログへ訪れた件数(200以上)も結構あったということのようだ。

ただ、一夜明けて再度「韓国経済」で検索すると自分のブログは何ページをめくっても見つからない。一筋縄では行かないのが、この複雑な検索機能といえそうだ。結局今日はいつもの「しょぼい」ブログに逆戻りと相なった次第だ。

こんな自分の内輪話も、実はネット配信者の共通する願望は何かということを言いたいからだ。つまり自分の発信がネットで反響を呼び起こすことだ。それは「ヒット数」として具体的に自分自身確認することが出来る。普段は無名に近い存在が、ネットで拡散することで少しは存在価値を認知されたような気分になる。ネット配信する人々は誰しもがそんな欲求を持っているに違いない。

しかし、そんな欲求が時に方向性を誤ってとんでもない世間的な不祥事になることがある。最近よく話題になる「アルバイトテロ」などその最たるものだろう。飲食店やコンビニでアルバイトの若者たちが、店の冷蔵庫に入った画像をネットに配信したり、客席に仲間たちの裸体の写真をアップさせたりするトンでもない行為だ。

当然、ネットでは大反響となり一般のメディアにも紹介される。配信した本人はその反響の大きさにご満悦であっても、当の店自体が世間に知られて予想もしないバッシングを受ける。結果的には店が廃店になるばかりか、最近では運営する会社そのものが廃業に追い込まれたりする。

本人の受け狙いでその存在をアピールしたいがため、結果的にトンでもない破壊行為を起こしてしまう。ネット拡散の恐ろしさが身近にころがっている。つい出来心だけでは済まされないという危機感は失わずにいたい、自戒を込めて。


匠のクリーニング職人

2013-09-25 18:54:26 | 一般

最近勤めに出て清掃作業をしたが、仕事を完了した時点でクリーニングして作業着を返すことになった。作業着はポロシャツとズボン各2着と前掛け1枚であったが、外での土まみれの作業が結構あって相当汚れが酷かった。自分の洗濯機で洗っても汚れが取れず、結局すべてをクリーニング店に出すことになった。

最初スーパーの一角にあるクリーニング店(取次店)に持っていったら、店員から特にポロシャツの汚れが酷いと言われた。工場に回しても一槽洗いになる可能性が高いので追加料金1000円をいただきたいとの返事だった。ポロシャツ2着で2000円の追加負担は納得がいかず、とりあえず服を持ち帰えることになったが、どうしたものかと思案に暮れながら街中をぶらぶらしていた。

ふと、近くの川沿いに個人で営業しているクリーニング店があるのを思い出した。川沿いといっても、どぶ川で道も人が往来できるだけの通路でしかない。また通路を挟んで古い民家が建ち並ぶが人通りの寂しい一帯であった。そのクリーニング店もそんな住宅地の奥にあり、近くに寄らなければ店の看板さえもわからないほどだった。

初めてであったが、店に入ってみたら70を優に過ぎた店主と思しきおじいさんが奥から出てきた。あるいは80を超えているかのしれないほど、薄い白髪でごま塩髭をしていた。おそらく町の敬老会があるとしたら、長老の部類にはいるぐらいの風貌であった。

自分の洗濯物を出して服の汚れが酷いことを前もって伝えた。そうすると老店主は特別驚く風もなく、料金を計算して伝票を書き始めた。汚れているから特別料金がかかるなどということは一切いわなかった。それも聞こえてくるのはいかにも老人の嗄れた声だった。ポロシャツは390円で先の取次店と比べて30円ほど高いが、彼の口から追加の「つ」の字も最後まで聞かれなかった。5点で総額1900円、全く通常料金でしかも後払いであったのには自分自身驚いてしまった。と同時に、何かクジでも当たったような幸運な気持ちになった。

しかし、店を出て少し不安になった。あのおじいさん頼んだのはいいが、仕上り指定日になったら実は手間がかかったので追加をくれとか言ってくるのではないか、と今思えば全く不謹慎で無礼極まる疑惑を抱いてしまった。

そして、今日が仕上り日、クリーニングされた服は染み一つない完璧なものであった。きれいにアイロン掛けされビニール袋に収まっていた。おそらくクリーニング業一筋とも見える経歴を考えると、50年以上になるであろう。最初はどこか見習いで仕事はしても、この地で町のクリーニング屋として個人の稼業を延々と続けてきたにちがいない。その蓄積がこの完璧ともいえる磨かれた技なのだろう。敢えていえばこれはクリーニングの匠そのものといってよいのではないか。

