日本では神も仏もいない。死んだら終わりと言う人が大半ですが、真実を伝えます。

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気づけば極東は世界有数の『ミサイル林立地域』…一体、何発が日本を狙うのか!?

2019-07-30 21:54:59 | 日記

https://news.infoseek.co.jp/article/shupure_98332/

北朝鮮が度重なるミサイル発射実験や核実験を行ない、日米を恫喝(どうかつ)する。それにアメリカのトランプ政権がしばしば噛みつき、一触即発の状態が続く。日本と韓国は北朝鮮からの〝とばっちり攻撃〟を避けるために、外交努力と並行して急ピッチで迎撃ミサイルをはじめとする抑止力の準備を進める…。

日本人がすっかり慣れてしまった東アジアのこの光景は、間違いなく今年も続くはずだ。たとえ2月の平昌(ピョンチャン)冬季五輪で一時的な緊張緩和が演出されたとしても、結局のところ北朝鮮には核を手放す気はなく、かといってアメリカをはじめとする周辺国がそれを簡単に認めるはずもない。

むしろ、北朝鮮は今年中にも核弾頭搭載のICBM(大陸間弾道ミサイル)を本格的に完成させ、さらに強気の恫喝を繰り広げる可能性が高い。

また、最近では北朝鮮の脅威ばかりが強調されがちだが、その隣では世界第2位の軍事大国・中国が、ミサイルの増強を含めた軍拡を継続。

1月11日には尖閣(せんかく)諸島周辺に、長距離巡航ミサイルを搭載可能な中国海軍の攻撃型原子力潜水艦が出現するなど、日本に対する圧力をさらに強めているーー。

いつの間にか“ミサイル林立地域”になってしまった極東地域で、日本は生き抜いていけるのだろうか?

* * *

東アジア地域において、日本を直接の標的とするミサイルはどれくらいあるのか。

まずは、昨年9月に「核兵器で日本の4つの列島を海へ沈める」との声明を出し、米軍の出撃基地となる日本も核ミサイルの標的としていることをあらためて明言した北朝鮮について、軍事ジャーナリストの古是三春(ふるぜ・みつはる)氏が解説する。

「射程1000kmの『スカッドER』、射程1300kmの『ノドン』などのIRBM(中距離弾道ミサイル)200発から300発が日本を狙っているとされています。

発射機の制限からすべてを同時に発射することはできませんが、それでも1日当たり40発程度が発射可能であると米軍は予測しています。

弾頭はすべて核というわけではないものの、天然痘(てんねんとう)や炭疽菌(たんそきん)といった生物兵器、VXガスやサリンといった化学兵器を弾頭にする可能性は十分にあります」

一方、現在も核ミサイル技術の開発途上にある北朝鮮とは違い、完全に実用化された弾道ミサイルを多数配備しているのが中国だ。古是氏が続ける。

「日本を狙うのは、中国東北部の第51基地(瀋陽[しんよう])を中心としたミサイル旅団の射程1770kmのIRBM『DF-21(東風21型)』。台湾に向けられているものも含め、合計すると350発以上が配備されています」

なお、この日本向けのDF-21は単弾頭のミサイルだが、昨年11月に中国が発射実験に成功した射程1万2000㎞以上の新型ICBM「DF-41(東風41)」はさらにやっかいな能力を有しているのだという。

「中国軍高官の発表によれば、DF-41は最大10個もの弾頭を搭載でき、しかもそれぞれの弾頭が個別に誘導される方式(MIRV)。これが本当なら、弾道ミサイル迎撃網に対する突破能力が格段に上がっています」(古是氏)

◆『週刊プレイボーイ』6号(1月22日発売)「これが日本を包囲する北朝鮮・中国『核ミサイル恫喝地図』だ!!」では、東アジア地域各国とそこに強い影響力を有するアメリカ、ロシアの保有ミサイルとその主な標的、そしてその脅威に対する日本の防衛体制を図示した「ミサイル地図」で解説。そちらもお読みいただきたい!

(取材・文/世良光弘 写真/時事通信社)


世界中が気付き始めた「中国こそ最凶のテロ支援国家」という現実。本当だとしたら、人類の敵、悪魔の中国共産党。安倍さんは米中貿易戦争の中国を助けるべきでない。

2019-07-30 21:54:47 | 日記

https://www.excite.co.jp/News/society_g/20180913/Weeklyjn_16088.html

 中国の「シャープパワー」が猛威を振るっている。

 シャープパワーとは、中国が世界中で展開する世論工作を指し、買収や威嚇、情報操作に至るまで、あらゆる悪意に満ちた手段を駆使した活動を批判的に揶揄した造語だ。米国のシンクタンクによって命名された。

 「シャープパワーの威力は、例えば隣国の韓国を干上がらせたほどです。米国は北朝鮮の弾道ミサイルの発射を早期に探知し、迎撃するために一昨年、高高度ミサイル防衛システム(THAAD)を韓国ロッテ商事が運営するゴルフ場に搬入しました。ところがこれに反発した中国は、韓国商品の輸入規制などの報復措置を実施したばかりか、ロッテ商品の不買運動まで指示したのです。韓国の輸出の26%は中国向けですから、大打撃を受けたのは言うまでもありません」(国際ジャーナリスト)

 シャープパワーは両刃の剣だ。在カナダ中国人ジャーナリストの盛雪氏は、米国の中国語メディア『新唐人テレビ』で「中国共産党政権は、世界の独裁国家やテロ組織に経済支援を行うことで、後ろ盾であるばかりか、今後、国際テロ組織との結託を強化しようとしている」と暴露した。

 「盛氏は、中国当局が国際テロ組織に接近する目的について、『組織を利用して自由・民主主義国家をけん制するのが目的です』との見解を披歴しています。特に“タリバンカード”をチラつかせて、米中貿易戦争で優位に立とうとトランプ米政権に揺さぶりをかけているのです」(同・ジャーナリスト)

 英紙フィナンシャルタイムズ(FT)も8月6日付の記事で、《中国当局がアフガニスタンの国際テロ組織タリバンの幹部と頻繁に接触し、中国国内に招いたこともある》と指摘した

 FTだけでなく、英BBC放送中国語電子版やロイター通信の2016年の報道では、同年7月18日から22日にかけて、中国当局の招聘を受けたタリバンの代表団が中国訪問したという。

シェール・モハンマド・アッバス・スタネクザイというタリバン在カタール政治事務所所長が代表団の長を務めた。

 「同氏は日本の公安調査庁によると、国連安保理の『
アルカイダ&タリバン制裁委員会』から01年2月に制裁対象に指定された人物です。中国当局は、新疆ウイグル自治区などムスリムに寛大であるとアピールするために、タリバンの上層幹部をモスクなどへ案内し、ハラールフードにも招待しています」(同)

 英国でさえ、現在の中国共産党政権は、テロリズムと北朝鮮などの独裁政権、ファシズムと共産主義を集結した最も凶悪なテロ組織だと指摘している。



天照大神の霊言「これほど信仰心のない不浄な国民だったら、私は、もう、・・」衝撃です。相次ぐ天変地異。天照大神が実行され始めているのか?

2019-07-30 21:54:30 | 日記

天照大神の怒りの激しさには驚きました。三千年以上も日本を守ってきた天照大神をはじめとする日本の神々の存在を信じず、無視している無神論で唯物主義の国民に対しての怒りは激しい。

 

天照大神の霊言① 『最後はね、私は、この日本列島ぐらい、どうにでもできるのです。

だから、この国の国民が気に入らなかったら、日本列島を全部沈めてます。


沈めて、もう一回、浮かび上がらせ、新しい国民をつくります。

そのくらいのことができるのが、神なのです。

だから、「言うことをききなさい」と言っているのです』


天照大神の霊言② 『民主主義の原理を、基本的には「多数決の原理」と考えておるのでありましょう。

そして、日本の3分の2の人々が、宗教を認めない方向にあるわけですから国民をそのまま許すわけにはいかないでしょう。

だから、改心を迫るか、国民をやめてもらうか、どちらかです』


天照大神の霊言③ 『ええ、国民をやめていただきたい。そういう人たちが、「支那にいきたい」とか、「北朝鮮にいきたい」とか言うなら、別に止めませんよ。「日本にとどまりたい」と言うなら、それは、「天変地異が襲う」ということです。


天照大神の霊言④ 『根本がわかっていない。彼らは、もう本当に、唯物論に固まっている。

「勝手に機械が動く」と思っているのでしょうが、機械が動くのではないのです。

この地球なんか、どうにでもなるのです!

地球の表面なんか、どうにでもなるのです!

地震も津波も、何でも起こせるのです!

簡単なのです!

