今年広島、長崎は69回目の原爆の日を迎え「核廃絶、世界の平和」が叫ばれる。しかし、周辺には核保有国の中露や開発を進める北朝鮮が核の脅威を日本にちらつかせている。ただ単に核兵器反対を叫ぶだけではこの厳しい現実からは逃れられない。
あの軍事評論家である田母神俊雄氏のツイッターを覗いたら、いかにも氏らしいツイートに出会った。
10年後、20年後に核兵器がなくなっていることは絶対にありません。それは戦争抑止兵器だからです。核兵器がない世界よりは、核兵器があっても戦争がない世界のほうがいいのです。核兵器を持たない日本などがいくら核廃絶を訴えても、核保有国がその意見に耳を傾けることはないのです
確かに広島の式典をみると中国を除く米露英仏の各国大使が参列していた。しかし、これらの国が日本国民の核廃絶の声に耳を傾けることはありえない。中国に至っては現在80発の核兵器が常に日本に向けられているという。北朝鮮の核開発は脅威が増すことがあっても減じる可能性は低い。
かろうじて同盟国アメリカがこうした脅威に対抗すべく日本の防衛に当っている。日本はこの緊張のなかでなんとか平和を維持している。したがって、日中が領土対立の最前線で不測の事態が起った場合、局地的な衝突はあっても本格的な戦争は考えにくい。ただ緊張が続くだけだ。以前あれだけ国境紛争が頻繁にあったインドとパキスタンが、共に核兵器を保有したことで深刻な対立から遠ざかっているのもそのためだろう。
田母神氏がいうように核兵器が「戦争抑止兵器」であることは紛れもない事実だ。決して憲法9条によって守られていることはありえない。ただ原爆投下国による核の傘というのがなんとも皮肉だ。これが戦後体制の維持あるいは脱却かという日本の今後を巡り日米関係が微妙な影を落としている。