2011. 10/13 1011
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(72)
「御琴ども教へたてまつりなどして、三、四日籠りおはして、御物忌などことつけ給ふを、かの殿にはうらめしく思して、大臣内裏より出で給ひけるままに、ここに参り給へれば、『ことごとしげなるさまして、何しにいましつるぞとよ』とむづかり給へど、あなたに渡り給ひて対面し給ふ」
――(匂宮は)中の君に、琴など御教授なさって、三、四日こちらに引き籠もっていらっしゃいます。六の君のところへは物忌などを口実にお出掛にならないのを、左大臣(夕霧)方では、恨めしく思われて、大臣が御所からご退出の途中、そのまま二条院にお寄りになりました。匂宮は「仰々しい参内のままの服装で、何しにいらしたと言うんだ」と、仏頂面をなさるけれど、寝殿の自室に帰られて対面なさいます――
「『ことなる事なき程は、この院を見で久しくなり侍るもあはれにこそ』など、昔の御物語どもすこし聞こえ給ひて、やがて引き連れきこえ給ひて出で給ひぬ」
――(夕霧左大臣は)「格別の用事もございません昨今は、自然、こちらの院をお見舞いもせずご無沙汰を重ねました…」などと、昔の物語を少しなさって、やがて匂宮と御一緒にお立ち出でになりました――
「御子どもの殿ばら、さらぬ上達部殿上人なども、いと多く引き続き給へる、勢ひこちたきを見るに、ならぶべくもあらぬぞ屈しいたりける」
――夕霧の御子息やそのほかの公卿殿上人なども、たいそう多く引き連れての、その勢い盛んな様子を拝見されるにつけ、中の君は、六の君と肩を並べるどころではありませんので、気が滅入ってしまわれるのでした――
女房たちが覗いてみて、
「さもきよらにおはしける大臣かな。さばかり、いづれとなく若くさかりにて清げにおはさうずる御子どもの、似給ふべきもなかりけり。あなめでたや」
――なんてお綺麗な大臣でしょうね。あれほど揃いも揃って、お若く男盛りの御令息方の中で、とても御父大臣に比べられるほどのお方はいらっしゃいませんもの。本当にご立派なこと――
と言う者もあり、また、
「さばかりやむごとなげなる御さまにて、わざと迎へに参り給へるこそ憎けれ。やすげなの世の中や」
――あのようなご立派な方が、わざわざお迎えにいらっしゃるなんて、憎らしいこと。安心していられないこちらの御方ですわね――
などと、歎く者もいます。
「御みづからも、来しかたを思ひ出づるよりはじめ、かのはなやかなる御中らひに、立ちまじるべくもあらず、かすかなる身のおぼえを、と、いよいよ心細ければ、なほ心やすく籠り居なむのみこそ、目やすからめ、など、いとど覚え給ふ」
――中の君ご自身も、昔からのことを思いやってみますと、あの華やかな六の君のご一族に立ち交じれそうにもなく、見る影もない身の上ですもの、この先いったいどうしたらよいものか、と、ますます心細いので、やはり心静かに宇治に籠ってしまうのが無難なようだ、と、ひとしおお思いになるのでした――
「はかなくて年も暮れぬ」
――こうして、はかなくこの年も暮れました――
◆やすげなの世の中や=安心していられないご夫婦の中
では10/15に。
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(72)
「御琴ども教へたてまつりなどして、三、四日籠りおはして、御物忌などことつけ給ふを、かの殿にはうらめしく思して、大臣内裏より出で給ひけるままに、ここに参り給へれば、『ことごとしげなるさまして、何しにいましつるぞとよ』とむづかり給へど、あなたに渡り給ひて対面し給ふ」
――(匂宮は)中の君に、琴など御教授なさって、三、四日こちらに引き籠もっていらっしゃいます。六の君のところへは物忌などを口実にお出掛にならないのを、左大臣(夕霧)方では、恨めしく思われて、大臣が御所からご退出の途中、そのまま二条院にお寄りになりました。匂宮は「仰々しい参内のままの服装で、何しにいらしたと言うんだ」と、仏頂面をなさるけれど、寝殿の自室に帰られて対面なさいます――
「『ことなる事なき程は、この院を見で久しくなり侍るもあはれにこそ』など、昔の御物語どもすこし聞こえ給ひて、やがて引き連れきこえ給ひて出で給ひぬ」
――(夕霧左大臣は)「格別の用事もございません昨今は、自然、こちらの院をお見舞いもせずご無沙汰を重ねました…」などと、昔の物語を少しなさって、やがて匂宮と御一緒にお立ち出でになりました――
「御子どもの殿ばら、さらぬ上達部殿上人なども、いと多く引き続き給へる、勢ひこちたきを見るに、ならぶべくもあらぬぞ屈しいたりける」
――夕霧の御子息やそのほかの公卿殿上人なども、たいそう多く引き連れての、その勢い盛んな様子を拝見されるにつけ、中の君は、六の君と肩を並べるどころではありませんので、気が滅入ってしまわれるのでした――
女房たちが覗いてみて、
「さもきよらにおはしける大臣かな。さばかり、いづれとなく若くさかりにて清げにおはさうずる御子どもの、似給ふべきもなかりけり。あなめでたや」
――なんてお綺麗な大臣でしょうね。あれほど揃いも揃って、お若く男盛りの御令息方の中で、とても御父大臣に比べられるほどのお方はいらっしゃいませんもの。本当にご立派なこと――
と言う者もあり、また、
「さばかりやむごとなげなる御さまにて、わざと迎へに参り給へるこそ憎けれ。やすげなの世の中や」
――あのようなご立派な方が、わざわざお迎えにいらっしゃるなんて、憎らしいこと。安心していられないこちらの御方ですわね――
などと、歎く者もいます。
「御みづからも、来しかたを思ひ出づるよりはじめ、かのはなやかなる御中らひに、立ちまじるべくもあらず、かすかなる身のおぼえを、と、いよいよ心細ければ、なほ心やすく籠り居なむのみこそ、目やすからめ、など、いとど覚え給ふ」
――中の君ご自身も、昔からのことを思いやってみますと、あの華やかな六の君のご一族に立ち交じれそうにもなく、見る影もない身の上ですもの、この先いったいどうしたらよいものか、と、ますます心細いので、やはり心静かに宇治に籠ってしまうのが無難なようだ、と、ひとしおお思いになるのでした――
「はかなくて年も暮れぬ」
――こうして、はかなくこの年も暮れました――
◆やすげなの世の中や=安心していられないご夫婦の中
では10/15に。