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【紅葉賀】の巻 (5)
宮中には、美しく気だての良い宮仕えの女官が多くいらっしゃいます。源氏は幼少の頃から見慣れているせいか、女の方から冗談めかしてのお誘いにも、適当にお返事をして決して乱れないのを、物足りないと思う女達もいるようです。
典侍(ないしのすけ)という、年老いた女で、人柄もそれなりに、才覚もありながら、ひどく浮気っぽい性質のものがおります。源氏は「かかるもをかしうて」――こんな老婆もまたおもしろかろう――と、遊び心を出します。頭の中将(葵の上の兄)が嗅ぎつけて、何かの折りの、からかいの材料にしようとしたりして、二人とも似たり寄ったりで、かなりふらついていた時期でした。
ではまた。
ここでも、作者は、典侍の年甲斐もない無ざまな、あだっぽさを、執拗に書き上げていきます。この辺りは長すぎるので、省略します。
7月になって、藤壺は中宮にお立ちになり、源氏は参議になります。
帝は御譲位なさろうと御用意なされて、この藤壺腹の若宮を東宮にと、お思いになるものの、しっかりとした後見人がいらっしゃいません。
「御母方、みな親王たちにて、源氏の公事(おほやけごと)しり給ふ筋ならねば、母宮をだに動きなき様にし置き奉りて、つよりにと思すになむありける。弘徴殿、いとど御心動き給ふ、道理なり」
――藤壺方の人々はみな、皇子で、中には源姓の人がいても、今は藤原氏の世で、摂政関白として政務をみる筋合いではないので、せめて母宮の藤壺だけはしっかりとした地位に、お置き申して、若宮のお力にと思われるのでした。弘徴殿女御は大層ご立腹なさいますのも、これまたもっともで御座います――
帝は藤壺に「東宮の御世、いと近うなりぬれば、疑ひなき御位なり。思ほしのどめよ」
――東宮のご即位が近くなったのだから、あなたは疑いもない地位(皇太后の地位)だ。
安心なさい――
しかし人々は「東宮の御母にて二十余年になり給へる女御を置き奉りては、引き越し奉り給ひ難き事なりかし」
――今まで東宮の御母として二十数年おいでになった弘徴殿女御を差し超えては、なかなか難しいことでしょうに――
源氏は、ますます高い地位にあげらてた藤壺(中宮)との間を
うた「つきもせぬ心のやみにくるるかな雲井に人を見るにつけても」
――思う人が及びもつかぬ所へ昇ったのを見るにつけても、じっとしていられない――
御子は成長されるに従って、ますます源氏に似てこられ、藤壺は大層苦痛に思われるが、帝をはじめ、だれも気づく人はいないようです。
「月日の光の空に通ひたるやうにぞ、世の人も思へる」
――源氏と若宮とが似ておられるのを、まるで月と日とが、大空で似通っているように、世間の人も考えていました――
「紅葉賀」の巻 おわり。