黒猫 とのべい の冒険

身近な出来事や感じたことを登載してみました。

黒猫とのの冒険 その5了 

2010年12月06日 09時20分05秒 | ファンタジー
十 その後のとのとヴァロン
 とのの家からヴァロンの家までは二十キロメートル以上も離れており、猫の足では行き来ができなかったので、とのはときどき嫌いな車に乗せてほしいと暁彦に頼んだ。そのころのヴァロンは、とのの体の半分くらいにやせて外に出ようとしなくなり、とのが「遊ぼうよ」とちょっかいを出しても乗ってこなかった。ちなみに、とのの体型は、最盛期の七キログラムの体重のときに比べるとスリムになったが、それでも平均的なネコより太って見えた。
「ねぇ、ヴァロン、少しやせたんじゃないか。食欲がないのかい?」
 ヴァロンに寄り添ったとのは、元気なころのヴァロンがいつも背中に馬乗りになって押さえつけてきたことを思い出し、「どうだい。またやってみないか。」と背中をヴァロンに押しつけると、ヴァロンはニヤッとして、骨張った手を片方だけとのの背中に置いた。その手は、とのがはっとするほど軽かったが、しばらくの間、とのの背中から離れなかった。
 平成一三年六月、ヴァロンは十四才になってまもなく、体調を崩して死んだ。あっけないほど急だったので、とのはヴァロンの死に目に会えなかった。ヴァロンの家族も体調が思わしくなく、ていねいに面倒をみてやれなかったことを悔やんだ。とのの盟友ヴァロンは静かにいさぎよく逝った。

 翌一四年六月初め、とのは突然オレンジ色の小便をした。しばらく前から体重が少しずつ減り始め、体力が落ち、暁彦たちが寝る前にベッドに行く回数が増えていた。急にめまいがして倒れることがあったが、とのは誰にもそのことを言わなかった。奈月は、初めて見るオレンジ色の小便に驚き、何か重大な病状の進行を感じ取った。すぐ、近所の動物病院の女医さんに相談し、小さなころ骨の発育不全の治療に通った札幌の病院で診てもらうことにした。その病院は、札幌の中心街を流れる広々とした河川に沿って住宅が密集する一角にあり、十数年前と場所は同じだったが、建物はきれいに建て直されていた。暁彦と奈月は、とのがおとなしく座っている診察台を囲んで、医者の診断を待った。「痛いかい。」というように、医者はとのの腹を押しながら、顔の変化を看ていた。「………」とのは無言で表情を変えることはなかった。肝臓の機能を表す数値が異常に高いので、肝臓か胆のうの機能低下か、あるいは胆管の詰まりによる障害が想定された。はっきりした診断のためには腹部を切開しなければならないが、十四才という年齢では大きなリスクが伴い、開腹しても根本的な治療はできないかもしれないというものだった。
 奈月は、この一年ほど、とのを健康診断に連れて行ってなかったことが心に引っかかった。いっしょに暮らしているからなのか、とのは老年期にさしかかってもいつも元気で若々しく見えた。近所の女医さんは、一年前、初めてとのを見たとき、壮年のネコと見間違ったそうだ。だからといって検診を受けさせなかった言い訳にはならないと、奈月は自分のうかつさを責めた。
 彼女はいったんは落ち込んだが、小さなとのの命を救ってくれた病院から厳しい診断が申し渡された今となっては、後悔しても何ひとつ解決するわけではなく、とのの生命力と家族の看護によって危機を乗り切るしかないと思い直した。とのは、「ボクはだいじょうぶだよ。」と何も起きていないような平静な様子だった。
 その日から近所の病院に通い、毎日三時間以上の点滴治療が開始された。女医さんは、とののレントゲン写真を見て、「との君の骨はほんとに薄かったんですね。」と、驚きを抑えながら奈月に言った。奈月は、とのの骨の治療は十年以上も前に終わっていると思いこんでいたので、女医さんの言葉は意外だった。こんな薄い骨で元気に生きてきたとのが、今さらながら愛しかった。
 とのは、病院が好きではなかったが、女医さんが次々訪れる患者たちに心やさしく対応する姿を見ていると心が落ち着いた。女医さんは日曜日を返上して点滴してくれた。長い点滴を終えて家に戻ったとのは、腕に入っている点滴の針が煩わしいだけで、体のどこかが痛むわけではなかったが、体の力が抜けたような感じがして、日がな一日寝ている状態だった。せっかく用意してくれた大好きなボイルエビやゆで立てのカニの身の匂いにも食欲がわかなかった。便を排泄する力さえ入らなかった。腹が次第にふくれてきてお尻の方から腹水がしみ出し、少し気持ちが悪かった。
 暁彦と奈月は、「外に出たいよ。」と言うとのの体を厚いタオルに包み、かわるがわる抱いて、家の周りや小学校の校庭などの散歩コースをゆっくり巡った。その年の七月は、風に当たると体が冷えるほど気温が低かった。とのは、小学校の裏庭に下りたくなり、タオルの外に手を出して芝生に軽く触ってみた。すると、氷のように冷たい芝生の感触が肉球に伝わってきて、思わず身震いした。

