永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(370)

2009年04月28日 | Weblog
09.4/28   370回

三十二帖【梅枝(うめがえ)の巻】 その(9)

 雲井の雁のご様子は、今が盛りと美しさも整っておいでですのに、沈んでおられるのを見るのは、内大臣としては嘆きの種である上に、

「かの人の御気色はた、同じやうになだらかなれば、心弱く進みよらむも人笑はれに、人のねんごろなりしきざみに、なびきなましかば、など人知れず思し嘆きて、一方に罪をもえおほせ給はず」
――夕霧の態度がまた、依然として落ち着いていますので、こちらから折れて進みゆくのも外聞が悪く、かつて夕霧が熱心に望んだ時に従っておれば良かったなどと心密かに歎いては、成り行きの悪さを夕霧一人のせいにすることもお出来になれない――

 宰相の君(夕霧)は、このように内大臣が少し折れてこられたご様子を、耳にされておりますが、

「しばしつらかりし御心を憂しと思へば、つれなくもてなし鎮めて、さすがに外ざまの心はつくべくも覚えず、心づから戯れにくき折多かれど、あさみどり聞こえごちし御乳母どもに、納言に上りて見えむの御心深かるべし」
――あの頃の辛かったお仕打ちを恨めしく思っておられますので、騒ぎ立つ胸を人目には知らせずおし鎮めながら、とはいえ、他の女に心を向ける気にもなりません。心の底からやるせなく思うことが多いのですが、六位の袍の浅緑と侮った乳母どもに、せめて位が納言(なごん)に昇ってから会うことにしようとの決意も固いのでした――

 父の源氏は、夕霧が身を固めようとしないことを心配されて、

「かのわたりのこと思ひ絶えにたらば、右の大臣、中務の宮などの、気色ばみ言はせ給ふめるを、いづくも思ひ定められよ」
――あの雲井の雁を諦めたのならば、右大臣や中務(なかつかさ)の宮なども、そなたを婿にとのご意向があるようだから、どこなりと決めなさい――

 夕霧は無言のまま、畏まって控えていらっしゃる。源氏は「私自身も故院の有難いお教えにさえ従わなかったのだから、意見はしたくないが、今となってみると、そのご教訓こそは、長く心の掟にすべきお言葉でしたよ」と、さらにつづけておっしゃるには、

「つれづれとものすれば、思ふところあるにや、と、世人もおしはかるらむを、宿世のひく方にて、なほなほしき事にありありて靡く、いと尻びに人わろき事ぞや」
――独身で寂しく暮らしていると、何かわけがあるのかと世間も推量するだろうし、宿縁に引かれて結局はつまらない女と一緒になるようなことがあっては外聞もわるく、初めは良くても末がしぼむ見苦しい事になりかねない――

◆他の女=貴族の夕霧としての他の女とは、北の方にふさわしい女のこと。当時は宮仕えの女房たちや、家人の女達は性欲のはけ口で、女の数にも入らない。

◆なほなほしき事にありありて=直直しきことに在り在りて=何の取り柄もない平凡なことにとどのつまりはなってしまって

◆尻び=尻尾=尻すぼみ

ではまた。



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