要は、「その神意を読み取って自分たちの悔い改めに使いなさい」


天照大神の霊言④ 『この国民の「思いの力」は「ばい菌」の思いの力のように見えるのですよ。これほど不浄な国民だったら、私は、もう、三千万人ぐらい、この地上から消したいぐらいです。


天照大神の霊言⑤ 『神なくして人間などありえない」ということがわからないなら、それが分かるところまで、お見せします』

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天照大神 天照大神(あまてらす・おおみかみ)は日本の神様の中で最高神の地位を占める神様で、太陽の神であり、高天原(たかまがはら)の主宰神です。天照大神を祀る神社神明神社といい、全国各地にあるが、その総本社は神宮(伊勢神宮)の内宮(皇大神宮)である。

戦前には一家に必ずあった、神棚には天照大神が祀られています。


天照大神の霊言「日本は世界から植民地をなくすという大きな使命をはたした。我々は、断じて、侵略国家ではありません。」

2019-07-30 21:54:00 | 日記

天照大神の霊言 

もっと強くなりなさい。ただただ、「もっと強くならなければ駄目である」ということです。

今の日本の状態は、たとえて言えば、学校でいじめられた子が「他の子に悪口を言われた」と言って、勉強に集中できず、すごすごと家に帰ってくるような状況に近いと思います。

もっと強くならなくてはなりません。もっと、自分自身に対して厳しく修行を積み、強い国家になっていただきたいと思います。

我々は、断じて、侵略国家ではありません。「われわれは、むしろ、侵略的な国家に被害を受けた国家であるのだ」ということを忘れてはならないのです。

アジアの人たちを解放しようとしたことは、正しい行為です。

日本が戦わなければ、アジア全部が欧米の植民地になっていたのです。

われわれは、世界から植民地をなくしました。

大きな犠牲を払いましたけれども、尊い仕事を成し遂げたのです。

何百万人の人の命が失われた子も知れないけれども、彼らは犬死にしたのではありません「世界から植民地をなくす」と言う大きな使命を果たしたのです。

また、日本は、「日清」「日露」というおおきな戦いにおいても、世界の大国としての力量を示しました。神の国としての力量を示したと思います。

今はアメリカと言う国とも仲良くしておりますので、その関係は大切にしなければならないと思いますけれども、日本の国の独自のよさを、しっかりと守り、打ち出していくことが大事です。

そういう、自覚の面における「強さ」が必要だと思います。

自分の国に自信が持てないような子供を育てないようにしていただきたい。自虐的な大人をつくらないようにしていただきたい。

また、そうした人間を作ることで持って生業(なりわい)としているマスコミ稼業の人たちに対して、深い反省を迫るものです。

 

大川隆法著「天照大神の緊急神示」より抜粋 

 

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天照大神 天照大神(あまてらす・おおみかみ)は日本の神様の中で最高神の地位を占める神様で、太陽の神であり、高天原(たかまがはら)の主宰神です。天照大神を祀る神社神明神社といい、全国各地にあるが、その総本社は神宮(伊勢神宮)の内宮(皇大神宮)である。 

 

参考 

 

大川隆法・天照大神の霊言「これほど信仰心のない不浄な国民だったら、私は、もう、・・」衝撃です。 

 

http://blog.goo.ne.jp/1079sasa/e/60ea54ee03e3430a2a11a625141cb5a6 

 

大川隆法 著「天照大神の未来日記」で熊本地震は予言されていた? 

 

http://blog.goo.ne.jp/1079sasa/e/600948667f5f6b18b2b473d71dc54171 

 

大川隆法・天照大神の霊言「大改心かそれとも絶滅か」国民はどちらを選ぶのか! 

 

http://blog.goo.ne.jp/1079sasa/e/1ae79987d7ab03637f40eeeed1e4b81f?fm=entry_aw






怒ってばかりだった母との和解「意地悪してごめんね」(体験談)

2019-07-30 21:45:50 | 日記

http://voicee.jp/201401154573

 「さっさと、やりんさいや!」

私の実家は広島の郊外にある、大きな古い平屋で、裏手には、家族の食事用の作物をつくる田畑がありました。私は、小学校にあがる前から、いろいろと家の手伝いをさせられました。

掃除、洗たく、風呂焚き、畑から野菜をとってくること……。いつも、母から、たくさんの用事を言いつけられます。私には、それが苦痛でした。

「何回ゆうたら、わかるんね。ちゃんと片付けんさい、ゆうたじゃろう」

ささいなことでも、大声で怒られます。口答えや言い訳などしようものなら、もっと怒られます。私は、言い訳したい気持ちをぐっとこらえ、できるだけ早く、母に言われたように動くよう努力しました。

「言ってもわからんのんじゃったら、もう外に出ときんさい!」

ときには、夕食を抜かれたり、家の外に閉め出されることもありました。テストでいい点をとって、母の機嫌をとろうと、一生懸命、勉強しました。両親の仲も悪く、夫婦げんかはしょっちゅう。言い争う声を聞いていると、暗い気持ちになりました。


自由になりたい

小学校4年生のころのこと。よく家に遊びに行くようになった、友だちのお母さんは、とても優しい人でした。家事もお母さんがとりしきっているようです。私の家とは違う……ショックでした。

「もう、こんな家にいたくないな。そうだ、伯母さんの家に行こう」

私は、貯金箱から小遣いを取り出し、身の回りのものをリュックにつめました。母が出かけている間に、3歳下の妹をつれて、そっと家を出ました。

妹の手を引き、記憶だけをたよりに、かなりの距離を歩き、さらに三十分ほどバスに乗って、なんとか伯母の家にたどりつきました。

「どうしたん? あんたら、2人で来たん?」

私たちを見た伯母はびっくり。すぐ、私の家に電話すると、あわてた母が迎えに来ました。母は、なにも言わず、とても怖い顔をしていました。

自由になりたいなあ……何度もそう思いました。


憂うつな日々

中学、高校になってからも、やはり、母に振り回されていました。母の気持ちが荒れてくると、私も、父や妹も、母の怒りに巻き込まれるような感じでした。

家族はみんな、それとなく母の様子を気遣いながら、過ごしていました。私にとっては、なんとなく心の晴れない10代でした。

いつしか私は、人の言われるままに生きるようになっていました。「こうしたい」とか「こうなりたい」とか、将来の目標や理想のようなものは、私にはありませんでした。未来が明るいもののようには思えなかったのです。

高校卒業後は、担任の先生の勧めるままに、県内の短大に進みました。就職活動の時期も、自分からは何もせず、様子を見かねた先生が勧めてくれた地元の会社に、ようやく就職を決めました。

私は、会社で事務職として働きはじめました。幸い職場の人間関係はよく、私はまじめに仕事をこなしました。友だちにも恵まれ、それなりに楽しい時間を過ごしていました。

けれど、社会人となり、いろいろな人と接するなかで、私は、自分の気持ちをきちんと伝えることができないことに、しだいに苦しみを感じはじめました。心のなかでは嫌だと思っていても、断ることができません。

相手に不愉快な思いをさせたり、人間関係のトラブルが起きることが心配で、つい「はい」と言ってしまう……。

そんな自分が嫌いでした。「私は、こんな苦しい感じのままで、ずっと生きていくんかな」と、なんとも言えない空しい感じがしていました。


親子には深い縁がある

ある日、会社の更衣室で帰る準備をしていると、先輩が、なにげなく椅子のうえに置いた本『神霊界入門』(現在『大川隆法霊言全集』第26巻、第27巻に所収。小桜姫の霊言)に目が留まりました。なんとなく、神秘的な感じのする本で、興味をひかれました。

「その本、貸してもらえますか?」

先輩にお願いして、借りて帰りました。自宅でさっそく読みはじめると、すぐに本の内容にひきこまれていきました。あの世の世界や生まれ変わりのことなど、聞いたこともないような話ばかりでした。

夢中で読み進めていくと、ある一節で目が留まりました。

「親子の関係というものは非常に縁の深いものです。これは1回や2回の生まれ変わりでできたものではありません」

あの母と深い縁があるなんて、いままで考えたこともありません。考えれば考えるほど不思議な感じがして、「親子の縁」ということが、深く心に残りました。私は一晩で本を読み終わってしまいました。そ

れが、大川隆法先生の本との出会いでした。


心が満たされていく

「この本、ありがとうございました。とても面白かったです。もっと読んでみたいのですが……」
「本屋さんに行けば、他にも売っとるよ」

先輩と相談し、互いに違う本を買って、交換して読むことにしました。そして、次つぎと新しい本を読みふけりました。

「苦悩には苦悩の意味があり、悲しみには悲しみの意味があるのです」「愛なくして幸福はありません」――。読めば読むほど、心が軽くなっていきました。

大川隆法先生の本には、さまざまなものの見方や考え方が説かれています。私にとって苦しみとしか思えなかったことも、違う見方をすることができるのだとわかり、とても気持ちが楽になりました。

嫌いだと思っている自分自身のことも、変えてゆくことができる。自分の意志で人生も変えてゆくことができる──。そのことを知って、未来が明るく見えてきました。カラカラだった心が、真理の言葉で満たされていくようでした。

片時も大川隆法先生の書籍を離したくなくて、ちょっとした時間にも本を開きました。 先輩といっしょに、職場の他の人たちにも、幸福の科学の本を勧めました。

私は、幸福の科学の機関誌も読むようになりました。あるとき、「情熱からの出発」(『悟りの極致とは何か』第2章に所収)という講演会の内容が載っていました。

「光の力が結集しなければ、とうてい、全人類、全日本人を幸福にするだけのエネルギーには足りないのです」

私も、この教えを広めていくお手伝いがしたい。光の力となって、もっと多くの人を幸福にしていきたい――。そんな気持ちがわいてきて、私は、幸福の科学に入会することにしたのです。


問題集を解かにゃいけん

幸福の科学に出会う前の私は、いつも、母の顔色をうかがいながら過ごしていました。私の人生にとって、母の存在は苦しみの種。心のなかで母のことを責め、できれば逃げ出したいと思っていました。しかし、仏法真理を学ぶうちに、「このままではいけない」という思いが強くなってきました。

仏法真理によれば、人生は一冊の問題集であり、この問題集は、各人が努力して解いていかなければならないのだと言います。そして、悩みの中心こそ、人生の問題集が何であるかを教えてくれているものなのだと言うのです。

私は、いろいろな本のなかから、問題を解くヒントをさがしました。すると、「与える愛」の教えが、私の心にひびいてきました。

「愛に苦しむ人々よ、よく聞きなさい。……みかえりを求めることは、ほんとうの愛ではありません。ほんとうの愛とは、与える愛です」(『太陽の法』第3章)

苦しかったのは、私が、お母さんにみかえりを求めていたからかもしれないと思いました。問題集を解いていくには、きっと、愛を与えていくことが大切なんだ――。私は、母に対して、与える愛を実践していこうと決意しました。まずは、感謝の言葉を口に出すことから……。

