黒猫 とのべい の冒険

身近な出来事や感じたことを登載してみました。

2022.4友人たちへ

2022年04月26日 16時32分22秒 | ファンタジー
拝啓
 北海道もいよいよ春の陽気になってきましたが、ウクライナや海難事故のことを思うと心が晴れませんね。こんなご時世になると、ずっと忘れていた昔の戦争や災害のイメージが浮かんだりします。
 そんなわけで、つい最近、スマホに替えました。身近なところで事が起きたとき、情報収集に後れを取ってはいけないので。ほんとうに、パソコンよりずっと便利なものを持ち歩いている感じですね。
 ところで、昨年、札幌の大学で考古学などを勉強するうちに、若かりし頃、ちょっとだけかじった甲骨・金文学のことを思い出し、45年前の手書きの卒論を引っぱり出し、パソコンで清書してみました。タイトルは「龍と豊饒」。龍字を通して中国の古代祭祀を探求するといった試みなのですが、むずかしくて読めないところが多々ありました。そんな途方もないテーマをなんで思い立ったのか、今となってはまったく動機不明です。
 私の今年の課題としては、13年前から掲載しているブログの記事を精査して、手作り本にすることです。400字にして1,500枚くらいありそうなので、急がず焦らずライフワークのつもりでやっていこうと思っています。
 コロナ来襲3年目、龍も蟄居することがあると言いますので、もう少しの辛抱は致し方ないのでしょうね。では、お元気で。       敬具
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

どっちでもマスク??

2022年04月23日 16時59分39秒 | ファンタジー
 コロナ旋風が巻き起こった直後の2年前の4月、「マスク考」というブログをアップ(アップロードが正しいらしい)し、マスクならどんなんでもいいと推奨し過ぎると、不名誉な評価を受けることがある旨、注意を促した。
 またマスクの意味について辞書を引いて掲載した。
 ・正体・本心を隠す見せかけの仮面
 ・姓名などを知られないようにするための覆面
 ・顔に似せて作った面で、顔につけるもの
 ・顔そのもの、容貌
 さらに、マスクに日本語表記がないのは不自然なので、「(お)面布」というネーミングを考案して大々的に発表したが、まったく見向きされなかった。
 ところで、最近の日本国内の意識調査では、「マスクをはずして顔をさらすのが恥ずかしい」という意見に共感するヒトが、若い世代ではなんと半数にもなるらしい。私の場合、マスクしていると顔に湿疹ができそうで、できればはずしていたいのだが、周囲の目が気になってなかなかそうはいかない世の中だ。顔だけ恥ずかしいという感覚は、歳が歳だけにずいぶん前に消滅し、今は全身に及んでいる。
 しかし、考えようによっては、地顔自体をマスクというのだから、顔に布地をかぶせてもかぶせなくても、どっちでもマスクなのだ。マスクというお騒がせなヒトもいることだし。(2022.4.23)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

気持ち悪いこと

2022年04月17日 22時09分27秒 | ファンタジー
 ロシアによるウクライナ侵攻が始まった直後、ロシア国内の反戦の動きがネットで配信された。その中に、広場で白い紙を見せただけで捕まった女性、何も持たないで手のひらを広げただけで逮捕された男性がいた。私はこの映像を見て吐きそうになった。先の大東亜戦争の日本国内の悲惨と、うり二つだったから。
 気持ち悪さと言えば、ホラー作家スティーブンキング原作のテレビ映画「悪魔の嵐」を思い出す。この島の住人は、突然現れた悪魔によって一人ずつ殺害される。何の前触れもなく、たった今、すぐ隣にいた人がまるで見えない鉄鎌で刈り取られるかのように姿を消すのだ。人が人形のようにあまりに軽い。
 さらに吐き気のすることがすぐ近くで起きた。つい数年前、元総理の街頭演説会で、元総理をヤジった二人が警察によって排除されたというのだ。この元職は国会で気に入らない質疑が出ると、ヤジをとばし発言を封じようとする常習犯だった。それにモリカケサクラ事件の主犯格で、そのうえ稀代の嘘つきだった。
 国会でまかり通ったヤジなのに、どうして北海道の演説会では、警察によって職務執行妨害とされるのか。裏側に潜む国家権力がそうさせるのだとしたら、ロシアとまったく変わるところがない。アー気持ち悪い。その前に大統領や元総理の行いを正すべきだと思うのだが。

(2022.4.17)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

言い分があるのは

2022年04月15日 17時39分40秒 | ファンタジー
 最近、大手メディアを活用できる方々が、ロシアにも言い分があるといった言動をしている。その言い分とは、プーチンが開戦前も後も繰り返しているEU側との駆け引きのことを指すのだろう。しかし、言い分が通らないと駄々こねて武力行使したロシア側に耳を傾けよ、とはどういうことなのか。誰も聞くわけがない。
 自国の言い分が通らないのはそれなりの問題があるからなのだ。一大帝国を背負う大統領として、その原因を分析し、外交努力するのが当然なのではないか。子どもでもわかることだ。
 そもそも旧ソ連を構成していたロシアの周辺諸国の大半が、反ロシアだというのはなぜなのか? ロシアが嫌いだからだ。言うことを聞け、聞かないと天然ガスを送らないぞ、文句言ったら身の安全を保証しないぞ、などと脅しをかけてくる国に向って、好きですと言えるはずがないではないか。しまいに、あんたらの対応が悪かったからやむなく戦争を選んだ、とは何たる言い草だ。イジメやパワハラ、セクハラした者が、相手の方に問題があったと責任を転嫁するのとおなじこと。つまり、言い分に正当性がないから、暴力に訴えるしかなかったのだ。(2022.4.15)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブログ開設から4600日(12年6ヶ月)

