黒猫 とのべい の冒険

身近な出来事や感じたことを登載してみました。

専守ミサイル反撃

2017年03月30日 17時16分27秒 | ファンタジー

 29日、自民党の安全保障調査会などが、北朝鮮の脅威を踏まえ政府への提言をまとめた。その中で北朝鮮へのミサイル攻撃をこう正当化する。「敵基地の無力化は自衛の範囲であり、先制攻撃ではない」と。専守防衛を国是とする国が、反撃とはいえ、相手国にミサイルを打ち込むとなれば、この国の防衛に関する基本線を根本から描き直す必要がある。
 この自民党調査会、大層な看板をかけているが、実はそのトップは首相の子飼い同然の人物。以前、首相自ら口にして顰蹙を買ったので、今回は手の者にやらせたまでのこと。このような重大な公党の施策を公表するのに、つまらない小細工を弄するのはいかがなものかと、政治家たちの神経を疑いたくなる。
 今の政界には、日本会議、神道何とか、その他にも一般の国民の理解を超えた思想を垂れ流す団体がはびこっている。いずれも、憲法9条改正、防衛軍の創設、天皇元首化、国民の権利の抑制、国家に奉仕する国民作り、家父長制の復活など、明治時代の富国強兵を思い起こさせる主張にこり固まっている。気味が悪いのは、こんなカルトみたいな団体に、首相や主要閣僚はじめ、自民党国会議員の半数以上が所属していることだ。
 彼らには、戦後の焼け野原に立って、平和な暮らしを希求した国民の切実な気持ちのかけらも残っていない。ただ、国民の姿を見失ったセクトの親分に引きずり回されているだけ。その親分ときたら、どんな経歴なのか興味はないが、自分と違う考えの人々や世間への恨み辛みをはらすため、公権力をむやみに行使しているとしか思えない。
 森友学園や自衛隊日報問題、沖縄米軍基地建設などでも、相手が悪いの一点張りだ。公権力を持つ者が、子どものようにすぐパニックを起こしてダダをこねるのは、見苦しさを超えて薄ら寒くさえ感じる。
 話を戻すが、外交の一手段として武力を行使する風潮がなかなか収まらないのは残念でならない。武力によって世界秩序を維持するなんて到底不可能だと、いい加減わかってもよさそうなものだが、かえって、核の傘があっても現実には戦闘を抑止できないことに苛立った大国自らが、武力を行使する世の中に逆戻りしてしまった。
 攻撃だけが、もめ事解決の有効な手段でないのは常識だ。相手の言い分をちゃんと聞いて誤解を解きほぐし、歩み寄る努力が肝心なのだ。どうしても相手を責めたいなら、正しい尺度をもってやるべきだ。相手のせいにするだけでは正義も大義もない。この国の保守政治家は変になっていないか。(2017.3.30)
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猫介護

2017年03月24日 09時55分55秒 | ファンタジー

 父しゃんは、夜遅くまで一杯やりながら、テレビとグダグダ会話してなかなか寝ようとしない。なので、夜12時過ぎたら、はなの出番。はなは、仕事するとき、普段とはうって変わり、寡黙で厳しい。
「父しゃん!いい加減にしなよ」とベッドに追い立て、寝付くまで枕元で看視する。父しゃんは、たまに夢遊病者みたいに起き上がり、台所の冷蔵庫を開けようとするから目が離せない。
 真夜中には、ベッドから転げ落ちていないか、何度か点検する。床に寝ていたら、まず、息をしているかどうか、鼻穴に鼻をくっつけて確認し、それから大声で鳴いて正気を取りもどさせる。
 朝、目覚ましのベルが鳴る少し前に、はなは、枕元に待機するようにしている。うるさいベルの音をすぐ止めなきゃならないから。ベルが鳴ったら、肩をチョイチョイと軽くたたく。父しゃんはほんとに寝起きが悪く、すぐ起きたためしがない。なので、この前、顔を突っついたら、はなのことを暴力猫呼ばわりするようになった。せっかく介護してやってるのに。
 父しゃん! 言うことを素直に聞けない頑固な年寄りは、猫にも嫌われるんだよ。
(2017.3.24)