 そのころ、暁彦は、公私ともに相変わらず忙しかったうえに、ワールドカップサッカーが日本と韓国で同時開催されているときで、遅い時間に仕事から帰るとすぐ、居間のテレビの前のテーブルに陣取り、夕食を美味そうに食べながら、サッカーの試合にかじりついた。とのは、体調を崩してから暗い場所に隠れるようになったので、居間とトイレに近い部屋のテーブルの下にとのの寝床を作ったのだが、暁彦は、すぐ近くのとののことなどまったく忘れているようだった。
「とののことが気にならないの?」
 暁彦の食事とサッカー観戦が一段落したところで、奈月が不機嫌な口調で言った。
「今、様子を見に行こうと思っていたんだ。」
 暁彦は弁解するように言い、とのが寝ている部屋にあわててかけ込んだ。とのの容態を一日中気に病んでいる奈月の気持ちは、暁彦の無神経な態度によって逆なでされた。暁彦も、とののことが気にかからないはずはなく、仕事をしていてもずっと気持ちがふさいでいた。意気地のない彼は、家に帰ると、やつれ果てて骨と皮になったとのを見るのがつらくてたまらず、とののもとにまっすぐ行く勇気がなかったのだった。
 七月中旬までの約四十日間、点滴に通ったが、とのの容態が良くなることはなかった。奈月は思い切って女医さんにとのの病状を聞いた。女医さんは声を落として、「これ以上点滴を続けても快復は望めないでしょう。」と言った。奈月が、点滴をやめたらどのくらい保つのか質問すると、一週間くらいという診断だった。奈月は、こちらを見ているとのの視線を感じた。「心配しなくてもいいよ。」と言っているかのような穏やかな目だった。奈月は翌日からの点滴を断り、とのをしっかり抱いて家に帰った。
 一歩も歩けないと思っていたとのが、目を離した隙に、トイレまでの数メートルの距離を移動しようとして力尽き、途中で失禁してしまった。「トイレでおしっこしたい。」と言うとのをトイレに抱いていくと、ほっとした様子で排尿した。夜になると暁彦と奈月は交代でとのに添い寝した。
 点滴を中止して二日後、暁彦が出張で一泊、家を空けた。「事情が許せば断るところなんだが。」と言いながら出かけたその夜、とのは何度か苦しそうに荒い息づかいをしたが、奈月は、その度に「父さんが帰ってくるまで頑張るんだよ。」と言い聞かせた。暁彦は金曜日の夜遅く帰宅して、とのの傍に寝た。とのの反応はかなり鈍くなっていたが、光をほとんど失った目でこちらを見ようとする気配が感じられた。今夜がとのの最期になったとしても、自分の気持ちをしっかり持って対応しようと思った。
 翌平成一四年七月二〇日、朝から二人してとのの様子を見守った。水さえ自力で飲めない状態のとのに、スポイトの水を近づけると、彼はおいしそうに喉を鳴らして飲んだ。その日は、とのがやってきて十五年目の、秋と間違うほど涼しい日だった。午前十一時半ころ、とのは息づかいが荒くなり、奈月の腕に抱き上げられると、子猫が甘えて両前足の肉球を交互に母猫の胸に押しつける仕草をした。目を薄く開け、「ねぇ、母さん、ずっといっしょにいてよ。」とでも言っているように思えた。そして、息苦しそうに口を数回大きく開けた直後、静かに息を引き取った。苦しそうにしてから、わずか数秒間のあっという間の出来事だった。
 とのの亡骸は、隣町のペット霊園の火葬場で焼いてもらった。薄っぺらで頼りなげだったはずのとのの骨は、目が覚めるほど真っ白で美しく、整った形をしていた。とのの遺骨を抱え、帰宅した暁彦と奈月は、家の中にとのがいないことが信じられず、しばらくぼう然と立ちつくした。とのの遺骨を納めた小さな箱を居間のテーブルの上に置き、見るともなく部屋を見渡したとき、その空間が不自然なほど広く、そこが自分の家だとはとうてい思えなかった。
 ふと、とのはもう少し生きていたかったのではないだろうかという思いがよぎったが、とのの安らかな臨終の場面を思い出し、その考えを打ち消した。自分たちの大切な息子だったとの、そして、とのと過ごした十五年間、その記憶は永遠になくなることがないのだから、そんなに悲しまなくていいと何度も自分自身に言い聞かせたが、あふれる涙を止めることはできなかった。
 とのの遺骨は仏壇の横の祭壇に置かれた。奈月は、生きているとのにするように、毎日その遺骨に向かって話しかけた。翌年の春になり地面の凍結がゆるんだころ、いつまでもかたわらに置いておきたかったが、居間のガラス窓のすぐ下にある花畑の隅に小さな穴を掘って、とのの遺骨を埋めた。(黒猫とのの冒険了)

<追伸> えりなから、「Tono Forever」という言葉を添えて、微笑むとのの姿を描いた小さな板絵が送られてきたのは、翌年1月の奈月の誕生日だったと思う。そのときから8年もの歳月が経過するというのに、とのといっしょに行きつ戻りつする不思議な旅を、時間の流れにあらがい、これからも続けていくのだろうか。