それまでは、母への反発心から、「料理がおいしい」という言葉さえ、ろくに口にしたことがなかった私。ささやかな一言でも、勇気がいりました。

「今日の料理、ほんまにおいしいね」
「……してもらって、うれしかったよ。ありがとう」

ちょっとした折に、感謝を口に出します。しかし、頑張っているわりには、母の反応がありません。つれない態度に、「もうやめようか」と思うことも少なくありませんでした。

けれど、そのたびに、「みかえりを求めちゃいけん。私から、与えていくことが大事なんだ」と自分を励まし、努力を続けました。


母の涙

それからしばらくして、私が、いつものように読書をしていると、突然、母が部屋にやってきました。

「そんなに本ばっかり読んじゃいけん!」

そう大きな声で言うなり、すぐ出て行ってしまいました。私はあっけにとられながらも、なぜか、母の目にいっぱいたまっていた涙が、心に焼きついて離れません。母がそんなふうに泣いている姿など、見たことがありません。

「お母さん、私を気遣って、泣いとったんじゃろうか」

気がつけば、すぐ思い浮かぶ母の姿は、怒っている顔や、厳しい表情ばかり。はっとしました。

「私は、かたよった見方をしてきたんじゃないじゃろうか……」

子供のころの母の姿が、次つぎと思い浮かんできました。毎日の食事やお弁当づくり。母親参観のとき。運動会。家族旅行……。あらためて思い返すと、母にしてもらったことが、たくさんよみがえってきます。涙があふれてきました。

「こんなに愛してもらっとったのに。私が心を閉じて、お母さんの愛情を受け入れんかっただけだったんじゃね。お母さん、ごめんなさい」

あとからあとから涙があふれます。はじめて、心から素直に母に謝りました。それからは、いっそう心を込めて、母への感謝を、言葉や行動で表しました。

ゆっくりと話を聴き、母が興味を持ちそうな幸福の科学の本を勧めました。2、3日すると、母に渡した本が、食卓の私の席に置いてありました。

「これ、もう、読み終わったの?」
「ああ、読んだよ」

何冊も、そんな調子でした。私にはなにも言いませんが、母も考えるところがある様子でした。それから数カ月して、母は自ら幸福の科学に入会したのです。私は、ひとつ母に恩返しできたような気がして、とてもほっとしました。

母との対話のなかで

その後、私は結婚して実家を離れました。なんとなく母のことが気がかりで、しばしば電話しては、話を聴き、なぐさめたり、励ましたり。けれども、母は感情的になると、以前のように、言葉がきつくなってきます。

「仏法真理を学んどるはずなのに」と思うと、責める心が出て、心が揺れました。しかし、仏法真理では、相手を責めるのではなく、理解することが大事だと教わっています。私は、母のことをもっとよく知ろうと思いました。

子供のころのことを尋ねてみると、母は少しずつ話してくれました。母の実家は裕福な家で、祖母は厳格な人だったこと。ある日、家の戸締りをしなかったとひどく叱られ、いらない子のように言われて、とても傷ついたこと……。はじめて聴く話ばかりでした。

話を聴くうちに、母にとっての母親とは厳しいものだったのだとわかりました。そして、自分の叱られた経験から、「自分の子供には同じ思いをさせないように、しっかりした子に育てんといけん」と、一生懸命だったのだとわかりました。

私を叱った厳しさのなかに、母なりの愛情が込められていたのです。そのことに気づいてからは、母のきつい言葉も、徐々に心にひっかからなくなっていきました。やがて、私も娘を授かり、子育てをしていくなかで、いっそう母の気持ちを理解できるようになっていきました。

つらかったという気持ちは、もう、水に流そう……私の心から、わだかまりが消えていき、母と電話で話すのが楽しみになっていきました。


母の宝物

母も、幸福の科学の教えを学んで、自分を変えようと努力していました。毎日、お祈りや反省の時間をとり、自分を振り返っているようでした。

話していても、感情的にならないよう努力しているのが伝わってきます。母は少しずつ家族や周囲の人に対しても、人あたりのよい、まるい人になっていきました。

こうして、母が幸福の科学に入って、数年が過ぎたころのこと。私は、娘のSといっしょに実家に帰っていました。娘と遊んでいると、不意に、そばにいた母が言いました。

「H、大好きだよ。Hは、私の宝物だよ。ちっちゃいとき、すごい意地悪してごめんね」

とても優しい声でした。胸がいっぱいになりました。

「ありがとう……」

そう言うのがやっとです。母の顔を見ることもできません。母も、それ以上、なにも言わずに、静かにそばにいてくれました。私は、娘をあやしながら、母の愛を感じて、幸せな気持ちにひたっていました。このときから、いっそう深いところで、母と心が通いあえるようになりました。


私のいちばんの味方

いま、母は、私のいちばんの味方です。なんでも本音で話すことができ、ときには相談にものってくれる心強い存在です。

実家に帰れば、毎晩遅くまで、母と語りあいます。ほんとうに楽しくて、時を忘れてしまうほど。娘のSも、おばあちゃんが大好き。母も、私たちが帰ってくるのを楽しみにしているようです。

母は、幸福の科学の活動にも熱心に取り組んでいるようです。「多くの人に幸せになってもらいたい」と語る母の姿に、私は、母の愛情深さをあらためて感じます。

お母さんの娘に生まれることができて、本当によかった。しみじみとそう思います。いまでは、父と母、妹、そして子供たちも、幸福の科学の会員となりました。

互いに怒りをぶつけあって、心の休まらない家庭で暮らしていた私たち。それが、いま、こうして同じ仏のほうを向き、信じあい愛しあい、強く結びつきあっている──。あたりまえの家族の風景が、私にとっては、限りなく大切なものに思えます。

もし、幸福の科学にめぐりあうことができなければ、きっと、こんな日は来なかったに違いありません。あらためて、仏法真理の素晴らしさを実感し、仏への感謝があふれてきます。

この幸福をかみしめながら、これからも、大好きな母と、家族とともに、多くの方の幸せのために生きていきたいと思っています。


夫の死の悲しみを乗り越えて「あなた、天国でまた会いましょう」(体験談)

2019-07-30 21:45:15 | 日記

http://voicee.jp/201406019552

夫の死の悲しみを乗り越えて

「あなたが天国に旅立ってから、もうずいぶん経ちましたね。私も2人の息子たちも元気にすごしています。あなたも天国で、幸せに暮らしていますか?」

私は今、こうして笑顔で、天国にいる夫のことを想うことができます。

最愛の人を失い、一時は何も手につかなくなった私が、どのようにして悲しみを乗り越えていけたのかを、お話させていただきたいと思います。

余命宣告

「残念ながらご主人は、肺ガンの末期の状態です」

脇の下の腫(はれ)に気づき、念のために受けた検査。夫も同席するなかでの医師の告知に、私は愕然としました。

(何かの間違いに決まってる。毎年、人間ドックだって受けてるんだから!)

医師の説明では、ちょうど肋骨の陰に病巣があり、健康診断では見落とされていたということでした。さらに、リンパ節に転移したため、短期間で脳にまで遠隔転移。「運が悪かった」と言われました。

夫のいないところでは、「余命3カ月から半年」とも――。

まだ42歳の働き盛り。長男は中学受験を控え、次男は小学3年生です。

(どうしてなの? 私たち、何も悪いことはしてないのに。どうしてパパなの?)

頭の中が真っ白になりました。

押し寄せる後悔

夫のYとは、お見合い結婚でした。

「親孝行で優しそうな人だな……」。彼の誠実な人柄に惹かれました。お見合いの2カ月後には結納を交わし、翌年結婚。2人の男の子にも恵まれ、絵に描いたような幸せな結婚生活を送っていました。

それが一転、結婚13年目にして、突如苦しみのどん底に突き落とされたのです。

確かに、夫には喫煙の習慣がありましたし、発病した頃は仕事でもかなり無理を重ねていたようでした。自動車メーカーの輸出担当で海外出張も多い上、不況による人手不足で、帰宅が深夜1時、2時になることも珍しくなかったのです。

正直、「こんなになるまで、働く必要はあったの?」と会社を恨みました。

しかし何よりも、妻である自分を責めました。「毎日顔を見ていたのに、どうしてもっと早く異変に気づいてあげられなかったんだろう……」。悔やんでも悔やみ切れませんでした。

しのび寄る死の影

「絶対に治す方法があるはずだ」。私は連日、「ガン」と名の付く本を読みあさり、民間療法や健康食品も調べ尽くしました。しかし、必死の努力も空しく、病状は日に日に悪化。食欲も落ち、リンパ節が腫れて左腕が不自由になり、かつての元気な姿は見る影もなくなっていきました。

人前では決して不平や不満を口にしなかった夫が、ある時つぶやいた言葉が忘れられません。私に支えられながら病室を移動していた時、ふと鏡に映った自分の姿を見て一言、「みじめな自分……」と。

働き盛りで一線を退かなくてはならない悔しさ。幼い子供たちを遺していく不安。どれほど無念であったことでしょう。明らかに「死」に向かっている夫を前に、私はかける言葉を失っていきました。

一条の光

そんな、八方ふさがりの時です。母の友人で幸福の科学会員のTさんが、私たちの状況を聞き、金沢から『太陽の法』という幸福の科学の書籍を送ってくださったのです。

何か夫を励ます言葉が見つかるかもしれないと思い、読み始めました。

「人間は、はるかむかしから、永遠の生命をもって生きております」

「人間は、心です。魂です。ですから、死んであの世にもって還れるものは、あなたがた自身の心以外にはないのです」(『太陽の法』より)

(永遠の生命? あの世? もしあの世があるとしたら、万が一、パパが亡くなっても、あの世でまた会えるってこと?)

すぐに確信は持てなかったものの、「死は永遠の別れではない」と思うと、絶望していた心が少し和らぎました。

Tさんにお礼の電話をすると、とても優しくお話ししてくださいました。「仏はいつも見守ってくださっているからね。つらいときほど、側で支えてくださっているからね」。その言葉に、どんなに勇気づけられたことでしょう。

この執着がパパを苦しめているの?

