世界中で起きている異常気象の原因を探る。このブログを読めばわかります!

日本は神も仏もいない。死んだら終わりと言う人が大半ですが、真実を伝えます。

火星人の過去世の記憶を持つロシア人男性が話題に。「宇宙人が存在しているということ」「生命は永遠であり、転生輪廻しているということ」「それらは地球人だけではなく、宇宙の真理である」

2017-11-28 09:38:02 | 日記


http://the-liberty.com/article.php?item_id=13844 幸福の科学出版

ロシアのニュースサイト「Pravda.ru」が、21歳のロシア人男性が、火星人だった過去世の記憶を持っていることを何度も報じ、ちょっとした話題になっている。

これまで報じた3本の記事をまとめてみると、男性の名前は、ロシア南部のヴォルゴグラード州に住むボリス・キプリヤノヴィッチ氏(通称:ボリスカ21歳)。生まれてすぐに、母親を凝視する特異な子供だったと、小児科医である母親は言う。

男性は、生後15日で首が座り、4カ月で発語、1歳半で新聞の見出しを読めるという早熟だった。2歳から絵を習い幼稚園に通うと、保育士はすぐにこの子のたぐいまれな頭の回転の早さや独特の記憶力に気付く。誰が教えたわけでもないのに、宇宙について話すようになり、ある時は90分も話し続けた。しかも、それは次のような驚くべき内容だった。

・自分の過去世は火星人だった。
・火星は昔、核戦争で荒廃して大気を失い、火星人は現在、地下都市に住んでいる。
・火星人は二酸化炭素で呼吸をしている。自分は地球の肉体に生まれ変わったので酸素で呼吸をするが、そのせいで老化が早い。火星人は皆若く、30代くらいにしか見えない。
・火星人は背が高い(プラウダの記事では7メートルだが、イギリス紙は7フィート)。
・火星人はサイキック能力を持ち、知的で侵略的ではない(母親は、ボリスカが神秘的なチャネルを通じて情報を得ているのを目撃している)。
・地球の古代文明であるレムリヤ文明の時に、地球を観察しに来た。その時はUFOのパイロットだった。
・レムリヤ文明が滅んだのは、人間が霊性の開発を止め、惑星内で調和できなかったため。
・死ぬのは怖くない。なぜなら我々は永遠に生きているのだから。

誰もボリスカに知識を植え付けたわけではないのに、彼は2歳から太陽系内の惑星や衛星、銀河の話をし始めた。また、非常に霊的な持ち主であり、潜水艦事故や学校への襲撃など、心を痛めるような事件が起きると、体の内部から焼けるような痛みを感じるという。

2005年の夏、ボリスカは、ロシア科学アカデミーの科学者たちの関心を引いた。彼を調査したウラジスラフ・ルゴヴェンコ教授によると、この20年間、世界中でこのような特殊な能力を持つ子供たちの存在が報告されているという。
 
ボリスカのような人間の出現は、「宇宙人が存在しているということ」「生命は永遠であり、転生輪廻しているということ」「それらは地球人だけではなく、宇宙の真理である」ということを示しているのではないか。(純)

【参考記事】
プラウダ 2005年10月29日
http://www.pravdareport.com/society/anomal/29-10-2005/9151-boriska-0/

プラウダ 2008年5月5日
http://www.pravdareport.com/science/mysteries/05-03-2008/104375-boriska_boy_mars-0/

プラウダ 2017年11月9日(火星人のボリスカ、未だ謎)
http://www.pravdareport.com/society/anomal/09-11-2017/139143-boriska_mars-0/

日本語の記事
http://karapaia.com/archives/52248956.html

【関連記事】
2012年4月号 宇宙人リーディングとは何か— 人類の隠された過去を明かす
http://the-liberty.com/article.php?item_id=3865

2011年6月11日付本欄 【公開霊言動画】宇宙人リーディング—宇宙人の魂が明かす衝撃の事実
http://the-liberty.com/article.php?item_id=2161


いじめ、不登校、非行……私が立ち直るまで

2017-11-27 14:42:44 | 日記

 http://voicee.jp/2013113016 より転載


私はいま一児の母です。10代のとき、私は不登校や非行など荒れた生活をしていました。そんな私が、立ち直ることができたのは、仏法真理と家族の励ましのおかげです。

転校先でのトラブル

 中学2年生の時でした。

「M、またお父さん転勤だって」

 母の言葉に、私はショックを受けました。せっかく、今の学校に馴染めたのに、また転校。 父の都合に合わせてばかりの引っ越しが不満でした。私の父は“転勤族”で、中学だけでも2度目の転校。しかも、今度は東京から遠く離れた、地方の学校……。

 泣く泣く転校して間もなくのこと。

「ちょっと、トイレに来てよ」

 クラスメートに言われて、トイレに行くと、何人かの女子が集まっていました。

「あんたのその態度、ムカつくんだけど」

「なにその茶髪? スカートも短くして何様のつもりよ」

 転校したばかりで、制服も東京の学校のままでした。東京ではふつうの格好なので、びっくりしました。このことがきっかけで、私はいじめられるようになったのです。

不登校

 ある日、机の中に手紙が入っていました。

「みんなから、いろいろ言われているみたいだけど、大丈夫? 学校のことで分からないことがあったら、私に聞いてね。Y」

 話したことはありませんでしたが、明るい世話好きそうな子からの手紙でした。嬉しくもありましたが、同情されているようなみじめさも感じました。その後も手紙が続き、彼女から話しかけてくるようになりました。

「Mさん、一緒に帰らない?」

 誘われれば一緒に帰りましたが、私の態度は消極的でした。つい意地を張り、Yさんに対しても素直に心が開けなかったのです。そのうち、Yさんもあまり話しかけてこなくなり、私はクラスのなかで孤立した存在になっていました。

 ある朝、急にお腹が痛くなりました。病院に行き、数日学校を休んだら痛みは取れましたが、それから朝起きるのがかったるくなり、どうしても起き上がれません。私は不登校になってしまったのです。

 学校に行かなくなって数週間が過ぎ、母は、先生や教育委員会に相談して、他の中学に移る手続きをしてくれました。もともと学校が嫌いなわけではありません。この学校さえ移ればなんとかなると思いました。

 私は、次の学校では服装や髪型に気をつけ、クラスに早く馴染めるように、できるだけ“いい子”を演じようと努力しました。しかし、同級生との距離はいっこうに縮まりませんでした。まじめな態度がかえってわざとらしく見えたのかもしれません。

「M、カバンの中、見せてみろ」

 ある日、先生が私に言ってきました。カバンを開くとタバコが入っていて、びっくり。誰かの嫌がらせでした。私が必死に説明すると、先生も変だと思ったのか、いたずらだと分かってくれました。でも、陰険ないじめにショックを受けました。

「もう、嫌だ。学校なんて行きたくない」

 私は再び不登校へと逆戻りしてしまいました。

私の青春、返してよ!

