黒猫 とのべい の冒険

身近な出来事や感じたことを登載してみました。

退屈なので 龍③了

2020年11月04日 20時32分30秒 | ファンタジー
③ 熊と龍字が同じだとすれば、ユーラシア大陸に居住する北方狩猟民の熊送りを参考に、龍字を解読してみたい。物の本によれば、熊送りの手順として、まず矢で射った熊の首から腹にかけて真一文字に切り裂き、頭部と身体の中身をていねいに取り出す。残った頭蓋骨とそれにつながる全身の皮を美しく飾りつけする。祭りは二日間にわたって行われる。一日目の夜、羆の巨大な頭蓋は、部屋の天井に届きそうなくらい高く組み上げられた櫓のてっぺんに安置される。頭蓋につながった全身の皮が重々しく垂れ下がり、櫓を覆い尽くす。その様子は、立ち上がった熊が今にも広間の中に飛び出してきそうな迫力だ。まるで生きていたときより美しく神々しく見える。私は、この写真(※)を初めて見たとき、頭のてっぺんから電撃に打たれた。これはまさに、冠をつけ尾を巻いた甲骨文の竜字そのものだったのだ。
 熊送りの二日目は、戸外に出て、人が住む土地と森の裾野との境目に、細く長く細工した木を縦横に組んだ祭壇において執り行われる。祭壇の真ん中のいちばん高いところに、皮を剥がされ装飾を施された頭蓋が鎮座し、皮や肉、足の骨など、熊の身体の部位がところ狭しと居並ぶ。その様子は、熊字や四角い龍字の文字構造にそのまま反映されている。
 殷人は、なぜ実在する熊の意味を持つ熊字のほかに、架空の動物の龍字を作ったのか。同じ構造の文字なのに、そのイメージが異なる理由とは。
殷代に成立した龍字についての私見はこうだ。熊は本来、自然界を支配する百獣の王、つまり大いなる神であった。ところが、人間界では狩猟生活から牧畜や農耕へと社会構造の変化が起き、それに伴い地上に王権が、天空には最高神の帝の概念が生まれた。必然的に狩猟民の王だった熊はその地位から追われた。熊送りをはじめ、多くの動物たちを彼らの住処へ送る祭儀はついえた。こうして、聖なる力を宿す動物たちは、帝への生け贄として捧げられるようになり、これら動物たちの化身が龍などの四神・四霊の概念につながっていった。それが現在の龍のイメージなのではなかろうか。(2020.11.4)

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退屈なので 龍②

2020年11月04日 20時30分41秒 | ファンタジー
② この辺までなら、漢字は、動物の姿かたちを表した象形文字と言えるのだが、文字の形から実在の動物モデルを推定できないものがある。熊の初出の字である能字は三足の動物とする説があるが、そんな動物を見た者はいない。能字を構成する要素は、横棒のようなものの上に載った「ム」、横棒の下の「肉月」と「ヒ(卜)」である。これを象形だと考えると、「ム」は魂が宿る心臓あるいは頭蓋、「肉月」は文字どおり肉、「ヒ(卜)」の形はまさしく骨だ。熊字はこれに火を加えた字で、基本構造は能と同じ。横棒と言えば、鳥字は横棒の上で羽ばたく鳥を描いたようにも見える。これらをどう解釈するか。動物文字とは、彼らの生き生きと跳ね回る姿を写し取ったのでなく、それぞれの対象物の使用目的に応じた表し方をしたのではないか。
 では、龍(竜)とは何か。殷の時代、すでに丸っこい竜と四角い龍の二文字が存在した。竜字は尻尾のようなものがあって蛇形の動物を表すとされる。ところが角張った龍字は、どんな動物の姿を表したかぜんぜんわからない。不思議なことに、龍字の基本構造は、能(熊)とまったく同じなのだ。能字よりバラエティーに富んでいて、横棒や頭蓋・心臓、肉や骨のほかに、皮のような線を描いたものや、中にはシャーマンらしきシルエット(兄)を描いた字もある。つまり、龍字は構造上、我々のイメージする超自然の動物ではなく、熊(能)や慶字と同様、解体した動物のパーツを並べた文字であることに疑いはない。
 これらのことから、狩猟民によって多くの地域で行われた動物の魂送りが想起される。黄河中流域に居住し始めた殷人たちは、すでに狩猟採集を主な生業にしていなかったはずだが、このような動物文字を作れたのは、狩猟民の動物祭祀の鮮明な記憶を持ち続けていたからではないかと思う。(2020.11.4)


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