ガンの告知を受けてから1年ほど経ったある秋の日、病院へ向かう電車の中で、1枚の広告が目に留まりました。映画「太陽の法」の広告でした。

「これTさんが言ってた映画だ。観てみたいな。でも、病院に通わないといけないし、無理よね……」

そう思った2日後、自宅に1通の手紙が届きました。夫の元同僚の方からで、開けると、なんと映画「太陽の法」のチケットが2枚入っていたのです。

これも何かのご縁と思い、次男を連れて観に行きました。

人類の歴史を描いた壮大なストーリーに、はじめから引き込まれました。なかでも、お釈迦様が悟りを開くシーンは、今でもはっきりと心に焼きついています。

「家族を思う人間的な心であったとしても、それが執着となれば苦しみの原因となる。なにものにも執われず、小川の水のようにさらさらと流れていく境地に入っていくことだ……」(映画「太陽の法」より)

まるで自分のことを言われているようでした。(「一日でも長く生きてほしい」という思い、これは私の執着なのかもしれない。この執着が、私だけでなく、パパも苦しめているのかな……)。涙をこらえることができませんでした。

その後も、「もっと生きてほしい」という思いはなくなりませんでしたが、同時に、 「どうか夫の魂を救ってください」と願う気持ちが大きくなっていきました。

同じ境遇の友

幸福の科学に救いがあると感じた私は、Tさんの紹介で、東京の支部を訪ねました。支部長さんとスタッフの女性が、親身になって話を聞いてくださり、病気平癒のお祈りをしてくださいました。

そして帰り際に、「せっかくなので何かお土産を」と、小冊子の「ザ・伝道」をくださったのです。

家に帰って読んでみると、Mさんという方の手記が載っていました。

(Mさんて、あのMさん? 幸福の科学の会員だったんだ)

Mさんは、一緒にPTAの役員をしたこともあるご近所さんです。Mさんも、3人のお子さんを抱えてご主人をガンで亡くされていたのですが、信仰によってその悲しみを乗り越えた体験が紹介されていたのです。

「こんな近くに同じ境遇の知り合いがいたなんて」と、深いご縁を感じました。

ついにその時が

私が希望を取り戻していく様子を見て、夫も幸福の科学の書籍を読み始めました。『太陽の法』『黄金の法』『永遠の法』『仏陀再誕』。筋力が落ちて、本が持てなくなると、御法話のCDを聴きました。

「あの世はある」と信じることだけが、私たち夫婦の唯一の救いだったのです。

その年の12月、自宅で療養していた時、夫がふと言いました。

「ママ、あの世で会おうね」

夫は自分の死期が近いことを悟っていたのでしょう。その2日後に、容態が急変――。

そして、年が明けた1月2日、家族が見守るなか、夫は安らかに息を引き取ったのです。舅が「人に自慢したくなるくらい、きれいな顔だ」と言うほど、美しい死に顔でした。

安らかに旅立ったことはせめてもの救いでしたが、いざ現実に夫の死に直面すると、生身を引き裂かれる思いでした。

「パパ、息して。息してよ!」。私はベッドのかたわらに泣き崩れました。

葬儀の間も泣き通しでしたが、火葬され、炉から出てきた遺骨を見た瞬間、「ああ、これでもう元に戻れない!」と。涙があふれて止まりません。私の足元には、小さな水たまりができました。

1人じゃないからね

やがて、冬休みも終わり、子供たちは学校へ、手伝いに来ていた両親も金沢へと帰っていきました。日中、家に1人になった私は、「これで思い切り泣ける」と、「わーっ」と声を上げて泣きました。

と、その瞬間、背中から、「ママ、ママ」と呼ぶ声がしたのです。(えっ?)と思ってふり返っても誰もいません。

(今のは確かにパパの声だ。心配して側にきてくれたんだ……)

四十九日が過ぎるまでは、故人の魂はこの世に留まるといいます。

「私がいつまでも泣いていたら、パパは安心してあの世に旅立てないかもしれない。パパのためにも、子供たちのためにも、がんばらなくちゃ」。自分で自分を励ましました。

しばらくして、「ザ・伝道」に載っていたMさんから、電話がありました。 葬儀にも参列してくださったMさんは、私の様子を心配して、支部に誘ってくださったのです。「幸福の科学の教えと、Tさんたちの優しさに救われた」と実感していた私は、その時、入会しました。

支部の皆さんはとても温かく、とくにMさんは、「1人じゃないからね。私は100%あなたの味方だからね」と、いつも側で支えてくださいました。

夫の愛に気づいて

多くの人の愛に支えられ、生きる力を取り戻していった私は、3カ月後には仕事を始めることができました。ありがたいことに、夫の上司が私たち家族の生活を案じ、同じ会社の事務の仕事を紹介してくださったのです。

15年間専業主婦だった自分が正社員になれるとは、夢にも思いませんでした。一時は恨んだ会社に、実はずっと支えられていたのだと気づかされました。

また、実際に不況下の中堅男性の仕事ぶりを目の当たりにして、夫がいかに厳しい環境で働いていたのかを知りました。

常に120%を求められ、上司から厳しく叱責される。体調が悪くても無理を重ねてしまう。家族のために身を粉にして働いてくれていた夫の愛に気づき、深い感謝と尊敬の思いが湧いてきたのです。

奇跡が起きた日

夫への感謝を形に表したいと思った私は、その年の9月、支部で夫の「永代供養(えいたいくよう)」を申し込みました。そして同月、幸福の科学の総本山・正心館(栃木県宇都宮市)で「総本山・先祖供養大祭」に参加したのです。

今思えば、それが私の人生のターニング・ポイントだったと思います。

正心館に到着して礼拝堂に入ると、運良く前の方に1、2席空席がありました。席に案内されて間もなく、突然、「本日は、大川隆法総裁先生より御法話を賜ります」と、アナウンスが流れました。私は、仏の説法を直接拝聴するという奇跡の機会に巡り会えたのです。

総裁先生が御登壇されると、一瞬にして、礼拝堂全体がなんともいえない清かな空気に包まれました。(悟りたる方というのは、こんなにも清らかで尊いものなんだ……)。初めて拝見する総裁先生は、とても神々しく光り輝いていました。

御法話は、死後の導きのお話でした。

「あの世に還って初めて、生き通しの魂があるということを知った人は、ほんとうにびっくりします」「だから、できれば生きているうちに、知っていただきたいのです。何かこの世で縁を持っていただきたいのです。教えが書かれている本を一回読んだことがある、それだけでも悟りのよすがなのです」(法話「『総本山・先祖供養経』講義」より)

仏の慈悲深さに、私はただただ号泣しました。

「パパの魂も仏が救ってくださる……」。夫も隣で、仏と出会えたことを一緒に喜んでいるような気がしてなりませんでした。「パパのことは、もう仏にお任せしよう……」。

苦しみを通して得た魂の宝

それから1年経ち、2年経ち、「永遠の生命」の確信が深まるほどに、私の心の傷は癒されていきました。

夫との死別は、本当につらく苦しい体験でしたが、この経験を通して、私はたくさんの魂の宝を得ることができました。

他の人の悲しみや苦しみ、とくに愛する人を失うつらさは、実際に経験しなければ、本当の意味で理解することはできなかったでしょう。

また、私を支えてくださる多くの人の優しさにも、気づくことができました。そして、自分もまた、大切な人たちの力になりたいと思えるようになったのです。

あなたに会えてよかった

ある時、自分の人生をふり返っていて思いました。

「私は夫を亡くしたけど、TさんやMさんをはじめ、支えてくれる人がいる。子供たちもいる。両親もいる。健康で、仕事もある。私に欠けているものを数えたら片手で十分だけど、与えられているものを数えたら、両手両足を使っても足りない。私は本当に幸せ者だ」と。

夫と過ごした日々をふり返って、私は今、心から言うことができるのです。

「あなたと結婚できて、私は本当に幸せでした。私があの世に還ったとき、笑顔で再会できるように、あなたから合格点をいただけるように、私は残された人生を精一杯生きていきます。あなた、本当にありがとう。天国でまた会いましょう」


心の発展は無限。53歳にして人生観が転換!孤独な職人から副工場長へ(体験談)

2019-07-30 21:44:57 | 日記

http://voicee.jp/201407049992

勤務先の倒産

「今月で店をたたむことになった。Hさんにも辞めてもらわないと……」

10年以上前のことです。勤めていた老舗(しにせ)和菓子屋が倒産しました。

「またか……」。実は、以前勤めていた店も経営不振で廃業しており、私にとっては2度目の経験だったのです。その時私は61歳。普通に考えたら、再就職は非常に難しい状況です。
しかし、私は信じていました。「あきらめなければ、必ず道は開ける」と。その強い思いを支えてくれたのが、幸福の科学の信仰でした。



15歳で和菓子の道へ

今でこそ、「和菓子作りが天職」と信じる私ですが、職人の道に入ったのは自分の意志ではありませんでした。

私が生まれたのは、第二次世界大戦が始まる2年前の1937年。生後2カ月で母を亡くし、父と祖母の3人で東京の本郷に暮らしていました。

祖母といっても、祖父の後妻に入った人で、血のつながりはありません。私はいつも、母のいない寂しさを抱えていました。

小学2年生になる時、群馬の叔父の家に移り、ほどなくして終戦。同じ頃、祖母は他界し、父は東京に働きに出て、私は一人、居候として肩身の狭い生活を余儀なくされたのです。