「M、ちゃんと話し合おうよ」

 母に話しかけられても、「放っておいて」と、ふとんを頭から被って動こうとしない私。そのうち、父が怒りはじめました。

「いい加減にしろ! いつまで学校に行かないつもりなんだ!」

 父はお酒を飲んでいるようでした。昔から、父はお酒を飲むと人が変わったように怒りっぽくなります。大きな声で怒鳴られて、私もキレました。

「何よ! お父さんが転勤したからいけないんじゃない。私の青春、返してよ!」

 取っ組み合いの喧嘩になりました。私のあまりの荒れように、父は途中で匙を投げたようです。それからは私に何も言わなくなりました。私のことは母に任せたようでした。

「私のことなんて、どうだっていいんだ」

 国立大学を出て、大きな会社に勤めている父──できの悪い私を厄介者に思っているような気がしました。

東京に戻りたい……

 私は虚しさに襲われ、リストカットをするようになりました。家の近くの崖に何度も行ったりしました。でも、その場に行くと、もう一歩が踏み出せませんでした。以前、母から聞いていた話が心にひっかかっていたからです。

「『死んだら楽になる』って自殺する人が多いけれど、天国に還れないで不成仏霊になって苦しむんだって」

 母は幸福の科学の信者でした。私も、小学生の頃から、母に仏法真理の話を聞いていました。死んだ後まで苦しみたくないと、恐くなって、思い止まりました。

 ある日、母に自分の正直な気持ちを打ち明けてみました。

 「私、東京の学校に戻りたいよ」

 結局、私は一人で東京にアパートを借り、転校前の中学に戻ることになりました。そこでは以前からの友だちも多く、何事もなかったかのように、ふつうに通学できるようになったのです。

 高校は寮のある学校を受験。受験までの間、母が自宅と東京の間を行き来して、私の面倒をみてくれました。

 ある日、母が幸福の科学の総本山・未来館に連れていってくれました。

「明るくてきれいだな……」

 ギリシャ的な雰囲気がとても好きになりました。私はこのとき、母に勧められて幸福の科学に入会しました。

非行

 私は高校に合格しました。中学時代は転校で苦しんだ分、高校では楽しもうと思っていました。でも、寮での一人暮らしは、思っていた以上にさみしいものでした。自分の部屋に一人っきりでいると、不安になります。

「ねぇ、これから部屋に行ってもいい?」

 さみしさを紛らわすために、私は同じ寮の友達の部屋に入り浸っていました。お母さんはよく訪ねてくれるけど、お父さんは連絡もくれません。不登校で荒れて以来、私と接しようとしない父──。父が私を“お荷物”のように思って避けているんだと感じました。

 毎日、あちこちに電話やメールばかりしていましたが、そのうち、それだけではもの足りなくなった私は、携帯サイトで出会った人たちと遊ぶようになりました。当時流行していたコギャルのファッションで、夜の街を遊び歩きます。さまざまな非行をするようになっていきました。でも、何をしていても、心はいつも虚しかったのです。

 母は、私の様子がおかしいことを、薄々勘付いていたのかもしれません。夏休みに帰省した際、母に日記と携帯電話を見られ、私の非行がばれることになりました。

「M、これはどういうことなの!」

「勝手に見るなんてひどいじゃない!」

 私は開き直って、母に反抗しました。父にも知られて、おもいっきり殴られました。ぜんぜん反省の素振りもない私に、両親はついに警察に相談することにしたらく、警察署に連れていかれて説教された私は、ふてくされて部屋にこもり、両親と口を利かなくなりました。そんな私の心を開こうと、母は必死になって話しかけてきました。

「M、勝手に日記を読んでごめんね。お母さん、あなたのこと信じているから」

 そういって、母は鍵付きの新しい日記を私に手渡してくれました。日記を無断で見られたのは頭にきましたが、母は本気で心配してくれてるんだと感じ、少しうれしかったです。

もう一度やり直したい

 夏休みが終わり、東京に戻ると、母から幸福の科学の本が送られてきました。『愛の原点』という本でした。タイトルの「愛」という言葉が気になって本を開きました。

「愛とは、自分のためではなく、他のものに尽くしたいという思いです」(『愛の原点』より)

 私は本に引きこまれていきました。母から送られてくる仏法真理の書籍を真剣に読むようになり、自分もこのままじゃいけないと思いました。そんなある日、母が幸福の科学の総本山・正心館に連れていってくれました。

「お母さん、何か研修受けるの?」

「今日はMと一緒に『特別灌頂(とくべつかんじょう)』を受けようと思うの」

 母の話によれば、それは仏への信仰のもと、過去の心の重荷をおろし、新しい人生への出発を誓う儀式だといいます。

「M、これまでつらい思いをさせてごめんね。もう一度、お母さんと一緒に、真っ白な気持ちになってやり直そう」

 それまで、親のせいで、友だちのせいでと、人のせいにばかりしてきた自分。いろんな言い訳が積み重なった今の自分――。ほんとうに変われるものなら変わりたいと思いました。少し不安でしたが、祈願室に一歩足を踏み入れると、その厳かな雰囲気に、暗い気持ちが消えていきました。目の前に大きな仏がおられる気がしました。

「私、間違っていました。ごめんなさい」

 一生懸命祈りました。心があたたかくなり、涙が止まらなくなりました。終了後、講師の方が話をしてくれました。私は今までのことをすべて打ち明けました。

「──こんな私でも変われますか?」

「どんな人でも信仰を通して生まれ変わることができます。間違いをよく反省してください。そして、もう一度やり直そうと決意し、努力してください。仏はそういう苦しい経験をされたあなたに対して、きっと期待しておられますよ」

 講師の言葉に勇気づけられ、私は「二度と同じ過ちをしない」と心に誓ったのです。久しぶりに心がスッキリしていました。

久しぶりの釣り

 高校を卒業した私は、実家に帰って働くことに決めました。仏法真理も熱心に学ぶようになりました。ちょうど父は単身赴任中で実家にはいませんでしたが、父とのこともなんとかしなければと、気にかかっていました。

 精舎で『幸福の法』公案研修に参加したときのこと。経典をじっくり読み進めていくと、ある一節が目に留まりました。

「無限に愛を奪い取る傾向を持っている人は、いくら、まわりの人からほんとうに愛を注がれていても、それが分からないことが多く、足りないことのほうにばかり意識が行くのです」(『幸福の法』より」)

「これって、私のことかもしれない……」

 父の姿が心をよぎりました。私は父との関係をもう一度ちゃんと振り返ってみようと思いました。

「そういえば、小さい頃、花をプレゼントしてくれたことがあった。私が花好きだったから、父なりに一生懸命、見繕ってくれてたんだろうな」

「一人暮らししていた時、突然、父が訪ねてきたこともあったな。なぜか二人でお寿司を食べに行った。……あれは私のこと心配して見にきてくれたんだ」

「あっ、そうだ、釣り……。父は釣りが好きだったから、よく私を一緒に連れて行ってくれた。……たしか私専用の釣り道具まで揃えてくれてた」

 考えだすと、いろんなことがよみがえってきます。私のことなんか、父はまったく関心がないと思っていたけれど、実は私のほうが父を見ようとしていなかったのではないかという気がしてきました。

「私は、父からもっと愛されたくて、反抗していたのかもしれない。ほんとうは父に愛されていたのに……」

 研修をきっかけに、父に対する見方が少しずつ変わっていきました。たまに単身赴任先から実家に帰ってくる父。でも、2人の妹も思春期で、父と距離を取りたがっている様子。家で一人でお酒を飲んでいる姿はどこか寂しげに見えました。娘たちと話したいのに、話しかけられない父の不器用さが伝わってきたのです。私は自分から父に話しかけてみました。すると父はうれしそうに、仕事の話から始まって自分の幼少時のことまで、いろんなことを話してくれました。

「M、釣りでも行こうか?」

 ある日、父が誘ってくれました。

「いいよ。ほんと、久しぶりだよね」

 誘いにのって、2人で海釣りに出かけました。……なぜか私ばかりが釣れました。

「Mは釣りがうまいな」

 ぽつりと父が言いました。まさか、釣りで褒められるとは思ってもみませんでした。勉強では父に褒められたことがなかった私。はじめて父に認められたような気がして、照れくさくなりました。

