朝一番に最寄りの小戸郵便局に行ってきた。
で、その帰途、いつものように小戸神社に拝礼して、写真を写させていただいた。
いつ行っても、この小戸神社近くの空気は清清しい。
↓この神社前の用水路の水が我が家の裏まで流れてきている。
だから、わざわざ参拝に来なくても、いつもこの神社の空気が運ばれてきていることを感じる。
一昨年、私が精神薬の副作用で心身ともに最悪な状態になっていた時に実家の母は、わざわざ高知から来て、この神様に私の回復を祈ってくれた。
お陰で、何とか元に戻れた。
そのことを思えば、小戸神社の神様にも、実家の母にも、感謝の気持ちでいっぱいだ。
が、その母であるが、2月の初めに階段から堕ちてその首の骨を折ったことは何度か書いてきた。
死ななかったことが奇蹟と思えるくらいの大事故だった。それから3ヶ月余りが経つ。
お陰様で大分回復してきたが、それでもまだ治り切っていないから頭は肩に固定されたままだ。
この頭を固定する器具の装着は今年の10月いっぱいはかかりそうだ。
まだまだ先のことなのに、外出好きの老母からは、今から私や夫に、器具が外れたら、1週間くらい、どことどことどこに連れていってほしいと電話がかかってくる。
夫は、現在は、仕事も開店休業の状態だが、まだ止めてしまったわけではない。
いつ仕事が入るか分からないのだ。私は、もう仕事を取らないでほしいと思っているが・・・。
だから、母の希望通り、1週間も休むことはむずかしい。
それだけでなく、夫は、現在、下のほうが頼りなくなっている母を連れて1週間も一緒に旅をしたくないという気持ちが強いようだ。
私も気持ちは何とか母の希望をかなえてやりたいと思うが、自分の体力が持たない。
人使いの荒い母と一緒にいると、2日間くらい一緒にいるだけでもぐったり疲れる。
その上、母は、最近は、よく粗相をするようだ。
現在は入院中なので、看護師さんや、いつも母の世話をしてくれているおばちゃんが、毎日病院に来て、洗濯、その他の雑用をしてくれているが、私は薄情のように聞こえるかもしれないが、世話はようしない。兄嫁も同じ建物に住んではいるが、一切ノータッチだ。母の言うことを全部聞いていたら、自分の生活が成り立たないからだろう。
かと言って、認知症でもない母を老人ホームに入れるのは忍びない。というより、おとなしく入っているような母ではない。
今後のことを考えると頭が痛いが、それでも、できるだけ親孝行しようとは思っている。
思っているけれども、自分の体力の限界があるから、全てにハイハイとは応えられないのだ。
兄が生きていれば、私が、こんなに悩むこともなかったのにと、母をおいて死んだ兄に文句を言いたくもなってくる。
長生きもほどほどがよし生き過ぎてしまへば子等も年寄りとなる biko
帰り道の家々のお花を写させてもらってきた。
5月も中旬になれば、お花達も少しくたびれてきているように見える。
また暑い夏がやってくる。
暑くなると私は死んだようになる。
夏好きでありにしわれも七十路(ななそじ)に近づきくれば夏耐え難し biko
で、その帰途、いつものように小戸神社に拝礼して、写真を写させていただいた。
いつ行っても、この小戸神社近くの空気は清清しい。
↓この神社前の用水路の水が我が家の裏まで流れてきている。
だから、わざわざ参拝に来なくても、いつもこの神社の空気が運ばれてきていることを感じる。
一昨年、私が精神薬の副作用で心身ともに最悪な状態になっていた時に実家の母は、わざわざ高知から来て、この神様に私の回復を祈ってくれた。
お陰で、何とか元に戻れた。
そのことを思えば、小戸神社の神様にも、実家の母にも、感謝の気持ちでいっぱいだ。
が、その母であるが、2月の初めに階段から堕ちてその首の骨を折ったことは何度か書いてきた。
死ななかったことが奇蹟と思えるくらいの大事故だった。それから3ヶ月余りが経つ。
お陰様で大分回復してきたが、それでもまだ治り切っていないから頭は肩に固定されたままだ。
この頭を固定する器具の装着は今年の10月いっぱいはかかりそうだ。
まだまだ先のことなのに、外出好きの老母からは、今から私や夫に、器具が外れたら、1週間くらい、どことどことどこに連れていってほしいと電話がかかってくる。
夫は、現在は、仕事も開店休業の状態だが、まだ止めてしまったわけではない。
いつ仕事が入るか分からないのだ。私は、もう仕事を取らないでほしいと思っているが・・・。
だから、母の希望通り、1週間も休むことはむずかしい。
それだけでなく、夫は、現在、下のほうが頼りなくなっている母を連れて1週間も一緒に旅をしたくないという気持ちが強いようだ。
私も気持ちは何とか母の希望をかなえてやりたいと思うが、自分の体力が持たない。
人使いの荒い母と一緒にいると、2日間くらい一緒にいるだけでもぐったり疲れる。
その上、母は、最近は、よく粗相をするようだ。
現在は入院中なので、看護師さんや、いつも母の世話をしてくれているおばちゃんが、毎日病院に来て、洗濯、その他の雑用をしてくれているが、私は薄情のように聞こえるかもしれないが、世話はようしない。兄嫁も同じ建物に住んではいるが、一切ノータッチだ。母の言うことを全部聞いていたら、自分の生活が成り立たないからだろう。
かと言って、認知症でもない母を老人ホームに入れるのは忍びない。というより、おとなしく入っているような母ではない。
今後のことを考えると頭が痛いが、それでも、できるだけ親孝行しようとは思っている。
思っているけれども、自分の体力の限界があるから、全てにハイハイとは応えられないのだ。
兄が生きていれば、私が、こんなに悩むこともなかったのにと、母をおいて死んだ兄に文句を言いたくもなってくる。
長生きもほどほどがよし生き過ぎてしまへば子等も年寄りとなる biko
帰り道の家々のお花を写させてもらってきた。
5月も中旬になれば、お花達も少しくたびれてきているように見える。
また暑い夏がやってくる。
暑くなると私は死んだようになる。
夏好きでありにしわれも七十路(ななそじ)に近づきくれば夏耐え難し biko