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黒猫とのの冒険 その4

2010年12月03日 09時19分31秒 | ファンタジー
八 沼のはし旅館の思い出
 北海道の太平洋沿岸には春から夏にかけて濃い霧が毎日のように発生するので、大きな港があるその町では、その朝も早くから、港の霧笛や貨物船の汽笛のボーボーという音がいつ止むともなく腹の底に響いてきた。そこは暁彦の実家がある町で、彼は高校を卒業するまで一八年間住んでいた。この地方に住む人たちは、平地にかかる煙のようなふわふわした霧をガスと呼んだ。ガスは、手が届きそうなすぐ近くの物体の影さえ覆い隠すほど、真っ白な細かい粒子で構成されており、霧と同じく水が姿を変えた現象とは思えなかった。こういう日の朝は、町の中央部に立地する工場の屋根を突き抜けて伸びる、何本もの太く背の高い煙突や、その煙突からもうもうとたなびいているはずの煙も、濃いガスに溶け込んで視界から完全に消滅していた。町の住人たちはその光景を見て、煙混じりの霧が町の中に降ってきているとほんとうに思い、ガスという言葉を使うようになったのかもしれない。とののそれほど鋭敏ではない臭覚を使って、そのガスをくんくんと嗅いでみると、石炭か木の燃える臭いがわずかに混じっているような気がした。
 とのとヴァロンは、早朝の薄明かりの中、まだ人が起き出す前に、暁彦の実家から一キロメートル以上も離れた地点までやって来ていた。その場所のすぐ近くには大きな川があり、五キロメートルほど下流で海に注いでいた。今朝は、川面はもちろん、国道が渡っている四、五十メートルもあろうかという長い鉄橋さえも、ガスに包まれて何も見えなかった。
 奈月ととのは、自分の実家に近寄ろうとしない暁彦を説得し、五月の連休の終わりの日にやっとその町に連れてきたのだった。実家に来た暁彦は、前の晩やけを起こしたように深酒をしたので、今朝のとのたちの行動に気づくはずはなかった。鉄橋を渡る手前の国道沿いには有名な老舗旅館があった。旅館の裏手には、頑丈そうな堤防が迫り、その堤防の背後にある川面まで湿地帯が延々と続いているのだが、ガスのため手前の小さな沼がかすかに見えるだけだった。とのは、暁彦が子供のころその湿地帯に遊びに来ていたことを何度か聞いていた。親との折り合いが悪かった暁彦は、なるべく家から離れた場所で一日を過ごした。この菱で埋め尽くされる湿地帯は彼の隠れ場のひとつだった。
 とのとヴァロンは、数年前の家族旅行でその旅館に泊まったことがあり、旅館の女将たちから暖かい歓迎を受けた印象が、彼らの心に強く残っていた。しかし、その旅館は、最近、営業を止めたわけではないのに客が宿泊していないらしいという噂が立っていて、彼らはその噂が気になって仕方がなかった。それに、とのは、暁彦が好んで来ていた湿地帯をゆっくり見てみたいという気持ちもあった。
 古めかしい破風がある木造の重厚な建物は、クリーム色のペンキが塗られ、二階の壁と窓枠の一部は今風のものに取り替えられていた。改修部分だけを見ると、洋式の建物に見えなくもなかったが、正面の昔風の玄関には、一枚物の大きなガラスが入った、古びた木枠の引き戸がはめ込んであった。ガラスには金色の重々しい筆致で、「沼のはし旅館」と書かれていて、その波打つような厚手のガラスを透かして中を見ると、奥の方に蛍光灯がひとつ点いていた。引き戸はぴったり閉まっていたので、二匹は裏手の堤防の上にまわり、一階の屋根から伸びるひさしの上に飛び乗った。滑りやすいトタンの屋根づたいに歩くと、少しだけ開いている二階の窓があり、旅館の中に入ることができた。旅館の二階は、真ん中に広い廊下があり、両側に学校の教室を小さくしたような部屋が並んでいた。とのは、「温泉」という大きな表札を貼った引き戸を見つけ、「ねぇ、入ってみようよ。」と、ヴァロンに言ったが無視された。
 蛍光灯が点いている一階の部屋の前に来てみると、見覚えのある人がいた。ヴァロンが首を伸ばしてのぞき込んだとき、首輪の鈴が鳴った。数年前、親切にしてくれた女将が、読んでいた新聞から顔を上げ、眼鏡をはずしながらこちらを見た。彼女は「あらっ」と大きな声を上げたが、その表情はすぐしわくちゃの笑顔になった。彼らはうれしくなって、手招きする彼女の方に急いだ。

 女将は、「あんたたち、ここまでよく来たね。」と声をかけながら、とのとヴァロンの背後に視線をはわせると、「父さんは、今日、いっしょじゃなかったんだ。」と言った。そして、卓袱台の上にあった鮭の乾ぶつをちぎって、「何もないけど」と彼らの前に置いた。
「料理人が辞めてしまったから、この旅館には私しかいないんだよ。私もずいぶん頑張ったからそろそろお役ご免にしてもらうよ。」と、女将はさばさばした調子で言った。
 八十才を過ぎて見える彼女は、東北地方の生まれで、若いころ親が決めた相手と結婚したが、その生活は夫の暴力にさいなまれる悲惨なものだった。彼女はそれに耐えかねて家を出て、伝手を頼って北海道にやってきた。再婚した相手はまじめな人だったが、原野の開墾や炭坑の坑夫などをして働きづめで、体を壊してしまった。そこで、夫が前からやりたがっていた旅館業を、戦後まもなく二人で始めたのだという。夫は昭和二十年代に若くして亡くなり、それからは彼女一人で旅館を守り、子供五人を育て上げた。旅館を始めたころは、港から石炭や木材などの積み出しが盛んで、大勢の人の行き来があったから、宿泊客が多く繁盛した。その後、大規模な工業地帯の造成、発電所やダムなどの建設が始まると、客層の変化はあったが、客足は衰えなかった。だが、ここ十年は周辺の工事が下火になり、客の減少に歯止めがかからず、そろそろ旅館を畳むしおどきかと思っていたら、料理人も察したらしく自らやめてしまったのだった。
「そろそろ爺さんのところに行って、今までのことを報告しようと思っているんだよ。」
 彼女はちらりと涙を見せた。そして、思い出したように立ち上がり、スチール製の重そうな一斗缶を抱えてきた。蓋を開けて取り出したのは、ふたつの鋭い針を持った黒光りする小さな兜のような物体だった。それは初めて見る不気味な形をしていた。
「旅館の裏の沼で採れるベカンベだよ。」
 とのは、暁彦が懐かしそうに何度か口にしたことがある奇妙な名前を思い出した。ベカンベとは菱の実のことで、この辺りでは昔、保存食にしていたという。
「とのの父さんは子供のころ、秋になるとベカンベをたくさん採って、私にゆでてくれと言ったものだよ。外が真っ暗になっても、学習塾に行きたくないと言って、家に連絡しないでここに泊まったことがあったな。あのころは電話の通じている家が珍しい時代だったからね。」
 とのは、固いベカンベを両手でつまもうとして、片方のトゲを肉球に突き刺しそうになったが、暁彦が喜んで食べたベカンベを自分も食べられるかどうか根気よく試してみた。
 笑顔で見ていた女将は、「これを父さんのおみやげに持って帰りなさい。」と、小さな買い物袋いっぱいにベカンベを入れ、とのの首に結わいつけてくれた。とのは感激して、思わず彼女の深いシワがよった手をなめた。暁彦に今日の話をしたら、きっと「どうして連れて行ってくれなかったんだ。」と残念がるだろうと思った。(この章了)