父への報告

 仏法真理を学んで気持ちが前向きになったせいか、その頃、交際相手ができました。彼は大柄な体に似合わず、とてもやさしい人でした。私の過去を正直に打ち明けると、すべて受け止めてくれました。私も彼のために何かをしてあげたい、という思いが自然にわきあがってきて、よく幸福の科学で言われている「与える愛」の喜びって、こんな気持ちなのかと、少しずつ実感できるようになっていました。

 

 結婚を前提にお付き合いを続け、お互いの家も公認になりました。ある日、私は自分が妊娠していることに気づきました。彼も喜んでくれ、私たちは母と彼の両親にもすぐに伝えました。ただ、父の反応を考えると、少し不安になりました。父はまだ単身赴任中で、家にいませんでした。

 妊娠が分かった日の夜、私は不思議な夢を見ました。

「“約束”しましたよね。お願いしますよ」

 夢のなかで、めがねをかけた大人の男性から、そう言われました。

「約束って言っていたな。もしかして……あの人が自分の子どもになる魂なのかも」

 そんな気がしました。親子の縁はあの世で約束してくると教わっています。私が頼りなげに見えたのか、少し叱られたような気もしました。不思議がって母に話したら、母も「そんな感じの男の人が、私の夢にも出てきたよ」と言うので、びっくりしました。

「お腹の子がわざわざ挨拶に来たんだから、私もちゃんと父に言わなくちゃ」

 勇気を出して父に電話をかけました。

「お父さん、私、赤ちゃんできたの……」

「…………」

 無言の父。驚いているのか、怒っているのか、電話の向こうの表情が分かりません。緊張しながら父の言葉を待ちました。

「──そうか、分かった。おめでとう」

 予想外の穏やかな言葉。私のほうが驚いてしまいました。それから数日後──。

「Mさんを、僕にください」

 彼が父の前で正式に結婚を申し出ました。父は下を向いて黙ってしまいました。泣いていたのです。

「どうか、娘をよろしくお願いします」

 涙で声をつまらせる父。私も涙がこぼれました。父に愛されていたことを、はっきりと感じました。

私でも人の役に立てる

 結婚後、主人も幸福の科学に入会し、赤ちゃんも、夢で見た通り、男の子が生まれました。私は家庭の幸福を実感していました。

 ある日、ふとYさんのことを思い出しました。中学の時、いじめられている私に対して、手紙で励ましてくれた子です。あの時言えなかった「ありがとう」の一言が言いたくて、彼女に手紙を書きました。すると、すぐに彼女から電話がかかってきたのです。

「ほんと久しぶりだよね。どうしたの?」

「Yさんからもらった手紙、今も大事に取ってあるんだよ。すごくうれしかった。でも、あの時は素直になれなくてごめんね。ほんとうにありがとう」

 彼女も喜んでくれて、お互いの近況を話していると、驚いたことに、彼女も私とほとんど同じ時期に出産したと言います。子育てで悩んでいる様子でした。

「もし、よかったら、幸福の科学の支部に行ってみない?」

「それって、誰でも参加できるの?」

「うん。子育てをしているお母さん方の集いもあって勉強になるよ。あの後、私もいろいろあったけど、ここで学んでから変わることができたんだ」

 私は自分の経験を話しました。私の話に興味を持った彼女は、支部の子育て中の母親の集いに参加するようになりました。やがて、彼女も幸福の科学に入会しました。

「幸福の科学を教えてくれてありがとう」

 Yさんに感謝されて胸が熱くなりました。

「私でも人の役に立てるんだ――」

お返しの人生を

 私の10代は荒れたものでした。まるで出口の見えないトンネルのなかをくぐっているようで、苦しくてどうしようもない時期もありました。

 でも、幸福の科学の信仰と母の励ましを通して、自分の間違いに気づき、やり直すことができたのです。その結果、父との葛藤を乗り越え、私自身も子を持つ母として幸せな家庭を築くことができました。

 薄暗く見えた私の人生に光を与えてくれた仏に心から感謝しています。この気持ちを胸に、これからはお返しの人生を生きていきたいと思います。


倒産からの復活――新しく立ち上げた会社で売上げ倍増!!

2017-11-27 14:42:03 | 日記

http://voicee.jp/2015070411201 より転載

「これで、倒産だ」

2001年のはじめ、私は一大決心して起業を決意しました。

そして、折からのエコロジーブームに乗り、環境保全機器の販売代理店を始めたのです。

以前勤めていた自動車関連企業で営業成績がトップクラスだったこともあり、営業には自信がありました。「自分ならできるんじゃないか」と思っていたのです。

しかし、現実は甘くはありませんでした。チラシを配ったり、飛び込みの営業もしましたが、商品が売れません。ついに融資まで断られ、4カ月後、資金繰りが行き詰まってしまいました。

「これで、倒産だ」

体が震えました。

生活費さえ工面がつかない状況の中、不安と悔しさが入り混じり、生きた心地がしませんでした。

そしてある時、実家にいる弟が「一緒に仕事をしよう」と誘ってくれたので、かなり悩みましたが現実を受け止め、廃業の手続きを進めました。

弟と起業して再出発をはかる

私は、技術士をしていた弟と、制御機器メーカーを立ち上げました。

主な仕事は制御盤の製作や電気工事です。図面を見ながら、ドリルで穴を開けたり、細かい配線もします。営業畑を歩んできた私にとって、すべてが初めての経験で大変でした。

不況で注文が取れず、経営面でも厳しい状況です。給料の未払いが続き、とうとう長男を保育園に通わせることもできなくなりました。質素な食事に、着るものすら買えない生活。不安そうな妻の顔を見る度に、心の中で家族に詫びました。

見通しの甘さにより、手痛い思いをし、一度は会社をたたんだ自分です。「今度こそは持ちこたえなければ」という思いでした。

幸福の科学の支部に通うようになった

その頃、以前から入信していた幸福の科学の支部精舎が新しく建立されると聞きました。

「地域のユートピアづくりに少しでも貢献させていただきたい」

以来、会社と支部の発展を祈念して、「経済繁栄・成功祈願」を毎月することに決め、以前にも増して、今ある支部に通うようになりました。

総裁先生の御法話を学んだり、信者の皆さんと語らっていると本当に心が癒されていきます。支部に行く度に、事情を知っている支部長や法友が失意の私を励ましてくれ、何度となく勇気をもらいました。

復調のきざしが見え始めた

ある日のことです。打開策を求めて書籍『発展思考』を読んでいるときにハッとしました。

「人間の心なるものは、ちょうど磁石のようなもの」
「人びとの幸福を願う心を持っている人のところに幸福が集まる」

「私は、相手の幸福を願っていただろうか。注文を取りたい一心で、自社のこと、自分のことばかり考えていたのではないか……」

やるべき事が見えてきました。

私どもの強みは技術力だったので、それをより生かす方向でサービスを充実させることにしました。

部品の販売から、設計、プログラム作成、配線、工事、試運転まで一貫して請け負う、小回りのきいたサービスを売りにすることにしたのです。通常こういう業界では、大手以外ではあまりやっていないことです。

さらに同業他社が敬遠する納期の短い仕事や現場が遠い仕事でも引き受け、お客様の利便性を考えたサービスを打ち出していきました。

ある機械メーカーから初めて注文をとることができ、一気に目の前が明るくなりました。

その後も試行錯誤が続きましたが、徐々に新規の顧客が増え、経営が安定していったのです。

研修を受けて迷いが消えた

そして、中部正心館で経営に関する研修に参加しました。

研修のなかで、これまでのことを振り返っていきました。

倒産によって辛いことも経験しましたが、「人生は一冊の問題集」という真理に表されるように、私の魂を成長させるために必要な試練だったのだと思います。

そして、多くの方に見守られ、ご指導いただきながら仕事をすることができました。今自分がこうしてあるのも、お世話になった方々のおかげであり、目に見えない世界からの導きであったのだと目頭が熱くなりました。

「私心を去って、仏やお客様が喜ばれる選択をしていくしかない」

その後、経営は軌道に乗りはじめ、売上げは3期連続で倍増。従業員も増え、今は社長としてさらなる発展に向けて挑戦しています。

これからも精進して、さらに企業を発展させ、ユートピア建設に貢献したいと考えています。

この記事は毎月発刊の機関誌月刊「幸福の科学」第239号より転載し、編集を加えたものです。


Q.「憑依(ひょうい)」とは何ですか?この法則を知らないと、知らないうちに運命が悪くなっています。

2017-11-23 12:58:23 | 日記

https://happy-science.jp/info/2016/21948/

Q.「憑依(ひょうい)」とは何ですか?

