2011. 10/15 1012
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(73)
薫 26歳
中の君 26歳
匂宮 27歳
「正月つごもりがたより、例ならぬさまになやみ給ふを、宮まだ御らんじ知らぬことにて、いかならむ、とおぼし歎きて、御修法など、所々にてあまたせさせ給ふに、またまたはじめ添へさせ給ふ。いといたくわづらひ給へば、后の宮よりも御とぶらひあり」
――正月の晦日ごろから、中の君のご出産が近づいて、お苦しみになりますのを、匂宮はまだお産婦をご覧になる経験のないことですので、どうなることかとご心配で、御修法などもあちこちで、今まで沢山おさせになっていましたものを、その上にもまた新しく安産のご祈祷を諸方のお寺でおさせになります。中の君がたいそうお苦しみになりますので、明石中宮からもお見舞いがあります――
「かくて三年になりぬれど、一所の御こころざしこそおろかならね、おほかたの世には、ものものしくももてなしきこえ給はざりつるを、この折ぞ、いづこにもいづこにもきこしめしおどろきて、御とぶらひどもきこえ給ひける」
――ご一緒になられてから三年になりますが、匂宮お一人のご愛情こそは、一通りではないものの、世間一般の方々は、中の君をそれほど重々しくも待遇申されなかったのを、このご出産の折になってはじめて、どなたもどなたもこうした噂に驚かれて、それぞれお見舞いになられるのでした――
「中納言の君は、宮のおぼしさわぐにおとらず、いかにおはせむ、と歎きて、心苦しくうしろめたくおぼさるれど、かぎりある御とぶらひばかりこそあれ、あまりもえ参で給はで、しのびてぞ御祈祷などもせさせ給ひける」
――中納言の君(薫)は、匂宮のご心配にも負けず劣らず、どうしておいでになるかと胸を痛め、お産の事をしきりに気を揉んでいらっしゃいますが、一応のお見舞いだけはともかく、あまり足しげくお伺いすることは出来ませんので、ひそかにご祈祷などをさせておいでになります――
「さるは、女二の宮の御裳着、ただこの頃になりて、世の中ひびきいとなみののしる。よとづのこと、帝の御心ひとつなるやうに、おぼしいそげば、御後見なきしもぞ、なかなかめでたげに見えける」
――実は、女二の宮(帝の第二の姫宮)の御裳着の式が丁度この頃、世間でもっぱらの評判となり、賑々しく準備がすすめられておりました。すべて万事、父帝のお心次第のようにしてご準備なさいますので、なまじ御後見人のいらっしゃらないのが、かえって好都合のようです――
「女御のし置き給へる事をばさるものにて、作物所、さるべき受領どもなど、とりどりに仕うまつることども、いとかぎりなし。やがてその程に、参りそめ給ふべきやうにありければ、男方も心づかひし給ふ頃なれど、例のことなれば、そなたざまには心も入らで、この御ことのみいとほしく歎かる」
――(女二の宮の母君、藤壺女御が)生前用意しておかれたものは言うまでもなく、作物所(つくもどころ)や、しかるべき国の守たちがそれぞれに調えて献上する品々は、数限りもありません。やがて裳着の式がお済みになった時分から、薫には、早速女二の宮の許に通いなさるようにと、帝の御内意がありましたので、男方(おとこがた・薫)の方でも心用意をなさる筈でありますのに、いつもの癖で、女二の宮の方には気が進まず、中の君のことばかりを案じているのでした――
◆あまりもえ参で給はで=あまり・も・え・参で・給はで=あまり度々も参上なさることができず
◆作物所(つくもどころ)=蔵人所の所管で、官中の諸調度を調進する所
◆さるべき受領どもなど、とりどりに仕うまつることども=相当の身分の国司達は、当時、朝廷に必要ある際は、命じられて財物を調達献上させられた。
では10/17に。
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(73)
薫 26歳
中の君 26歳
匂宮 27歳
「正月つごもりがたより、例ならぬさまになやみ給ふを、宮まだ御らんじ知らぬことにて、いかならむ、とおぼし歎きて、御修法など、所々にてあまたせさせ給ふに、またまたはじめ添へさせ給ふ。いといたくわづらひ給へば、后の宮よりも御とぶらひあり」
――正月の晦日ごろから、中の君のご出産が近づいて、お苦しみになりますのを、匂宮はまだお産婦をご覧になる経験のないことですので、どうなることかとご心配で、御修法などもあちこちで、今まで沢山おさせになっていましたものを、その上にもまた新しく安産のご祈祷を諸方のお寺でおさせになります。中の君がたいそうお苦しみになりますので、明石中宮からもお見舞いがあります――
「かくて三年になりぬれど、一所の御こころざしこそおろかならね、おほかたの世には、ものものしくももてなしきこえ給はざりつるを、この折ぞ、いづこにもいづこにもきこしめしおどろきて、御とぶらひどもきこえ給ひける」
――ご一緒になられてから三年になりますが、匂宮お一人のご愛情こそは、一通りではないものの、世間一般の方々は、中の君をそれほど重々しくも待遇申されなかったのを、このご出産の折になってはじめて、どなたもどなたもこうした噂に驚かれて、それぞれお見舞いになられるのでした――
「中納言の君は、宮のおぼしさわぐにおとらず、いかにおはせむ、と歎きて、心苦しくうしろめたくおぼさるれど、かぎりある御とぶらひばかりこそあれ、あまりもえ参で給はで、しのびてぞ御祈祷などもせさせ給ひける」
――中納言の君(薫)は、匂宮のご心配にも負けず劣らず、どうしておいでになるかと胸を痛め、お産の事をしきりに気を揉んでいらっしゃいますが、一応のお見舞いだけはともかく、あまり足しげくお伺いすることは出来ませんので、ひそかにご祈祷などをさせておいでになります――
「さるは、女二の宮の御裳着、ただこの頃になりて、世の中ひびきいとなみののしる。よとづのこと、帝の御心ひとつなるやうに、おぼしいそげば、御後見なきしもぞ、なかなかめでたげに見えける」
――実は、女二の宮(帝の第二の姫宮)の御裳着の式が丁度この頃、世間でもっぱらの評判となり、賑々しく準備がすすめられておりました。すべて万事、父帝のお心次第のようにしてご準備なさいますので、なまじ御後見人のいらっしゃらないのが、かえって好都合のようです――
「女御のし置き給へる事をばさるものにて、作物所、さるべき受領どもなど、とりどりに仕うまつることども、いとかぎりなし。やがてその程に、参りそめ給ふべきやうにありければ、男方も心づかひし給ふ頃なれど、例のことなれば、そなたざまには心も入らで、この御ことのみいとほしく歎かる」
――(女二の宮の母君、藤壺女御が)生前用意しておかれたものは言うまでもなく、作物所(つくもどころ)や、しかるべき国の守たちがそれぞれに調えて献上する品々は、数限りもありません。やがて裳着の式がお済みになった時分から、薫には、早速女二の宮の許に通いなさるようにと、帝の御内意がありましたので、男方(おとこがた・薫)の方でも心用意をなさる筈でありますのに、いつもの癖で、女二の宮の方には気が進まず、中の君のことばかりを案じているのでした――
◆あまりもえ参で給はで=あまり・も・え・参で・給はで=あまり度々も参上なさることができず
◆作物所(つくもどころ)=蔵人所の所管で、官中の諸調度を調進する所
◆さるべき受領どもなど、とりどりに仕うまつることども=相当の身分の国司達は、当時、朝廷に必要ある際は、命じられて財物を調達献上させられた。
では10/17に。