九 猫の身分証明書
 平成十二年四月、との一家は札幌の東隣の町に転居し、暁彦はそこから札幌の職場に通った。その年の十一月には四階建てのアパートを引き払い、市内の二階建ての新居に引っ越した。とのは階段が大好きだったが、階段がある家に住むのは初めてだった。一階から階段を見上げると、踊り場の向こうに誰かが隠れているような気がして、そっと様子を見に行くときのスリルは楽しくてたまらなかった。最初に住んだ札幌では高層の建物の長い階段の昇り降りに夢中になり、網走の二階建てアパートにいたときは、上の階の知り合いの家まで往復して遊んだ。函館では残念ながら階段にはお目にかからなかった。この新しい家では、階段でひとしきり遊んだ後、階段の突き当たりの二階の窓から外に出た。そこには、一階の上の狭い屋根があり、雨が降らない日はその屋根に寝そべって、カラスやスズメを威かくし、道行く人に挨拶した。
 暁彦は相変わらず仕事が忙しく、いっしょに遊ぶ時間が少なかった。暁彦が帰宅してからも、仕事のことを考えているのか、神経が休まっていないようなとき、とのは、暁彦の膝に両手を載せて「座っていい?」と尋ねた。すると、彼の白っぽい顔色にさっと血の気がさして、表情が和らぐのだった。
 家の近所には、ヴァロンの実の兄弟の「ラッキー」が住んでいた。ラッキーはヴァロンの性格とまったく違い、いつも穏やかな笑顔を絶やさない猫で、初対面の人間の大人にも子供にも、頭を近づけてなでてほしいという素振りをした。小さな子にヒゲを引っ張られたり叩かれたりしても、怒ったことは一度もなかった。それに根っからの働き猫で、家族が裏の畑に置いた堆肥ボックス周辺の見回りを、毎日まじめにこなしていた。畑には、ボックスからもれる残飯の臭いに誘われて、ネズミたちが大勢やって来ていたのだ。家族思いで控えめなラッキーは、終わりのないネズミとのバトルの戦果を、時々とのたちに報告したが、家族に仕留めた獲物を見せるようなことは絶対しなかった。そんなことをしたら、家族の誰かが気を失って倒れることを知っていたから。
 ラッキーは野良猫たちにも好かれており、彼といっしょに行動すると野良の知り合いが増えた。でも、野良たちはいつも食べ物を探さなければならない境遇なので、いっしょに遊ぶ余裕はなかった。それに、はるか昔から、猫は、国からねずみ捕りという大変重要な役割を任されていた。その代わりに、どこでも自由に通行できる身分証明書を交付されていて、たとえ迷子になっても、証明書を見せればお巡りさんにパトカーで送迎してもらえるし、もし保健所に連行されても、裏口からそっと解放されることになっていた。
 飼い猫も身分証明書をもらっていたが、飼い主の気持ちを考慮し、行動範囲の制限があった。ネズミ捕りの上手なヴァロンやラッキーが持っている身分証明書には、「優良」(条件ー自宅を起点として半径約五百メートルの範囲に限る。)としっかり書かれていた。それに対し、体が弱かったり、素行が悪かったりして、ネズミ捕りには不適格とされた猫は「不良」扱いとなり、原則外出禁止とされた。ただし、とのの場合は、「とのは不良猫じゃない。」と、暁彦が強く主張したかいがあって、「優良」の身分証明書の交付を受けることができた。条件として「単独行動不可」と赤字で大きく書かれてはいたが。とのは、「優良」身分証明書のおかげで、ネズミ捕りには興味がないのに、ヴァロンやラッキーを頼りに外出できたし、ときどきないしょで遠出することさえあった。ラッキーたち友達猫といっしょに、知らない世界を探検することは、無上の楽しみだった。
 とのは、猫が昔から特別な扱いを受けてきたという歴史上の事実を暁彦から聞いていた。古代エジプトでは猫が神聖視されていたし、野生味あふれた猫がたとえ人を食っても罰せられなかった。でも、中世ヨーロッパでは、異教徒が崇拝した神という経歴が過大評価され忌み嫌われた。特に黒猫は、魔女のお供をして空を飛ぶ特技があるとされ、ひどい差別を受けた。ほんとうは飛べないのに、あらぬ疑いをかけられ殺された多くの黒猫のことを思うと、とのはいつも泣いてしまうのだった。こうして猫の数が減ったため、ネズミがヨーロッパ社会にはびこり、ペストが猛威を振るったと言われているが、「ペストの大流行の原因は、ネズミのせいじゃなく、ほんとうは猫の呪いだったんだよ。」というのが猫社会の通説になっている。こんな細かい話をみんなは知らなくていいのだが、猫を粗末にしてはいけないことだけは肝に銘じてほしい。
 ラッキーは小さなころから、両方の後ろ足を少し引きずるような歩き方をしていた。去勢手術の後遺症の疑いがあったが、治療方法はないと言われていた。似たような症状を発症した兄弟のヴァロンは短期間のうちに快復した。ラッキーは足の状態を気にする様子もなく、毎日、元気に外出していたが、年をとるにつれて徐々に悪くなり、十三、四才ころには前足の力だけで体を引きずるようになった。ある日、彼はとのを呼んで言った。
「毎日裏の畑に行かなければ、ネズミたちの思うがままに作物を荒らされてしまうんだ。」
 いかにも残念で仕方がないというラッキーの気持ちが切々と伝わってきた。とのは、ラッキーの気持ちが少しでも軽くなることを願い、「ボクにはネズミ捕りは無理だけど、外出したときは必ず畑の様子を見にくるよ。」と言うと、ラッキーは「ありがとう」と言うように、無言で小さくうなずいた。
 ラッキーは三匹の中で一番長生きし、二十才を迎えた平成一九年、老衰で死んだ。人間の年齢に換算すると、百才に達していただろう。(この章了)
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黒猫とのの冒険 その3

