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蜻蛉日記を読んできて(65)の7

2015年09月15日 | Weblog
蜻蛉日記  上巻 (65)の7 2015.9.15

「落忌もまうけありければ、とかうものするほど、川のあなたには、按察使の大納言の領じ給ふところありける、『このごろの網代御覧ずとて、ここになんものし給ふ』と言ふ人あれば、『かうてありと聞き給ふべからんを、まうでこそすべかりけれ』など定むるほどに、紅葉のいとをかしき枝に、雉、氷魚などを付けて、『かうものし給ふと聞きて、もろともにと思ふも、あやしう物なき日にこそあれ』とあり。」
◆◆参籠の精進落しの準備がしてありましたので、食べたりしていたときに、川の対岸には、按察使大納言様のご領有の別邸があったのですが、「大納言様が、このごろの網代見物にこちらにおいでになっておられます。」という人があったので、「私たちがこうしてここに来ていると、お耳に入っているだろうから、ご挨拶に上がるべきだったよ」などと話し合っているところに、紅葉のとても美しい枝に、雉(きじ)や氷魚などをつけて、「こうしておそろいでいらしている由を伺って、ご一緒にお食事でもと思いますが、あいにく今日はめぼしいものが無い日でありまして」と大納言様からのご挨拶がありました。◆◆


「御かへり、『ここにおはしましけるを。ただ今さぶらひ、かしこまりは』など言ひて、単衣ぬぎてかづく。さながらさし渡りぬめり。また鯉、鱸などしきりにあめり。ある好き者ども、酔ひあつまりて、『いみじかりつるものかな。御車の月の輪のほどの、日にあたりて見えつるは』とも言ふめり。」
◆◆あの人(兼家)のお返事は、「こちらにおいでになっておられましたのに、失礼いたしました。すぐにもそちらへお伺いし、ご挨拶の遅れましたことをお詫び申し上げます」と申して、使いの者に単衣を脱いで祝儀を与えます。その者は単衣を肩にかけたまま、川を渡って帰ったようでした。また、鯉や鱸(すずき)などがつぎつぎに届けられたようでした。居合わせた風流者たちが酔って集まってきて、「すばらしいものだったなあ。お車の月の輪のあたりが、日の光にかがやいて見えていたのは」とでも言っているようでした。◆◆


「車の後のかたに花、紅葉などや挿したりけん、家の子とおぼしき人、『ちかう花さき、実なるまでなりにける日ごろよ』と言ふなれば、後なる人も、とかくいらへなどするほどに、あなたへ舟にてみなさし渡る。『論なう酔はむものぞ』とて、みな酒飲む者どもを選りて、率てわたる。」
◆◆車の後ろの方に、花や紅葉などを挿していたらしく、良家の子息と思われる人が、「やがて花が咲き実がなるように、御開運のときが近づいたこのごろですよ」と言うと、後ろの人がそれになにやら応えているうちに、対岸の大納言様のところにみな渡ることになったのでした。「きっと酔っ払うことになるだろうよ」ということで、酒に強い者どもを選んで、兼家が率いて渡って行きます。◆◆


「川のかたに車向かへ、榻立てさせて、二舟にてこぎ渡る。さて酔ひまどひ、歌ひ帰るままに、『御車かけよ、御車かけよ』とののしれば、こうじていとわびしきに、いと苦しうて来ぬ。」
◆◆川の方へ車を向けさせ、轅を榻に立てさせてみていますと、二艘の舟で漕いで渡っていきました。さて、すっかり泥酔して、歌いながら帰ってくるとそのまま、「御車に牛をつけよ、つけよ」と大声で叫び立てるので、私は疲れてとても辛いのに、ひどく苦しい思いをしながら帰って来たのでした。◆◆


■按察使の大納言=兼家の叔父、師氏(もろうじ)。このときは中納言。
■落忌(としみ)=「おとしいみ」の略。参籠後の精進落し。


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