A.憑依とは、「霊が地上の人に影響を及ぼしている状態」のことです。

霊が人間に影響を及ぼす霊現象

熱帯や亜熱帯のほうのジャングルでは、シャーマンという、神降ろしをする祈祷師たちが、恍惚状態になり、別人格のようになって、踊ったり、歌ったり、突如、語りはじめたりして、一時間、二時間と、延々と神降ろしをやっていることがあります。


そのうちに、先祖の霊が入ったり、神が降りたりして、まったく異常な状態になります。それは周りから見ていても分かります。一般的には、このように、霊現象を起こすスタイルのもの、すなわち、多くの人の目で見て、「これは、何かが降りてきて、動いているな」と感じるものを、憑依状態とすることが多いと思います。


日常生活でも憑依現象は起きている

ただ、幸福の科学では、もう少し広い意味で憑依を捉えています。誰の目で見ても分かるような憑依状態でなくても、「霊界の、ある存在が、ある人に、コンスタントに(ときには一時期のみのこともあるが)憑いて、影響を及ぼしているような状態」のことを、憑依と呼んでいます。


憑依という言葉自体は、「悪い霊が憑く。悪霊、悪霊が憑く」というイメージが強いのですが、憑依そのもののなかには、もちろん、「神降ろし」「神がかり」というものがあるので、憑依は、霊の善悪に関係なく、「霊が憑く」という状態ではあります。


霊能者が起こす憑霊状態ではなくても、日常において正常に活動している人に、特定の霊などがコンスタントに影響を与えているような状況のときには、憑依現象は起きているのだと言えます。

 

「取り憑かれるもの」と「取り憑くもの」とは思いが通じている

霊界には「波長同通の法則」というものがあって、「取り憑かれるもの」と「取り憑くもの」とは思いが通じているのです。

例えば、この世に生きている人が、誰かを強く恨んだり憎んだりする気持ちを持っているとします。その場合、あの世の地獄界に堕ち、人を恨んだり憎んだり怒ったりしている霊と、心が通じてしまいます。

すると、その思いを持ち続けるかぎり、霊は、いつまででも憑依することができ、憑依された人の運命を悪くしていきます。

その人を病気にしたり、事業を成功させなかったり、間違った判断をさせたりできるのです。

憑依した霊は生きている人間と同じような気分を味わえる

地獄界にいる悪霊は、「何かを破壊しようとしても破壊することができない。肉体がないために実質的な行動ができない」という状態にあります。


しかし、地上界に行って、生きている人間に取り憑くと、その人と同じような気持ちが味わえるのです。あの世の食べ物は、食べても食べても、おなかがいっぱいになりません。

しかし、この世に出てきて飲食街などへ行くと、酒を飲んだり食べ物を食べたりしている人がたくさんいます。


そのなかで、自分が入れそうな手ごろな人、自分によく似た人を探して、その人に取り憑けば、その人が酒を飲んだり食べ物を食べたりすると、自分も、同じようなことを感じるのです。

肉体のなかに入ると、酒や食べ物の感じ、舌触りが分かり、「ああ、感じる。これは、やめられないな」と思うのです。

参考文献:『神秘の法』
『真実への目覚め』
『霊的世界のほんとうの話。』


たくさん税金を収奪してバラまくという行為は、合法的に泥棒をしているのと同じことだ。

2017-11-22 12:57:34 | 日記

消費増税を許すな![HRPニュースファイル1514]

http://hrp-newsfile.jp/2015/2512/

文/幸福実現党石川県本部副代表 宮元智

◆重税にあえぐ国民

昨年4月から消費税が5%から8%に上がり、昨年暮れの衆院選では、安倍政権は消費増税の先延ばしを掲げておりました。

「今はまだ十分景気回復していないから増税しないけど、2017年には景気に拘らず必ず上げるけど、いいね?」ということを問うた選挙でもあったのですが、自民党は圧勝し、安倍政権は一応、この増税路線は信任を得たと思っていることでしょう。

しかし、中曽根内閣は売上税の導入に失敗後退陣しています。

竹下内閣も消費税導入後退陣。他にも退陣の要因はあったとはいえ、増税は政治生命を賭けてやるぐらいの覚悟が必要なことです。

しかし、安倍内閣は前回の増税からわずか3年後に、2回目の消費税増税を決めています。こんなことがあっていいのでしょうか?

すでに国民の間では重税感が半端ないものになっています。消費税だけではなく、国民に十分知らされないまま様々な税金や保険料が上がっています。

年金の支給額は減り、介護保険料は増えてしっかり天引きされています。

また、ガソリン代の半分近くは税金で、ガソリン税(揮発油税)と石油税(温暖化対策税)、しかも消費税がこれらの税金に対しても(つまり二重に!) 課せられています。

先年起業して小さな会社を営んでいる私の後輩は、

「いろんな税金がかかって、簡単に黒字が出せないようになっています。こんなに税金がかかるなら、フリーランスでやっていた方がマシだったと思うこともありますよ。」

「起業して少しでも世の中の役に立ちたいと思ったが、これでは稼ぐ気力も失せてきます。安倍さんも口では『景気回復最優先』と言いながら、本当はお金を稼ぐことが悪いことだと思ってるんじゃないですかね。」

と怒りをあらわにしています。


◆消費税の誘惑

平成10年から25年の税収を見ると、合計では38.7兆円から51兆円の間を上下しています。

[財務省] 一般会計税収の推移
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/010.htm

税目別に見ると、消費税が9.8兆円~10.8兆円。法人税は6.4兆円~14.7兆円、所得税は12.9兆円~18.8兆円。

[財務省] 主要税目の税収(一般会計分)の推移
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/011.htm

法人税と所得税は、景気により激しく変動しますが、消費税は、景気に拘らず10兆円前後と安定しています。

景気に拘らず、安定した税収が見込める。財務省が消費税を増税したいという誘惑にかられるのも非常にわかりやすいですね。

でも、景気が悪い時でも同じ額の税金を納めなければならない国民の身にもなってください。

消費税は、お金持ちも貧しい人も平等に、同じ税率がかかるものですから、貧しい人の負担が重くなります(これを「逆進性」と言います)。

弱者救済の観点からも、消費税は上げるべきではなく、むしろ下げるべきだと思うのです。

「軽減税率」も議論されていますが、どれを対象にし、どれを除外するか、とても難しくなります。

生鮮食品と加工食品に分けようと言っても、麺類は良くて、加工前の粉ならば対象となるのかならないのか、冷凍麺は加工食品となってダメなのか、刺身の盛り合わせは良くて、フルーツの盛り合わせはどうなのか、それは果たして公平なものなのか否か、政治家や官僚が決められるものなのでしょうか。