一日も早く独立したいと思った私は、中学卒業後、銀座の和菓子屋で住み込みの仕事に就きました。屋根裏部屋で寝起きし、早朝から深夜まで、雑用や力仕事をこなす日々。

銀座という土地柄、深夜に料亭から注文が入ることも多く、12時過ぎに配達に出ることも珍しくありませんでした。

孤独な職人時代

20歳になる頃、ようやく仕事場に入ることを許されました。といっても、まずは洗い場です。上下関係がはっきり分かれている厳しい世界でした。

道具が汚れていると、げんこつが飛んできたり、餡のでき栄えが悪いと、容赦なく投げ捨てられたりもしました。

職人の技も、当時は盗んで覚えるのが当たり前。残った餡で、夜中に丸めたり包んだりする練習をしたものです。

そうして、10年20年と腕を磨いていった私ですが、心はいつも孤独でした。生い立ちへの引け目から、自分に自信が持てず、修業に打ち込むほどに、他人に心を閉ざすようになっていったのです。

28歳の時に結婚しましたが、数年で離婚。母の記憶がない分、お嫁さんを大事にしようと決めていたのですが、現実は思うようにはいかないものです。その挫折体験が、人間不信に拍車をかけました。

53歳にして人生観が転換

そんなある日のこと、一つの新聞広告が目に留まりました。大川隆法先生の講演会の広告でした。心惹かれるものを感じ、当日、一人で会場へと向かいました。

「これは本物だ……」。説法の力強い言魂に心打たれた私は、ほどなくして入会。支部の皆さんと一緒に、本格的に教えを学び始めたのです。

とくに感銘を受けたのは、「人間は永遠の生命を持って転生輪廻している存在であり、人生には目的と使命がある」という霊的人生観です。

53歳にして、人生観が180度転換しました。

亡き母への思い

心の修行を深めたいと思った私は、家庭御本尊を自宅にご安置して、朝晩、経文を読誦するようになりました。

御本尊をいただいて1年くらい経ったある日のこと。いつものようにお祈りをしていたところ、ふと、亡き母のことが思い出されました。

「十分に面倒をみてやれなくて、すまなかったね」。そんな母の思いが、心の中に流れ込んできたのです。まるで黄金色の光に包まれているような感覚でした。

「自分は母に愛されたことがないと苦しんできたが、母は、自分を宝だと思って生んでくれたのだ。自分は愛されて生まれてきたのだ……」と、涙があふれて止まりませんでした。

子供の頃からずっと、心のどこかに引っかかっていた、「自分は価値のない人間だ」という思いが消えた瞬間でした。

「母が私を愛してくれているように、仏はすべての者を愛してくださっている。この世に価値のない人間なんていないのだ――」

仏への感謝、そして今まで出会ったすべての人への感謝でいっぱいになりました。

天命の発見

自ずと、仕事に対する姿勢も変わっていきました。以前は、ただ見栄えよく作ればいいと思っていたのが、「買ってくださる方が、このお菓子で、少しでも幸せになりますように」と、一つ一つ心を込めて作るようになりました。

「和菓子を通して世の中に幸福を広めることが、自分の天命だ――」

仕事仲間への接し方も変わりました。以前は、後輩の指導でも、相手を突き放し、失敗すると分かっていても、わざと教えないこともありました。

しかし、相手も仏の子であると思うと、相手を思いやる気持ちが湧いてきます。 「餡の量を減らしたほうがいい」「こっちの材料を使ったほうがいい」など、丁寧に教えるようになりました。

また、若い人やパートさんのアイデアも、頭ごなしに否定せず、よいと思ったことは、積極的にほめるようにしたのです。

いつしか、孤独な職人は姿を消し、「分からないことがあったら、Hさんに聞けばいいよ」と、皆さんに頼っていただけるようになっていました。

会社再建――副工場長へ

何より和菓子が好きな私は、定年後も嘱託社員として働きつづける道を選びました。しかし、その矢先に店が倒産――。

年齢を考えると、そのまま引退することもできましたが、私は、「必ず道は開ける」という心の声を信じつづけました。

そして数カ月後。店の再建の知らせが入ったのです。新社長の面接を受け、私はなんと副工場長として再雇用されることになりました。

製菓から箱詰め、発送作業と、連日深夜までフル稼働する生活は、60過ぎの体には堪えましたが、苦労のかいあって、年々経営は安定していきました。しかし、私にはさらなる試練が待っていたのです。

お返しの人生

「Hさん、おかげで店も安定して新しい人も増えてきた。そろそろ、副工場長を若い人に譲って、嘱託に戻ってくれないか」

65歳の時のことです。いままで指示を出していた自分が、一転、一番下で指示を受ける立場に。そのギャップに戸惑い、「いっそ引退しようか……」という思いが何度も心をよぎりました。

その迷いを断ち切るきっかけとなったのは、その頃、支部で拝聴した大川隆法先生の御法話でした。

「65歳が一つのラインです。若い人にも力があることを認め、若い人を立てる考え方をすることです。引き際の美学というものを知らなければいけません」(「『ティータイム』入門」より)

この言葉が決めてとなり、私はプライドを捨て、恩返しの気持ちで、後進の指導に当たる決心がついたのです。

店にテレビの取材がきた時には、「職人代表」の立場で、インタビューを受ける機会もいただき、そのお役も無事に務めることができました。



心の発展は無限

人間はいくつになっても、どれだけ心を高めることができるかという、心の発展は無限だと思うのです。

来世、来々世と、無限の未来が待っていると思えば、何歳からでも夢を描き、努力を始めることができます。

私自身、「生涯、努力精進」の気持ちを忘れず、体の動く限り、多くの人を幸せにする和菓子を作りつづけていきたいと思います。


「生き方は選べる」不平不満を言いつつ生きていくのか、それとも・・・・・・大川隆法

2019-07-30 21:44:36 | 日記

あなたの現在の価値は、

あなたがこれから何をなさんと欲しているかにかかっているのです。


ゼロから人生をスタートし、多くの人々から面倒を見てもらいながら、

それでもまだ、自分の与えられた環境に不平不満を言いつつ生きていくのか。


それとも、感謝ということを胸に秘めて、報恩という行為でもって社会に

還元していくのか。

いったいどちらを選ぶかです。

 

『幸福の原点』P.24※幸福の科学出版


http://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=143&utm_source=wordsJpn&utm_medium=email

※Amazon
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「福祉の増加⇒財源不足⇒増税⇒消費減退(デフレ、不景気)」という負のサイクルを進める自民、公明、立民は日本を衰退させる。景気はさらに悪くなり、給料も下がってゆく。負のサイクルを断ち切ることができるのは

2019-07-29 14:17:30 | 日記

自民、公明、立民がめざす「福祉の充実」の甘いワナ

http://hrp-newsfile.jp/2019/3507/

HS政経塾スタッフ 遠藤明成

◆「福祉の充実」という甘い言葉にご用心

現在、地方選において、かつて消費税増税に合意した自民、公明、立民の3党が「福祉の充実」を訴えています。

自民党と公明党は消費税の増税分を用いた教育無償化、立憲民主党は格差の是正などを強調しているのですが、どちらにも、大きな問題点があります。

福祉が増えたら、その分だけ税金や保険料の支払いが増えるということです。

つまり、この三党の福祉政策が実現したら、「行きはよいよい帰りは怖い」という言葉の通り、増税が待っています。

そして、増税はさらなる消費の冷え込みを招きます。

これは、すでに起きた現実なのですが、こうした不都合な話は、真正面からは取り上げられていないのです。

消費の冷え込みは「福祉のための増税」でもたらされた


「福祉の増加⇒財源不足⇒増税⇒消費減退」という負のサイクルは、ここ10年の歴史から確認できます。


まず、2009年に福祉の充実をうたった民主党政権ができ、その後、「財源が足りない」という話になり、消費税増税が決まりました。

その結果、消費が冷え込み、かつて月あたり32〜34万円で推移していた家計消費の水準を取り戻せていません。

これは2000年から07年までの水準ですが、2018年の家計消費は、31.5万円(※二人以上の勤労者世帯)にすぎなかったのです。

立憲民主党の枝野代表は、本年の1月に「当面、大衆課税は無理ですよ。日本の今の消費不況からすると、そんなことをやれる状況ではない」と言っていましたが、自分たちがその原因をつくったことに責任は感じていないようです。

立憲民主党の枝野代表、蓮舫副代表、最高顧問である菅直人氏、海江田万里氏などは、政権にいた頃、「福祉のために」と称して増税の道筋をつくってきた方々です。

彼らのおかげで消費税も所得税も上がり、相続税が「中金持ち」にまでかかるようになりました。

その結果が「消費不況」です

その判断には「先見の明」がかけらほどもありませんでした。

かつての民主党と同じく「教育無償化」を推す自公政権

増税路線は、民主党と自民党、公明党の三党合意で固まりました。

合意したのは、今、まさに福祉の充実を訴えている政党の方々です。

そして、この三党は、みな「教育無償化」を推進しています。

しかし、その財源が、結局、消費税の増税であるのは大きな問題です。

彼らは、消費の冷え込みをもたらした増税を反省していません

この教育無償化は、もともとは民主党の政策でした。

自民党は民主党政権の教育無償化を「バラマキだ」と批判していたのです。

(※本稿作成時点では、まだ自民党HPに「高校授業料無償化の問題点!」〔2010年3月16日〕という記事が残っている)

しかし、自民党は、政権をとったら票稼ぎのために路線を変えました。

自民党の公約の中には、民主党と同じようなバラマキ政策が入り込んでいます

そうした政策が実行されたら、我々は、10%への消費増税のあとにも、また「財源不足」だという話を聞かされるはずです。

そして、もう一度、「福祉のために増税」という論理が繰り返されるのです。

自民党は、結党時に「福祉国家の実現」を宣言

結局、自民党も公明党も、立憲民主党も、甘い言葉で福祉を語り、国民に重税を強いる政党です。

有権者の皆様の中には「自民党は保守政党だから、バラマキ政党とは違う」と思われている方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、歴史を振り返ると、自民党も、立党以来、「福祉国家の建設」を目指してきました。
結党した時(1955年)に書かれた文書(『党の性格』)には「社会保障政策を強力に実施し、完全雇用と福祉国家の実現をはかる」と書かれています。

