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帯とけの金玉集
紀貫之は古今集仮名序の結びで、「歌の様」を知り「言の心」を心得える人は、いにしえの歌を仰ぎ見て恋しくなるだろうと歌の聞き方を述べた。藤原公任は歌論書『新撰髄脳』で、「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」と、優れた歌の定義を述べた。此処に、歌の様(歌の表現様式)が表れている。
公任の金玉集(こがねのたまの集)には「優れた歌」が撰ばれてあるに違いないので、歌言葉の「言の心」を紐解けば、歌の心深いところ、清げな姿、それに「心におかしきところ」が明らかになるでしょう。
金玉集 恋(四十一) 業 平
恋せじとみたらし川にせしみぞぎ 神はうけずもなりにけるかな
(恋しないと御手洗川でした禊ぎ、神は受け付けなくなったのだなあ……乞い求めないと、見たらしかはにした身削ぎ、上は承知しないほどにも、なったのだなあ)。
言の戯れと言の心
「恋…乞い…求めること」「みたらし川…御手洗川…川の名、名は戯れる。手洗いし身を清める川、見垂らし女、身垂らし女」「見…覯…まぐあい」「たらし…誑し…だまし…たぶらかし…垂らし…だらだら続ける」「川…女」「みぞぎ…禊ぎ…御祓い…みそき…身削ぎ…身をはがすように離す」「かみ…神…髪…上…女」「うけず…受けない…受け付けない…承知しない」「ける…けり…今気付いたことを表す」「かな…感嘆・感動を表す」。
歌の清げな姿は、我が恋は神にも止めてもらえない程になったと感嘆する歌。歌は唯それだけではない。
歌の心におかしきところは、身をひきはがそうとすれば、受け付けないほどになった女に、感嘆する歌。
この歌は伊勢物語(六十五)にある。物語の中で上のように聞くと物語が生き生きとして、男と女の匂いが漂ってくるでしょう。内容を少し紹介しましょう。
むかし、帝にお仕えしていた女がいた。在原なる男、まだとっても若かったので、女の居る所に出入りを許されていて、相知りあった。女「とっても具合がわるいの、そういうことはしないで」と言ったけれど、あふ(逢う…合う)ことさえできれば、どうなってもいいと言って、女の、みざうし(御部屋…身双肢)に上っていたのだった。このように不都合なことをしているうちに、身も滅びてしまいそうに思えたので、「どうしょう、我がこのような心を止め給え」と、ほとけ、かみ(仏、神……ほと、毛、かみ)にも申したけれど、恋しさ増さるばかりであった。わけもなく、こひしうのみ(恋しいとばかり…乞いしいの身)思えたので、陰陽師など呼んで、「こひせじ」という祓えの具(そんな道具はない)をもって祓っていたが、以前よりもまして愛しいとばかり思えたので、「こひせじとみたらし川にせしみそぎかみはうけずもなりにけるかな」と言ってなのだ、帰ってきた。
帝はこの男を流しつかわされ、御息所は従姉妹のこの女を蔵に閉じ込めて折檻なさった、云々と物語は続く。
紫式部の伊勢物語読後感が「源氏物語」絵合の巻にある。左右に別れて、絵物語の優劣を論じあう平内侍の台詞に表れている。
左方の平内侍「伊勢の海の深き心をたどらずてふりにし跡と波や消つべき。世の常のあだごとの、ひき繕ひ飾れるにおされて、業平が名をや腐すべき(伊勢物語の海のような深い心を辿らずに、古い過去のことと世の波などが消していいのでしょうか。世の常のあだごとが取り繕い飾られてある他の物語に圧倒されて、業平の名を腐していいのでしょうか)」と右方に争いかけたとある。
今の人々は、業平の歌や物語の「清げな姿」だけを見せられて下半身が見えていない。
「伊勢物語」は、普通に女たちが下劣と貶すような物語である。しかし、この世から消してしまえるような物語では無い「深い心」があると思って読みましょう。
伊勢物語(65)の全文は、帯とけの伊勢物語(六十五)をご覧ください。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の秘儀伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず
『金玉集』の原文は、『群書類従』巻第百五十九金玉集による。漢字かな混じりの表記など、必ずしもそのままではない。又、歌番はないが附した。