消費者も、売る方も税務署も大変です。みんなが大変な軽減税率などやめて、みんな平等に、スパッと減税すれば「三方良し」です。

◆幸福実現党は庶民の味方

税金は元は人様のお金です。自分のお金ならばいざ知らず、人様のお金をとって他の人にバラまけばそれは「鼠小僧次郎吉」の世界です。

いかに「義賊」と言われようと、泥棒は泥棒です。富裕層からたくさん税金を収奪してバラまくという行為は、政府の名の下に、合法的に泥棒をしているのと同じことではないでしょうか。

幸福実現党は、お金をバラまくようなことはいたしません。減税と大胆な金融緩和と規制緩和、そして未来産業への積極的な投資によって、国富を増大させます。

国富が増え、世の中全体が豊かになって、成功し豊かになった人が、利他・愛他の精神をもって、弱い人や力のない人、若い人に手を差し伸べる。

そして可能な人には、自助努力の精神を促して自立し成功していけるように導いていく。これが健全な「福祉」の未来像であると考えます。

まずは、庶民を苦しめる消費税を5%に戻しましょう。そうすれば、高齢者や貧困層の負担が軽くなります。そして、国民の可処分所得(自由に使えるお金)が増えます。

◆「自由の大国」へ

安倍総理が消費増税を先送りしたのは、それまでにアベノミクスが奏功し、景気回復したら国民も税負担に耐えられるだろうと思ったからだと思いますが、残念ながら、うまくいっていません。

そもそも、消費税を8%に上げたのが失敗だったのです。日銀総裁が「異次元」と自賛するほどの金融緩和をやりながら、一方で増税しては、アクセルを踏みながらサイドブレーキを引くようなものです。

結局、このままではお金は市中に回らず、デフレ脱却も景気回復も夢に終わってしまいます。

安倍首相は、「最低賃金を千円にせよ」と社会主義国家並みに介入してきています。無理矢理賃上げを要求するより、あっさり消費税を減税した方が、個人消費は活発になります。

自民党内には「企業の内部留保に課税せよ」という共産党並みの案もあるとか。安全保障関連の政策は評価したいと思いますが、この政権には、少し「国家社会主義」を好む傾向性があるように思われます。

幸福実現党は、この国が国家社会主義化しないように、国民の自由を守り、「自由からの繁栄」を目指します


消費増税は景気を冷え込ませ、逆に税収を減らす

2017-11-21 20:30:05 | 日記

消費増税は景気を冷え込ませ、逆に税収を減らす。

日本のGDPは6割が消費だ。

景気を回復させるためには消費の拡大がカギだが、

消費増税はその真逆の効果をもたらす。

結果として景気を悪化させ、企業の収益と国民の所得が減り、

法人税収、所得税収も減っていく。

これを主張しているのは幸福実現党だ。



トランプの“最側近”だったバノン氏、来日し、中国覇権を本気で警告(前編)「中国はパートナーではなく敵と気付くべき」

2017-11-20 09:13:58 | 日記


http://the-liberty.com/article.php?item_id=13793  幸福の科学出版

《本記事のポイント》
・ 習近平演説は「21世紀における最も重要な演説」
・ 中国が覇権を握る3つの戦略
・「中国はパートナーではなく敵と気付くべき」

トランプ大統領の首席戦略官兼上級顧問を8月まで務め、「大統領の最側近」「陰の大統領」とも言われていたスティーブン・バノン氏。同氏は現在でも、トランプ氏と頻繁に連絡を取り、政権をサポートしているという。

そんなバノン氏がこのほど来日し、都内で中国の人権問題について「諸民族青年リーダー研修会」で「Forging an Alliance of Asian Democracies Responding to China's Influence and Threats(中国の影響と脅威に対応するためにアジアの民主国家で同盟を形成する)」と題する講演を行った。講演は中国大使館によって中止の圧力がかかる中で、行われた。

バノン氏は、「中国の脅威」と「労働者階級が世界的に台頭している意味」について語った。その内容は、トランプ氏の本心を垣間見られるものと言える。本欄では、そのポイントを紹介していきたい。今回はその前編。


◎習近平演説は「21世紀における最も重要な演説」

中国共産党第19回全国代表大会において、習近平総書記は3時間半の演説を行った。

バノン氏はその驚愕の内容に注目。2035年までに経済的な覇権を握り、2050年までに世界のリーダーを目指す意志を表明したとして、「21世紀における最も重要なスピーチ」で、「全世界に対する警鐘」であったと訴えた。

バノン氏は、「後になって、『全てはあのスピーチから始まったんだ』と振り返ることになるでしょう」「(演説は)西側に対して警告以上のものを意味します。というのも、要するに彼は、中国の儒教的な重商主義的で専制的なモデルが勝利し、ユダヤ・キリスト教的な自由で民主的な資本主義という西側のモデルは負けた、と言っていたからです」とも警告した。

また、欧米メディアがその詳細について、まともな報道をしなかったことを批判した。


◎中国が覇権を握る3つの戦略

これに続けてバノン氏は、中国には、覇権拡大に向けた3つの戦略があるとして、その概要を以下のようにまとめた。

1つ目は、国際規模で製造業をコントロールするために、ある重要な産業で優位に立つことである。具体的にはシリコンチップの製造、ロボットの製造、AI(人工知能)など、10の産業分野で2025年までに優位に立つことだ。バノン氏は、「これら相互の産業が合わさると、21世紀の国際規模の製造業で中国が支配的な地位に立ちます」と述べた。

2つ目は、「一帯一路」の交易を通じて、経済的、文化的、政治的影響を与えることである。

その構想は、世界をランドパワーとシーパワーとに分け、地政学的な戦略を練ったマハン、マッキンダー、スパイクマンを統合する考え方であると指摘。つまり、地政学的に見ても、覇権拡大への近道になっているということだ。

さらに、バノン氏は、「一帯一路政策が中国と中東をつなぐと、イスラーム復興主義を取る国と中国が連携する危険性がある」との予測も行っている。

3つ目は、西側が中国に制裁を課すことができないレベルになるまで、金融技術を発展させつつ、米ドルに取って代わるという野望だ。


◎「中国はパートナーではなく敵と気付くべき」

また中国は、「中国市場に参入したければ、技術をよこせ」と非公式で外資に技術移転を迫る慣行を長年行ってきた。

この問題についてバノン氏は、中国が自由で民主的な市場のシステムの華である「イノベーション」を収奪したと非難。3.5兆ドルもの技術移転は「貢物」以外の何物でもないとして、トランプ政権は、通商法301条による調査を開始したと述べた。

そして、「これまでアメリカのエリートたちは、もし中国が経済的に発展したら、中国は市場を尊重した自由な民主主義国になると信じてきましたが、結果は全く逆でした。中国は戦略的パートナーではなく、敵だと認識しなければなりません」と述べ、エリート階級が意図的に中国の台頭に目を瞑ってきたことを厳しく批判した。(長華子)
(後編に続く)

【関連書籍】
幸福の科学出版 『秦の始皇帝の霊言 2100 中国・世界帝国への戦略』 大川隆法著
https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=1933

【関連記事】
2017年11月14日付本欄 ASEAN首脳会議が開幕 中国に取り込まれつつあるアジア諸国を救うために
http://the-liberty.com/article.php?item_id=13780


「自分と周りの人も幸福にしていく、という映像を 常にしっかりと描きつづける」大川隆法総裁

2017-11-19 14:41:07 | 日記

「肯定的な自己像を持ち、

『自分がもっと発展し、成功し、

世の中の役に立ち、幸福になっていくことが、

周りの人も幸福にしていく』という映像を、

常にしっかりと描きつづけることです。」

(大川隆法『アイム・ファイン』169ページ)



