心の免疫力~書とことばから

もっと暮らしに書やARTを~
雲のように水のように あっけらかんと自在に生きるヒントを
求めて~ by 沙於里

心の持ち様を

2017-04-19 | ワークショップ・ライブレポートなど

昨日の暴風雨で、一気に桜も散ってしまったかと思ったら
このあたり、まだそこここで、淡いピンク色が風に身を任せて揺れています。
今年の桜はほんと、長く楽しませてくれますね~。

さてと。
遅くなりましたが、先日の常福寺での─be─ 死を想え の講演会のレポートをば。

4月8日、境内はちょうど桜の季節、たおやかで静かな時間と空間に心癒されました。






講演会のパーソナリティは、落語家の立川談四楼氏、脚本家の筒井ともみ氏、
アーティストの篠原勝之氏。

それぞれに興味深いお話でしたが、一番親近感を覚えたのは、クマさんこと篠原さん

たとえばモンゴルに作品制作に行った時の話。

遊牧民の方々の埋葬は、むしろのようなものに遺体を包み、
少し離れたところに置いてくるだけ。
次第に虫や野生動物についばまれ、骨になると砂漠の風が連れていく、と。

それでいいだよ、だから戒名や墓なんかいらないんだよ。
あ、ここは寺だったな、とか 

どこか中東の砂漠の国に、頼まれてもいないのにオブジェを制作に行った時。

材料や道具を運ぶのも大変、現地の人も始めは遠巻きに見てるだけだったのが
だんだん手伝ってくれたり、寝る場所を貸してくれたり。

そんな時間と手間をかけて制作したアート作品は、その後、爆撃で跡形もなくなったそうで。

でもな、形とか、そんなのはどうでもいいだよ。
人と人がその同じ「時間」を一緒に作ったってことが大事になんだからさ。

大好きだったお母さまが認知症になられて、笑わなくなった時。

弟さんたちとベッドで寝るお母さまのシーツを持ち上げて、
ゆらゆら揺らすんだよ、そしたらな、最初は怖いし何やってるんだって
すごい顔でみるんだよ、だけど人っていうのは、限界を超えるとあとは笑うしかないんだよ。
それからは笑って過ごしたよ。

そして、最後に死というものを見せてくれた、と。
赤ちゃんは生まれる時、おぎゃーって息を吸って出てくるんだな。
で、死ぬ時は、すーっと息を吐いて逝くんだよ。
阿吽だな。

みんな、生まれたら死ぬんだから、思うように生きた方がいいよ。

ズバズバと軽快に話をされているけど、懐の深さとたくましさ、
あっけらかんかんとした爽快感はとても心地よく、も~なんでもござれ~な気分になれました。

お三方の講演のあとのパネルディスカッションで、
今日は大変な方をお招きしちゃいましたね、と笑顔のご住職。

死を想え。
死は特別なものでもなく、必ず誰にも訪れるもの。

いろんな死があるけれど、いざ目の前に来た時に、
それを受け入れる心の持ち様を、いつも探していたいなぁと、ふと。

つらつらと長くなったので、夜からのライブの模様はまた別途
桜の写真は一緒にいった友人から拝借しました。謝々。


コメント (2)
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