黒猫 とのべい の冒険

身近な出来事や感じたことを登載してみました。

外交の後押しを期待してTPPに参加?

2013年07月24日 10時49分33秒 | ファンタジー

 ブタナベ国のニュースキャスターやマスコミ関係者が最近口にしている、夏ならではの怖い話。
「ブタナベ国には、自らの領土問題を解決する外交手腕がないのであるから、同盟国というか、宗主国というか、どうも頭の上がらないネコ国にすり寄って、ネコたちが主張している環ネコ海洋なんとか協定という、どこまでも平等な貿易協定を受入れるしかないんじゃないの。たまに世界的な凶作や価格の暴騰で食料が入ってこなくなったって、食料輸入が減るなら国の財政は助かるし、大食漢のブタたちがスリムになれるのはなによりだよ、一石二鳥じゃないの」
「ブタナベ国はこれまで徒党を組んで、他の国に対し暴力を振るうことを自制してきたのであるが、そんな柔な考えでは、弱小の後進の国々とは言うものの、彼らが何かの拍子で手を組んで襲いかかってきたら、ブタだってなすすべがないのである。この際、我ら良心的なメディアは、『同盟国のネコ国が襲われるのを傍観していていいのか、そんなことしてたら自国が危ういとき誰も助けてくれないじゃないか』という謀略キャンペーンを大々的に張って、ネコブタ連合を早急に仕上げる工作をしなければならない」
「仮の話ではあるが、ブタナベ国に節操ない政権が誕生してブタ・オオカミ連合を組むようなことはぜったいあってはならない。今からネコ国の一州に加えてもらうのが、いちばん手っ取り早い方法なのだ」という本音がちらほら透けて見える。(2013.7.24)
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暑中お見舞い2013

2013年07月22日 16時56分59秒 | ファンタジー

 前略 北海道もいよいよ夏本番の暑さになりましたね。
 選挙が終わって静かになったというのに、年取ったせいかもしれませんが、耳の中でごわごわした不安な音がして、どうしてもぬぐい切れません。どうも、この時代の奥から不穏な音が漏れ出ているとしか思えないのです。
 私の若いころは、遠い将来のことなど、どんなふうになるか考えてもしようがないと思っていた節がありますが、そのころ思い描いていた将来とやらに、太い体で胴体着陸してみると、私の身にまといつく諸問題は、若いころと大きな違いはないという気がします。私のブログの記事のとおり、しつこく同じ悩みを繰り返しているのです。自らに向かって問う「今なにやってんの?」
 世の中を動かす立場の方々には、私のように、昔の過ちを繰り返すのはよしてほしいと思います。蛇足ですが、今の若い人たちにも、その轍を踏まないようにと切に願うものです。
 ところで、老後の楽しみのために、本屋を作ろうと思い立ち、今年四月末、書店登録完了の通知を受け、それから仕事の合間に、手づくり本の製作に取り組み、先日六月二十日、初出版にこぎ着けました。題名は「黒猫とのの冒険」と言います。拙い装丁の本十冊ほど、甥が店長をしている本州の書店の片隅に置いてもらっています。本を作ってみて思ったのは、この作業が、私の性に合っているということです。文章を書くより数倍楽しい。残念なのは、本づくりの時間がなかなか生み出せないこと。この調子だと、月に数冊作るだけで精いっぱいです。
 ともあれ、あまりインドア派にならないよう、たまには各地へ旅行してみたいと思っています。夏の北海道は、本州に比べ十度くらいも涼しいところがありますので、ぜひ遊びに来てください。(2013.7)
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文明国の尺度 ネコ国通信

2013年07月18日 10時58分36秒 | ファンタジー

 岡倉天心という名の勝ち気なネコは、それこそ子規や漱石、八雲、鴎外といった、同時代を生きたネコどもに比較しても、高名という点では遜色がない。なのに、彼の功績は、フェノロサや大観たちといっしょに、明治の世の美術界において改革をやってのけた程度しか、あまり知られていないと思う。そのこと以外、何を考え、どんな事跡あった人なのか、先日のネコ放送協会(NHK)の日曜美術館を観て、少しだけ知識の幅を広げることができた。番組の出来がよかったかどうか、少し堅すぎたんじゃないかな。
 番組の中で紹介された、彼の著作「茶の本」の一節。
「西洋ネコは、日本ネコが平和のおだやかな技芸にふけっていたとき、日本を野蛮国とみなしていたものである。だが、日本ネコが満州の戦場で大殺戮を犯しはじめて以来、文明国とよんでいる」
 天心ネコが言うには、日本ネコは、以前から芸術文化を大切にしていた、つまりそれらを国の華としていた。その国華こそ日本の文明を表徴するもの。ところが、東洋ネコ諸国にさきがけて、殖産興業、富国強兵を押し進め、欧米ネコ諸国の真似をして、朝鮮半島や満州への侵略を開始した。それを見た諸外国は日本が文明開化したと評価したという。
 彼が指摘したとおり、日本は、多くの文人ネコたちを含め、国民総出であらぬ方向へ文明の発露を目指してしまった。そして、日清日露の戦いにとどまらず、満州から大東亜への幻想を抱いた末に、鬼畜米英へと突き進んだ。この日本の無謀な選択は、国の内外にどれほど悲惨な傷跡を残したか。
 唯一の救いは、戦後の日本ネコが、あの悲惨で無謀な戦いを金輪際起こさないと誓ったこと。このことによって、それまでの野蛮・凶悪きわまりないとされた日本ネコのラベルを貼り替えることができ、国の品位をなんとか保った。それを自ら引き剥がしたら、諸外国ネコから危険視されて、袋叩きになるのは目に見えている。
 それにしても、司馬遼太郎は「坂の上のネコ」に、どうして天心ネコを登場させなかったのだろう。(2013.7.18)
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バテバテはな