「みなさんは、悩みの種として持っているものが幾つかあるでしょうが、

それはまた、自分を励まし、

育る種でもあるのだと考えたほうがよいのです。」

(大川隆法『アイム・ファイン』19ページ)


「幸・不幸は自分の心がつくっている」大川隆法総裁

2017-11-19 14:36:53 | 日記

「物事にはすべて原因があり、

その原因相応の結果が現れてくるものです。

したがって、『いかに、よき原因を種としてまくか。

そして、いかに、それを育て上げ、実りとして回収するか』

という考え方が大事なわけです。」

私が何度もくり返し説いている教えは、「心こそが、すべての出発点である。

「心を変えてゆくことによって人生は変わっていく」という思想です。

幸・不幸は自分の心がつくっているのです。

(大川隆法『アイム・ファイン』50ページ)

 

 

「『人生の幸・不幸を決めるのは自分自身だ』 

ということです。 

(中略)『自分自身の幸・不幸を決めるのは、他の人ではないのだ』 

ということを、どうか知っていただきたいのです。」 

(大川隆法『真実への目覚め』65ページ)


「問題が大きく見えて、身動きが取れなくなる本当の理由」大川隆法総裁

2017-11-19 14:35:14 | 日記

「問題が大きく見えて、身動きが取れなくなる本当の理由は、

『実は、自分のことを考えすぎる心の態度にあるのだ』

ということを知らなければなりません。

自分自身のことを考えすぎているのです。」

(大川隆法『ストロング・マインド』104ページ)

「幸福な人は、自分自身のことを考えている時間が短くなってきます。

真に幸福な人は、一日中、自分のことなどはまったく考えていません。

夜、寝るころになって、ふと気がつくと

、『今日は、自分のことを考えなかったな。

『私は』という主語で一度も考えなかったな。』と思う人は、かなり幸福な人です」


「新生のとき・再び生まれ変わる」大川隆法総裁

2017-11-19 14:24:27 | 日記

人間は時折、挫折感に悩んだり、

失意に沈んだり、劣等感に悩んだりしますが、

仏の言葉が身に臨み、

その言葉を胸に刻んで立ち上がるときに、

力強く、明るく、積極的で肯定的な存在として、

再び生まれ変わることができるのです。



『ダイナマイト思考』 P.104

※幸福の科学出版
http://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M408931&c=10209&d=203d

※Amazon
http://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M408932&c=10209&d=203d


「人生においての試練」大川隆法総裁

2017-11-18 12:07:40 | 日記

「人生においては、

試練を幾つか経験しなければいけないことになっています。

これは、人生の問題集として用意されているものなので、

逃げることはできません。

実際に、世間全般を見ても、逃げられた人はいないのです。」


(大川隆法『ストロング・マインド』33ページ)


肝臓ガンで主人を亡くして、でも死は永遠の別れではないと信じています。(体験談)

2017-11-18 12:05:11 | 日記

肝臓ガンで主人を亡くして
(40代・女性)

http://voicee.jp/201311067454



出会い

 23歳の時のことです。当時、私は仕事帰りに、都内にあるクッキングスクールに通っていました。いつものようにエレベーターに乗っていると、「ここの生徒さん? がんばってね」と、スーツ姿の男性が話しかけてきました。

 「なんか、あたたかい感じの人だな」

 Kさんと初めて会った時、私は何とも言えない親しみを感じました。彼は、その学校を経営している会社の社員で、同じビルで働いていました。

ビル内で会うとニコニコ話しかけてくる彼。その後、デートに誘われ、お付き合いをするようになりました。

 15歳年上の彼のことは、「Kさん」と、先輩みたいに呼んでいました。話題豊富な上に、包み込むような優しさを持っていて、私はだんだんと心ひかれていきました。

 付き合い始めてしばらくした頃、彼が言いました。

 「Yちゃん、実はね、自分はC型肝炎という肝臓の病気なんだ」

 病名は耳にしたことがありましたが、詳しいことは知りませんでした。彼は、子どもの頃の輸血が原因でC型肝炎になったこと、肝硬変や肝臓ガンになる可能性があることを教えてくれました。

 「輸血のせいなんて、ひどいじゃない」
 「仕方ないよ。人より身体には気をつけないといけないけど、おかげで酒もタバコもやめられた」

 明るく淡々としている彼を見て、心の広い人なんだなと思いました。やがて、彼からプロポーズ。年齢差や病気のことから、私の家族は賛成しかねていましたが、私は彼と結婚する道を選びました


肝臓ガン

 結婚後、私たちは4人の子宝に恵まれました。しかも、全員男の子。心配に思われた主人の身体も、特に問題を起こすこともなく、ふつうに会社勤めを続けていました。

 しかし、ある夏のこと。体調不良を感じた主人が、念のために大学病院で検査入院をすると、ガンが発覚してしまったのです。肝臓ガン──最も恐れていたことが現実となり、私は目の前が真っ暗になりました。

 翌年2月、主人は実家に帰省している際に吐血をしました。静脈瘤が破裂したのです。現地の病院にそのまま入院し、余命1年と告げられました。悲嘆にくれる私に対し、主人のほうは少しも弱気になりませんでした。

 「一番下の子が、20歳になるまでは、絶対に生きるからな」

 そう言って、東京に戻ってから他の病院で違う治療を試みたりしました。

痩せて別人のように頬がこけ、腹水のせいでお腹が張っているにも関わらず、「疲れてないか? ずっと看てなくていいから、休みなよ」などと、いつも私のことを気づかってくれました。

 6月、主人は家族に見守られながら息を引き取りました。4人の子どもたち一人ひとりに声をかけ、「子どもたちのことを頼んだよ」と私に言い残して……。


観てもらいたい映画

 主人の死後しばらくは、葬式などで忙しく、落ち込んでいる暇がありませんでした。しかし、やがて落ち着いてくると、まるで心に大きな穴があいたようになり、何も手につかなくなりました。

 「あぁ、もうこんな時間……夕飯の準備しなくちゃ……」

 ふと気がつくと、一人でボーっとしている私。主人の面影を感じるものを目にしては、泣いてばかりいました。

このままじゃいけないと思い、私は、休職していた保険関係の仕事を再開することにしました。また、結婚前に鍼灸師の資格を取っていたことから、近くの鍼灸院でお手伝いを始めました。

 そんなある日、「子ども会のプリントを持ってきました」と、近所に住んでいるMさんが訪ねてきました。

Mさんのお子さんと、我が家の三男は同級生。何かと相談相手になってくれていました。そんなMさんから、映画に誘われました。

 「実はね、Yさんに、ぜひ観てもらいたい映画があるの」

 彼女が誘ってくれたのは、「黄金の法」という映画でした。映画なんて久しぶりです。気晴らしになるかと思い、私は、彼女と一緒に行く約束をしました。


止まらない涙

 映画の数日前、Mさんから「急用ができて一緒に行けなくなった」という連絡がありました。

申し訳ないと詫びるMさん。どうしようか迷いましたが、チケットは私の手元にあります。もったいないし、せっかくだから行ってみようかなと、私は映画館に足を運びました。

 始まってしばらくすると、スクリーンいっぱいに神秘的な宇宙の映像が展開され、その美しさに圧倒されました。

 「すごい! いったい、何が始まるの」

 まるで子どものように、期待で胸が高鳴りました。主人公の少年少女がタイムマシンに乗って、釈迦、イエス、モーセといった過去の偉人たちの時代へと旅立つ──。

手に汗握るストーリーに釘付けになるとともに、登場人物たちのセリフが心に残りました。

 特に、現代の日本に仏陀が生まれていること、人間は魂の成長のために何度も生まれ変わっていることに、心を激しく揺さぶられたのです。

涙がとめどなく流れました。こんなに何かに感動したことは生まれて初めてのことでした。


大川総裁のお話

 その後、Mさんから電話がありました。

 「映画、どうだった?」
 「それがね、感動して泣きっぱなしだったの。自分でも驚いた」
 「えー、ほんと! よかった! 今度、大川隆法先生のお話が聴けるんだけど、Yさんも来てみない?」
 「うん、行ってみる」