日本が戦後、経済発展を続け今日の繁栄を築いたのもこうした市井の個人個人の匠の技の支えがあってのことだと思う。クリーニングの技が企業戦士ともいえる男たちには勝負服の身なりを整えさせ、女性の社会進出にも美的に後押しをする。日本人がある程度余裕が出てきても、物を慈しみ続けることが真のおしゃれであり豊かさであることも思い起こしてくれる。

最近は何事にも機械化が進んできている。クリーニングの世界でもおそらく機械が人間の技を浸食していくかもしれない。しかし、それでもあの老店主のように匠の技は残ると信じたい。

白い服がただ真っ白になればいいというものではない。生身の人間社会には、「程よい白さ」があるように思う。ただ単にキチンとアイロン掛けできればいいというものでもない。人間の肌に優しい「折り目」があるはずだ。そんな微妙な配慮には匠の技が依然として欠かせないのではないかと思う。

それが、1着数百円程度で叶えられる素晴らしさ。今回のクリーニングでは、最近のドラマではないが「倍返し」どころか「何倍返し」ものサービスをいただいた気持ちだ。おじいさんありがとう、今後もお世話になります。


接客業の鑑

2013-08-14 12:31:38 | 一般

つくづく何の仕事をするにしても接客術は大切だなと思う。不特定多数のお客を扱う仕事ならなおさらだ。それを実感したのは自分がよく通う理髪店においてである。最近はデフレの関係で1000円程度の激安で営業する理髪店が多い。ご他聞にも漏れず、自分も最近利用するのはそんな理容店である。

店には中年男性の店長と40代半ばと思しき女性が普段働いている。女性はパートらしく、時に若い男性が代わりにでることもある。その女性、おばさんと呼んだ方が良いかもしれないが、とても気さくな人で気楽にお客に話しかける。大体は当日の天気から始まる。

彼女の出身は鹿児島の田舎だが、たとえば風が強い日など本人の子どもの頃の台風の日のことを面白おかしく話す。自分もそれに乗せられてこちらの子ども時代の台風話が自然と飛び出してくる。

洗髪のない10分程度の理髪時間だが、その間会話が途切れることがない。愛嬌の良いおばさんだから自然の笑いが飛び出し、時に豪快だったりする。床屋は昔から庶民の社交場というが、まさにその言葉を地で行っている。

一方店長の方は口数があまり多いとはいえないタイプで客との間でほとんど沈黙が支配する。無理矢理店長が客に話しかけても客がボソッと返事するだけだ。一つの店で結婚式と葬式が同時に行われるような雰囲気だ。だから客の順番の関係で自分の相手がおばさんになったときは「ラッキー」と思い、その日の「ツキ」さえ意識したりする。店長が相手ではどうなのかは想像にかたくないだろう。

ところが、昨日店に入った時には、店長一人しかいなかった。店長がいつもの天気の話をしたので、お決まりの返答のついでにおばさんの不在の理由を聞いてみた。そしたら、若い男性とともに彼女も店を退職したということだ。店長によれば腱鞘炎が悪化してもはや業務ができないほどのようだ。

確かに想像するに理容師は腱鞘炎にかかりそうな気がする。あれだけ手首をつかう仕事でしかも激安店で数をこなさなければならない激務ならなおさらだろう。もしかしたら、愛嬌のある接客にも肉体的苦痛が絶えず伴っていたのかもしれない。それを思うとその仕事ぶりには改めて感謝せずにはいられない。

見た限り、自分を含めて彼女のファンは相当いたように思う。彼女との一時の会話を楽しむ目的で店を訪れる客は多いはずだ。年齢層も学生から退職したおじいちょんまで多種多様である。チェーン店でもなく、駅から奥まった一角にある目立たない店だが、自分にはかけがえのない憩いの場所に思えた。

彼女の腱鞘炎はどんな具合なのだろうか。早く完治してまた戻って愛嬌を振りまいてくれる日を待ち望まずにはいられない。快晴の日でなくてもかまわない。風が強く吹こうと、雪が降ろうと。