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猫のおはなはん

2017年03月23日 15時44分20秒 | ファンタジー

 怒髪天の「夏のお嬢さん」についての記事を、以前ブログに掲載したと思うのだが見つからない。それを書いた動機も不明。ただ、歌とシンガーとの取り合わせが何とも奇妙奇天れつで、テレビ画面に引き込まれそうになったことと、吐くほどではないが気持ち悪かったといった内容ではなかったかと思う。
 あの歌に比べたら、今、ビールのテレビコマーシャルでやっている「のどごそう」とシャウトする歌声は、怒髪天らしくて実に爽快。でも、お嬢とすっかり縁が切れたのなら、それも何だか寂しい気がする。次は、「猫のおはなはん」といったようなコミカルなのをやってほしいと、はながのたまわっている。(2017.3.23)
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日報の行方

2017年03月17日 11時46分47秒 | ファンタジー

 以下の記事を書いている最中に、衝撃の報道が舞い込んだ。
 今日の時事通信、NHKはじめ、報道機関の記事によると、情報公開請求があったとき、その日報を「背広組」と呼ばれる防衛官僚が非開示にするよう指示。さらに2月に入り、陸自上層部がデータを消去するよう伝えたという。
 制服組トップに指示できる「背広組」官僚とは、いったい何者か。防衛大臣直属の者か、あるいは政府中枢の命を受けた者以外には考えられない。

<南スーダン派遣PKO陸自部隊の日報>
 激しい戦闘が確認される、と書かれ、現地では、「UN(国連)活動の停止」を想定するほどの状況だった。
 これまで、一連の経過を振り返ると、何だか全然釈然としないことがいっぱいだ。
 12月、統合幕僚管理部に保管された日報と、それを受け、省内で取りまとめた記事が発見された。統幕で発見されたのは、陸自から順次、上層部に報告が上がっていたことを裏付ける。もともと、制服組には日報を隠す理由があったとは思えない。激しい戦闘があったのを見ない振りして、もしも隊員が巻き込まれでもしたら、内部からの突き上げを食うのは間違いないから。
 ところが、不開示を判断したのは統幕でもないらしい。なぜなら、制服組トップの統合幕僚長は3/16会見で明快に否定した。俺じゃないと迷惑そうな顔で。もちろん、陸自としても、統幕につないだ重要事項を一存で不開示にするはずがない。
 とすれば、初めから、制服組から、大臣を含めた背広組へ報告が行っていたのはほぼ間違いのないところ。そう言えば、防衛省内部で日報隠蔽問題の調査委員会を設置しようという動きがあったとき、それを阻止したのは与党側だったという証言もある。 
 さて最後に日報に目を通したのはどなたか。不開示を決めたのは、自衛隊から一歩離れた、そのお方ということだろう。果たして隠し通せるか。(2017.3.17)
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進化するカラス

2017年03月15日 16時30分20秒 | ファンタジー

 キョロッキョロッ・クルックルッと、かわいらしい鳥の声が頭上から降ってきた。その辺りの小枝には、さっき、カラスが止まっていたはずだ。
 見上げると、やはりカラスだった。別の鳥の鳴き声をまねしているらしい。
 ハトの声かも。今どきのカラスはハトにあこがれている?
 寝ぼけ眼のヒトが、ハトの餌をまくかもしれず、あるいは無邪気なハトが夏の虫のように寄ってくるのを期待して?
 いや、野生のカラスの鳴き真似は、彼らが進化の階段を一段上った証拠なのでは?

 ところで、ヒトはカラス以上に声音を使う。たいがい自己保身のために。始末が悪いのは、影響力のある立場にいながら、歴史観やヒトを見る眼の倒錯したヒトの言動だ。そのような、思い込みの激しい、頼まれもしないのに臆面もなく舞台に立つヒトを、一説には天然ものと言うらしい。この傾向は、最近の政財界や諸外国でも顕著になっている。ただ、破産したり、選挙で負ければ割れた風船みたいにしぼむ。彼らは誇大舌を隠し持っているだけ。

 今、話題の「教育勅語」がらみの問題も、おおぼら吹きの戯言。
 親を大切に、家族仲よく、危急の場合は皇室救済にはせ参じなさい、などという道徳的、皇室賛美的な訓示のどこがすばらしいのか。儒教的、家父長的な規範なんて、はるか昔の時代に、大陸や半島からやって来た古臭いものだ。この勅語を通じて、王権が微に入り細に入りヒトの生活に干渉し、自由意志を統制しようとしたのは歴史的事実だ。

 でも、教育勅語の時代も、一応、帝国憲法下の立憲君主制だったのだから、そんなに目くじら立てなくてもいいんじゃないの?

