昨日が返却日だった永田淳著『評伝 河野裕子』を、昨日の午後からずっと読んだが、読み上げることができないまま、今朝、図書館の開く前に返却してきた。
本当は昨日の午後7時までに返却しないといけなかったのだが、まだまだだったので、朝まで徹夜してでも読もうと思っていた。
決してむずかしいことを書いてあるわけではないので、詰めて読めば読み上げられるのだが、家にいると中々詰めて読めない。ご飯の支度があったり夫が話しかけてきたりで・・・。歳とともに読書力の衰えも痛感する。
それで夫が寝てから読もうと思っていたのだったが、
リタイヤの夫とともにゐるわれに読書の時間とりがたきかも biko
読む力弱くなりにし己とも思ふ読み上げざれしままに返せば biko
夕食を食べると、夫同様、眠くなる私は、いったん寝て、また夜中の2時ごろから読んだが、あまり捗らず、結局、朝一番に返却に行くことに。
図書館開館前に図書館の返却ポストに投入すれば、昨日ポストに入れたことと同じになると思ってそうしたのだ。
朝も8時半まで読んでいたが、ポストに返却本は開館より前に職員に取り出されると思ったので、早めに家を出た。
午前8時50分に返却ポストに投入しようとすると、投入口の奥には人の手が見えた。
それで、「これ返却です」と声をかけて、お顔を見ないまま、その手にお渡してきた。
返却本返却ポストに入れるとき見てしまひたり回収の手を biko
その後、そのまま帰宅するのもなんだから、図書館から自宅と反対方向に朝の散歩としゃれこんだ。
少し歩くと、JR川西池田駅の前あたりから、長尾山に登る道がある。
この道を昇ると、川西市花屋敷の踏切。踏切の向こう側が「花屋敷」、踏切の手前は「寺畑」。「寺畑」というのは、この山を上がると満願寺という古寺があり、昔はその畑であったところだったから、それが地名になっているらしい。
昔は、ここに阪急電鉄「花屋敷駅」という駅があった(らしい)。
が、次の宝塚市雲雀丘駅と余りにも距離が近いということで、この踏切より左手のほうに、両方の駅を合わせた「雲雀丘花屋敷駅」ができたということは何度も署いてきた。
私は、この踏切は渡らず、手前の道から家に帰ろうと歩いた。
すると、こんな祠があった。、
「小戸神社拝願所」とあるから、我が家の氏神様、小戸神社拝願所ということだろう。
この拝願所で手を合わせてから、寺畑住宅地の間の道を下った。
下ったところから振り返ると、花屋敷とか雲雀丘のある長尾山に阪急電鉄の高架軌道が架かっているのが分かる。そう、阪急電鉄宝塚線は、川西能勢口駅では高架だが、次駅の雲雀丘花屋敷駅」は高架ではなくなり、電車は山の斜面を走るようになるのだ。
川西能勢口駅が高架に伴って宝塚寄りになったのには、阪急電鉄の軌道を長尾山の斜面に架けるためというのがあったと推測する。高架したお陰で、軌道は宝塚にかけて急傾斜の必要がなくなったのだ。
人の歩く道は長尾山の斜面の道路を降りたところにある団地に続いていて、私は、その中を通らせてもらって、今が見ごろと咲いている五月躑躅を見せてもらった。
さらに歩いて、自宅近くの花屋さんの前を通り過ぎようとすると、このようなポスターが貼られてあった。
我が家は街中で庭がないが、奥の住宅地には広い庭に丹精して花を咲かせて見せてくださる家家があるのだ。5月、13,14、15日のお天気のよい日に、能勢電かバスに乗って見せてもらいにいこうか。
5月は一年中で一番いい季節だ。
遠出などせずに市内の庭庭に咲く花々を見せてもらはむ biko
本当は昨日の午後7時までに返却しないといけなかったのだが、まだまだだったので、朝まで徹夜してでも読もうと思っていた。
決してむずかしいことを書いてあるわけではないので、詰めて読めば読み上げられるのだが、家にいると中々詰めて読めない。ご飯の支度があったり夫が話しかけてきたりで・・・。歳とともに読書力の衰えも痛感する。
それで夫が寝てから読もうと思っていたのだったが、
リタイヤの夫とともにゐるわれに読書の時間とりがたきかも biko
読む力弱くなりにし己とも思ふ読み上げざれしままに返せば biko
夕食を食べると、夫同様、眠くなる私は、いったん寝て、また夜中の2時ごろから読んだが、あまり捗らず、結局、朝一番に返却に行くことに。
図書館開館前に図書館の返却ポストに投入すれば、昨日ポストに入れたことと同じになると思ってそうしたのだ。
朝も8時半まで読んでいたが、ポストに返却本は開館より前に職員に取り出されると思ったので、早めに家を出た。
午前8時50分に返却ポストに投入しようとすると、投入口の奥には人の手が見えた。
それで、「これ返却です」と声をかけて、お顔を見ないまま、その手にお渡してきた。
返却本返却ポストに入れるとき見てしまひたり回収の手を biko
その後、そのまま帰宅するのもなんだから、図書館から自宅と反対方向に朝の散歩としゃれこんだ。
少し歩くと、JR川西池田駅の前あたりから、長尾山に登る道がある。
この道を昇ると、川西市花屋敷の踏切。踏切の向こう側が「花屋敷」、踏切の手前は「寺畑」。「寺畑」というのは、この山を上がると満願寺という古寺があり、昔はその畑であったところだったから、それが地名になっているらしい。
昔は、ここに阪急電鉄「花屋敷駅」という駅があった(らしい)。
が、次の宝塚市雲雀丘駅と余りにも距離が近いということで、この踏切より左手のほうに、両方の駅を合わせた「雲雀丘花屋敷駅」ができたということは何度も署いてきた。
私は、この踏切は渡らず、手前の道から家に帰ろうと歩いた。
すると、こんな祠があった。、
「小戸神社拝願所」とあるから、我が家の氏神様、小戸神社拝願所ということだろう。
この拝願所で手を合わせてから、寺畑住宅地の間の道を下った。
下ったところから振り返ると、花屋敷とか雲雀丘のある長尾山に阪急電鉄の高架軌道が架かっているのが分かる。そう、阪急電鉄宝塚線は、川西能勢口駅では高架だが、次駅の雲雀丘花屋敷駅」は高架ではなくなり、電車は山の斜面を走るようになるのだ。
川西能勢口駅が高架に伴って宝塚寄りになったのには、阪急電鉄の軌道を長尾山の斜面に架けるためというのがあったと推測する。高架したお陰で、軌道は宝塚にかけて急傾斜の必要がなくなったのだ。
人の歩く道は長尾山の斜面の道路を降りたところにある団地に続いていて、私は、その中を通らせてもらって、今が見ごろと咲いている五月躑躅を見せてもらった。
さらに歩いて、自宅近くの花屋さんの前を通り過ぎようとすると、このようなポスターが貼られてあった。
我が家は街中で庭がないが、奥の住宅地には広い庭に丹精して花を咲かせて見せてくださる家家があるのだ。5月、13,14、15日のお天気のよい日に、能勢電かバスに乗って見せてもらいにいこうか。
5月は一年中で一番いい季節だ。
遠出などせずに市内の庭庭に咲く花々を見せてもらはむ biko