 あんなすごい映画をつくっている幸福の科学って、いったいどんなところなんだろう。

この目で見てみたい――。そんな思いで、幸福の科学の支部に行ってみると、私が思い描いていた宗教のイメージとは違い、とても明るい雰囲気で驚きました。

 「人間は霊的な存在であり、そちらのほうが本質です。人間は、長年、霊として生活しているのであり、それがほんとうの生活なのです。

……新しい人間関係や物質環境の変化のなかで生きてみて、新しい経験を得て、また霊界に還ってきます」(『神秘の法』第2章「憑依の原理」より)

 やさしい語り口でありながら、なぜか心に響いてくるお話でした。

  「霊界って、ほんとにあるんだ。そこに還れば、主人にもまた会うことができるのかな」

 その後、Mさんとは以前にも増して、家族ぐるみでお付き合いするようになりました。

 「長男の就職のこととか、気になることも多くて……」

 そう打ち明けると、Mさんのご主人が、長男に会って気軽に相談に乗ってくれたりしました。夫のいない私にとって、Mさん一家は頼りになる心強い存在でした。

 「こんなに何でも話せる人ができるなんて。法友(同じ法を学ぶ友人)ってすばらしいな」

 感謝の気持ちでいっぱいでした。

思いがけない一言

 幸福の科学で学び始めるようになると、信仰を持つことによって、心に安らぎが得られていくのを感じました。

 しかし、末っ子のTが小学校4年生の時です。

一緒に同級生の家に遊びに行くと、思いがけないことが起きました。


Tが、同級生のお父さんにぴったりくっついて離れないのです。私の目には、まるで父親に甘えているように映りました。「やっぱり、さみしいんだ」と、複雑な気持ちになりました。

 さらに、自宅で戦争の不幸を描いたアニメを一緒に観ていた時のこと。

 「Tくん、この時代と違って、今は食べるものがいっぱいあって、幸せだよね」
 「僕は幸せじゃないよ。だって、お父さんがいないんだよ」

 思いがけない一言に、私は、ショックで言葉を失ってしまいました。

 今でも両親がいる私に比べ、こんなに早く片親になってしまった子どもたち。

幸福の科学で、「夫婦や親子の縁は、天上界で約束して生まれてくる」と学んでいましたが、Tのさみしそうな姿を見るにつけ、私たちの子どもとして生まれてきて本当によかったのだろうかと、自信が持てなくなりました。


家族の絆が心にしみて

 「精舎でじっくり心を見つめると、人生についてのヒントが得られるよ」

 法友のみなさんにそう勧められて、私は総本山・正心館の「反省の指針・十箇条」を受けてみることにしました。研修の中で、自分の過去を振り返っていくと、ふと主人と交わした会話がよみがえってきました。

 「不思議だけど、Yちゃんと結婚することは、決められているような気がする。こういうのって運命というのかな」
「うん。私も、そう思うよ」

 それから、その言葉通りに結婚した私たち。

主人と初めて会った時に、とても懐かしい気持ちになったことが思い起こされます。


お互いに、目に見えない絆で結ばれていることを感じていたんだと、主人との縁の深さを感じて、胸が熱くなりました。

 さらに、4人の子宝に恵まれたことへの感謝がこみあげてきました。

私はもともと身体が弱い方で、中学生の頃から、点滴や鍼灸の治療を受けながら学校に通っていたぐらいです。

初めての出産で、検査のために採血した時など、貧血で倒れてしまったこともありました。

 「考えてみれば、あんなに身体の弱かった私が、4人も無事出産できたなんて、奇跡だわ。よっぽど、縁のある子たちに違いない。


それに、あの子たちが生まれる前、すでに主人は病気だった。それを承知で、苦労するのを覚悟で、私たち夫婦のもとに生まれてきてくれたんだ……」

 子どもたち一人ひとりの顔が思い浮かび、愛しくなりました。

 「みんな、お父さんとお母さんを選んで生まれてきてくれてありがとう。お母さん、がんばるからね」


懐かしい声

 また、支部で「霊人直伝メッセージ公案研修」を受けた時のことです。公案にそって、静かに自分の心を見つめていくと、主人の懐かしい声が心に響いてきました。

 「自分はとても幸せだった。いつも見守っているから、がんばるんだよ。ほんとうにありがとう」

 入院中はげっそり痩せていましたが、元通りのふっくらした笑顔が心に浮かんできました。「Kさんなのね? また会えてよかった──」涙がこぼれました。

 それからというもの、私は、子どもたちに仏法真理の話をするようになりました。特に、御本尊を拝受してからは、いつも仏の優しいまなざしを感じて、自然に信仰の話ができるようになりました。

 Tの前で、御本尊に向かって拝礼してみせる私。

 「Tくん、さみしい思いをさせてごめんね。でもね、お母さんたちには、“魂の親”がいるから、ほんとうはさみしくなんかないんだよ」

 「それにね、お父さんも、いつもあの世から見守ってくれているんだよ」
 「えっ、ほんと! お父さん、いるんだ」

 うれしそうなT。

 いつしか、子どもたちも御本尊に手を合わせ、お祈りするようになりました。

20歳になった長男も、弟たちの父親代わりをしてくれるようになりました。Mさんのご主人の経営する不動産会社に就職した長男は、高校に合格した三男に対して、「よくがんばったな。


合格おめでとう」と言って、お祝いのプレゼントを買ってあげるなど、家族を支えてくれています。以前に比べ、わが家は明るい笑顔があふれるようになりました。

苦しみを癒したい

 信仰のおかげで家庭も落ち着き、私は自宅で、以前から準備していた鍼灸の仕事を始めることができました。

毎日、様々な患者さんが訪れますが、そのなかには心に悩みを抱えている方がたくさんいます。治療中、ある患者さんが言いました。

 「主人をガンで亡くしてから、もう、あっちこっち痛くて。なんで、私ばっかりこんな辛い思いをするんだろうね」

 「実は、私の主人もガンで亡くなったんですよ。でも、私、主人があの世で見守ってくれていることを信じているんです。そうすると、また会える日まで、がんばろうって気持ちになります。死は永遠の別れではないんですよ」

 真理の話をすると、その方は涙を流しながら聞いてくれました。

「以前の私のように、真理を必要としている人がたくさんいる。もっと伝えたい――」。

悩み苦しむ患者さんたちを、少しでも癒すことができればいいな、と思って仕事に励んでいます。

 信仰は、私の人生に大きな希望をもたらしてくれました。

 主人を亡くし、子供どもたちの将来に不安を感じていた私が、一本の映画との出会いによって、人生のほんとうの意味を知り、幸福への道を歩み始めることができたのです。

 幸福の科学の映画には、人生を変える力が秘められています。私がそうだったように、これからも、映画をきっかけとして、人生に希望を持てる方がたくさん出られることを心から祈っています。


意味があるから、命を与えられている。「人のため」に生きる時にこそ本当の幸せが感じられる

2017-11-18 12:03:51 | 日記

http://voicee.jp/201305316031


なんのために生きているんだろう……?