2010年12月01日 09時36分21秒 | ファンタジー
六 ヴァロン家の方へ
 以前、ヴァロンが、太平洋岸の小さな町に住んでいたころ、札幌にいたとのは、何度か家族でその町に遊びに行った。遠いところではなかったが、札幌方面から南下して太平洋岸に出ると、車窓から見える風景は海ばかりになるので、退屈していつも眠ってしまった。
 その町に向かう途中のこと、比較的大きな町の市街地を抜け、東へ数キロメートルばかり走った郊外に、今は使われていない倉庫や店舗が数軒並んでいる場所があった。国道の傍には、地面に落ちそうに低く不安定に立つ風変わりな看板があった。その赤地の看板には、「くいどころ黒猫家」と、太い黒文字で描かれていた。その看板の文字と色は、夜の闇の中を行き交う車のヘッドライトに浮かび上がったとき、目を反らせないくらい魅惑的な輝きを放った。とのには、その店がどこにあるのかすぐにはわからなかったので、草原をうろうろしていると、国道から一〇メートル以上も奥まった一角の廃墟の陰に、目立たない黒っぽいのれんがかかっていることに気がついた。
「店の名前どおり、黒猫が出迎えてくれるんだろうか。建物が古そうだから、相当年をとった気むずかしそうな真っ黒な猫が、店の真ん中にでんと陣取っているのかな。本物がいなくても、黒い招き猫くらいは座っていてほしいな。」
 とのは、胸の奥に燃え上がる好奇心を抑えられず、とうとう、くいどころ黒猫家の入り口に忍び寄り、立てつけが悪い引き戸に開いている小さな穴を通り抜けた。中に入ってみると民家を改造して作った店で、くいどころという名前とは趣が異なり、こざっぱりしたレストラン風の雰囲気だった。壁には白っぽい猫の写真が幾枚も貼ってあった。この店は母親と娘が共同で営む創作料理に近い料理を出す店で、食事のメニューのほかに数種類のスイーツもあった。
 海産物が好きなとのは、エビ、カニ、ホタテ、イカがたくさん入ったベーリング海風パスタを食べて満腹になった後、テーブルに置かれたメニューのスイーツ欄に記された「こむぎ」という名前に興味をそそられ注文した。本格派のグルメ猫を自称するとのは、特定の食物に執着する傾向がある普通の猫に対し、食の楽しみを知らない連中だと憐れんでいたが、他のネコたちからは何でも食べたがる雑食猫という評判をもらっていた。
 出された器をおずおずとのぞき込むと、オムレツに似た丸い形のプリンのスイーツで、色がはっとするほど白かった。黙って見つめている時間が少し長かったからだろうか、厨房の傍らの椅子に腰掛けた母親が、「うちの猫のイメージを象ったんです。」と言った。そのとき、部屋の隅の暗がりにある大きなまきストーブの横で、白い影が動く気配を感じた。
「こむぎ、お目覚めかい。」
 こむぎと呼ばれた猫は、真っ白に近い毛並みで、背中の一部が薄茶色を掃いた色をしていた。こむぎは、ゆっくりと声のする方に近づき、母親の膝に両前脚をかけ、抱いてほしいというように小さな声でニャーと鳴いた。とのは、その美しい食物をいつまでも眺めていたい気持ちがしたが、よだれが出るので舐めてみるとあまりにも美味しくて、ガツガツとふた口で食べてしまった。
「皆さんに喜んで食べていただいているんですよ。」
 とのの行儀の悪い食べ方をじっと見ていた母親が、うれしそうな口調で言った。

 母親の話によると、一人暮らしをしていて体調を崩し、病院通いに便利な町中に引っ越そうと考えていたところ、数年前、近所に捨てられたのか、一匹の猫がこの家に迷いこんで来たという。小麦粉のように白い毛並みのその猫にこむぎという名をつけた。ほどなく、こむぎは五匹の子猫を生んだ。母親は何かの縁だと思い彼らの世話をはじめると、次第に体調が改善し、以前やっていた食堂をもう一度復活したいと思うまでになった。娘は母の快復を喜び店の手伝いをしようと決心した。
「私が元気になったのはこの子のおかげなんですよ。」と、母親はこむぎをなでながらしみじみとした口調で言った。とのには、この食堂が、猫がもつ生命力と猫への愛情に満ちあふれた店だと感じられた。しかし、せっかく店の名前にひかれて入ったのに、黒猫家に白い猫しかいないのは変だという疑問が頭から離れなかった。
 そのとき、厨房から出てきた娘が、高ぶる気持ちを無理に抑えるような小声で母親に話しかけた。
「信じられないわ、来てくれるなんて。」と言っているように、とのには聞こえた。
 とのは、漠然とした不安に駆られ、「あのー、黒猫がいないのに、この店はなんで黒猫家なんですかね?」と恐る恐る聞いてみた。
 母親はうなずきながら、「昔の話になりますが、そのころ開いていた店には、かつお節が大好きであなたのように真っ黒な猫がいて、長いこといっしょに楽しく暮らしていました。その猫が死んだとき、考えもしなかったほど大きなショックを受け、私は体を壊してしまったんです。」と目を潤ませた。そして、とのの目をまっすぐに見て、いかにもうれしさを抑えきれないというように言った。
「おわかりになりましたか?今日のメニューには極上のかつお節が練り込んであるんですよ。こむぎが来てくれてうれしかったけど、ほんとはあなたが来るのをずっと待っていたのよ、黒猫家と名前をつけて。ねぇ、との。」
「エー! なんで、ボクの名前を知ってるの?」
 とのは得体の知れない恐怖に襲われ、思わず叫び声を上げた。そして、店の外に逃げ出そうとするのだが、さっきパスタとスイーツを大量に食べたせいで大きくふくらんだ腹が、どうしたことか床につかえて歩けないのだった。
 そのとき、「との、そんなにうなされて、だいじょうぶかい?」と話しかける暁彦の声がして目が覚めた。眠い目をこすると、そこは、くいどころ黒猫家の店の前に置かれた車の中だった。
「黒猫家という珍しい名前の食べ物屋があったから寄ったんだけど、今日は猫以外お断りの日なんだって。」と暁彦はいかにも残念そうに言った。
 とのは、異常に突っ張っている自分の腹を見て、ほんとうに美味しい食べ物にありついたことを思い出した。すると、恐怖心が消え失せ、この上ない満足感に包まれた。そして、夢のような美味しい食べ物を出すこの黒猫家に、今度はヴァロンや野良たち、せっかくやって来たのに入りそびれた暁彦や奈月といっしょに来てみたい、そうすればなにも怖くないし、ひょっとすると黒猫家は心から猫を愛する人たちが集まる店なのかもしれないと思ったのだった。
 そのような騒動があったが、目的地には一時間遅れで無事到着した。とのと対面したヴァロンは大変な喜びようで、とのをギャーと鳴くほど強く抱きしめて歓迎した。