2022年04月10日 14時02分05秒 | ファンタジー
 切りのいい日数が今日の編集画面に表示された。読者の方々の中には、「えっ? 私、まだ生まれてない」という方がいらっしゃるかなと想像してほくそ笑んでいる。以前にも書いたような気がするが、飽き性の私がこんなにもしつこく続けられるとは、意外や意外。儀礼的な手紙は相変わらずだめだけれど、文章を書くのが以前に比べ、多少億くうではなくなった。何もなし遂げてはいないが、継続は力なのかもしれないと思う。(2022.4.10)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

生きながらえるために

2022年04月05日 20時56分23秒 | ファンタジー

 ウクライナで起きた戦争でもまた、一般民への無差別略奪・拷問・虐殺が行われていると報道されている。
 ロシアは、これをウクライナのフェイクだと見え見えの嘘をつきまくっている。かの国としては、この程度の殺戮など戦争につきものだ、というのが本音だろう。見た目で相手が武器を所持しているかどうか判断できないし、あちこちに一般民の恰好をした兵士がいる。そもそも、発射されたミサイルや銃弾は、兵士か一般民かを区別することはない。つまり、戦争で無差別に武器を使うのは当たり前であり、必要あれば核兵器の使用も厭わないと。
 ベトナム戦争中期の1968年に起きた、ソンミ村の虐殺事件を思い出す。アメリカ軍によって、村民500人余が殺害され、生存者は3人という凄惨な出来事だった。後に、オリバー・ストーンの「プラトーン」(1986年)という、ベトナム戦争の実態を描いた米映画が製作される動機のひとつになったのは間違いないところだろう。
 もっとさかのぼると、先の戦争中の1937年ころに日本軍が起こした、いわゆる南京大虐殺という事件がある。南京市民100万人のうち、南京陥落後に生き残った市民は30万人、避難できた市民は20万~25万人で、行方不明者50万人近くのうち、20万~30万人の人々が犠牲になったとされる。日本軍は、一般市民の中に中国の戦闘員が紛れ込んでいたので、彼らを排除するためにやったことだとうそぶいたという。つまり、日本軍に対し敵愾心を持たない市民を見つけられなかったから、見境なく殺したとしか考えられない。
 この歴史観を自虐史観などとして、南京大虐殺否定論を展開する日本人が引きを切らないが、皇国史観か何か知らないが、自身の心情に頼って、歴史資料を無視したりねじ曲げたりウソで固めたり、そんな恥ずかしい真似をする日本人がいること自体、恥ずかしくてたまらない。
 聞くところによると、過去のキリスト教社会では異教徒の虐殺を奨励・黙認するだけでなく、同じ信仰を持つ者も区別がつかなければ一網打尽にやってしまえ、死後、神が救ってくれる、と割り切っていたとか。
 20世紀末に、ローマ教皇は過去にカトリック教会が犯した数々の誤った行為について、正式に謝罪する行動を起こした。ユダヤ人迫害を止められなかったことや、4世紀以上前にフランス全土で起こったプロテスタント教徒(ユグノー)虐殺事件(聖バルテルミーの虐殺)、さらに古くは十字軍の侵略などにも言及して謝罪した。殺戮と反省・懺悔を何度繰り返すつもりか、遅きに失するといった気がするが、しかし、批判を恐れない覚悟と信念、勇気や情熱がなければ謝罪はできなかったと思う。
 過去にどんな悪さをしようとも、それを明らかにすることは、我々がこれから先に進むための教訓になる。ロシアも自らの変革に向けて再び大きく舵を切らなければ、生きながらえるのはむずかしいという感じがする。(2022.4.5)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

私が知っている戦争

2022年04月01日 00時24分57秒 | ファンタジー
 私の中で戦争とは、太平洋戦争、そしてベトナム戦争が圧倒的な位置を占める。太平洋戦争の痛みは、その時代に立ち合ったわけではないが、自ら体験したかのように鮮明に迫ってくる。
 一方、ベトナム戦争は私の10歳代に始まり、出口のない暗黒の世界で行われているかのように、それくらい終わりの見えない戦争だった。太平洋戦争とは違い、日本が戦地にならなかったし、日本人が直接被害を受けなかったはずなのに、私にとって、ベトナムはすぐ近くにあって、ベトナムの人々の痛みを感じ続けたように思う。今のウクライナに起きていることもまったく同じだ。(2022.4.1)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

過去の言動

2022年04月01日 00時07分59秒 | ファンタジー
 考古学の勉強が一段落して、ふと、このブログを始めて12年以上も経過したことに改めて思い至った。ブログを始めたころ、小冊子を作れるくらいの分量を書くにはどれくらいの年数がかかるだろう、飽き性の自分には到底無理だろうと、ため息をつく思いだったが、現時点でざっと勘定して1千枚(400字詰)を優に超えてしまった。継続することによって何事も生み出せるものだとつくづく思う。そこで、せっかくの手作り本専門の出版社があることだし、ブログ本を作って出版してみようかと思い立った。私は、子どものころから日記は大嫌いだった。せいぜい学校の休み期間の1か月、ようやくの思いで書いた。なにせ若い頃から昨日の自分の様を思い出すのも嫌だった。なので、5年日記とか書くなんてゾッとする。そんな私が自分の過去の言動を読み直そうと企てるとは。ずいぶん気が長くなったということか。それとも?(2022.4.1)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする