黒猫 とのべい の冒険

身近な出来事や感じたことを登載してみました。

14歳なのに太ってしまった

2018年10月28日 22時15分14秒 | ファンタジー


 最近、はなは、加齢のためスリムになってきたかな?と思っていた。その矢先、ウン〇が詰まった。思い切り踏ん張ったら、胃のなかにあるものも全部吐いてしまった。びっくりした母さんに連れられて病院へ。整腸剤をもらって飲んだら効果てきめん。ウン〇がたくさん出たのは良かったけれど、食が進んで止まらない。体重が増え、顔がいちだんとまん丸に。
 父さんは売れない本作りをほったらかして、はなの美顔をまじまじと見て、おバン顔が若返ったと言うし、母さんは自分のことをさておき、中性脂肪と悪玉コレステロール大丈夫?などと、のたまう。お便の話で失礼しました。(2018.10.28)

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紅葉いまひとつ

2018年10月28日 20時51分15秒 | ファンタジー


今年の紅葉は少し遅いようだ。ようやくこの辺の平地でも色づいてきたところ。先週、函館の紅葉の名所、香雪園で撮った写真を掲載する。9月の台風に吹かれた葉は塩害のため黒ずんでいた。木々に囲まれた紅葉の色はちと早かった。(2018.10.28)

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まだ若いと思っていたが

2018年10月19日 21時30分46秒 | ファンタジー

 60歳代半ばを過ぎたのに、まだ自分が若いと思っているのは私だけではない。
 最近、見田宗介「現代社会はどこに向かうか」(岩波新書)をたまたま読んだ。タイトルは仰々しいが、中身は幸せな社会を実現するにはどうしたらいいかというテーマについて、学者の立場から様々なデータをもとに、論理的に展開して見せるといった内容。まず、1970年代と2010年代、ともに20歳代の青年の意識にどんな差異があるかをデータで検証。その開きの大きさにしばし絶句。
 1970年代とは、私がまさに、多感な20歳代を送った時代。沖縄が米軍基地付きで返還され、終わりなきと思われたベトナム戦争が20年目にして終結を見、猛烈に働く男が賛美された時代。私の意識が、見田氏が拾った統計データと必ずしも一致するわけではないが、その時代の影響をもろに受けていたのは間違いがない。
 私の育った家庭は、父が仕事で不在、母はいつもそばにいてうるさい、たしかにこんなだった。こうした70年代の40%の支持を得た理想像は、2010年代の青年の7%にしか理解されないという。婚前交渉に関しては、70年代の6割以上が難色を示すが、10年代の7割近くは好ましいこととする。そういう相手がいるかいないかは別として。私の親たち、つまり1940年代に20歳代の世代のデータがあったらもっと面白かったはずだ。きっと、旧時代の家父長制(亭主関白)に圧倒的な支持が集まり、婚前交渉反対派は男女とも100%に上っただろう。
 このような統計数字から考えてみると、70年代に20歳代だった私たち世代の半数近くが、分からず屋の親たちと日々闘争を繰り返したことになる。家庭内の親子の折り合いが悪かったのは当然の帰結。私たちは、長きにわたって続いた家父長制に対し戦いを挑んだ最初で最後の世代なのだ。それに比べると、現代の青年たちと彼らの親との関係はまさに友達同志に見える。
 ところで、現代の青年たちの生活満足度は、物質的にも精神的にもきわめて高い。物質面(衣食住)で87%、精神面(人間関係)で77%、70年代に比べ20~30%も高い。このことは日本に限ったことではなく、諸外国でも同じような傾向を示すという。では何をもって満足つまり幸せというのか。おおかたの青年たちは、日々の健康的で情愛の深い、安定した生活ができることに絶大な価値を見出していて、富や名声を追及する声はほぼ皆無。エコでナチュラルな非ブランド主義、つまりユニクロ・ニトリ的なシンプルライフがお好みなのだ。
 著者の見田氏は、豊かな社会とは、富が薄く広く分配される社会。このことにより、社会的格差が小さくなり、モノをほしがらない人々が格段に増えるのだという。北欧型福祉社会がその方向を目指しているという。日本社会でも昔からそのことを「少欲知足」と言ってきた。ひょっとすると、現代の欲の薄い若者たちは、破たんしそうな人間文明を救うために生まれてきたのかもしれない。
 しかし安心はできない。近年、世界各地で勃発する災害やテロ、難民流入、さらに個人的な病気、転職、親子兄弟げんかなどといった災厄によって、彼らの幸福度は急激に凋落する。
 見田氏は、それらにめげず、肯定的積極的であれ、多様性を持て、今を楽しめ、広い価値観を身に着けよ、好き嫌いなく物事に取り組め、と叱咤する。そして、正しい理念を持った一人が1年間かけて、ほんとうに深く共感する友人を得ることができたら、さらに10年かけて10人の小さいすてきな集団のネットワークが作られる。次の10年、彼ら10人の一人一人が同じようにネットワークを作る。この着実な変革(触発的解放の連鎖)が続くとすれば、100年で100億人となり、地球上の人口を上回る。これは世界を根源から変える運動になり得るのだ。これからの時代、我ら世代の出る幕があるかないかは、一人一人の心の持ちようで決まる。(2018.10.19)

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散文調がいい

2018年10月02日 13時44分15秒 | ファンタジー

〈曾我蕭白〉

俳句は身近にあるのでいつでも作れそうな気がするが、そんな簡単なものではないのはよく知っている。一方、短歌はとっつきにくい感じがするが、新聞の歌壇を数ヶ月眺めていて思ったのは、短歌が実に簡明で整然とした散文そのものということ。散文という言い方が行きすぎというなら、平易な短い詩のようなものと置き換えてもいい。

毎日新聞の坪内稔典「季語刻々」に取り上げられた赤尾兜子(とうし)の句。「ぬれ髪のまま寝てゆめの通草(アケビ)かな」、もう一句「会うほど静かに一匹の魚いる秋」

これらの句から溢れ出る生々しい情感や鋭い感性に触れると、何だか背筋がゾクッとする。しかし、17文字の選択と構成が飛躍しすぎていて、散文家の参考にはならない。

以下、毎日歌壇の投稿からの引用。「前髪が揃っているのはこの海と向き合うための準備と言う妹」「行き先は告げずに出ます、ねえ父さん、僕はあなたの続編じゃない」「太古よりいるような蜻蛉ゆっくりと愛想もなく過ぎゆきにけり」

こんな短歌のリズムを積み重ねたら一大叙事詩ができ上がりそうだ。(2018.10.2)

 

 

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