 ところで、そのころヴァロンが住んでいた町には、何者かに頑丈な爪で斜面を引っかかれたような、海に向かって走る深い幾筋もの谷があり、人々の多くは谷の中の狭い平地に住んでいた。とのはヴァロンに連れられて、西の谷の斜面に登って東の方を見渡したとき、谷間には真っ黒な砂粒をまき散らしたように無数の点々が見えた。目をこらすと、その砂粒はふわふわと空中に浮かんでいた。
「あの黒い点々は何なの?」
 とのは、あまりの数の多さに目を丸くして聞いた。
「あれが有名なこの町のカラス軍団さ。」
 ヴァロンは、町を知り尽くしているとでもいうように、得意そうな顔をして言った。二匹のすぐ周りにもその黒い一群は近づきつつあった。とのとヴァロンは、カラスの鋭いまなざしを避けて口をつぐんだが、近くの木の枝にとまったカラスたちは、二匹に興味を持つどころか気もそぞろといった様子で、普段とは違う声のトーンで早口のおしゃべりを始めた。
「あの超低空飛行のゲンが、事故にあったんだって?」
「ああ、東町の幹線道路でとうとうやっちまったよ。」
 ヴァロンはゲンというカラスを知っていた。ゲンは、ヴァロンが二年前にこの町に来たころ生まれ、両親にかいがいしく育てられて成長し、今でこそりりしい様子をしていたが、ヴァロンがたまたま巣立ちの場面を見たときは、両親に餌をねだって親離れを嫌がる甘えっ子だった。そのゲンが、いつのころからか交通量が多い道路をねらって車の前方ぎりぎりを滑空する危険な技に挑戦するようになった。この飛行を仕かけられた車の運転者は、その瞬間目を固く閉じ、事が過ぎるのを待つしかなかった。ゲンは、危険行為を止した方がいいと仲間たちからいさめられていた。ヴァロンも老婆心ながら、「自分を大事にしなよ。」と忠告したことがあったが、彼は、「もっともっと強靱な体と飛翔能力がほしいんだ。」と、耳を貸すことはなかった。二匹がひそんでいる森林から、無数のカラスが一斉に東の空に向かって飛び立つと、辺りの空は一時的に真っ暗闇になり、沈うつなカラスたちの鳴き声がぐるぐると渦を巻くようにその闇の中をこだました。
 ゲンの亡骸は、彼の老いた両親と仲間のカラスたちによって山の住処まで運ばれ、ていねいに弔われた。ヴァロンといっしょに葬儀に参列したとのは、悲しさをこらえられず泣き出してしまった。「一途な性格のカラスだったんだね。」
 ヴァロンの反応は違っていた。「ばかなやつだ、まっとうに生きていけば、まだまだ立派なカラスになったのに。」と怒ったように言って激しく泣いた。
 内陸に行くほど狭くなる谷をさかのぼり、突き当たりの高台の上に出てみると、深い森林が開け、眺望のいい台地が広がっていた。そこには、ローマのコロッセウムの外観のように、屈曲した壁面を持つ豪華な三階建ての建物と、その向かい側に、客人の馬のために建てられた二階建ての清潔そうな厩舎があった。
 とのたちは、足音を消して、お城のような洋館の中を走った。大広間にさしかかると、そこでは五〇人ばかりの聴衆の前で、盛装した六人の男女が、一台のピアノの旋律に合わせてゴスペルソングを歌っていた。透き通った歌声の響きを聞いてうっとりしていると、歌い終わった若い女性が、ピアノの上に飾られていた花瓶からピンクのガーベラを引き抜いて、とのとヴァロンに一輪ずつプレゼントしてくれた。なんて美しくやさしそうな人だろうと、とのは黒光りする顔を真っ赤にしたが、それに気づいたのはヴァロンだけだった。
 建物の三階にかけ上がると、大きな窓の外には、見たことがないような広大な芝生の広場が、地平線を塞いでいる遠い山脈まで延々と続いていた。とのは、ふと、暁彦と奈月が見たという、万里の長城の北方に広がる大草原のイメージを想像した。その芝生には人を乗せて全速力で走る動物がいた。
「あれは?」とのはその景観に見とれて叫んだ。
「あれが馬という生き物だ。人を乗せて走ることができる動物の中では世界一速いだろう。でも、ハンデなしで本気に競走したら、猫のスピードにかなう動物はいないんだ。」
 ヴァロンは得意気に、しかし馬の耳には届かないくらいの小さな声で言った。彼らは芝生に下り、馬たちを追ってしばらく走った。
「ずいぶん遠くまで来てしまったな。」
 ヴァロンは息を切らして立ち止まった。
「だいじょうぶだよ。どんなに遠くに来ようと、みんな、ボクたちのことを信じていてくれるからね。」
 とのは、暁彦と奈月を思い出してそう言った。
「よし、雪をいただいたあの山まで、あとひと息だ。」
 ヴァロンは元気を取り戻して走り出し、とのも後に続いた。(この章了)