2013年07月16日 09時33分54秒 | ファンタジー

 暑い日が一週間以上続いています。はなは不機嫌そう。



 風通しのいい場所から動きません。

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二匹の子犬

2013年07月09日 10時31分42秒 | ファンタジー

 つい最近思い出した昔の出来事。大学の寮にいたとき、子犬が二匹、寮の中へ侵入したことがある。寮生が連れてきたのか、部外者の仕業なのかわからない。ある日、私は、廊下の端に初めて一匹の子犬を見つけ、えっどうしたの、というような声を上げたのだと思う。彼は一目散に十メートルもの長い廊下を駈けてきて、足元にまつわりついた。私が室内に入ると、当然彼は付いてきて、落ち着きなく走り回った。腹を減らしているかと思い、私は自分の晩飯用のご飯を少し、皿に盛って床に置いた。彼は匂いを嗅いだだけ、食べようとしない。ふと、魚の缶詰があることに気づき、缶に穴を開けてまだ十分暖かいご飯に汁をかけると、彼は息せき切って食べ尽くした。そして、落ち着いた様子で室内を物色し始めた。
 室内の半分は、両壁に向かって机が二つずつ据え付けられた居間兼学習しない勉強部屋。もう半分のスペースには、二段ベッドが二台、仕切の壁に背中合わせにくっついていた。子犬はベッド室の奥の暗がりを見つけると、ずっと奥へ入っていって、こっちを向いて腰を落とした。そこは掃除がいつ行われたか記憶にないくらい、埃で酷い状態だった。何か音がすると思ったら、子犬の尻の辺りから液体が流れてきた。彼は気持ちよさそうに小便をしていた。そこなら汚しても大丈夫と思ったのだろう。そう言えば、とのも、家に来て初めての夜、台所の隅っこの暗がりで長い小便をした。
 もう一匹の子犬とも寮内で遭遇したが、彼は寮生に懐かなかった。彼は食べ物をもらえたのだろうか。その後も、二匹を何度か見た。しかし、彼らの姿が寮内に見え隠れしていたのは長い期間ではなかったと思う。誰かに引き取られたのか、寮を管理する学生課の職員に連れられていったのか。彼らに関わった心優しい寮生がいなかったとは言えないが、飽きっぽい寮生たちには彼らを育てる能力がなかったのだろう。私の意識から彼らの姿はすぐ消えた。
 ところが、数日前、何がきっかけだったかはっきりしないが、突然二匹の姿が私の古びてこわばった意識を震わせて、目の前に飛び出してきた。すると、学生寮での出会いから四十年あまりの間に、一度か二度、彼らの懐かしい姿を思い浮かべたことがあるような気がした。記憶を取り戻したというのでなく、無意識に、夢に見たという感じで。それとも、私のすぐ傍らに永らく生きていた動物たちの中に、二匹の子犬に似た姿を見ていたのだろうか。
 最近、不思議に思うのは、ヒトは別として、動物たちが、昔からの知り合いのような親しげな顔で近寄ってくること。確かどこかで会ったことがあるような……(2013.7.8)
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再訪

2013年07月04日 16時09分56秒 | ファンタジー

 薄い雲間からこぼれ落ちる日差しを受けながら、北海道南岸の陸地と海との狭いすき間を縫って、どこまでも続く細い道を数年ぶりに走った。往復約四百キロメートルの日帰り旅だ。時間があったら、道路脇の真っ赤な看板のレストランを覗いたり、狭い砂浜の流木に腰掛けて歌を歌ったりしたかった。
 適当な地点で、その道から逸れて内陸に入り込むと、日射しはいちだんと強くなり、気温も上昇し、鬱蒼とした山地の奥から多くの息づかいが聞こえてくる。彼らの先鋒隊を務める小さな鳥やカラスたちが親しそうに近づいてきて、何しに来たのか、ゆっくりしていけるのかとうるさく尋ねる。今回は龍探しする余裕はぜんぜんないよ、と答えると、ちょっと口をつぐんで、すぐまたおしゃべりし始める。
 急いだものでもないさ、この土地はふたたび昔の面影を取り戻そうとしている、以前より木々や雑草の緑が濃くなったと思わないか? 龍や、とのは永遠にここに住んでいるんだ。(2013.7.4)
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