私が幸福の科学に出会ったのは、かれこれもう20年以上前の高校生の時になりますが、当時は、自分の人生って何だろうと考える年頃でした。 いくら勉強しても、「何のために生きているのか」はわかりませんよね。

とりあえずいい大学に行こうとか、いいところに就職しようと思っていたし、その過程をがんばっていこうとも思っていましたが、(自分とは何なんだろう、何のために生きているんだろう……)という疑問が、ずっと根底にあったのを覚えています。


人生は一冊の問題集

そんな時に出会ったのが、大川隆法総裁先生の「人生は一冊の問題集」という教えでした。

「自分の悩みや苦しみも、自分の課題を克服するためのもの」
「それらはすべて、自分の魂の教訓になって、宝物になる」
そうした教えに、目が覚める思いでした。

「何のために生きるのか」に対する答えをいただいたような気がしたのです。 何をしているかとか、何を持っているかが大事なのではなくて、(どこに行ってもそういう考え方ができれば、幸せってつかめるんだな。生きている実感が湧くんだな)と思えました。


人生の救い

人って、「自分のために」と思いながら勉強したり生活していたりすると、(あの人はこうなのに、自分は……)と、他人との比較で苦しくなりますよね。 競争自体を否定するのではありませんが、立脚点が「自分のため」だと、周りの人が敵に見えてしまうことがあります。

そうではなくて、「人のためや世の中のために」と思い、「だからこそ自分を磨いていくんだ」と考える方が、ずっと幸福です。競争相手がいたとしても、相手のいいところを学べることや、切磋琢磨できることを思えば、幸福感を感じるきっかけにすることもできるんですから。

仏法真理に出会って、自分に与えられた人生を大切にしようと心から思えたのです。私にとって、この気づきは人生の救いでした。


「人のため」に生きる時にこそ本当の幸せが感じられる

大人になった今でも、「自分のためだけ」に何かをしていると、やっぱり途中で苦しくなってしまいます。

でも、人を幸せにするために、とか、人を愛するために、とか、世界の人々のために、と思ってがんばり始めると、神仏からのご支援と思えることが起こったり、人のアドバイスがスッと心に入ってきたりするのです。

私たちは、たくさんのものを与えられて生きているんですよね。生きるということは、仏からエネルギーを与えていただいて、人との関わりを通して成長していくこと。それって、一番幸福なことだと思うんです。

支部活動をしていても、幸福の科学には、世のため人のために生きようとする人たちばかりなので、やっぱり素晴らしいですし、楽しいです。

自分が、自分が、と思っていると、「世の中は自分に何もしてくれない」と言いたくなるものですよね。 がんばって人を押しのけて成功を手にしたとしても、そういう成功には、苦しみや孤独がセットでついてくる。

「自分のために」と思って生きているのに幸福ではないという人って、多いのではないでしょうか。

 

自分ばかり見ていた視点が外に向いたときに、人のありがたさや、自分の本当の価値がわかると思うのです。


役に立たない人はいない

世の中には「自分が何をしたらいいかわからない」という人も多いと思います。 でも、自分が生きているということは、人のため、世の中のため、世界のために、何らかの貢献ができるから、今生かされているんです。

役に立たない人はいません。

今は気づいていなくて、そう思っていなくても、絶対にどこかで人のため、世の中のため、世界のために、役に立つから生まれてきているし、存在しているのです。

それに気づくことができれば、生きていることを肯定できて、本当の意味で自分自身を好きになれるんじゃないかと思います。

自分なんかダメだ、とか、自分なんか生きていてもいいんだろうか、とか思ってしまう人には、特にお伝えしたいことです。


自分の命の意味を見つけていく

命があるってことは意味があるんですよね。 本当は誰しも、天上界で自分の使命を誓って生まれてきたはずなのに、それを忘れてしまう。でも、それを取り戻すのもまた、人生なんでしょうね。

意味があるから、命が与えられています。

ただ、どうやって世の中の役に立っていくかは、みんなそれぞれに個性があるので、若いうちに才能が花開く人もいれば、40、50、60歳になって見つけられる人もいると思います。

 見つかる時期はそれぞれかもしれないけど、絶対に、一人ひとりが「宝物」を持っていて、世の中に貢献できるものがあります。

それが、支部に来たり、幸福の科学に入れば絶対見つけられると思いますし、見つけるのが、幸福の科学だと思います。


「死後の世界は美しく安らいだ世界。あの世の世界は、宗教が、ほとんどすべてを仕切っている世界。「真実を知らない」というのは大変なことです」大川隆法総裁

2017-11-15 12:40:11 | 日記

https://ryuho-okawa.org/info/2015/311/

死後の世界は美しく安らいだ世界

死後の世界は、苦しかったり悲しかったりする世界ではありません。もちろん、悪い生き方をした人にとっては、そういう世界であることもありますが、まっとうに生きた人にとっては、この世より、ずっと美しく、ずっと安らいでいて、ずっと幸福感の強い世界です。「この世に帰りたい」と思う人は、ほとんどいないぐらい、ほんとうによい世界なのです。

しかし、この世の人生は一種の試験であり、一定の期間、さまざまな経験を積むと共に、盲目のままに“実験”をされているのであって、その結果しだいでは、あとで苦しい世界も待っています。

そのため、「真実を知らない」というのは大変なことです。その真実を、「非科学的な迷信である」「昔の人が信じていた、時代遅れのものである」などと多くの人が思っている現代社会は危険なのです。

現代では、死後の世界を信じていない人が多いので、実際に、死後の世界はかなり混乱しています。

いまは人口も増えているので、「今回、初めて地上に生まれた」という人もたくさんいるようです。そのなかには、元は人間ではないものだった人もいます。人間ではないものとは、人間の近くにいる生き物です。また、宇宙からも数多くの魂が地球に来ており、「初めて地球で肉体を持った」という人もいます。そのため、かなり混乱が起きています。

その意味で、「生きているうちに、あの世のことを知り、信じていただきたい。さらに、あの世へ還ってから、自分で実体験をして、検証していただきたい」と思います。

あの世では宗教がメジャーな世界

私たちは、この世において救済の仕事をしていかなければなりませんし、死んであの世に還ってからも、その仕事の続きが待っています。死んで、あの世に還ってみると、「宗教は、こんなに偉大なものだったのか」と感じます。この世では、宗教は見くびられたり悪く言われたりしていますが、あの世へ行くと、「宗教様々」です。

あの世の世界は、宗教が、ほとんどすべてを仕切っている世界です。そこでは、宗教がなければ生きていくことができません。その世界に存在することができないからです。

当会の教えを学んでいるみなさんのなかに、たとえ、いまは貧しい生活をしながら修行している人がいたとしても、あの世では、光り輝く世界が待っています。この世では、どんなに苦難・困難や迫害などがあったとしても、あの世では、宗教はメジャーであり、すべてが宗教の世界なのです。

宗教は信じられない。死後の世界は信じられない。魂は信じられない。天使も信じられない。仏も神も絶対に信じられない」という人は地縛霊となって、この世の人間や、会社や自宅などに執着して離れなかったり、墓石に抱きついて離れなかったりするか、あるいは、多くの人を惑わした“思想犯”が行く「無間地獄」へ行くか、そのどちらかになります。

「あの世は宗教が95%以上を仕切っている」と言ってよいので、宗教の仕事は非常に大事な仕事なのです。

(注・自殺した場合は一番、罪が重いので、死後、想像を絶するほどの苦痛なめに合うので、絶対にやめましょう。)