ともと、自民党は「大きな政府」を目指していたのです。


自民党は「ゆりかごから墓場まで」を目指していた

前編で述べた自民党の「福祉国家の建設」という方針には、イギリスを斜陽国家にした「ベヴァレッジ報告」の影響が濃厚です。

「ベヴァレッジ報告」は、完全雇用を目指すとともに、全国民が同じ社会保険に加入し、老後や病気、失業などに備えることを訴えた政策文書です。

当時のイギリスでは、これに基づき、「ゆりかごから墓場まで」福祉を提供するために、国をつくりかえていました。

そして、高い税金のもとで福祉予算を増やした結果、勤勉の美徳が失われ、かつての大英帝国は見るも無残に凋落していったのです。

こうした「英国病」をもたらした「福祉国家」の思想を、自民党は党の基本文書に盛り込みました。

それは、当時の政治でも、福祉が争点になっていたからです。

当時を知る、元厚生事務次官は、自民党ができた昭和三〇年の頃には「保守合同で自由民主党が生れ」、「左右社会党の統一があって」、「何か国民の福祉で役に立つということが政党の合言葉になった」とも回想しています。

厚生省内では「『ゆりかごから墓場まで』ということはもう当然のごとく語られていた」とも述べているのです。

しかし、高度成長期の日本には勢いがあったので、その病原菌はしばし隠れていました。

それは、少子高齢化が実現した後に正体をあらわし、日本をどんどん高税率の国につくりかえているのです。

◆地獄への道は善意で舗装されている

福祉予算を増やす場合、その財源は「増税」か保険料の値上げで賄われます。

その結末は、結局、未来の増税と消費不況の実現にすぎないのです。

甘い言葉の代価は高くつきます。

「地獄への道は善意で舗装されている」という格言のとおりです。

幸福実現党は、この「福祉の充実⇒財源不足⇒増税⇒消費減退」という負のサイクルを終わらせるために「小さな政府、安い税金」の実現を訴えてきました

そのために、消費税増税に反対し、5%に戻すことを訴えてきました。

増税をしてお金を誰かに配るよりも、一律に減税したほうが、公平な「福祉」になるからです。

減税こそが最大の福祉です。

しかし、自民党や公明党、立憲民主党の議員が増えれば、福祉が増えたあとに、増税や保険料の値上げが行われます。

そして、消費不況が繰り返されるのです。

こうした「未来を犠牲にした福祉」は、「その場しのぎ」にすぎないので、日本経済のパイを大きくすることができません

幸福実現党は、GDPの6割を占める消費を活性化させてこそ、日本経済そのものが大きくなり、税収も増え、そこから福祉に回るお金も出てくると考えています。

日本経済の未来は、消費税5%への減税から生れてくるからです。

【参考】
・枝野幸男×荻原博子「そろそろ昭和の成功体験から抜け出そう」(『女性自身』HP、2019/1/21)
・総務省統計局「家計調査(家計収支編) 時系列データ(二人以上の世帯のうち勤労者世帯)」
・自民党HP「高校授業料無償化の問題点!」〔2010年3月16日〕
・自民党HP「党の性格」(昭和三十年十一月十五日)
・菅沼隆ほか『戦後社会保障の証言』(有斐閣)※引用部分は幸田正孝元厚生事務次官の発言)


消費増税凍結必要、実施なら日本発リーマン級危機も。日本から世界恐慌がを起こる=本田氏

2019-07-29 14:17:13 | 日記

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190516-00000089-reut-bus_all

[東京 16日 ロイター] - 前スイス大使で安倍晋三首相の経済アドバイザーとして知られる本田悦朗氏(TMI総合法律事務所顧問)は16日、ロイターとのインタビューの中で、10月に予定されている消費税率引き上げを実施すれば、デフレ脱却が難しくなるだけでなく、日本発のリーマン・ショック級の危機誘発になりかねず、「増税凍結」が適切と述べた。

また、消費増税を前提とした教育無償化などの財源は、赤字国債発行で充当し、日銀の量的金融緩和で対応すれば、財政・金融の両輪がそろって回り、「一石二鳥」の効果が期待できると主張した。

<無償化財源は「人材育成国債」発行で>

本田氏は、大規模な金融緩和と財政出動を重視するリフレ派の代表的な論客。2012年末の第2次安倍政権発足以降、3党合意に基づいた消費税率の引き上げに一貫して反対してきていた。

特に2014年4月の消費税率5%から8%への引き上げは、「予想以上に長期間にわたり深刻な悪影響を与えた」とみる。

今年10月に予定通り増税すると、「実質賃金と期待インフレ率が大きく下落し、予想実質金利上昇、デフレに戻ってしまうリスクがある」と懸念。期待インフレ率の低下を招き、実質金利の高止まりから円高リスクを増大させることにもなりかねないと危機感を示した。

政府は、リーマン・ショック級の事態が起きない限り、予定通り増税するとの見解を繰り返しているが、「むしろ消費増税により日本発でリーマン・ショック級の事態が起きる可能性を懸念すべきだ」と述べた。

また「単なる増税延期では、いつか増税すると人々は考えるため、消費を手控えてしまうので、増税は凍結すべき」との考えだ。

消費増税による増収分は、教育無償化など社会保障の安定財源に充てられることが決まっている。このため政界や市場関係者には、増税延期は難しいとの見方が少なくない。

こうした見解に対し、本田氏は「増税凍結を受けた(消費増などによる)税収増で充て、それでも足りない財源は赤字国債で補えばよい」と提案。「『赤字国債』という名称のイメージが悪ければ『人材育成国債』などではどうだろう」と指摘。国債発行額が増発されれば、日銀が買い入れることの可能な国債の量も増えるため「量的緩和に効果があり、一石二鳥」と主張し、財政と金融が連動して政策効果を上げる利点に注目するべきだとした。

今の時点での増税凍結は、軽減税率やポイント還元に対応した企業などから反発を招くとの見方もあるが、「今回の増税は税率が10、8、6、5、3%と5種類もの多岐にわたり複雑すぎる上、9カ月の時限措置では恒久増税のショックを和らげる効果も疑問。まだ対応できていない小売店も多く、(増税凍結は)大きな問題にはならないのでは」との見方を示した。

今後の財政再建のあり方について「消費増税の実施時期はあらかじめカレンダーで決めず、物価や成長率など経済状況を目安にすべき」との見解を示した。

また「日本の消費税率は確かにスウェーデンなどと比較して低いが、税収に占める間接税比率は十分大きい。財務省悲願の直間比率改善は既に達成されている」と述べた。

今後の政策運営では「財政赤字を急激に減らさないよう、財政出動を継続してほしい」とした。

米国などで議論されている国債発行と中央銀行の買い入れをセットにした現代金融理論MMTについては「定義がよく分からない」と慎重な立場。「無制限な国債発行は不可能で、国の純債務を名目国内総生産(GDP)で割った比率が、収束する状態が財政の持続性に重要」と強調した。

また「財政状況を改善するためにこそ、まずはデフレからの完全脱却が必要。名目成長率が名目金利を上回っている限り、財政状況は改善し、現在その条件を満たしているにもかかわらず、これを壊すべきではない」と強調した。

(竹本能文、梶本哲史 編集:田巻一彦)

  
 

中国のヤクザのような手口により、 スリランカ政府は地獄のどん底に落とされた… 日本は、中国の「一帯一路」に協力するのではなく、アメリカと連携して対中包囲網の強化を進めるべきだ。

2019-07-29 13:40:16 | 日記
 
 

中国のヤクザのような手口により、 
スリランカ政府は地獄のどん底に落とされた… 

2008年、
スリランカ政府は第三の国際港湾として、 
「ハンバントタ港」の建設を始めた。 

国際港の発展により、 
東南アジアの外交の中心になることで 
豊かな国になることを夢見ていた.. 


そのためには莫大な資金が必要になるが、 

なんと、中国が資金を貸し付けることで 
建設費用の85%を 
バックアップし、 

また、中国の国有企業、中国港湾工程公司が担当して 
建設を行うことになった。 

中国からの貸付金のおかげもあり、 
華々しい港が出来上がったが、

悪夢はここからだった… 



中国が貸し付けていた資金の金利は 
最高6・3%にもなり、
借金はみるみるうちに膨れ上がる… 

これによりスリランカ政府は 債務の返済に困窮… 


そしてついに、スリランカ政府は 

借金を返済するために 

港を中国国有企業に99年間貸与するしか 
選択肢がなくなってしまった。

貸与で得た資金はもちろん 
全額中国への返済にあてられ、 

手元には資金が残っていない。 


つまり、スリランカは 巧みな中国の手口に騙され、 
実質的に 99年間港を奪われてしまったのである。 



中国はこのように、初めはいい顔をして近づき、 
各国に 高金利で金を貸し出す… 

そしてその後、 

高過ぎる金利を返せなくなると、 
強引に土地や港をを奪う手口を繰り返している… 


米国のティラーソン国務長官も 

「中国の融資を受ける国々の多くは膨大な債務を背負わされる」 

と発言しているように、 

まるで ヤクザのような手口を使って 
あらゆるものを強奪しているのである。 


しかし、中国は世界中でこのような手口を 
繰り返しているにも関わらず、 

日本の企業は全く警戒心が無いように思える… 


今話題の日産やトヨタも 
中国に対する投資を増産しているし、 

10月に行われた安倍総理の中国訪問には 
経済界の大規模代表団が同行している。 


これだけ 中国が汚いビジネスをしているのに、 

日本とだけ、対等なビジネス関係を 
構築するなどありえるのだろうか? 


また、米中貿易戦争が繰り広げられている中、 

中国に迎合することによって、 
日米間に亀裂が入ることが無いと言えるのであろうか? 
 
