2011.1/19 883
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(60)
中の君は、さらにお思いになります。
「よそにてへだたる月日は、おぼつかなさもことわりに、さりともなど慰め給ふを、近き程にののしりおはして、つれなく過ぎ給ふなむ」
――遠く離れて久しくお逢い出来ないときは、気懸りなことも当然で、きっとそのうちになどとお慰めになりますが、すぐ近くで大騒ぎなさっていながら、知らぬ顔で素通りなさるとは――
と、お心は千々に乱れていらっしゃいます。匂宮はましてや、胸がいっぱいですが、どうしようもありません。
「網代の氷魚も心寄せ奉りて、いろいろの木の葉にかきまぜてもてあそぶを、下人などはいとをかしき事に思へれば、人に従ひつつ、心ゆく御ありきに、みづからの御心地は、胸のみつとふたがりて、空をのみ眺め給ふに」
――匂宮にお心を寄せ、氷魚の沢山捕れたものを、色様々な紅葉に盛って興じたりして、人それぞれに皆満足げな遊びに時を過ごしていますが、匂宮御自身は、胸がいっぱいで、嘆息がちに空ばかり眺めていらっしゃいます――
「この古宮の梢は、いとことに面白く、常盤木にはひまじれる蔦の色なども、物ふかげに見えて、遠目さへすごげなるを、中納言の君も、なかなかたのめ聞こえけるを、うれはしきわざかな、とおぼゆ」
――あちらの八の宮のお邸の、古木の梢は殊更に紅葉が見事で、常盤木に這いまつわっている蔦の色なども、どことなく深みがあって、遠目にさえも寂しげであるのを、薫も匂宮に、なまじ姫君たちのところにお立ち寄りになられるなどと、あてにおさせしてしまって、これは困ったことだと、お気の毒に思うのでした――
「去年の春、御供なりし君達は、花の色を思ひ出でて、後れてここにながめ給ふらむ心細さをいふ」
――去年の春、初瀬詣でのお供をした者たちは、父宮に先立たれてここにわびしく暮らしておられる筈の、姫君たちのひっそりとお暮らしの心細さを話題にし合っています――
◆いろいろの木の葉=氷魚は紅葉を敷いて供するのが故実にあるという。
◆うれはしきわざ=憂れはしきわざ=困ったことだ
◆後れてここに=(父宮に先立たれて)死に後れて
では1/21に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(60)
中の君は、さらにお思いになります。
「よそにてへだたる月日は、おぼつかなさもことわりに、さりともなど慰め給ふを、近き程にののしりおはして、つれなく過ぎ給ふなむ」
――遠く離れて久しくお逢い出来ないときは、気懸りなことも当然で、きっとそのうちになどとお慰めになりますが、すぐ近くで大騒ぎなさっていながら、知らぬ顔で素通りなさるとは――
と、お心は千々に乱れていらっしゃいます。匂宮はましてや、胸がいっぱいですが、どうしようもありません。
「網代の氷魚も心寄せ奉りて、いろいろの木の葉にかきまぜてもてあそぶを、下人などはいとをかしき事に思へれば、人に従ひつつ、心ゆく御ありきに、みづからの御心地は、胸のみつとふたがりて、空をのみ眺め給ふに」
――匂宮にお心を寄せ、氷魚の沢山捕れたものを、色様々な紅葉に盛って興じたりして、人それぞれに皆満足げな遊びに時を過ごしていますが、匂宮御自身は、胸がいっぱいで、嘆息がちに空ばかり眺めていらっしゃいます――
「この古宮の梢は、いとことに面白く、常盤木にはひまじれる蔦の色なども、物ふかげに見えて、遠目さへすごげなるを、中納言の君も、なかなかたのめ聞こえけるを、うれはしきわざかな、とおぼゆ」
――あちらの八の宮のお邸の、古木の梢は殊更に紅葉が見事で、常盤木に這いまつわっている蔦の色なども、どことなく深みがあって、遠目にさえも寂しげであるのを、薫も匂宮に、なまじ姫君たちのところにお立ち寄りになられるなどと、あてにおさせしてしまって、これは困ったことだと、お気の毒に思うのでした――
「去年の春、御供なりし君達は、花の色を思ひ出でて、後れてここにながめ給ふらむ心細さをいふ」
――去年の春、初瀬詣でのお供をした者たちは、父宮に先立たれてここにわびしく暮らしておられる筈の、姫君たちのひっそりとお暮らしの心細さを話題にし合っています――
◆いろいろの木の葉=氷魚は紅葉を敷いて供するのが故実にあるという。
◆うれはしきわざ=憂れはしきわざ=困ったことだ
◆後れてここに=(父宮に先立たれて)死に後れて
では1/21に。