七 ヒゲともんじろうの日々
 ヴァロンが、太平洋岸の町から札幌に戻った翌年の平成九年五月、との一家は函館に移り、三年間、山裾の一棟二戸の平屋に住んだ。玄関前に出ると、正面には、左手の西の方に向かって大きく弧を描く函館湾が広がり、その湾の方に急傾斜で降りていく道路の先の青い水面には、大きな明るい色の何艘もの船が白い筋を曳いていた。猫の脚力なら、眼下の湾までひとっ飛びで行けそうに見えたが、それは函館山の裾野の高い位置から見ているとのの目の錯覚で、そこまでは二キロメートル以上の距離があった。家の周りは畑や小さな草原の緑が豊かで、とのは、春は虫取り、夏は畑の野菜や雑草の上のごろ寝、秋は枯れ葉の追いかけっこ、冬は家の中で日向ぼっこなどをして、のびのびと暮らした。
 猫の「ヒゲ」と「もんじろう」、他にも年取った雄や雌の野良猫たちとも知り合いになった。ヒゲは、とのが函館で最初に会った野良猫だった。その二軒長屋に住んで間もなく、とのは、玄関脇の孤立した部屋の方に何か気配を感じ様子を見に行くと、少し開いていた窓から入ったのだろう、部屋の中に見知らぬ猫がいた。「誰なの?」と走り寄ると、その猫は大きな声でうなった。うなり声を聞いた奈月は、「との、どうしたの?」と行ってみると、怖い顔をして威かくのポーズをとっていた侵入猫は、奈月の姿にびっくりして窓から逃げて行った。
 数日後、その猫は派手なパフォーマンスで再登場した。とのが暁彦といっしょに裏庭の草取りをしていると、丸いすばしっこい物体が目の前をすっ飛んで行ったと思ったら、そのすぐ後ろを、年輩の男性が「この野良野郎」と、どなり声をあげながら追いかけてきた。
「追いかけ回すから、きかん気になるんですよ。」
 とっさに暁彦は、年輩の人に向かって余計なことを言ってしまった。走ってきた男性はその言葉を聞いたためか、息が切れたためか、走るのを止めてふらふらと歩いて行った。とのは、先日家に入ってきた猫だとすぐ気がついた。後日、追いかけ回していた男性は猫好きの人で、近所の野良猫に餌をやっていることを聞いた。ただし、その侵入猫を除いて。その猫には自分の子をかみ殺したという容疑があった。雄猫は子育てする雌猫の発情をうながすために、子猫を遠ざけようとして、時には子殺しにまでエスカレートすることがあるという。その行為は本能から発しているとはいえ、人間の理解を得られるものではなかった。
 後ろの建物には、同じ時期に転勤してきた猫好きの人がいた。その人と奈月は、その猫の顔にちょびひげ模様があったので、「ヒゲ」と呼ぶことにした。ヒゲは、近くの家の犬小屋に住み着き、親切な犬からわずかばかりの食事の残りをもらっていた。犬の飼い主は知っていたが追い払いはしなかった。ヒゲは評判が悪いわりには人に懐いた。奈月は、栄養不足でやせこけた彼をかわいそうに思い、朝晩餌を与え始めると、彼の体は短期間で丸々と太った。ヒゲの肥満の原因を探っていくと、近所の人も朝晩餌をやっていることがわかった。ヒゲ自身は人をだますつもりはなかったが、いかにも腹減ったと情けない声で鳴き、猫好きたちの気持ちをとらえるのが上手だった。それからは二軒で朝晩分担して餌を与えることにしたが、ヒゲのあちこちで間食する癖は抜けなかった。ヒゲは、窓の外から家の中をじっとのぞき込んでいることがあった。とのに興味があるのではなく、家の中が気になるようだった。ヒゲに餌を与えていた近所の人は、じっと見つめる目の表情に根負けして家に入れると、居間の暖い場所で一、二時間寝ていくようになった。ヒゲは、きっと飼いネコの母親から生まれ、一定期間、家の中で飼われていたのだろう。
 ヒゲが一時激やせしたことがあった。普段活発なボス猫のヒゲが庭の片隅でじっと動かない様子に、人間だけでなく、周りの野良猫たちも心配そうに遠巻きに見ていた。人に馴れているようでも、凶暴性のある雄の野良猫を捕まえて病院に連れて行くことはむずかしかった。とのが様子を見に行くと、ヒゲはうるさいとでもいうように、とのに背中を向けてひと言も発しなかったので、「少しでも食べた方がいいよ。」と、餌を傍に置いてくるしかなかった。ほかにも流行病にかかったのか、いつの間にか姿を見せなくなる野良猫が何匹もいた。しかし、ヒゲは野生の力によって快復を遂げた。函館住まいが三年目になったとき、とのも野良たちから移ったらしく、口の中のできものを痛がって餌を食べなくなった。すぐ病院にかかり、人間用かと思われるくらい太い注射を打ち、約十日間の投薬を続けた結果、無事完治した。
 とのほど病院の世話になった猫は多くないだろう。とのは、五、六才ころになってから、常習的な便秘に悩まされるようになり、年を取るにつれてだんだんひどくなった。これもまた、肛門付近の骨格が未発達で狭いことが原因だった。便秘になると、家では浣腸をかけることしかできず、症状が悪化したら病院で肛門から便をかき出してもらったり、腸をマッサージして絞り出してもらったりした。いずれの手法も、とのには苦痛があった。十才のころ、函館の病院で人間でも服用できるミルマグ液という下剤を調合してもらってからは、便秘の回数は劇的に減った。