 
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https://the-liberty.com/article.php?item_id=15176  幸福の科学出版

米中首脳会談は「休戦」ではな 南シナ海問題や宗教弾圧の提起で"追加制裁"

アメリカが対中関税の引き上げを90日間猶予することで合意した米中首脳会談。

 

会談の成果について「休戦」「停戦」などと評する向きがあるが、関税は維持されているのだから、その表現は適切ではないだろう。中国メディア・人民日報系の「環球時報」は3日、「中米貿易戦争の停戦を宣言した!」と論評しており、「休戦」「停戦」という見方は、むしろ中国寄りとも言える。

 

追加関税を先送りした形となったが、このやり方は、トランプ米大統領のディール(取引)外交としては通例の対応だ。

 

例えば、アメリカは11月にイランへの経済制裁を再開し、イランと取引した第3国も制裁対象にしている。その例外措置として、日本など8カ国の原油輸入は、180日間に限って認められ、各国は来年4月までに対応を迫られている。

 

トランプ氏は、相手に考える時間を与えた後、交渉が決裂したら行動に出るというやり方を取る。

 

そして猶予を与えることは、中国だけでなく、中国と取引する各国や企業に対するものでもある。対中依存度が高い国は、外交や安全保障政策を再考でき、企業も脱中国を目指してサプライチェーンを組み替える時間ができる。いずれも手間と時間がかかるため、何ら対応策を講じない状態で関税を引き上げれば、外交や経済に悪影響が出かねない。

 

南シナ海問題や宗教弾圧問題で"追加制裁"

米中貿易戦争の争点は、関税という数値的な側面から、知的財産権や技術移転などの構造的な側面へとシフトし、さらには、南シナ海問題や中国国内の宗教弾圧、人権問題にまで広がっている。

 

トランプ政権による南シナ海問題などの問題提起は、中国に対して追加制裁をかけたようなものであり、中国共産党体制の弱体化に直結する。中国は、貿易問題である程度妥協できても、そうした問題で屈することは到底できず、切羽詰まった状態にあると言えよう。

米中交渉は対中強硬派がズラリ

今後行われる米中通商協議については、対中強硬派のロバート・ライトハイザー米通商代表部代表が責任者となる。これまでの窓口は、米中合意の必要性を主張していたスティーブン・ムニューシン財務長官だったため、中国としてはハードな交渉相手になると見られる。

 

ライトハイザー氏は、トランプ政権の最優先事項だったカナダ、メキシコとの北米自由貿易協定(NAFTA)の見直し交渉をまとめたばかり。その直後に、対中交渉の責任者に任命されたことからも、米中貿易のプライオリティが高いことが分かる。

 

米中首脳会談に参加した面々も、ジョン・ボルトン大統領補佐官(安全保障担当)、ピーター・ナバロ大統領補佐官(通商担当)やラリー・クドロー国家経済会議委員長など、対中強硬派がズラリ。中国への圧力を高めることはあっても、下げることはないだろう。

 

こうしてみると、米中首脳会談は休戦とは程遠い内容だったと推定できる。今後も米中対決の時代は続き、日本は、中国の「一帯一路」に協力するのではなく、アメリカと連携して対中包囲網の強化を進めるべきだ。

 

 

【関連記事】

2018年11月14日付本欄 安倍首相の中国接近に米外交専門家が警鐘 経済優先が「中国独り勝ち」を助長する

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2018年10月23日付本欄 中国に利用される安倍首相──安倍首相の中国への手土産は、利敵行為

https://the-liberty.com/article.php?item_id=15039


転職13回。どん底の時に出合った本で思いを変えただけで、人生が180度変わり夢だった映画を製作、全国で上映できた!

2019-07-29 13:39:40 | 日記

わたしは高校生の時から、なぜ生きなければいけないのか、 何の目的で、生きるのか なぜ勉強しなければいけないのか 人間はどこから生まれ どこに帰るのかが、ずっと疑問でした。

この時に、理想と現実が、かけ離れていて、自己卑下がひどく本当に死んで全てが終わるなら死にたいと思っていました。

高校生時代は本当に自殺しようと試みたり、東北に行こうと家出をしようとしましたが、上野駅で警察官につかまったり、また胃炎から膵炎になって入院したりと散々んな時でした。

私は一流大学にいって、一流会社に入ることが幸せなると小学生の時から教えられてきました。 みんなそれを信じていましたが、小学生の頃より、それウソだと思っていました。

ひどい高校生活でしたが、それとは違う価値観を言っている人は必ずいる、が必ず出てと思い、毎週、神田の大きな書店に行って、本を探しました。

数多くのスピリチュアルの本を読みあさりましたが自分の疑問に答える本は、一切ありませんでした。

心の放浪は31歳になるまで続き、その間に大学受験に失敗・挫折して専門学校を出て就職しましたが、どこも長続きできずに主に造園業界で転職を繰り返し、その数は13回にもなっていました。

しかし、ようやく31歳の時に疑問に答えてくれて納得できる本と出会いました。 その本に出合うには14年間もかかり、約300冊以上の本を読んでいました。

その納得できた本の名は「常勝思考」(幸福の科学出版 )です。『挫折、失敗から教訓を学び、心の糧とせよ』という内容でした。今までの挫折、失敗などのたいは無駄ではないことを確信しました。

何度も読み返しました。この本と同じ内容の講演のカセットテープがありましたので、通勤中や移動中にずっと 繰り返して聞いていました。その他に大川先生の光明思想系の本を何冊も読みました。

ひどいマイナス思考だったので、なかなか腑に落ちなかったのですが、 半年後ぐらいになると、自己卑下をやめて、「自分はダメな奴ではない。自分にもできる!ここからやり直せる」と思い、ひどいマイナス思考を少しプラス思考に変わってゆきました。

その時転職の連続では造園業界には、もう就職できるところがなく、追い詰められて、しかたなく賃貸オフィス仲介の会社に就職し、初めての営業をやっていました。

そして大川先生の講演で『営業は饒舌で口がうまくなくても大丈夫。お客と約束をしたことを絶対に守ればいい』と聞いて営業は必ずできると確信しました。 

それから半年後、急に仕事がうまくいき始めて、私がお客を案内するオフィスの物件が考えられないくらいに次々と契約が決まり始めました。

営業成績が急激に上がり、私をいじめていた営業部長は手のひらを返したように接する態度が変わりました。

それからお客として出合った映像会社の社長にヘッドハンティングされ、映像の会社へ入社しました。

映像制作のことは全くわからずに最初は大変でしたが、半年後ぐらいには、プロデューサーとして、製品案内ビデオなど月に4~5本ぐらい製作して1年半後には社内でトップの売り上げでした。

それから幸福の科学の映像を製作していた映像会社に入社し、その後は色々とありましたが、16年前にお客にすすめられて独立し、有限会社を設立しました。

CD-ROM、DVDプレスの営業の仕事です。社員はいずに1人でしたが、時流にのって、思いがけずに仕事がドンドン入り、年商7000万円まで、いった年もありました。

この仕事で1999年から初めて映画を作るまで、トータルの売り上げでいうと数億円になります。

転職13回をした時は絶望していましたが、大川先生の本を読んで、ネクラ、マイナス思考をプラス思考に変えたので、たくさんのお金を得ることができました。

それから仕事で出会った映画製作会社の社長に出会い、夢だった映画を製作し、2008年に映画「ボディ・ジャック」を、テアトル系のキネカ大森、銀座テアトルシネマ、テアトル梅田、全国各地で上映できました。

これらは本当に奇跡に近いことだと思います。31歳の時にあの本と出会わずに、あのまま自分をダメ人間だと卑下し続けていたら、映画を作ることなどできなかったでしょう。今の自分はいず、たぶん自殺していたでしょう。

教えに従い、思い、考え方を変えただけで、人生が180度、変わりました。

「思考は現実化する」と言われていますが本当です。真理を知って、マイナス思考をプラス思考に変え、セルフイメージを変えたら、現実が急激に全く変わります。


もし、今、悩んでいたら大川先生の本をおすすめします。どんな人でも必ず人生が好転します。実体験したのですから保障します。偏見を持たずに本を読んでみてください。あなたの人生が変わります。


現実化するのか?「日本などという国は20年くらい後には消えてなくなってしまう国だから、まともに相手にする必要はない」1990年代の中頃、中国の李鵬首相の発言。

2019-07-29 13:39:18 | 日記

 https://in.kamijimayoshiro.jp/KJLV190203_2980?cap=mitsuhashi より転載

「日本などという国は20年くらい後には消えてなくなってしまう国だから、まともに相手にする必要はない

1990年代の中頃、中国の李鵬首相はオーストラリア首相に、こう語ったと言われています。今が2019年ですから、この発言からもう20年経っていますが、今のところ日本がなくなる気配はありません。


「また中国が口から出まかせで言っただけだろう」とあなたは思われるかもしれません。ですが、親中的と言われるアメリカの軍事政策シンクタンク・ランド研究所ですら、中国の脅威についてこう述べています。


「2025年頃には、中国は東アジアで圧倒的な勢力を確立しているだろう。中国が台湾を軍事攻撃しても、アメリカは反撃することができないだろう」

つまり、李鵬首相が語った“20年後”というのは時期尚早だったにせよ、中国は国家として本気で日本を消しにかかっていると言えるのかもしれません。


ですが、それにしてもなぜ、李鵬首相はまだ日本よりも経済規模がはるかに小さい1990年代のタイミングであのような発言ができたのでしょうか? 中国人民の支持を仰ぐためだったのでしょうか? それとも周辺国への威嚇だったのでしょうか? あるいはただの虚勢だったのでしょうか?