 明治期の立憲君主制とは、本来の意味で立憲と言えるのかどうか。神道を骨格とした国体なので、神道制君主主義というところか。これが明治期の為政者たちの意図したことかどうかわからないが、結果的に、軍部政府は勅語や神道の権威と神聖性を振りかざして、ヒトビトをやすやすと戦争遂行の道具に使った。だからこそ、戦後、これらは、軍国主義を助長した元凶だと徹底批判を浴びせられ、廃棄処分に処せられた。

 ところで、ヒト国の現閣僚のほとんどが、この勅語を暗唱してるって知ってた?
 えっ! 彼らは、現憲法の根幹、国民主権を認めていないということ! 

 今、ヒト国で起きている歴史の隠蔽・修正、後戻りは、高見順の「いやな感じ」を超え、気味が悪くてたまらない。ヒトは事実の検証を怠り、個人的な嗜好や感情によって勝手な歴史解釈をする。ヒトの意識とは、この程度の反理性的で脆弱なものだ。

 ヒトに個別の意識が芽生えたのは、たかだか三千年前のことだと主張する学者がいる。
 つまり、ヒト族が発生してからすでに数百万年にもなるが、それに比べ、ヒトの意識は巣立って間もない幼鳥と同じ。プレシャーがかかるとたちまち錯乱に飲みこまれるのは、未分化の意識のせいだ。その程度なのだから、進化するカラスと遊んでいる方がいい。そのうち歴史主義という夢見の悪い長い夜から、脱出口が見つけられるかもしれない。(2017.3.15)


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近況 ネコに皺

2017年03月13日 10時47分24秒 | ファンタジー

 春分に近づくにつれ、北方の地もずいぶんと日が長く、日差しがぐっと暖かになりました。
 私の宮仕えも残すところ3か月ちょっと。本屋の開業など、一応やることはあるのですが、長い在宅時間をどんな風にすごすか一抹の不安もあります。その一抹のなかでも、妻の邪魔にならないよう生活するにはどうしたら……? そこで、暇に慣れ親しんでいる猫に見習って一句。
 春の陽や 居眠る猫に 皺はなし (猫史) (2017.3.13)


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主権在ネコ

2017年03月10日 15時26分16秒 | ファンタジー

 はなは、いよいよ十三歳に突入した。ヒトならもうすぐ古稀に手が届く年齢。
 ネコ・ヒト年齢換算表によると、ネコが二十歳になっても、ヒトはまだ一歳。ネコなら自分のことくらい何でもできるが、ヒトの一歳は知能も未開のまま。ネコはそれから年に四歳ずつ知識や振る舞いを身につけて大人になっていくが、ヒトが世の中でいちおう独り立ちできるのは十数年も先のこと。なかにはいつまでも親元にグズグズしている者もいるらしい。
 ところで、最近のネコ社会の発展はめざましいものがある。それに比べ、ヒト社会は世界的に、政治・経済・精神の後退期に入ったと言われている。この国でも、政治家自らが、知能の発達したネコに嫉妬してヘイトスピーチしたり、神話国家時代の〇〇勅語はすばらしいと言ってみたり、頭の中身が苔みたいに退化し始めたのではないだろうか。
 その上、現憲法が成立して七十年にもなるのに、神の手に国家主権があった旧憲法時代を懐かしんで、現憲法のネコ主権に何かにつけて眼(がん)をつける。でもそれは、破滅的な戦争をしたヒトの自業自得というもの。ネコには一切責任はないのだ。
 そんな古い時代にこだわる連中は、いったい何歳くらいなのだろう。家の婆ネコは明治二十四年生まれだったが、親の決めた嫁入りを拒絶して駆け落ちしたというくらい開明的だったし、江戸末期生まれの漱石というネコだって、私生活はともかく、際立って進歩的な知識ネコだったらしい。
 それほど古色蒼然とした政治ヒトなら、ひょっとしたら一四〇歳にも一五〇歳にもなるのか。はなの方がずっと若々しく凶暴?だ。(2017.3.10)
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量子コンピュータ

