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本連載前回記事で、南シナ海における日本、アメリカ、中国の関係性などを見てきた。最後に少し韓国の立ち位置について触れたが、今回はその韓国について深掘りしていきたい。
今、韓国とアメリカの関係は急激に冷え込んでいる。それは、韓国が中国寄りの姿勢を見せてきたためだが、これは2003年に盧武鉉政権が誕生したことにさかのぼる。この左派政権は、北朝鮮に対していわゆる「太陽政策」を採り、反米の姿勢を強く打ち出していた。それは、アメリカにとってはもちろん、日本にとっても不都合なことであったといえる。
また、盧大統領は「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」という法律をつくったことでも知られる。これは、戦時下で日本の支援を受けていた韓国人や韓国企業の財産を没収するというものだ。
通称「反日法」といわれるこの法律によって、政財界の日韓間のパイプは次々に切断されてしまった。それは、アメリカに対しても同じだ。さらに、盧大統領はアメリカに対して戦時作戦統制権の返還を求めた。
韓国と北朝鮮は現在も朝鮮戦争の「休戦中」という扱いであり、実は終戦したわけではない。そのため、国連軍の代表格といえるアメリカは、韓国軍に対して戦時下での統制権を握っている。盧大統領は、これを「返してほしい」とアメリカに訴えたのだ。アメリカは06年の米韓首脳会談で戦時作戦統制権の返還に基本合意し、翌07年には「12年4月までに返還する」と発表した。
しかし、盧政権が倒れ、08年に右派の李明博政権が誕生する。李大統領は、盧政権がつくり上げた流れに逆らうかたちで「統制権の返還を延期してほしい」とアメリカに請願した。「韓国政府には戦時下で軍をコントロールするだけの能力がない。だから、返還は待ってほしい」というわけだ。アメリカは、それを承諾するかたちで「15年末までの延期」で合意した。
この統制権返還の問題は、「在韓米軍の存在をどうするのか?」という問題と表裏一体である。アメリカが韓国軍の統制権を持たないのであれば、在韓米軍は不要な存在となり、必然的に撤退の道を選ぶことになるだろう。その場合、韓国は中国や北朝鮮の脅威にじかにさらされることになる。また、李大統領がアメリカに統制権返還の延期を求めた際、アメリカは韓国政府に対して、ある要求をしている。
●日中韓首脳会談の裏側
それは、終末高高度防衛(THAAD)ミサイルの導入である。これは、大陸間弾道ミサイルや中距離弾道ミサイルが北朝鮮や中国から発射された場合、初期段階で迎撃するミサイルだ。あるいは、完全に迎撃することはできなくても、その分析などができるシステムである。
アメリカが韓国にTHAADミサイル導入を求めたのはなぜか。それは、韓国のみならず東アジア全体の安全保障につながるからである。しかし、アメリカの要求に対して、韓国はなかなか最終的に首を縦に振らなかった。
そして、13年2月に朴槿恵政権が誕生し、再びこの統制権の問題がクローズアップされることになった。就任直後、朴大統領はアメリカを訪問し、「統制権の返還をさらに延期してほしい」とお願いした。それに対し、アメリカは再びTHAADミサイル導入の話を持ち出した。いわば、「アメリカと中国のどちら側につくのか」と迫ったわけである。
しかし、中国の顔色を見ている韓国は合意しない。13年12月には、アメリカのジョー・バイデン副大統領が訪韓の際に「アメリカはずっと韓国にベッティングする」「韓国はアメリカの反対側にベッティングするのはよくない」と釘を刺す事態に至った。
そして、15年10月に行われた米韓首脳会談においても、アメリカの高官たちは「これ以上、韓国が中国に接近するのであれば、もはや同盟国として必要ないのでは」という旨の発言を行った。
また、同年11月には韓国のソウルで日中韓首脳会談が行われたが、この会談をセッティングしたのは実はアメリカであり、アシュトン・カーター国防長官がオブザーバー的存在として現地に足を運んでいた。
同会談では「北東アジアの平和と協力のための共同宣言」が出されたが、3国の合意により、その詳細は非公開とされた。しかし、その名称を見ればわかるように、具体的な中身はアジアの安全保障に関するものであることが明らかだ。
さらに、同月に行われた拡大ASEAN国防相会議においても、アメリカは韓国に対して「米中のどちらを選ぶのか」と強く求め、韓国はついに「アメリカを支援する」と述べざるを得なかった。同会議の前にも、韓国はカーター国防長官に批判されたことを受け、ついに中国の南シナ海侵攻について批判の声明を出さざるを得ない状況に置かれている。
なぜなら、その前の10月下旬、アメリカは南シナ海において「航行の自由」作戦を開始し、南シナ海の安全を守る行動に出たからである。
●二股外交が限界を迎えた韓国
中国は、南沙諸島周辺にいくつもの人工島をつくって領有権を主張しているが、これはいわゆるシーレーンの重要な位置にあり、世界の石油と天然ガスの約3分の1が通過するルートである。
仮にそのエリアが封鎖された場合、日本に石油や天然ガスが入ってこなくなるだけでなく、太平洋を通過してアメリカに届くはずの資源もストップすることになる。
アメリカの「航行の自由」作戦は、そういった事態を防ぐため、中国が領有権を主張する人工島の12海里以内を軍艦が横断するというもので、「人工島に関しては領有権を認めない」という国際ルールを守らない中国に対する強い威嚇行動である。
この作戦に対して、韓国は「日本とアメリカ、それにNATO(北大西洋条約機構)の国際的な枠組み側につくのか、それとも中国側につくのか」という究極の選択を迫られ、前者を選択したわけだ。いわば、韓国の「二股外交」も限界を迎えたといえる。
そして、昨年末の慰安婦問題における日韓合意である。この合意はアメリカ主導で行われた側面が強く、韓国にとっては「日米側につくか」、「中国を選んで北の脅威にさらされるか」という究極の選択であったといえる。
昨年12月中旬に日米の情報筋は北朝鮮の核実験の情報を得ており、それを用いて韓国に選択を迫ったともいわれている。そこで、韓国は慰安婦問題で一定の妥協をすることで、日米側を選択し、THAADミサイル導入に関しても前向きの姿勢に変わったのだ。
しかし、これまでの経緯から、日米は韓国を本質的には信用していない。これまでも韓国を通じて中国にさまざまな情報や軍事技術が流出している実態もあり、信用に値しないのである。ただし、地政学的に日本にとっては重要な意味がある地域のため、韓国を簡単に捨てるわけにもいかないのである。
そして、北朝鮮は中国およびロシアとの関係もうまくいっていないという側面があり、経済的にもいつ暴発してもおかしくない状況にあるわけだ。そして、核実験に次いで、長距離弾道ミサイルの実験も行われようとしている。
前述した拡大ASEAN国防相会議において、米中の防衛トップの会談は決裂に終わった。中国の強引な主張に、「航行の自由」作戦で対抗するアメリカ。この2大国は、いよいよ準戦時下に入ったともいえるだろう。そして、それは同時に、世界が再び冷戦の時代を迎えたことを意味するのかもしれない。