実はその裏には日本の同盟国・アメリカにとっての不都合な、ある事件がありました、、、

 

アメリカ国防総省が知られたくない前代未聞の事件

1999年、アメリカの連邦議会が報告書を提出しました。この報告書を受け取った国防総省は驚きを隠せませんでした…彼らにとっては前代未聞の一大事だったからです。


その報告書に書かれていた内容は、「中国政府がアメリカから核ミサイルに載せるための小型の核弾道を設計する技術を盗んだ」というものだったのです、、、


1970年代末にローレンス・リバモア核研究所から盗み、、、さらに1980年代末には、米国の最も優れた設計技術を、少なくとも6種類盗んだと言います、、、


これらの技術を盗むことによって、中国軍の核弾道技術は飛躍的に進歩しました。このとき中国軍はついに、米国の核戦力に太刀打ちできる、世界最高レベルの核兵器技術を得たのでした、、、


当時アメリカのエネルギー省局長だったトルロック氏は次のように語っていました。


「中国はついに、本当の核抑止力を持ってしまった。アメリカは中国の移動式核ミサイルを破壊できないから、中国が周辺地域(台湾や日本)で武力紛争を起こしても、アメリカは軍事介入することができなくなった」


したがってアメリカはもう現時点で、日本を、東アジアを守ることはできません。できるとしても損失が大きすぎてやる理由がないのです、、、


この核技術の裏付けがあったからなのか…?中国の李鵬首相の「日本などという国は20年くらい後には消えてなくなってしまう」という発言は、必ずしもただの口からの出まかせではなかったようです、、、

 
 

東アジアを好き勝手に貪る中国

李鵬首相の発言から20年以上経った今、東アジアはどうなったでしょうか?


中国は国際法に違反して、南シナ海・南沙諸島に勝手に軍事基地を作りました。尖閣諸島周辺には中国機が頻繁にやって来るので、自衛隊は年間に851回も緊急発進(スクランブル)しています(2016年度)。


徐々に、そして確実にアメリカの影響力は弱まっていると言えるのではないでしょうか? これが今、私たちが「平和に」暮らしている東アジアで起こっていることです。これが、国防をアメリカに頼ってきた日本周辺の現実です。

 
 

それでもまだ、日本は平和だと言えますか?

しかし、日本自身はこの状況に対し、どれだけ対策を取ってきたでしょうか? 集団的自衛権といった日本の国防の話になれば、TVでは「戦争法案今すぐ廃案!」と叫ぶたくさんのデモ隊の姿が決まって報じられ、「日本をもう一度戦争する国にするつもりか」というバッシングの嵐です、、、


なぜこのような議論が繰り返され、日本はいつも結局アメリカ頼りになってしまっているのか? それは日本人が「憲法9条が日本の平和を守ってきた」という“偏った教育”を受けてきたせいです。

 

私たちは小学校で9条を暗唱させられ、9条の<平和主義的>な一面だけを習いました。


そうやって教わって大人になった日本人は「9条のおかげで70年も平和が保たれてきた」「戦争を心から反省し、9条を掲げる日本こそ世界平和の旗振り役になっていくべき」などと主張するようになってしまい、、、またそれを先導する憲法学者や政治家・コメンテーターから真実とは程遠い話が垂れ流され、、、無意味な議論は終わることのないままです、、、だからほとんどの国民は、現実を無視した深刻な平和ボケから抜け出すことはできません…


ですが、アメリカ側もさすがに9条に対する世論が変わってきました。


例えば、アメリカを代表する新聞紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」は2017年5月8日付の社説で憲法9条は、もはや日本にとって危険になりつつある」と述べ、9条を変えることを促しています。つまり、中国や北朝鮮というリスクが目の前に起こっているのに、日本が全く動こうとしないことに苛立ち、警鐘を発しているのです、、、

 

日本人が学ばなかった憲法、そして9条の真実

時代が大きく変化しても、日本を取り巻く世界情勢が激変しても、、、一字一句変えられることなく、まるで“聖域”のように守られてきた日本の憲法…しかし、時代の変化に合わせて憲法を変えることは世界の常識…戦後1度も改正されていない日本の憲法は世界最古の憲法と揶揄されるほど…そんな日本を尻目に、同じ敗戦国のイタリアは20回、ドイツは59回もの憲法改正を行い…国防軍を整備するなど、すでに自立した独立国として歩みを進めています…

 

日本を守るためにも、、私たちの子供や孫など、次世代にツケを残さないためにも、真実と向き合うべき時がきているのではないでしょうか? 9条がある限り、本当の意味での独立国にはなれないし、自分たちの祖国を守ることもできない…他力本願はもうやめて、日本国民一人一人が、独立国としての気概と誇りを持って前に進んで欲しいと思います。

産経新聞「正論」元編集長 上島嘉郎

ジャーナリスト

 

上島嘉郎

 

ジャーナリスト

上島嘉郎

 


Think Big! (大きく考える)より抜粋  人の役に立つことをやること。相手が願っていることを一生懸命奉仕すること。 これさえ心掛けていれば、すべては良い方向に循環します。

2019-07-29 13:38:51 | 日記

Think Big! (大きく考える)ということですね。それから、 Be Positive (積極的であれ)ということ。

常に積極的に考えるということが、非常に大事だったと思います。

さらに、 Be Constructive (建設的であれ)ということですね。

 世の中のことは、悪い方に取ろうと思えば、いくらでも悪く取ることはできます。

けれども、すべてを「成功の種にならないか」と考えていくことです。

それから、めげてもめげても、立ち直る速度を速くしていくことです。

「失敗した」と思っても、「ただでは起きないぞ」「この失敗から何かをつかんで上がっていくぞ」と考えることです。

 また、常に仕事に何かプラスアルファを見い出して、何かをつけ足し、

より良くしていこうと努力していると、周りにちゃんと伝わっていきます。


例えば経営者なら経営者が、「今日よりも明日、明日よりも明後日、今年より来年を、

もっともっと良くしていこう」と思って発信し続けていたら、必ず他の人に伝わっていきます。


ですから、明るく、建設的で、積極的な考え方を持ちながら、

そうやって向上を目指していれば、必ず大きくなっていくし、それは必ず収入の増加を伴うものです。

 人の役に立つ仕事をしていれば富は必ず集まってくる(富を引き寄せる方法)

 個人においても会社においても、収入を上げたければ、

要するに、富を引き寄せたければ、他の人へのサービスを良くしていくことです。

「自分」という観点から言えば、自分の魅力を増していくこと、

他の人を惹き付ける魅力を持つということです。 

とにかく、人のために役に立つことをしたら、お金は貯まることになっているのです。

お金が逃げていくということは、人のためにならないことをしているということです。

人の役に立つことをやっていて、それがどんどん積み増しているというか、

もっともっと役に立つようになっているようだったら、絶対にお金持ちになっていきます


 それに、目標を設定すれば、さらにいいかもしれません。

自分で目標を貼り出して、これに向けて、 Think Big Be Positive  Be Constructive と

考えながら努力していれば、必ずお金持ちになっていきます。

 他の人の役に立つ仕事をしていて、世に認められないということは、絶対にありません

それから、他の人の役に立つ仕事でも、同じことだけ繰り返すのではなく、

さらに良くしていこうと常に考えていれば、絶対に大きくなる。

富も大きくなれば、仕事も大きくなる、組織も大きくなるということ。

これが永遠の真理です。「人の役立つ仕事をする」ということだけをいつも考えていれば、

どんな業種でも、絶対に成功できると思います。

 例えば、今は公務員のようなところは、仕事の成果が収入に関係ないとおっしゃるかもしれません。

しかし、今、国は税金を上げようとしていますが、公務員のサービスがもっと良くなれば、

もっとスムーズに税金を上げられるかもしれません。

あるいは上げなくても、もっと民間が活性化して税収が上がる可能性だってあるわけです。

 ですから、どの世界においても、この考え方は一緒です。

人の役に立つことをやること。相手が願っていることを一生懸命奉仕すること。

これさえ心掛けていれば、すべては良い方向に循環します

富は循環し、そして、必要な人のところに集まってきます

。富は、その人に任せておけば、もっと良い循環が起きるような人のところに必ず集まってくるようになっています。

これを信じることが大事だと思います。

 絶対に大丈夫です。「富、無限」です。間違いありません。


「ラ・ムーの本心(超古代文明ムーの大王の霊言)」より抜粋。中国や朝鮮軍に核ミサイル攻撃されて消滅するかどうか、救世主が現れるときは、大天変地異・大災害の時代でもある

2019-07-29 13:38:05 | 日記

ラ・ムー  だから、はっきり言えば、君たち日本はムーの末裔(まつえい)かもしれないけども、

「今世紀中に、中国や朝鮮軍に核ミサイル攻撃されて消滅するかどうか」というのが一つかかっていますので、

信仰心を高めてエル・カンターレ(大川隆法総裁)の教えを逆に伝道して、向こうをその宗教の教えの下(もと)

に置くことに成功しなければ、(日本が)滅びる可能性はかなり高い。


酒井    その時にエル・カンターレ(大川隆法総裁)が降りられたこの日本はどうなっているのでしょうか?

ラ・ムー  いやあ、昔の物語として、アトランティスやムーと同じように、「日本という国があった」という話に変わるだろうね。

酒井    「沈んでいく」ということになりますか。

ラ・ムー  「沈んでいく」というか、まあ「沈める」しかないでしょう。

だけど、中国あたりだって、そのままにはしておくつもりはないけどね、当然ながら、大陥没が起きる。


             (中略)

ラ・ムー まあ、ちょっとこの世紀も、そろそろ行き詰まって、

(天変地異が)もうすぐ来るのかなあとは思っているので。

私たちが嫌な感じが強くなってきたら、変えようとしているね。


西洋的な文脈では、救世主が現れるときは、大天変地異・大災害の時代と一緒なんだよ

日本人はそれが一緒じゃないから、よくわからないので喜んでるけれども、

「大救世主が出る」ということは、文明ごとの盛衰がおきるような、

大変な「苦難の時期」とも一緒なんだよ。


(現在、日本を含めて、天変地異や異常気象が世界中で起こっている。この霊言が収録されたのが2月18日なので、予言が当たっていると言える。大天変地異・大災害の時代にすでに入っているのか)