黒猫 とのべい の冒険

身近な出来事や感じたことを登載してみました。

忙中「数」あり

2013年06月27日 09時30分15秒 | ファンタジー

 週に二、三日、外へ出歩く日々が三ヶ月ほど続いている。ブログ登載もめっきり減ってしまい、せっかくアクセスしていただく方々には申し訳なく思っている。たまにはテーマを設定して気を入れて書いてみようと思うのだが、上っ滑りの議論に終始してしまう。かえって、七面倒なテーマを扱うのでなく、各地の景観や人情をしっかり記憶にとどめる作業に徹する時期かもしれない。時間がないなどというのは贅沢な不満であり、持て余すほどの暇があっても書けなくなる方がよほど恐ろしい。
 話は変わるが、ぼけない秘訣をテレビでやっていた。適度な運動と、もうひとつは数字を楽しんで数えることなのだそうだ。あわてて数学を勉強するには及ばない。トランプゲームがいいそう。麻雀なんて最高だろうと思う。私の習性のひとつに、自分の目にランダムに飛び込んでくる数字を足して、その答えが気に入った数字になるかどうか確かめたいという衝動がある。足し算をしながら「あの数字になれ」と念じて、その結果が得られたときは、言葉で言い表せないほど気分がいいものだ。
 では今日も三百キロメートルの道のりを突っ走るぞ。(2013.6.27)
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猿払村紀行

2013年06月20日 10時36分30秒 | ファンタジー

 この辺は、六月に入って、ようやく暖かくなりましたね。春を飛びこえて、初夏がやってきたという感じです。そのつもりで今週、猿払村を訪れたのですが、地元の人の真似をして、半袖を着る気にはとてもなりませんでした。村内に散らばるモザイクのような風物が、早春の霞の中に茫々としていて、富士(利尻山)が見えるという橋を渡ったときも、あいにく西方の地平線には薄明かりしか点いていませんでした。でも、ハマオニの海は、三十数年前の三月末、京都から長い長い列車の旅をしてたどり着いた、冬の真っ黒なオホーツクの海とはまったく様相が違い、海だと言われなければ気づかないくらい、波音もなく淡い色をしてたたずんでいました。
 猿払は、サルフツと読み、札幌から北方に、三百二十キロメートルほど行った北の海に面したところです。北海道に住む者もなかなか行ってみようかと目を向ける土地ではありません。若き日の仲代達矢が主演した「人間の条件」という映画を全編観た方は、映画の最終章で、彼が中国東北部の旧満州の大平原を彷徨う印象的な場面を覚えていると思います。観客たちも十時間に及ぶ映画との格闘で、へとへとになって倒れそうになった場所、その撮影地が海からの風に吹きさらしになる、宗谷岬から猿払にかけての大丘陵なのです。
 いよいよ本日二十日は、「黒猫との本」の出版の日です。なぜこの日を選んだのか、私にもよくわかりません。はなが我が家にやってきたのが九年前の六月十八日、とのが目を閉じたのが十一年前の七月二十日、結果的にその間の日になりました。二十冊くらい作ってみると、なかなか作品のできばえがよくなったような気がします。皆様方がその本にいつか巡り会われることを願っています。 (2013.6.20)
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プルーストを読み継ぐ

2013年06月14日 09時13分54秒 | ファンタジー

 2011.11のブログ「遅読の典型」に、いくつかの読みかけの本を掲げた。一年半以上経過した現在もその状況は何も変わっていない。この間、私はどんな本を読んできたのか。歳を取ると目が利かなくなり、本を開くことさえ億劫になり、ハウツーものさえ手に取る気がしない。なかでも、フランス人の本は理屈っぽくて敬遠気味になる。英国作家のものは雰囲気が薄暗くて年寄り向きではない。ドイツ人が書いたものは、青春時代の暗澹たる記憶を呼び覚ますので読みたくない。アメリカものは物を考えたくないときは適しているが、すぐ飽きる。
 かろうじて、ペローとグリムの童話集、森鴎外、永井荷風をちょっと。サン・テグジュベリ「星の王子さま」とランボー詩集を友人の翻訳で読んだ。つい最近は、佐伯泰英さんが、岩波茂雄の別荘の大修復を自費で手がけた顛末「惜櫟荘だより」。
 読んでないが、本は買っている。ドストエフスキーの新訳が光文社から出ているのでちょっと読んでみようかと「死の家の記録」を一冊。「ドストエフスキー・父殺しの文学」を書いた亀山さん翻訳の「悪霊」は、昔読んだ物とどう違うかぜひ確かめたい。
「千駄木の漱石」とか「文人荷風抄」などは懐かしさのあまり衝動買い。「子供の哲学」「熊から王へ」(講談社メチエ)「戦争の悲しみ」(河出)「重力と恩寵」(ちくま学術)「夜と霧・新版」(みすず)「人間の土地」「8月17日ソ連軍上陸す」(新潮)「街場の文体論」(ミシマ)「百年前の日本語」「古琉球」(岩波)「文楽・冥途の飛脚」(DVD)など。
 ところで、プルーストは井上訳を含め、四種類も刊行されている。どれがいいのか、訳者を代えながら読み継いでいたが、今は中断している。今年の初めだったか、誰だかがコラムで、プルーストを読もうと思うが翻訳ではなく原文で、と小生意気なことを申されるので、今年こそ再開するぞとふつふつ意気込んでいる。(2013.6.14)
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執達吏(しったつり)