 函館に住んで一年くらい経ったころ、片目の潰れた見慣れない猫が裏庭に来るようになった。その大きな体の雄猫は、白っぽい毛並みが特徴的で、雑種の猫とは明らかに違っていた。人に懐いたので飼い猫だと思われた。奈月が「もんじろう」と名前をつけた片目の猫は、落ち着かない、消耗した様子で、毎日のように姿を見せた。ボス猫のヒゲは、自分の縄張りに入ってきたもんじろうを執ように追いかけ回し、憤がいしていることをあからさまに示した。体は小さかったが、野良のキャリアにまさるヒゲの攻撃は激烈だった。もんじろうにはその圧倒的な力に対抗する気力が残っていないように見えた。
「どうしていいかわからないんだ。」
 神経をすり減らしたもんじろうは、とのの前で倒れてしまいそうに大きなため息をついた。ヒゲの攻勢におののいているというよりも、自分にはもう帰る家がないという現状を受け入れることに納得できず、苦しんでいる様子だった。とのは何もしてやれない自分が情けなかった。
 もんじろうが現れてしばらく経った天気のいい日の昼下がり、暁彦が家の横で車を洗い、その傍らでとのがスズメを追いかけていると、中学生くらいの女の子から、「この辺で片目の猫を見たことがありませんか?」と、突然声をかけられた。彼女が言うその特徴は、明らかにもんじろうのことを指していた。知っていると答えると、彼女は缶詰をひとつ差し出して、大好きな缶詰なのでやってほしいと言った。とのは、彼女が飼い主の家族だと直感した。
「夕方になったら、ここにやって来るよ。」
 暁彦が車を洗う手を休めこう言った。すると、彼女は、すぐにでも立ち去らなければならないという切迫した表情になったが、じろじろ見ている暁彦に行く手を阻まれてその場に凍りついてしまった。とのは、今にも泣き出してしまいそうなその様子を見ていると、「どうして連れて帰れないの?」と口にすることがためらわれ、彼女の足許にかけ寄って体をこすりつけた。そのとき彼女は我に返ったように、缶詰をとのの鼻先に置いて、その場からかけ足で立ち去って行った。
 野良とは違い、人を恋しがるもんじろうを飼おうとした人がいた。猫のトイレや寝床まで用意し、何度か家の中に招き入れたが、彼をつなぎ止めることはできなかった。成長した雄猫がほかの雄の縄張りに侵入して平和裡に暮らすことはやはり困難だったのだろう。網走に住んでいたとき、知り合いの飼い猫が、大人になってから突然家出し、それほど離れていない場所で野良の生活に入ったという話を聞いた。連れ帰ってもすぐ野良のすみかに戻ってしまい、ついに家に戻すことをあきらめた。その後も近くを通ると、「ぼくだよ。」と、元の飼い主に挨拶をしたそうだが一度も帰ってくることはなかったという。
 二匹の数度にわたる戦いが目撃された後、もんじろうは姿を消した。もんじろうがいなくなってしばらく経ったころ、とのがいつものように広々とした港を眺めながら、函館の旧市街の石畳の坂道を散歩している途中、観光客が通らない裏道に面して古い家が建ち並ぶ区画にさしかかったとき、狭い路地をとぼとぼ歩くもんじろうによく似た猫の後ろ姿を見た。落ち着き場所をやっと見つけたのだろうか。しかし、その猫の尻の肉は落ち、毛づやも冴えなかった。とのの気のせいかもしれなかったが、疲れ切った様子に見えた。「もん」と叫んだとき、彼はちょうど、路地の角に建つ傾きかけた木造の洋館を覆う深い草むらの中に隠れてしまった。

 暁彦は、家から一キロメートルくらい離れた職場まで毎日徒歩で通っていたが、通勤経路には交通量が多い片側二車線の道路があって、手押し信号がある横断歩道を青で渡るときでさえ慎重になるほど、多くの車が高速で行き交っていた。とのは、普段厳しいことを言わない暁彦から、「この道だけは絶対渡ってはいけない。」と聞いていたので、その言いつけを守っていた。
 もんじろうを狭い路地で見かけてから数ヶ月後の初冬の季節を迎えたころ、とのは、見回りの途中、例の危険な道の反対側にある食品スーパーの方を見ると、建物の陰にもんじろうのたたずむ姿に気がついた。彼は、居場所を探して、その道路を夜のうちに渡ったのだろう。そのとき、スーパーから出てきた男の店員が、もんじろうを見つけて、「この泥棒猫め。」と言い、腕を振り上げた。すると、もんじろうは驚いて隣の建物の軒先まで三、四メートルの距離をすばやく一目散に逃げた。男を警戒して走った身のかわし方は元気そうに見えた。ということは、彼がおかれた環境がいかにつらく不本意なものでも、自分の運命に立ち向かおうとする気力を取り戻したということなのだろう。とのは、懐かしさのあまり、二度三度、もんじろうの名前を呼んだが、彼はとのの方をちらりと見ただけで、それ以上の反応はなかった。心残りだったが、そこが彼の落ち着ける場所であってほしいと祈り、彼に手を振って立ち去ることにした。それが、もんじろうの姿を見かけた最後だった。

 平成一一年九月、網走から、知り合いの悲報が函館に届いた。暁彦と奈月は、当時、岩見沢にいたヴァロンの家にとのを預け、網走に向かった。秋だというのに三十度を超える暑い日が続いていた。とのは、初めて入った岩見沢の家で、日中、ヴァロンやえりな、妹のはんなたちと遊んで気を紛らわせたが、夜になり家族が寝静まったころ、急に暁彦と奈月がいないのが寂しくてたまらなくなった。玄関の扉に向かって「父さん、母さん」と鳴いてみたが、鉄の扉に跳ね返った自分の声が、家の中にごうごうとこだまするだけだった。家の中をうろうろしていると、トイレの前のゴミ箱から、二人が毎晩のように飲んでいるビールの匂いがすることに気がついた。
「父さん母さん、大好きなビールがあるよ。早く飲みにお出でよ。」
 とのは、ゴミ箱に捨てられた空のビール缶を一個、二個とくわえて居間の真ん中に運び、そこでじっと待った。翌朝、ヴァロンの家族は、トイレの前のごみ箱から居間にかけて点々とついている筋の先に、転がったビール缶を抱きかかえて眠っているとのの姿を見た。
 暁彦と奈月は三日振りにとのの許に戻った。ビール缶事件を聞いていた奈月が、とのの姿を見るやいなや「との、との」と何度も呼びかけたが、とのはプィと横を向いたまま身じろぎもしなかった。それは小さな子供が大好きな母親にかけ寄りたいのを我慢してすねている姿そのものだった。
 平成一二年四月初め、暁彦の転勤が決まり、三年間生活した函館を去らなければならない日が来た。遊び場が少ない冬の憂うつから解放され、暖かい函館の春を楽しもうと思っていた矢先に、雪がまだ残る北海道の奥地に行くのは残念だった。毎日やって来るヒゲに、二食の餌を分担して与えていた知り合いの家族もまた、行き先は違ったが同じ時期の転勤だった。もんじろうが去ってから、一帯は平和な秩序を取り戻し静まり返っていたが、食糧調達の事情は相変わらず厳しく、二ヶ所の餌場が消滅することは、ヒゲだけでなく他の猫にとっても相当のダメージとなることが予想された。旅立ちの当日、ヒゲが大好きな缶詰を一缶、紙皿に盛って家の陰に置くと、彼はおいしそうにいつもの通り一気食いを始めた。その様子を見ながら、とのたちはそっとその場を離れた。数年後、そこを訪れたことがあるが、ヒゲや顔見知りの猫たちに会うことはなかった。(この章了)


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