ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

クオレ-愛の学校(上下) アミーチス

2010-09-18 22:33:49 | Book

翻訳:矢崎源九郎

イタリア出版年:1886年
初邦訳:1902年(明治35年)

「愛の学校」というタイトルに定められたのは、1912年(明治45年)「三浦修吾」訳による。「クオレ」とは、「愛」「真心」という意味です。

イタリアのトリノにある町立小学校4年生(10歳・男子のみ)の「エンリーコ」が、10月の始業式から翌年7月の学年末までの、約1年間の学校生活と先生や友人について書いた日記です。その日記の合間には父親や母親あるいは姉からのメッセージが時折書き加えられていたり、「毎月のお話」が丁寧に記されています。
その「お話」のなかには、我々がよく知っている「母をたずねて三千里」「ちゃんの看護人」などの有名な児童文学もあります。

7月の学年末には試験と面接があって、数人の子供が進級できないという厳しい状況もあります。

さらにこの日記が書かれた時代背景も考えてみなくてはなりません。

サルディーニャ王国の第7代の王「カロス=アルベルト・在位1831~1849年)が、民族解放を推進して、息子の「ビットリオ=エマヌエーレ2世・在位1849~1861年)がオーストリアの圧迫から守りぬいて、1861年、イタリアが統一されたという歴史があります。
それ以前のイタリアは7つの国にわかれていて、それぞれが外部からの圧迫に苦しんでいましたが、ここで統一され、安定したイタリア国家が築かれたわけです。

その最も幸福で安定した時代において、これからのイタリアの平和を守るために、おそらく、まずは子供たちの識字率の向上とともに、さまざまな知識を与え、幸福なイタリアを守るための教育に、国全体が力を注いだのではないか?と思われます。
またこの時代の平和がどのように訪れて、その陰には膨大な犠牲者がいることも教え、その人々への感謝なくして生きてゆくことはできないのだという教育もありました。

この時代はまだ「王国」でした。民主主義の時代ではありません。
しかし「トリノ」に転校してきた「ガリブリア」の少年を、三色の国旗のもとで
差別は許さないという教育もありました。しかし、イタリア全体の貧富の差はまだ大きいのでした。

しかし、2冊の日記全体から語りかけてくるものは、どの時代においても子供というものは変わりありません。
意地悪でお金持ちの子供、貧しくて勉強のできない子供、弱い立場にいる子供を守る勇敢で知的な子供、「エンリーコ」のように、家族の愛に恵まれ、経済的にも豊かな環境で、バランスのとれた人間関係を築くこともできる子供もいます。

今日の日本の子供世界は、「勇気」や「正義」を表に出す子供が不在だということです。
「いじめ」「自殺」「登校拒否」などなど、「エンリーコ」の周囲にはありませんでした。

   *     *     *

作家の大江健三郎は、お孫さんが誕生してからは「児童文学」をふたたび読みはじめたということをどこかで読んだ記憶があります。それを思い出しつつ、わたくしも読んでいました。
いつの日か、この本をYくんが読むかもしれません。
2度とない子供時代が、どうかよい思い出に満ちたものでありますように。
大人になって、子供時代を振り返って、その時代背景を再び思うこともいいかもしれません。


 (上巻2007年5刷 下巻2007年4刷 偕成社刊) 
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