2013年06月12日 15時13分35秒 | ファンタジー

 執達吏の末裔の家族を知っている。執達吏とは聞き慣れない言葉だ。加えて発音しづらい。そのため、執達吏の名は、「しったちり」という発音で、その家族に伝承されてきた。
 執達吏とは、明治憲法のもと、司法に従事した官職名。その官職に就いた者は、債権者からの訴えがあれば、手数料を取って強制執行する役割を担い、戦後は裁判所内に属する執行官に引き継がれた。彼の執行権の根拠は、裁判所の判断に基づくものなのだが、裁判所とは別の役場を持ち、一種の独立機関の体をなしていた。取り立てが上手な執達吏には仕事が集まったというから、大金持ちになった者がいたのもうなずける。北海道では支庁長の名は民選知事が生まれた後も存続したのに、執達吏は終戦で潰えた。執達吏の職権に問題があったためなのか。
 知り合いの家族の先祖が執達吏をしていた町は、地勢的に北方地域との交流窓口になっていた。又聞きでは、彼は、その町の大半を支配(?)していたという。支配というのは大げさで、町で起きた債権取り立ての大方を請け負っていたというのかもしれない。とにかく羽振りが良かったようだ。彼の子孫の中には、政治家や教育者、それに戦後の執行官になった者が幾人もいる。その分、功も罪もたくさん引き起こし、それらは後々まで語り継がれた。(2013.6)
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支庁長という役職

2013年06月07日 10時11分58秒 | ファンタジー

 ちょっと堅い話。私が住む北海道の面積は日本の国土の二割以上に及び、九州の二倍、四国の四倍もある。北海道でいちばん広い北見市(合併しすぎて大きくなった)、二番目の別海町などは、香川県よりわずかに狭いくらい。もちろん人口密度を度外視しての比較だが。
 札幌に本拠を置く道庁だけでは、こんなにも広い地域をカバーしきれないため、十四の振興局という区域割りがされている。局長には、知事から多くの事務や権限が委任されているばかりでなく、知事の役職を名乗る権限さえ付与されている。ひとつの行政区の中に半ば自立した行政機関があるといった制度を導入したお陰で、知事がいなくてもたいがいの行政事務はたんたんと進められる。どこかの市では考えられないことかもしれないが、首長が強権を発動しなくても、住民はなんら困ることがない良い実例だ。
 区割り後の振興局もまだまだ広い。最も狭い檜山振興局でも、その面積は佐賀県や神奈川県と同じくらい。三大総合振興局(十勝、オホーツク、上川)に至っては、都道府県面積ランキング第七位の岐阜県とほぼ同じだ。
 ところで振興局は、数年前まで支庁という名称だった。明治初期の開拓使時代から、支庁の長は○○支庁長と呼ばれ、百年以上の年数を経るうちに、苔生した風格ある職名となった。それが道庁の財政難を回避するため機構改革をやって、名前まで、振興局長という平板なものに差し替えた。道民からは、えっ?どこの方?うちの市役所にそういう役職の人がいるの?などと声が上がり、役職名の品位が地に落ちてしまった。その上、振興局に総合をつけたり、つけなかったりで、これまでの支庁になかった組織の格差を生み出した。地域の自立性を奪われた気分がすると嘆く方々も一部にいるくらいだ。
 北海道民は、物事への執着心がどちらかというと薄いゆえに、住民の感情を無視したまま強行された看板の掛け替えについて大目に見た。今の知事が代わったら元へ戻せばいいんじゃない。北海道の人は余裕があるというか、ねばり強いというか。ほんとに今どきの政治家は、思いつきで行動(奇行?)することは得意でも、住民に対する説明責任をちゃんと果たしていない。大きな責任を背負った者は、説明できないことをしてはいけない。(2013.6.7)
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