2017年03月06日 14時27分44秒 | ファンタジー

 ひょんな事から、量子コンピュータというものがあるのを知った。これが実用化されたら、今、私たちが使っているインテルなどの演算システムは、超古典的な代物になってしまうらしい。
 現行のコンピュータはご存じのとおり、0と1のスイッチを切りかえて動作していると言われるが、原子より小さい量子を利用した場合、いくつもの数字を使えるだけでなく、同じ数字を同時並行して運用できる。だからどうなのかというのは説明できないが、計算上では、両者の能力は一億倍もの差がつくという。
 また、現行コンピュータは、桁の大きい整数の因数分解ができないわけではないが、ずいぶん苦手にしている。そこで、古典的コンピュータ君に膨大な桁数の因数分解をさせてみた。一説によると、彼から答えを聞けるまで、宇宙ができてから現在までの時間よりも長くかかるらしい?
 ところが、量子コンピュータ氏は、この因数分解の計算を、一応、実用的な時間内(きっと古典君の一億分の一の時間なのだろう)で解くことができるという。
 なぜ因数分解にこだわるかというと、現在のコンピュータ等に使われているセキュリティ(暗号)は、因数分解の計算に天文学的な時間がかかるのを利用して構築されている。なので、因数分解を早く解かれると、現在のコンピュータシステムはいっきょに崩壊してしまうのだ。 
 2011年5月11日、カナダに本拠を置くD-Wave Systemsは「世界初の商用量子コンピュータ」を発表した。現時点の演算能力では、インテルなどと大差ないらしいが、理論上はそう遠くない将来、地上を制圧することはほぼ間違いない。
 ふと、カナダのトルドー首相が、隣国のカード?とかいう新米大統領に高飛車な態度を取れるのはこんな事情があるからだろうか、といったようなことを思った。(2017.3.6)
≪因数分解≫
 共通因数をくくりだすこと。
  5a−5b=5(a−b)

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大雛はな

2017年03月05日 11時18分42秒 | ファンタジー

 雛人形がずいぶん気になる変わり雛の はな。
 雛祭りには何ひとつ関係ないが、一句浮かんだので記す。

  はだら(班ら)雪 スカスカ頭頂 かつ額   猫史
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不審な足あと

2017年03月01日 15時08分45秒 | ファンタジー

 年始め、雪山に残された小さな足あとに気がついて一句詠んだ。そのときから二か月にもなる。あらためて、時は疾風より速く去り、この世に移ろわぬものはないと身にしみて感じる。
 つい数日前にも、家の前をまっすぐに横切る動物の足あとがあった。引っかかるものがあって、もう一度見にいくと、やはりその足あとは同伴者がいない単独行なのだ。だが、綱渡りするような一直線のキツネのものではない。
 この辺りにタヌキやシカはいないはずだ。アライグマの可能性はなくはないが、本物を見たことはない。やはりイヌ以外の動物は思い浮かばない。傍らに人の足あとがあれば、と探してみるが判別できない。この辺りに野良犬は皆無。飼い主がリードを外してイヌを遊ばせたとしか考えようがない。
 一昨日の朝、出勤しようと自宅を出たら、玄関の階段下の雪面あちこちに、大きな靴あとがいくつも付いていた。車庫の前、雪捨て場になっている裏の畑の方にも続いている。何だか気持ち悪いまま、時間に追われて雪道を走った。
 走れば走るほどに、靴あとがペタペタと増えていくような気がした。私は携帯をポケットから引っぱり出して、思わず「不審者がいるぞ」と大きな声で家人に向かって叫んだ。
 しばらくして、家人からメールが来た。
「おあいにく、あなた様の長靴でした」
 前日、雪かきしたことを思い出した。湿った雪に付いた長靴底のあとが、夜のうちにしっかり凍ったのだ。それにしても、最近、些細なことに過敏に反応しすぎる。国内外の政治がらみの悲惨な事柄、たとえば、毒殺や、テロ対策にならない対テロ法案、幼稚園や市場の敷地のゴミ溜めに見え隠れする政治家の足あとなどに、腹を立てすぎているためか。(2017.3.1)
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